あちゃー……防弾チョッキ……。
「遼さん!?防弾チョッキつけてたはずじゃ!?」
雪さん……心で思ってたことをわざわざ大声で叫ばんでも。まあ普通の人なら防弾チョッキつけてればある程度弾は防げると思うのも普通か。
「雪さん、防弾チョッキって基本的に人間の急所、心臓やらその他臓器を守るためにあるんであって、それ以外は守っちゃくれんのよ。五臓六腑さえ守れれば即死する確率減らせるから」
「そう……なのね」
そう、防弾チョッキはあくまで保険だ。ジョンウィックですらスーツのジャケットの裏地だかに防弾の布を仕込んでいたにもかかわらずワイシャツ部分に直接銃口を向けられて普通に撃たれたでは無いか。防弾チョッキだから安心!というわけでは無いのだ。
見た感じだが、弾丸は遼さんの左腹部下あたり、ちょうど防弾チョッキからギリギリ下の守られていないところに着弾している。言っちゃあれだが完全に運が悪かったとしか言えない。
だがこれにより別問題も浮上する。先ほど言った通り、防弾チョッキはあくまで保険だ。自衛隊や警察のように負傷してもいつでもそばに退避させて応急処置が出来る人が居ること前提で着るのが普通なのだ。速やかに処置をしなければ助かる命も助からない。
人体に精通しているわけでは無いが、出血位置を見るに恐らく臓器を損傷している感じは無い、だがそれでも放置すれば確実に大量出血で仏になる。
「遼さん……腕が鈍りました?まさかこの状況で遼さんが撃たれるとは」
「……ご、ごめんなさいね。一応普段から……トレーニングはしてたけど、やっぱり実戦から遠のいていたから勘が鈍っていたわ」
返事が出来るってことはある程度意識はあるようだ。さすが元空挺!
「おや、銃弾を受けてもそこまで喋れるとは……たくましいですね」
「あら、あたしこう見えても元自衛官よ?それに元空挺隊員。意味合いは違うけど、結構な修羅場くぐってきたんだから当然よ」
「元……空挺隊員……ですか」
ここまで喋れればまだもつか……なら急いでこいつら制圧するか。
だがここでも問題発生だ。九条君は見ての通り、完全に動揺しており杖を出して守るなどできないだろう。あたしはもちろんこいつらを潰さなければならないので無理だ。となると必然的にその役目は雪となる。
だが雪が動こうとすれば否応なく甲賀先輩は遼さんに追加の銃弾をお見舞いするだろう。あたしが制圧に動いても同じことだ。現状動くに動けないのである。
雪と遼さんまでおよそ三……四メートルほどか……雪が全速力で走って……何秒だ?可能な限り時間を稼がねばならない。
……どうするか。
……考えるより動けだな。そもそもあたしにそんな難しいことを考える脳みそはお持ちではありません。
「甲賀先輩、それにしても銃の才能ありますね!」
「そうですか?」
「だって片手……かどうかは知りませんけど十メートル以上はあったのに動く標的に二発とも命中させるんですもん、才能あるでしょ?」
「褒めても何も出ませんよ?」
「でしょうね」
甲賀先輩と会話しながらさりげなく銃をホルスターにしまい、見つからないように腰のスタングレネードを取る。
「警察とか自衛官に成ればよかったのに。それほどの才能がお有りなら結構活躍できるのでは?」
「……もし名家に生まれてなければそうなっていたかもしれません」
「……?」
「でも一度名家に生まれた者は名家の運命からは逃げられない……そこの雪様のようにね」
「そうすか……そりゃ残念!……雪」
「……?」
甲賀先輩に聞こえないように小声で話しかける。
「何秒いる?」
「は?……どういう……っ!」
あたしはスタングレネードを後ろに持ってくると雪に見せる。
今まであたしのやり方を見せてきたんだ。あたしがやりたいこと……察してくれるよな?
