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同時誘拐事件 16

「ひっ!来るな!来るなあああ!」


 バンバンバン……カチッ!


 甲賀先輩の撃った弾丸は明後日方向に飛んでいった。完全に想定な状況になっているようだ。それに甲賀先輩の使ってる銃はグロック、装弾数はまだあるはずだが何故かトリガーを引いても弾は出なかった。よく見てみるとスライドが中途半端な位置で停止している……ジャムったようだ。それにすら気づいてないとは……才能はあっても経験はほぼないと見れる。


 まさか圧倒的人数的有利だったのにも関わらず、ほぼあたし単独で壊滅させられた現状に甲賀先輩は腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。しかもズボンの股間部分が湿っている……失禁したな?この人。


「甲賀先輩……」「くっそが!」


 銃が撃てないと分かるや今度は杖を取り出そうとした。ほほう?まだ戦う意思はあると……さすがだ……だが愚かだ。


「……」


 バシン!


「がっ!」


 回し蹴りで杖を掴んだ左手を蹴ると、杖は宙を舞って転がった。あたしが目の前に居るんだぞ?しかも後ろを向いているわけでもない、杖なんて構えさせると思いますか?


「甲賀先輩」「ひっ!」


 先輩のジャムった銃の銃身を掴むと自分の額に向ける。


「銃はここを狙わないと倒せませんよ?ちゃんと狙わないと」

「……」

「まあ、ジャムったのすら気が付かないなら……先輩に銃は扱えませんよ」

「じゃ……ジャムった?……あ」


 ここでようやく先輩は銃がジャムった事に気づいたようだ。


 ジャムる……正確に言うと銃が故障することを総じてそう言うが、才能があるだけで知識も経験も無い先輩が簡単に弾詰まりを直せるとは思えない。


 もう先輩は脅威では無いと判断したあたしは先輩に背を向けると雪たちの下へ数歩歩きだした。


「くそっ!動け!動け!」


 素人が銃をそんな風に扱って暴発したら……。


 ガチャン!


 あり?まさか直った?……以外に運が良いな。


「……!」


 カチャ!

 バシン!


「なっ!」


 先輩は銃のつまりを直し、意気揚々に銃をあたしに向けた事を気配で察したあたしは背後を向けたまま回し蹴りで銃を蹴り飛ばした。銃は宙を舞うと転がっていく。


 あたしは銃を向けながらもう一度先輩に近寄った。


「先輩言っときますが、あたしは基本戦意を失った人間には追撃をしない人間です……まあ例外はありますが。でもそんな人間でも武器が直れば……使える武器が近くにあると知った人間は必ず殺気が蘇る……そういう人間には容赦しません」

「……なら撃てばいい、もう俺の負けは決定している。お前の手で止めを付けろ」

「へ?あたしにそんな気はさらさらありませんよ?雪!」

「ん?今行くわ」


 遼さんの傷口を抑えていた雪はそれを九条君に任せるとあたしの下に走って来る。


「なに?」

「甲賀先輩の処遇は任せるよ」

「それは……あなたなりの気遣い?」

「いや?さっきも言ったけどこれは別に正義のためだとか、偽善じゃないよ。ある意味あたしのポリシー……かな?」

「ポリシー?」

「事件が起きたとき、被害者と加害者がいる。裁判ってものがあるけど、私は被害者には復讐……というか、加害者に対してどう対処するかの選択権があるべきだと思うんだ。今回の被害者は雪……と九条君でしょ? だから甲賀先輩の処遇は、あんたに任せる。それが私のやり方……何か質問は?」

「……さっき他人の復習には興味ないって言ってなかった?」

「興味ないよ?今回あたしはただ単にあたしの脅威を排除しただけ、その脅威が別件の事件の犯人で被害者がいるなら復讐なりなんなり好きにすればいい……それを手伝う気は無いよってだけさ」

「なるほどね……分かったわ」


 雪は杖を持つと甲賀先輩の下へ歩いて行った。あたしはその間、倒した連中を拘束しようと動き出す。


「……雪様」

「甲賀……いえ、甲賀先輩」

「お前は……恨まないのか?」

「え?」

「西宮家を……甲賀家をあんなふうにしてしまった父親に恨みはないのか!」

「無いと言えば噓になりますね」

「だったら何故!俺の復習に手を貸さない!」

「それを達成できたとして、国会議員にはなれません」

「っ!」

「私はまだまだ国会議員としては勉強不足で、勉強することもやるべきことも多くあります。ですがその中身に父への復習は含まれていません」

「ゆきさ……お前は、まだこの状況でも国会議員になりたいと思っているのか?父親が……首相があんなことをしたのに!国民がお前の事を認めると!?」

「ええ、認めてくれないかもしれません。ですが、認めてくれるまで勉強することも行動することも今からでも遅くはないんです。道のりは長いかもしれません、だからこそあの人に復讐する暇など無いのです」

「……」


 ここが甲賀先輩と雪の道が分かれた所以だな。甲賀先輩は過去の栄光を取り戻すために過去を清算しようとした。雪は前を見て進もうとした。どっちが正しいのかはあたしに判断することは出来ないし、する気もない。


