「……ふぅ……ふぅ……まじかよ」
正直舐めてた。いつも霞家と稽古をしているのだこいつらぐらい敵じゃないと思い込んでいた。
だが現実はそう上手くいかないようだ。
途中、何故か一人減ってね?……と考えたが九条君たちの方から謎の悲鳴が聞こえたので裏取りして奇襲しようとしたが返り討ちにあったらしい。
こいつらと戦ってみて分かったことがある。根本的に霞家の人たちとは戦い方が違うのだ。私は最初に二人を体術で制圧した。それを見た瞬間、残りの連中は迷わず連携を組み、私と距離を取って戦おうとしてきた。常に距離を保ち、隙を見て魔法を撃ち込んでくる。これが本来の「ステア流」の戦い方だ。
一方、霞家は護衛が基本のため防御戦術が主だが、必要なら状況に応じて制圧戦術にも移行する。そのときは、相手に反撃する隙すら与えず一気に攻め切るのが常だ。だから私も、彼らを手本にして、先手必勝の戦い方に慣れてしまっていた。
……霞家が異常なのか。今になってそれがよく分かった。
思い返してみれば、ステアの魔法戦闘の授業でも、サチやコウ以外の生徒は「相手の動きを見極め、常に距離を保ちながら行動する」と教えられていたはずだ。だが私は、ここ最近霞家とばかり稽古をしていたせいで、そういう基礎戦術を忘れてしまったようだ……。
しかも、もうひとつ厄介な点がある。
「パスドリー《氷槍よ》!」「ポリフォティー《火の鳥よ》!」「だあ!もうくそったれ!」
敵が躊躇なく第二魔法使ってくる点である。
第二魔法、本来は二年生になってから教わる基礎呪文であるのだが、あたしには魔法の適性が無いので免除されていたのだ。第二魔法、第一と違いホーミング機能というちょー厄介な性質とシールドがもれなく破壊されやすいというおまけつきだ。
え?霞家は使ってないのかって?……だってあの人たち、魔素を多く使う第二より第一で滅殺すればいいじゃん!っていう人たちですよ?使うはずがないでしょ。
そんなこんだで、あたしは四人に対して一切近寄れずにいたのである。
だがあたしだってステア出身だ。ただでやられるわけにはいかない。
だけど……決め手がない。どうするべきか。
「お前たち!何してんるだ!そこに居るのは一人だろ!さっさと片付けろ!」
攻撃が私に当たらない様子を見て、甲賀先輩が苛立ち始めた。
「そうは言ってもこいつ……以外にやりますよ!」
「マジで強いです!」
「俺たちだけでやれるのか?」
最初こそ人数的有利さで簡単にあたしを倒せると思っていた奴らも中々攻撃が当たらないと見るや弱音を吐き始めた。
「というか……こいつ本当に女か?本当は男じゃないのか?」
「そんな事ないだろ。声だって女だし」
「だって胸無いじゃん……貧乳っていうか……壁だし……女としての魅力ないじゃん……俺こいつの事女として見れねえもん」
…………あ?今何つった?
というか誰が言った?右から二番目のお前か?
「女として見れなかったとしてどうすんだよ」
「女だったら多少は手加減してあげたいじゃねーか!ここまで胸無いと……かわいそうでかわいそうで……来世に期待だな!」
……ブチッ!
あたしの脳内の何かがブちぎれた。さっきから好き勝手に言ってくれるじゃねえか。来世に期待だ?なんですでに勝つのが決まってる風な言い方なんだ?
手加減してた?あれで?ほう?……なら本気見せてくれよ……ていうか……うん、決めた。九条君が見てる手前、なるべく魔法を使って綺麗に戦おうとしてたけど……そんな必要がないことが……今わかった。
まずは……あたしを貧乳って言ったやつ……お前はぶっ殺す!殺しはしないけどぶっ殺す!虐殺だ!殴殺だ!