「……三秒。三秒で十分よ。でも……私は戦えないわよ?あくまで三枝さんに習ったのは守る技術だけ」
「十分」
さて……後はやるだけ。ARAや愛和のように基本銃装備の連中とは違い、今回はマジで魔法を本格的に武器として操れる敵との戦闘……面白くなってきた!まあこいつら全員、サチの足元にも及ばんでしょうけどね!
「甲賀先輩、最後通牒です。準備は良いですか?」
「なんです?この状況でまだ戦えると?」
「ええ、戦いますよ?それと最初に謝っておきます……全員殺しちゃったらごめんなさい」
精一杯の不気味に見える笑みを甲賀先輩に向ける。無論殺す気はさらさらにない、だが威嚇するのは大事だ。
雪があたしの持ったスタングレネードのピンを抜く。
さあ!始めようか!
ぽい。
「……っ?」
スタングレネードを前方に投げた瞬間、七人の視線が……まあ、全員サングラス掛けてるので良く分からんが体の動き方で分かる、投げられたスタンに集中した。
「……なっ!」
一番近くに居た男が声を上げた瞬間……。
バン!
スタンが炸裂した。
バッ!
雪が全速力で遼さんの下へ駆け寄り杖を構えた。よし、雪さん早い!これで……遠慮なく戦えるぜ!
「おおおりゃあああ!」
あたしは近くの一番最初に声を上げた男に走り出すと……飛び膝蹴りをかました。
バキャ!
「がっ!ぎゃあああ!」
脳天にもろ膝蹴りを食らった男は鼻の骨が折れたのだろう。鼻から血を流し白目を剥いてフッ飛ばされ気絶した。
「おらあ!やるんだろ?かかってこいやあ!」
「……お前ら!やれ!遠慮はするな!雪様以外は……殺せ!」
「遼さん大丈夫ですか?」
「ええ、何とか臓器は避けてるみたい……ありがとね」
アリスのスタンを前にも見ていた影響でなれたのだろう。スタンの爆発に臆することも無く遼の下へやってきた雪は杖を常に戦闘になった方向へ向けながら遼の怪我の具合を見ていた。
「…………」
「九条君、何考えてるのか何となく予想できるけど、やめなさい」
九条は雪が来たことにより少し落ち着いたのか、杖を持ってアリスの下へ少し体が動き出そうとしていた。加勢したいのだ。
「自分に出来ること、出来ないことをちゃんと考えなさい。『出来かも』で動くのは愚の骨頂よ?旧世界のある人の言葉でこんなのがあるわ『真に恐れることは有能な敵ではなく無能は味方だ』と。それにアリスは単独で暴れるのが基本戦術、連携を取ろうとしても無意味だからね?」
「分かってます……でももっと近くでアリスの戦い方を見たいんです。あの時はちゃんと見れなかった……アリスさんの戦い方を」
「そう……ならここでも十分見れるわ、この特等席でちゃんと見届けなさい。あなたが惚れた……恐らく現状日本最強の魔法使いの一人に仲間入りしそうな人間の戦い方を」
「あははは!おりゃあああ!」
そう言ってるうちにアリスはまだスタンで麻痺した二人目を吹き飛ばしていた。銃を使わないのは先程の戦闘で防弾チョッキを着ている可能性があるため、胸に二発撃ちこんでも意味が無く、なら確実に近づき一発で仕留められる頭に体術を叩き込んだ方が良いと判断したのだ。
「雪ちゃん、その手に握ったのは?」
「え?あ、そうだ忘れてた」
雪は右手に握りしめていた物を破ると、中身を出した。包帯だ。
「アリスのスタンのピンを抜くときにもらったんです。でもあたし、けが人の応急処置何てしたことなくて……」
「安心しなさい。ここで覚えればいいじゃない。何度も言うけどあたしは元空挺よ?各個人が作戦中に負傷したときに治療できるように応急処置の方法も教わってるの。教えるからやってみなさい」
「……はい」
雪は遼に手ほどきを受けながら包帯で出血部分を抑え始めた。
「それにしても……アリスちゃんって本当にステア出身?」
「ええそうですよ……何故です?」
「空挺にはステア出身の隊員も多くいてね、何度か魔法戦闘の模擬戦を見たことがあるけど……アリスちゃんの戦い方は見たことないわ」