「……やれ」

「はい?」

「どんな経緯があろうとも俺はお前を誘拐したんだ。アリスの言う通り、お前は俺に復讐する権利がある」

「そんな気はありません」

「はあ!?」

「この国は法治国家です。アリスの気持ちも分かりますが、私はあくまで法に則ってあなたを裁きたい人間です。だから、あなたに対して個人的な報復はしません」

「……そうか」

「ですが現状、あなたを信用できませんのでアリスに拘束してもらいますが」

「ははは、そうだな」

「……甲賀先輩」

「なんだ?」

「もし将来、私が国会議員として立候補するとき、秘書になっていただけませんか?」

「……それは、甲賀家への償いのつもりか?西宮輝義に代わってお前が甲賀家へ償いをすると?」

「いえ、甲賀先輩は、一度は総理の秘書を務めた方です。その経験を私は買いたい。あなたの行いが許されることではありませんが、幼い頃からあなたを見てきた私の判断として、素養も資質もあると思っています。必要なら裁判での情状酌量も提案させていただきます」

「……考えとくよ」

「ありがとうございます」


 これが本来、雪が持ってる交渉能力か。ちゃんと国民の為に使われれば、国民に信頼される国会議員に成れるだろうさ……ハンデでかすぎるけど。なあに今の雪なら出来るさ。



 倒した連中を一旦、魔法で眠らせ拘束すると、雪に頼まれ甲賀先輩を魔法で眠らせて拘束する。


 そして現在進行形で死にかけている遼さんの下へ向かった。


「大丈夫……あれ?九条君は……」


 雪に変わって傷口を抑えていたはずの九条君は遼さんの傍で眠ってしまっていた。現状遼さんが自分で傷口を抑えている状況だ。


「寝ちゃったか」

「まあしょうがないわよ。今日一日だけで結構な体験をしたんだから、誘拐に巻き込まれるわ、戦いに巻き込まれるわで。普通は疲れるわ」

「そうっすね。でも……」


 遼さんの傷口からは少ないながらも血を流し続けている。もし今から応援を読んでも間に合うか怪しい出血量だ。


「雪」

「ん?」

「ここが地下駐車場なら地上に出る出口があるはず。内側からなら開けられると思うから開けてきて?その間、師匠に救援を頼むから」

「了解」


 そう言うと雪は杖を構え、入り口と思われる場所に歩き出していった。


 それを見守ったあたしは杖を取り出す。これぐらいの傷なら聖霊魔法でも魔素をあまり消費しないはずだ。


「アリスちゃん」

「なんです?九条君は寝てますし、今なら誰も見てないですからちゃっちゃと直しちゃいま……」

「聖霊魔法は使わないで」

「……その理由は?」

「ずっと見てたけど、あなたの戦い方……魔法は使わないけど少なからず魔素は消費するわよね?」

「……そうですね」


 見ただけで分かるとは……さすが元空挺隊員だ。


「誰に教わったかは知らないけど、かなり特殊な戦い方よね?」

「そうっすね。……教わった人は元自衛官なはずです」

「そう……なら会ってみたいわね」

「師匠に聞けばいいんじゃ?師匠に紹介されたので」

「分かったわ。それとこの戦闘が最後じゃないのは分かってるでしょ?本来の目的は二人の内親王を救出すること、その前に魔素が切れるのはあなたにとってもまずいことよ?あたしならまだ耐えられるからここは魔素を温存しなさい」

「……分かりました……じゃあ」


 あたしはショルダーポーチからある物を取り出した。出術用の針と糸だ。


「出血を最低限にするために外科手術……縫合しちゃいましょう!」

「え?……ん?……あー……ちょっと!?なんでそんな物持ってるの!?」

「さっき言ったあたしの戦い方を教えてくれた人の家に簡単な応急処置の本がありまして!簡単な縫合技術なら何度も練習したんですよ!まあ人にやるのは初めてですけどね!」

「いやいやいや!アリスちゃん医師免許は!?」

「もちろん!……持ってませんが?」

「自信満々に言われても!ていうかその手術針と糸は何処から!?」

「通販で」

「なんでそんなものが通販で売ってるのよ!?」

「さあ?あ、でも麻酔はさすがに法律的な観点で無かったので、麻酔無しで行きますね?元空挺なら麻酔無しでも……行けますよねえ!」

「ちょっ!さすがにあたしでも麻酔無しはっ!マジでやるの!?心の準備がっ!まっ!」

「ヒィアウィーゴ―!」

「ああああああ!」



 数分後。


「……アリスちゃん以外に手先器用?」

「知らないっす」


 あたしは順調に傷口を縫い合わせていた。銃弾は貫通していたので縫う傷口は二つ、今は二つ目だ。


「アリスちゃん」

「ん?なんです……ん?」


 外科手術を受けていた遼さんが静かに眠っている九条君の頭を優しく撫でている。


「大輔がうちに来た経緯は聞いた?」

「九条君の両親が遼さんと友人だったってのは聞きました」

「そう……もっと正確に言うとね、親友だった、あたしが初めて恋した男だったのよ」

「……へえ」

「あいつとは高校の時にあったんだけど、すぐに仲良くなっていつも遊ぶようになったの。それでね、自分の気持ちを抑えられなくなって……告白した」

「早いっすね」

「そうね今思っても早すぎたって思うわ。でもあいつは言ったの『ごめん、俺はノーマルだからお前の期待に応えられない』って」

「まあ普通はそうでしょうね……でもその後も友人としての関係は続いたんですよね?」

「そうよ、『でも俺はお前との関係は変えるつもりはない、これからも俺とお前は親友のままだ』って言ってくれたのよ。それ以降もあたしとあいつは高校を卒業しても仲良くしてたわ」