ガンベルトからスタングレネードを持つとすぐにピンを抜き、あたしを貧乳だとか言ったやつの前に投げる。
本当は菖蒲さんの所までとっとくつもりだったけど……まだ予備で一個あるから問題無いだろう。
「……あ?またそれかよ、対処は……なっ!」
男はスタンが炸裂する間に視界の外に移動して攻撃してくるだろうと呼んだのかスタンから目を逸らして周囲を警戒しようとした。だがあたしはそんなことは気にせず男に突っ込む。
知ってるか?一般人やテロリストはどうか知らんが、普段からスタングレネードを作戦行動で使い慣れている特殊部隊の人間はな……スタンが効かないそうだ。なれちゃうんだってさ。
お前はどうだ?当たり前のように目を守るってことは……まだ慣れてないってことだよなあ!あたしはなあ……もう慣れてるんだよ!
バン!
ガス!
「がっ!」
スタンが炸裂し、男の視線が一瞬あたしから完全に外れた所を見逃さず、男の顔面に膝蹴りを入れる。男はそのまま倒れた。だがあたしは追撃する。両足で男の両腕をがっしりと固定すると左手に杖を持ち替え右手で男の顔面を殴り始めた。
ガッ!ガッ!ガッ!
「がっ!やめっ!くそっ!やめろっ!」
「ええ?何言ってるのか分かんないなあ!貧乳には聞こえないぞお!」
「クソ!そいつから離れろ!」
バンバンバン!
周囲に居た男たちはあたしに向かって銃を撃つが問題ない。左手でも十分シールドは張れる。幸い、男たちは全員あたしの前方に居たので杖の角度は動かす必要は無いようだ。
ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!
顔面を殴られ続けている男は少しずつ顔が真っ赤になってきている。因みに言うが、拳にはちゃんと魔素を展開しているのであたしの右手は無事だ。
「…………」
ある程度殴り続けると、男は喋らなくなった。……喋れなくなったの間違いかもしれない。
だが関係ない。ひたすら死なないように力加減を調節して殴る。
ただあたしも鬼畜ではない。人としての尊厳は保証する。目は……破裂したら魔法で治るのか不明なので(聖霊魔法は考慮してない)支障が出るだろうから眼球破裂まではいかずに瞼が腫れる程度にしておく。鼻は……折れても手術で何とかなるだろ?歯も同様だ。
「回り込め!三人でもシールドの範囲外なら攻撃は通じる!」
男はそういうと銃を構えながらあたしの周りを回り始めたが、どの角度か、原形をとどめないほどに腫れた男の顔面が視界に入った途端……動きを止めた。
周りの二人も同様だ。もうすでに戦意を失っているのにも関わらず殴り続けるあたしを見て何か思ったらしい。同時に三人があたしを見る視線の意味も変わった。敵を見る目から化け物を見るような目に変わったのだ。
『殺一儆百』、多分中国がどっかの言葉だが、簡単に言えば一人をむごたらしく殺して他の百人を収めるという意味だ。確かフルメタルパニックでも『戦場では多くを殺すよりも一人を残虐に殺す方が敵の精神に打撃を与えられる』というセリフがある。
そこまでの意図は無かったものの、偶然にも同じ状況になった。
三人とも見事にあたしが男を殴るのをただ茫然と眺めているだけだった……一人だけは。
「……や、やめろ……やめろおおお!そいつから離れろおおお!」
二人に指示を出していた男が銃と杖を持ってあたしに突っ込んできた。
……計画通り。こういう連携を取る集団ほど厄介な者たちはいない。だがそれはあくまで冷静な判断力があってこそだ。逆に言えば仲間を助けたい一心で冷静さを失いあたしに対して一番やってはいけない近接戦闘を仕掛ける時点でもう自ら負けを認めるようなものだ。
第一空挺団では仲間が負傷した時を想定する訓練もするらしい。仲間が負傷しても冷静に作戦を続行するか退却するか判断できるように訓練するのだという。こいつらはそのような訓練を積んでなったようだ。
バンバンバン!
