「……ス!……リス!……アリス!」
「……ぁ……あ」
どれくらいの時間が経ったのか。
必死にあたしを呼ぶ雪の声で何とか意識が戻る。
「……ぎ!いっでえええ!」
同時に先ほど受けた銃撃の痛みも戻ってきた。
「大丈夫!?」
「なんとか?つーか、マジでいってえ!銃弾食らうとこんな痛みなのね!良い経験だ!」
即死せずに銃で撃たれる痛みを味わうことが出来たのは不幸中の幸いだ。痛みを知れば無謀な行動が無くなりあたしの戦い方がアップデートできるはずだ、味わえる痛みは経験することに越したことは無い……死ぬのはごめんだけど。
因みに雪は銃声が鳴ったとみられる方角に向けてあたしを守るように杖を向けていた。まあ、戦いは出来ずともシールドで防ぐことぐらいは出来る、最低限今の自分が出来ることを考えた結果なのだろう。さすがだ。
「今食らったの……銃の弾だよな?あの時みたいに強引に貫通してくる感覚じゃなかった……なんでだ?」
「そんな感覚普通は一生に一度あるかないかでしょ?……ああ、あの時ね」
雪は恐らく二年生の頃、西京襲撃時にあたしとファナカスが戦闘し串刺しにされたあの時を思い浮かべているのだろう。だがあたしの場合は違う、おぼろげだが二年生の時、演習場にて襲われた巨大な闇の獣人に腹部を貫かれた時のことをあたしは思い出している。
ていうか、今こんな事を言うのもあれだが、あたしは体術を扱いやすくするため少しでも動きやすいように防弾チョッキを着ていない。最悪杖のシールドで何とかなるやろと考えているからだ。
だが弾丸は何故かあたしに命中こそしたが貫通はしなかったのだ。現に撃たれた胸部辺りからは出血は無い……まあ内出血ぐらいはしてると思いますけども。
「防弾チョッキ着てないのに……なんで貫通してないんだ?確かに撃たれたのに」
そう言いながら弾が当たったとみられる革ジャンの穴が開いた部分を確認すると、左胸の内ポケットだった。何が入っていたのかと思い出しながら取り出したあたしは驚愕した。
そこに入っていたのは新社会人には必須……であるはずの弾の衝撃を受けとめたからか少しへこみ破れたメモ帳と……銃弾を直接受け止めて破壊された……懐中時計だった。
「……まーじか」
「……それ、懐中時計?あんたそんなもの持ってたっけ?」
「普段は腕時計だけどね、これはあたしがこの世界に来て最初の頃に師匠からもらったやつだよ……まさかこれが受け止めるとは」
まさに運が良かった……と言っていいだろうか。だが反省しないと、今のだって普段のあたしだったら遼さんみたいに殺気を感じて防げたはずだ。ここまでの連戦は初めてだったから油断……いやもしかしたら気が付いていないうちに消耗していたのかもしれない。もっと精進するべきだ。
つーか、ある意味師匠に守ってもらった……と同義になるんですかねこれ?うわー、さっき師匠にあんな電話したのに?どんな顔で壊れちゃった!って言えばいいんですか!
「やばい……まだ痛みが……肋骨は……多分問題無いか。ん?ていうか今の銃声は何処から……」
あたしがようやく銃声の存在を思い出し、銃声が鳴ったと思われる方向を見た時だった。
誰かがこのくらい地下空間の電気を付けたのだ。順番に高い天井の照明が灯りだす。先ほどまで見えなかった地下空間特有の太いコンクリートで出来た柱が姿を現していく。
そして地下空間のすべてに電気が灯ると、あたしを撃った犯人が姿を現したが……あたしはその人に見覚えがあるようで思い出せなかった。
「おやおや、以外に当たるもんだな」
「……嘘でしょ」
だが雪は銃を持った人の顔が判明するや驚愕というか……絶望というか、まあそんなような表情になった。
「おっと?遠目だったから気が付かなったけど……雪様じゃないですか!」
「……こ、甲賀!なんでここに!?」
「……甲賀?」
甲賀って……伊賀甲賀の?あれ?こんなツッコミ前にもしたような気がするな。
「アリスさんもお久しぶりです」
「……ん?甲賀?……んー……んー……ん?」
やっぱり思い出せない。
「ああ、忘れましたか。まああまり絡んだことなかったですし、アリスさんと一緒に学校に居たのも一年だけで組も違いましたからね」
「え?学校?ステア?」
「忘れたの?甲賀隼人、あたしたちが一年の頃の月組で生徒会長だった」
「……え?……ん?……あああ!」
思い出した。確か初めて会った時、雪の後ろで控えてたあの人か!そういえば生徒会長だったか!絡む機会が少なすぎて完全に記憶から無くなってたわ!