「良い友人だったんですね……なんで自衛隊に入ったんですか?その人も?」

「いえ、あいつは大学に行った後、大学で出会った女性と付き合ってね。そして結婚、小さな小料理屋を営んでいたわ。あたしは……鍛えた男ばかりの職場探してたら自衛隊が一番ピッタリだったから行っただけよ……元々体鍛えるの趣味だったし」

「あ……ははは」


 まあ、遼さんみたいなタイプなら、自衛隊は楽園だと思うのも無理はないか。


「それでね、あいつに子供が生まれた時よ。あいつに言われたの『もし俺が死んだら……大輔を引き取ってくれないか』ってね」

「それじゃあまるで自分がいつ死ぬのか悟ってるみたいじゃ」

「そうよ、あたしも言ったわ。でも『俺がいつ死ぬのかなんて分かるわけないだろ?でも人生何時何があるか分かるわけじゃない、何があっても良いように準備するのは当然だ。俺の気がかりは大輔の将来だ。これを頼めるのは親友のお前だけ……頼めるか?』って言ったのよ」

「……よほど信頼されていたんですね」

「まあね……でも悲劇は起きてしまった。大輔が中学生の頃、夫婦で交通事故に遭ってね……あっけなく死んだわ」

「なるほど……あれ?確か自衛官って独身だと隊舎住まい……まさか自衛官を辞めたのって」

「そう、あいつが死んだって知らせが来たとき、上司に無理言って休んで葬式の手配やら全部やったの……でもね、その時に見た大輔の顔……それを見た瞬間、あたしはもう自衛官を続けられないと悟ったのよ」

「というと?」

「その時までは国の為に死に物狂いで戦ってきた。あなたも知ってるプロソスの案件もね。でももう国の為とかどうでも良くなっちゃったのよ。大輔の傍にさえいれれば後はどうでも良いって思っちゃった……だから自衛官を辞めたのよ」

「なるほど……終わりました」

「ありがと……この件は内緒にしておくわ」

「どうも」


 縫合を終えると、師匠に救援を要請するために立ち上がり携帯を取り出した。


「アリスちゃん」

「何ですか?」

「大輔に聞いたけど、あなた恋愛に興味ないってホント?」

「え?ああ……えーと……興味ないわけでは無いですよ?ただ……」

「ただ?」

「……あたしって識人……つまり転生者じゃないですか……識人にとってこの世界は魔法も使えるし人間以外の種族も居るしで……色々知りたいし冒険したい欲があるんですよ。でもあたし単純で馬鹿だからもし恋愛に手を出したらそっちに集中しちゃって冒険が出来ないかなって思っちゃうんです」

「なるほどね」

「だから九条君には悪いけど、今のことろ恋愛する気はありません。でも将来、神報者をついで色々余裕が出てきて、家族でも持つかってときにまだ九条君があたしの事好きなら……一番に考えますよ」

「……分かったわ。大輔に伝えとくわ」


 あたしは携帯で師匠に電話を掛けた。


「俺だ」

「今どこ?」

「まだ警視庁だよ」

「遅くね!?」

「事が事だからな。体制を万全に整える。もう少しかかる」


 警察はまだ準備段階か……でも龍炎は準備できてそうだし、動いてるとみていいだろう。


「師匠、救急車と警察官を何名か、本社ビルの地下に派遣して、多分入り口は空いてると思うから」

「は?なんでだ」

「あたしなりに調べた結果、雪の誘拐事件と今回の事件は完全に繋がってることが判明したんよ、それで雪の事件の首謀者と一悶着ありまして、手伝ってくれていた遼さんが負傷したんすよ。一応応急措置は済ませたけど一応病院行った方が良いので、手配オナシャス!」

「……分かった、地下だな?」

「イエス!じゃ」

「ちょ……」


 あたしは強引に携帯を切った。


「アリス」


 そこに入り口を開けに言った雪が戻って来る。


「お!どうでした?」

「問題ないわ、それで?遼さんは?」

「何とか無事かな。師匠に救急車と応援頼んだから、すぐに来るはず」

「ならあたしたちは」

「うん、行こうか内部へ。遼さん!後は頑張ってください!行ってきます!」

「ええ!ごめんね、最後まで手伝えなくて!でもあんた達なら無事に解決できるって信じてるわ!」

「はい!」


 あたしは銃のマガジンをチェックし、リロードすると杖を構え、雪と共に本社ビル内部へ潜を始めた。


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