「がっ……ぐっ……ううう」
「そういや雪さん、お尋ねしたいことが」
「別にいいけど……まずは」
「ん?」
「その人の処理を終わらせからでも良くない?」
「…………」
「それもそうか、失敬失敬……あ、落ちた」
本社ビルの地下……何階でしょうか、数えてないので分からないけどあたしたちは侵入後、なるべく見つからずに捜索しようとここまで来た。
時々、このビルに勤めているであろう人と出くわすことがあるが、もちろん我らは救助に来たとは言え、れっきとした不法侵入者である。なるべく穏便に対処するため後ろから羽交い絞めにしては気絶させてロッカー等に隠しているのだ。
……これじゃあメタルギアと変わらんな。ただ相手が銃を持ってない時点でARAの時とは難易度は結構違う事を踏まえればまだ楽ではあるか。
「それで?聞きたいことって?」
「指沼って多分自政党の議員様よな?何かご存じかと思いまして」
「ああ、そういう事。ごめんなさい、名前ぐらいしか知らないわ」
「あ、そうなん?てっきり自政党の議員のほとんど知ってるかと、クラブ?であった議員に関しては結構詳しかったようだから」
「今の自政党に何人の議員が居ると思ってるのよ。全員覚えてるわけないじゃない。それに荒川先生は父と同じ福島県選出の議員なのよ、だから母も最初にコンタクトを取ったの」
なるほど、言っちゃ悪いけど議員になるなら過去のとはいえ身内の地盤があった方がある程度有利にはなる……だから同じ県出身で現在ある程度権力を持ってる人に入り込もうとしたと。
……あれ?となると荒川って新人?
「同じ選挙区……ってことは西宮元総理の後釜で当選したってこと?」
「いえ、細かい区割り的には隣よ。父の選挙区には別で自政党の新人が当選したはず」
「あー、なるほどね」
「それで……あたしも一つ聞いていいかしら?」
「……あー……えっとー……なに聞きたいか分かるので聞かないでもらえると……」
「ならなおさら聞かなきゃね……道迷ったでしょ?」
「…………イエス」
「あんたねえ!」
「しょうがないじゃろ!あたしが地図読めないの存じておりますよね?確かに下水道の地図はもらいましたよ?でもビル内部の見取り図貰った?無いね!それにさっきから卓と連絡とれねえし!道に迷うなってのが無理でしょうが!」
「だとしても早く言いなさいよ!そこらへん探せば見取り図ぐらいあるでしょ!」
「あのさあ、新入社員の研修じゃねえのよ!大抵貰って案内されたら捨てるでしょうが!」
「でも客が来たときに迷わないように簡単に見取り図ぐらい飾ってあるのが普通でしょうが!」
「そうかもしれんけども!そんなの探してたら時間かかるでしょうが!これは殺人事件やなくて誘拐事件やぞ!時間がないんやぞ!適当に歩いた方が何とかなるでしょうが!ゲーマー舐めんな!」
「あんたねえ!」
その時だった。
「……っ!」
雪の背後、口喧嘩がヒートアップしすぎて雪は気づかなかったが、向き的にはあたしの方が自然と視線に入っていたため気づけた。ただの重工業の本社ビルなのに何故かバールのようなものを振り上げた男性職員が近づいていたのだ。
「雪!伏せろ!」
「……っ!」
少し驚きの表情を見せた雪だが、あたしと何度も死線を潜り抜けたおかげかすぐに指示に従いしゃがみ込む。
男性職員はバールの先端がちょうど雪に当たるように振り下ろす。
……まずいな、距離的に右足で何とか防げるか?考えるな……とにかく動け!
ガツン!