「確か甲賀家って西宮家のお付の名家だったよね?」
「ええ、卒業後……父の秘書になったと聞いたわ」
「はい、僭越ながら西宮総理の私設秘書を務めてさせてもらっていました……あの時までは」
「あの時……」
あの時とは、そう闇の魔法使いによって西京がというより日本が襲撃された日の事だ。ある意味あれで色んな人の人生が終わり、色んな人の人生が変わった日とも言える。なるほど特段この人の進路について別に興味は無いけど、あの人の秘書になってましたか。
「それにしても意外でした」
「は?」
「誘拐を依頼したまでは良かったですし完了の報告も受けていたのですが、それ以降連絡がほぼなかったのでなにかあったのかと思っていたんですよ。よもやアリスさんが助けていたとは」
なるほど、内親王の件では主犯じゃないにしろ、雪の誘拐自体はこの人が主犯で確定か。まあ、そうだよな、この人には動機がありすぎる。だってどのような経緯があったにせよ総理の秘書をしてたのにいきなりその総理が大問題を起こして辞任、信用も信頼も地に落ちた状態で無職になったようなもんだ、誰だって恨むだろうし恨まないなら聖人認定していいレベルだ。
「つまり……雪を誘拐するように指示したのは甲賀先輩だと?」
「ええ、雪様を誘拐し、西宮輝義を私の前に出させる。そして甲賀家や他の名家、この日本を裏切った責任を取らせるんです。……どうです?今からでも乗りませんか?」
確かに西宮元総理がやったことはこの日本を日本国民を裏切る行為だ。なのに元総理として国会議員として即座に辞任し、本来やるべき説明をしてない。それをさせるのは重要なことだろう。
だがあたしにそんなこと興味の欠片も無い。
「いや乗らないです」
「そうですか……それは神報者付ゆえに?それともアリスさん個人の考えでですか?」
「だって別にあたし西宮元総理に何一つ恨みないんですもん。確かに西宮元総理はこの日本にとってかなり問題な行為をしましたし、それによってあたしの先輩も死にました。でも仮に西宮元総理がこの場に来て何かしたとしても、その人は戻ってこないでしょ?あ!別に正義感とか偽善ぶるわけじゃないですよ?あたし自身が恨む人が居たら普通に復讐に動きます。ただ単に他人の復讐に興味ないだけです」
「ああ、なるほど分かりました」
「分かりましたじゃないわよ!甲賀!一応聞くわ!あなたがここに居るってことは確実に協力者がいるってことよね?そしてその協力者はあなたが私を誘拐するタイミングを見計らって内親王を誘拐した……その協力者は誰!」
そういやそうだった。本来の目的は菖蒲さんと百合さんを助けに来ることだった。いけないいけない、甲賀先輩の恨みやら復讐やら聞いてるうちに忘れるところだった。
「あははは!言うわけないじゃないですか!どうせここで死ぬんです!知った所で意味ないでしょ?冥途の土産に教えるつもりもありませんよ?」
「……あの、甲賀先輩」
「何ですか?」
聞くか?今までの経験に基づいてあたしが勝手に推測した今回の事件の首謀者の名前を。多分だけど、多分だけど合ってるはずだ。
「先輩の協力者って……指沼議員ですか?」
「……っ!」
甲賀先輩の表情が変わった。ここまで何一つヒントが無かったはずなのに何で分かったのかという表情だ。
ビンゴ。というよりある意味良かったよ、まだそのルーティンが生きていてくれて。
「……指沼?というと自政党の指沼議員?」
「な、な、な、何で分かったんですか!」
「いや何となく」
「何となくで、分かることではないでしょう!?」
「そうよ!何一つ証拠も動機すら不明なのに何でいきなり指沼議員に行きついたのよ!」
それなんだよねえ。これ、ただ単純にあたしの経験的に名前に沼が付くから犯人じゃね?って思っただけで、本来そこに行きつく証拠も動機も何一つ判明してない状態なんだよなあ。推理小説でもこんなことせんぞ?謎解きしてないもん。
でもこれで今回の事件が指沼議員によるものだということが分かった……のは良いんだけどもだ!肝心の動機がさっぱりなのよ!皇族の女性を誘拐、身代金も要求も無し、マジで何が狙いなのか……絶対にないとは思うけど……皇族の女性で唯一神代魔法を使える神楽と関係あったりする?知らんけど。
でもまあ……そんな事、甲賀先輩に聞いても意味ないしなあ。
「甲賀先輩!聞きたいことは聞いたのでビルの中行っても良いっすか!西宮元総理に対する復讐頑張ってください!じゃあ!」
そう言いながら振り返り、ドアに向かおうとするが……。
バン!チュン!