「ああ、アリス曰く『ステアで学ぶ方法では強くなれない』って龍さんに紹介してもらった方に稽古をつけてもらったそうです。その結果があれですね。そのおかげで私は何度も助けられました」
「そう……あの子もあの子なりの方法で強くなったのね。さすがだわ」
「……一つ聞いていいですか?」
「何かしら」
「九条君と最初に会った時、アリスが『何かを教わっている人の息子さん』と言ってたのですけど……何をアリスに教えていたんですか?」
「ああ、それね。申し訳ないけど教えられないの。龍から厳重に口止めされてるのよ」
「そうですか」
雪に答えられないことに遼は申し訳なさそうな表情を向けるが、すぐに九条に話しかける。
「……大輔、いい?何も戦闘に参加するだけが手伝うってことじゃないのよ?自衛隊でもそう、戦う人がいる、後方から援護する人がいる、物資を届ける人がいる。皆自分に与えられた役割をこなすことでこの国を守ってるの、まずは自分の長所を見つけなさい……アリスちゃんのように」
「でも僕はまだ分からないです。何が出来るかなんて……一応稽古はしてもらってますけど」
「当たり前よ。あたしだって九条君の年の頃、なんでもできると思い込んで痛い目見たもの。今思い返しても恥ずかしい過去だわ。でも今は違う、自分に出来ること、出来ないことをちゃんと認識すれば自然と体は動くし、周りは助けてくれるのよ。だから諦めちゃ駄目」
「そうよ、まだまだ人生は長いんだから悲観しないで前を見て自分を見つめてまずは自分の事を知るところから……っ!」
遼と雪による場違いすぎる授業が展開されていた時だった。遼の痛みで少しゆがんでいた視界の端、一人、たった一人の男がアリスとの戦闘を躱して近づいて来ていたのだ。
そもそも論当たり前だ。これだけの人数差があるのだ、アリスだけを狙う必要性はない。逆に一人でも三人を制圧すればアリスは動けなくなる……一瞬で形勢逆転だ。
「まずい!一人来て……いっつ!」
迫る敵の襲来に気づいた遼は銃を取り向けようとするが激痛で動けない。
雪も右手で杖を左手で患部を抑えているので魔法を撃てはするが、自由に動けない時点で意味は無い……打つ手が無くなったのだ。
「……」
その時だった。
ばっ!
「大輔!駄目!あなたじゃ何も!」
「守る……守る……守る……僕だって……一人ぐらい……やれる!」
九条は完全防備で少し動きずらそうではあるが敵に突進していく。男は完全防備で何も考えず突っ込んで来る九条に一瞬思考が停止し体が固まった。戦に置いて何も考えずに型も何もない状態の敵程厄介な物は無い。定石が通じないからだ。
それが……決め手となった。
「おおおりゃあああ!」
ボゴ!
「おごっ!……お……あ……おおお」
九条の蹴りが男の股間にめり込む。いかに訓練された人間でも、股間まで鍛えている者はそうそういない。男は白目を剥いて、泡を吹きながら倒れた。
「……あんた、凄いじゃない!……ある意味反則技だけど」
「僕だって……これぐらいの事は出来ます……まあ無我夢中で、足しか動かなかったのでこれしかできませんでしたけど」
「前言撤回するわ……あなたはそのまま進みなさい。その道は険しいでしょうけどあなたなら何か見つかるでしょ」
遼は悟った。すでに九条は自分の力量も技術も把握しているし、強くなるために惚れた女性の傍にいるために努力していると。なら今の自分がやるべきは努力の方向がずれそうになった時だけほんの少しだけ力を貸すだけだと悟ったのだ。そうすれば必ず自分の役割が見つかるだろうと。
生れてはじめて敵を倒した九条は今なお戦っているアリスに視線を送ると、心で叫んだ。
『アリスさん、見ましたか?僕だって戦えるんです!もう守ってもらうだけの存在じゃないんです!』
だが残念ながら……アリスはそれどころじゃなった。