「がっ!」
「へ?」
その時、予想外の事態が起きた。誰もいないはずのたった今あたしたちが通ってきた通路から何故か……棒のようなものが飛び出すと男性職員の脳天に衝突、壁に押し付けたのだ。頭が壁に激突した職員はその場に気絶する。
「……は?」
よく見ると、棒状の何かは日本刀の鞘だった。だが待ってほしい、この状況で魔法も銃器も使わずに刀をメインウエポンとして使う人間などあたしの知ってる限り二人程度しかおらんはずだ。
だがその内の一人は現在進行形でこっちに向かう準備をしてるかもう向かってるはずだ。だとするとこの刀の鞘の持ち主は……。
「まったく、普通の会社のビルとは言え、敵地に居るんですからもっと警戒しなければだめですよ?」
「……ははは、まーじか」
そう、士郎さんだった。
「お久しぶりですね、アリスさん、雪さんも……お怪我は?」
「大丈夫です、助かりました」
「……いやいやいや!何で士郎さん居るんですか!?え!あれですか!インターンか何かで偶々この会社来てたとかですか!じゃなかったらなんでこんな場所に!?ていうかどこから来たんすか!」
「あれ?雪さんから聞いてないんですか?雪さんから救助要請を受けまして、地下から来ましたけど」
「ん?どゆこと?」
「あなた遼さんを連れてくとき、戦力は多い方が良いって言ってたじゃない?現に遼さんは負傷、なら追加戦力として士郎先輩は貴重な戦力になると思っただけよ」
「あー……うんなるほど?」
なるほどね、現状遼さんが居なくなった今、戦力はあたしだけ……そんな中雪が知ってる人で確実に戦力になるのは……サチとコウ、駄目だな、皇族が誘拐されて霞家自体がてんやわんやしてるんだ、呼んでも来れるわけがない……となると次点で士郎さんか……よく考えれば合理的だな。
「ちょっと待って?雪、士郎さんにどうやって連絡とったん?士郎さん携帯持ってないはずじゃ?」
「ああ、つい最近購入しました!必要ないと思ってたんですけどねえ、意外や意外!結構便利なんですよ!」
「ああ……そうすか」
なんか昭和のサラリーマンが、周りにスマホ勧められても『そんなのいらねぇ』とか言ってたくせに、いざ持ってみたらドハマリするみたいなアレだな。
「後アリスさん、卓さんより補給物資です」
「へ?なんで卓のこと知ってるんすか?」
「ゾンビゲームの時頭に話しかけていた方が卓さんでしょ?あの時の声を覚えていたんですよ。それでお二人が潜った地下の入り口付近に居たので話しかけたら、いってらっしゃいとこれを」
士郎さんはあたしにスタングレネードとこのビルの見取り図を渡した。
「……わー助かるー……潜入前に渡してくれていたらもっと助かったー」
それにスタンは確かに予備の一個があるがそれでも補給物資は無いよりは合った方が良い。戦闘に夢中で無線機使ってなかったけど、まさか卓あたしの性格読んで常に通信できるモードにしておいたな?それでスタンの不足に気づいたと……あたし以外の人たちは優秀だなあ!……ほんとに。
「アリスさん達が潜入を開始してから地図を入手するために色々探っていたらしいです……それで?準備は良いですか?時間もなさそうですし、行きますか」
「行きますか」
「……雪さん」
「なによ」
「地図をお願いします」
「あんたねえ!」
しょうがねえじゃん!分からんものは分からん!
あたしは雪に『恐らくだけど、防衛産業博覧会に出てたロボットを整備できる広めの場所に居ると思うからそこを優先的に』と指示を出したので、雪はすぐさま地図上でそれらしき場所を見つけると足早に向か始めていた。
そして捜索を開始すること十分程度。
「地図だと……このエリアで一番大きいのはあそこになってるわね」
「居るかなあ……とりあえず近づきますか」
雪が指さす部屋の入り口に静かに近づいた時だ。恐らく防音のドアの為だろう、小さいが明らかに誰かの声が聞こえてくる。
ドアには丸い窓が付いていたのでそこからのぞき込む。そこに居たのは……角度的に見えないが何人かのスーツを着た連中、ここで働く研究員だろうか白衣を着た男、そして、あの顔は見間違うわけがない、博覧会で見た指沼議員だった。
「ビンゴ」
「見つけた?なら……」
「待って」
「……?」
あたしは気づかれないよにゆっくりとドアを開ける、すると先ほどまでうっすらとしか聞こえなかった音声がはっきりと耳に届いてきた。
「いやあ!遅れてしまって申し訳ない。今回の件で警視庁どころか政府も動いてしまってね。対応で遅れてしまいました……四人ともお怪我は?」
間違いない、指沼の声だ。……ん?四人?まさか、誘拐されたの……内親王二人だけじゃないの!?考えられるのは……婚約者か!?面倒になことになってるぞおい。