甲賀先輩の撃った銃弾はあたしの足付近に着弾した。
「はい分かりました!お気を付けて……と言うと思いました?」
「……ですよねー」
つまりはラスボスの一歩手前、中ボス戦だ。まあ……大丈夫、敵は甲賀先輩一人だけ、銃は持ってるけどそんな敵との戦闘なら何度も経験してる。不意打ちは防げなかったけどちゃんと集中すればあたしの敵ではないはずだ……それに先輩月組で魔法戦闘の授業うけてなさそうだし。
痛みを堪えながら杖と銃を構える。
「おや、戦うつもりですか」
「素直に行かせてくれないようなので。でも一つ言っておきますよ?あたし結構強いですよ?」
「そうでしょうね、愛和事件でもその戦闘力でかなりの活躍だった聞いていますよ」
そこまで届いてんだ。まあARAも愛和事件も結構新聞で取り上げられたし、愛和事件に至ってはあたしと雪が中心で事件を解決したって報じてたからなあ、そう思うのも普通か。
「だから先輩が一人で戦って勝てるとでも?」
「おや?いつ私が一人だと言いました?……行きなさい」
「へ?」
先輩が合図をすると、何処に隠れていたのか、背後よりスーツを着た人たちがぞろぞろと現れた。総勢七名ほどだ。
恐らく先輩の後ろで認識阻害かなんかで隠れていたのだろう。先輩の交渉に応じれば役目無し、交渉が決裂し戦闘になれば即座に現れ人数差を有利にするという戦法か。
スーツを着た戦闘員は先輩の前に出てくると、即座に杖と銃を構え、陣形を取る。
「マジか」
「彼らも甲賀家の人間です。まあ唯一私と違う点があるとすると……私と違って全員ステアで魔法戦闘の訓練を履修済み……ということでしょうか。中々強いですよ?」
ほう?
「だとして……あたしが有利なことは変わりないと思いますけどね」
「そうですかね……これは偶々と言えば偶々ですが……今回、私には人質が居るんですけど、これでも自由に戦闘できるんですか?」
「え?……人質?」
確かに雪は戦闘が一切出来ないのは事実だ。だがそんな雪でも最近は自分自身を守る力が必要だと思ったのか、あたしやコウと一緒に霞家で簡単な稽古をやっている。あたしやコウみたいな戦闘は出来なくとも乱戦になろうが自分を守ることは出来るはずだ。
つまり人質にはならない。じゃあ……一体この状況で誰があたしの動きを抑制できるに値するほどの人質になりえるというのだ?
「……気づいてないのですか?あなたから見て左ですよ」
そういうと、先輩はあたしの左側を指さす。
そう言えば……あたしが回避行動をとるに至ったのは、遼さんの一声があったからこそだ。しかも銃声は二発、一発はあたしに当たったが、普通にもう一発は明後日の方向か普通に外れたとばかり思ってた。
だが現実は違った。
「遼さん!遼さん!遼さん!」
痛みと、甲賀先輩の出現、そして復讐の話やらなんやらで完全に九条君の声が聞こえていなかったらしい。
遼さんは九条君が自らのプロデュースにより完全防備にしてたはずだ。だが、それは恐らく魔法による攻撃に対してだったのであろう(銃弾よりは見えるので)。つまり銃弾に対しては自ら庇ってでも九条君を守ろうとしたに違いない。
だがあたしと同じように杖を向けようとしたのかは不明だ、もしかすると九条君を優先して自分を守ろうとはしなかったのかもしれない。
結果遼さんは……腹部を抑え、苦痛に顔を歪ませながら倒れていた。そして九条君は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらそんな遼さんに必死に大声を掛け続けていた。