男は銃を乱射するがシールドであたしには届かない。それが分かると銃と杖を捨てて両手で掴みかかって来る……馬鹿だ。
バシン!
「がっ……」
相手の両腕を躱し、顎に一撃を加える。先ほどと同じだ、いくら防弾チョッキを着ていても脳が揺れれば脳震盪……戦闘不能になる。男は白目を剥き脱力するように倒れた。
「さてと……」
「ひっ!待て!降参だ!だから!」
「……ふふふ、分かりました!じゃあ……眠っててください」
「へ?」
カチャッ……バン!
あのアホを……あたしの逆鱗に触れたあいつを除いて負けを認めた者をいたぶる趣味は無い。あたしは銃の照準を男の眉間に合わせて打ち抜いた。そして男は普通に気絶した。
「さて……最後は……ん?」
「…………」
最後の男は何故か顔を震わせてこちらを睨んでいた。……仲間をやられて怒ったか?それとも……別に理由?
「そいつは……口は悪いが俺の親友だった……それなのに……負けを認めたのに」
「知らねえわ!あんたの親友だから手加減すると思ったか?これは訓練でもなんでもないんだけどなあ!実戦に手加減なんて言葉はねえのよ!」
まあ、殺す選択肢が最初からないあたしからするとある程度初手から手加減になってるかもしれないということは置いておこう。
「……ろしてやる」
「あ?なんて?」
男は銃を捨てると杖とナイフを構える。……はぁ、さっきの見てなかったのかな?少なくとも近接戦闘じゃあたしはやれんでしょ。
「このクソアマァ!ぶっ殺してやる!」
……そのセリフ、どっかで聞いたことあんぞ!『コマンドー』だ!あれってこの世界に輸入されてんの!?でもあれ映画ですよ!?もしかして日本人のキャストで取り直しでもした?うわー!見たくない気持ちとストーリーやらセリフが同じなら見てみたい気持ちが!半々だ!
杖とナイフを構えた男はあたしに突っ込んできた。ならこっちは杖もナイフすらも使わんで挑んでやる!スティーブンセガールを知ってるか?合気道やら武道を習得してるお陰で出る映画出る映画全部において『銃を持った方が戦闘力が下がる』とまで言われた俳優だぜ?あたしも同じなんだよ……銃も杖も無い方が動きやすいんだ。
ビュン!
ナイフが一振りされるがあたしは軽々と避ける。
「クソったれが」
男は杖を振りかざすと杖を逆手に持ち上から突き刺そうとする……なるほど、シールドであたしを抑えたうえでナイフで刺す気か……いいねえ!完全な格闘戦だ!
あたしはシールドで覆い被さろうとしてくる男に対して拳で対応しようとする。それを見た男はにやりと笑った。そりゃそうだろうな普通シールドに素手で対応しようと思う人は警察官だろうが自衛官だろうがいないだろう……あたしを除いて。
サァー……。
あたしが放った拳はシールドに触れた瞬間、触れた部分が次々に溶け始めた。そして溶けた部分から一気に融解しシールドは完全に破壊される。
「……はあ!?なんでっ!ぎゃあああ!」
よもや杖も持ってないのにシールドが破壊されるとは思いもしなったのだろう。現象に驚愕しつつシールド破壊の反動を身に受けた男はその場に膝まづく。
「……本当なら銃でって思ったけど。最後まで格闘で仕掛けてきたからお礼として格闘で終わらせてあげます」
「……ま、まっ!」
ゴリっ!
男の顎を右足で蹴り抜く。男は白目を剥いて気絶した。
「……ふぅ!ちょっと危なかったけど……何とかなったな!それじゃあ!ラスト!甲賀先輩!覚悟は良いですか?」
四人を片付けたあたし少し伸びをすると視線を甲賀先輩に向けた。