あたしはゆっくりとある物を取り出す……カセットテープとプレイヤーだ。それをスッと部屋の内側に置くと録音を開始する。
「何してるのよ」
「相手は国会議員、今乗り込んで仮に確保できても圧力等で不起訴になったらまずいでしょ?なら言い逃れ出来ない証拠は作っておかないと。カセットテープはいいねえ……改ざんがしにくいから……アナログ万歳」
「なるほどね」
雪が納得する。同時にあたしは部屋内部の会話に集中した。
「あなたは……確か博覧会に来ていた……申し訳ありません」
「ああ!良いのですよ!私はまだ若輩者!当選回数も多くはありませんので!一応名乗っておくと自政党の指沼と申します」
「何故このようなことを!」
「……私も本当ならこんなことはしたくないのですがねえ、そこの橋本がどうしても試したい実験があると聞かなくてですね、それには皇族の人間でないと駄目だとどうしても聞かなくて」
橋本がゆっくりとお辞儀をする。
「もしそうならちゃんと正式に依頼をすればよいではありませんか!皇族は元々研究一家でも知られているんです!ちゃんと目的を言ってくれれば協力ぐらい……」
そりゃそうだ帝ですらあのロボットに興味津々だったんだ。少しぐらいなら協力してくれんじゃない?知らんけど。
「いやあ……それが出来ないのですよ」
「……それはどうして……」
「被験者が……必ず死ぬからですね」
「……っ!」
「……マジかよ」
その実験に協力したら確実に死ぬ……そりゃあ最初からそんなことが分かってるなら正式に依頼できねえわな。一般人でも受けんわ……皇族ならなおさらだ。
「ですが、お二人は今は皇族とは言えご結婚すれば皇籍からは外れ一般人となられる……将来的に天皇になられる男性皇族とは違うのですからここで居なくなってもまあ……問題ないでしょ?」
「……」
あいつ本当に国会議員か?言ってることやばくない?国会議員として一般人を犠牲にすることを躊躇もしない奴はドラマとかでもよく見かけるけど、自分の成果の為に女性皇族の犠牲に躊躇もないとか……いかれてやがる。曲がりなりにも現在は皇族やぞ?
それと……。
「雪さん、落ち着きましょ」
「……でも!」
雪さんがさっきから内部に突入した層にうずうずしてらっしゃる。少しずつ部屋に入るために近づく体を何とかあたしと士郎さんで抑えてる状況だ。
「あなた神報者付きでしょ!何とも思わないの!?」
「そりゃあ思うところありますよ?でも無策で突入して意味あるとお思いで?」
「そうですよ、雪さんもいろいろ経験して分かってるはずです。まずは室内の状況把握、敵の人数の把握、位置の把握、動く順序、色々考えなければ圧倒的に不利なのはこちらなんですから」
「……」
士郎さんが居てくれてよかった。あたしだけじゃ、雪を止められなかっただろう。
「さて……それでも見てるだけじゃこの状況は好転しませんね。どうしましょうか?」
「そうっすね、とりあえず」
あたしはレコーダーを回収する。……あたしたちの存在に気づいてないから自らぺちゃくちゃと色々喋ってくれたおかげで証拠としては十分すぎるぐらいだ。
「士郎さん」
「はい」
「部屋に入って左側の壁に恐らく四人は居ます……二人はある意味想定外ですけど。一瞬確認しただけですけど、スロープのようなものを確認しました。結構無茶な注文ですけど……何秒あれば全員……手元に確保できますか?戦闘員は……菖蒲さんの話が正しければ約五人前後」
「……っ!」
雪が驚愕する。そう、普通に考えれば不可能な作戦だ。だが……何となくだ、何となくだが士郎さんならやってくれそうな気がする。
「……別方向に、完全に別方向に視線を逸らしてくれるなら……十、いや十五秒あれば何とか……保証は出来かねますが」
「あたしの今回の任務はあくまで内親王二人の救助です。最悪の場合、婚約者二人はどうなっても良い……これでは?」
「あんた」
非人道的な事を言ってるのは分かる。だが今最優先なのは皇族の二人の安全だ。あたし的には二人さえ無事ならどうでも良い。
「……問題ありません」
「了解っす」
あたしは立ち上がると、腰からスタングレネードを取り出す。相手は完全に未経験者だ、なら数秒……希望的観測で十秒粘れる……後はあたし次第かな。
ピンを抜く……そして。
ドン!
少しだけ開いていた扉を蹴り開けた。
「……っ!」
「なんだっ!」
部屋の内部から戸惑いの声が聞こえてくる……今だ。
スタングレネードを内部に投げ入れると同時に、あたしも部屋に侵入した。スロープの通路には転倒防止か転落防止の手すりが付いている
ダン!
あたしはそれを乗り越えようと、ジャンプし同時に銃と杖を構えた。……さあ、最終戦闘開始である。
ガツン!
「……ん?……あり?」
目測を誤ったのか左足が手すりにぶつかる……あーあ、完璧だったのに。