戦闘の為に目線を驚きの表情を向けている集団に向けていたが、脳が直ぐに修正し、意識が直ぐにあたしの左足に向けられた。
何とか体勢を立て直そうと両手で手すりを掴もうとするが……遅かった。体の重心はすでに手すりの向こう側、今更なにも出来ない。
「にゃあああ!」
「アリス!?」
バン!
あたしが床に激突すると同時にスタンが炸裂した。もう一度言っておこう、確かに特殊部隊の隊員はスタンの閃光や爆音に慣れている……そしてあたしも同様だ。だがしかし!意識が完全に体制を整えることに集中しきっているあたしには……効いてしまうのだ。
「ぎゃあああ!」
「なんだっ!」
「目がっ!耳がっ!」
集団がスタンの炸裂にのたうち回る間、あたしの至近距離での炸裂にのたうち回った。だがここで久子師匠との稽古の成果が発揮される、無意識下でもちゃんとあたしは受け身を取れたのである……見てますか!久子師匠!これこそ稽古の成果っすよね!
ゴロンゴロン……ガツン!
「んぎゃ!」
だが閃光で目をやられているあたしは受け身を取ったは良いもののどこに転がったのか良く分からずに……思いっきり金属の壁に額を打ち付けた。
数秒後。
トン!
雪がゆっくりと降りてくると、あたし元へ歩いてくる。
「……一応聞くけど、大丈夫?」
「大丈夫!なんか失敗しましたが!」
「あんた大きな事件の時は結構いい動き見せるけど……普段は時々ミスるのよね……それが今回出たわね」
「……言わんといてくれる?」
「これも一応言っておくけど……額から血出てるわよ」
「え?……ほんまや!……まあ!問題無し」
「貴様ら!」
「お?」
指沼が少しよろめきながらこちらを睨んでいる。そしてほぼ同時に恐らく甲賀家の人たちだろう、奴らも拳銃と杖をこちらに構えている……回復早いな。
「ここをどこだと思っている!関係者以外は立ち入り……禁止……ん?」
指沼はこちらに怒号を飛ばしている。だが目が慣れてきて侵入者の正体が認識できるようになると、驚きの表情を見せた。
「お前は……確か」
「指沼議員!博覧会以来ですね!覚えてますか!後ろで座ってたんですけど!」
「……神報者付!」
おお!覚えてくれていましたか!やっとあたしも顔が知られるようになってきましたか!
「何故貴様がこんな所に居るのだ!」
「……何か道に迷いまして!いつの間にかここに来たんすよ!いやあ!偶然だなあ!さっきまで下水道歩いていたつもりだったのになあ!」
「そんな嘘が通じると思っているのか!」
ちょっとした冗談ですやん!
「神報者付がここまで来ている……神報者はもう気づいたのか?馬鹿な!気づける要素は無かったはず!」
そりゃあ、師匠とは全く別のルートでここまで来ましたから。師匠は現在進行形でこっちに向かってる最中じゃないっすかね?
「まあいい、人質はまだこっちにあるんだ。何も出来ることはあるまい」
「え?人質?どこに居るんですか?」
「ははは!何を言っているんだ!四人はまだこっちに……」
指沼は人質が居た場所を指さすが……もうすでにそこには誰もいなかった。
「な……貴様ら人質はどうした!」
「え?……あれ?」
「確かにさっきまでは!」
「いやあ!アリスさん、少し予定とは違いますが……さすがです」
気が付くと、士郎さんが菖蒲さんや百合さんだけじゃなく、婚約者まで連れてこちら側に来ていた……あなた忍者か何かですか?
「言わんといてください……あたしだって少し予定外なんすから」
「なっ!いつの間に!?」
「アリスちゃん!」
「菖蒲さん……お久しぶりです、電話ぶりですね」
「電話?それにその声……あの時の!?」
声を聴くに、約一時間前あたしと喋った男性はあいつか。なるほど……甲賀家の人間だったのね。
「おや!一時間ぶりです!あの時はどうも!」
「貴様!何を喋ったのだ!」
「いえ!目の前で私たちも内容を聞いていました!確かにあの時、地下に居るような表現をしていたことはありましたが……ここが特定できるような言葉は無かったはずです!」
「ふふん!」
解放された菖蒲さんがドヤ顔をする。まるで菖蒲さんとあたしにしか通じない暗号か何かでやりとりをし、ここまで導くことが出来たと自負しているようだ。
「いや……あの、申し訳ないすけど……さすがにあの内容でここを特定するのは不可能でしたよ?」
「は?」
「え?」
「だって仮に菖蒲さんが暗号か何か使ったとして……示し合わせてないのに突然それで会話するのは無理があるでしょ?」
「えええ!」
一番驚いたのは菖蒲さんだった……もしかして菖蒲さん、マジで何かしらの暗号使ってました?……もしそうならすんません……あたしにそんな脳みそ有りません!そんなことできるわけないでしょうが!
「じゃあどうやって!」
「これっすね」
あたしは携帯を取り出す。
「それは……携帯?」
「携帯って、電波で通話するじゃないですか。で、その電波を追跡すれば、ある程度の位置が割り出せるんです。だから、あの電話の目的は単なる時間稼ぎでした」
「ふふふ……つまり、電話に出て喋った時点で負けだったのか」
「そうなりますね」
「……ちょっと待て。さっき、下水道……地下を通って来たと言ったな?地下には甲賀家の人間が……隼人さまが居たはずだ!それは!」
「ああ、少してこずりましたけど……全員倒しました!まあ安心してください、殺してはいません」
「馬鹿な!あいつらがやられるだと!?」
「信じられないかもしれないすけど……現にあたしがここに居る時点でねえ……そう思うほかないでしょ?」
「……」
「そんなことどうでも良いわ!」
あたしと甲賀家の人との会話を聞いていた指沼が怒鳴り声を上げる。まあ、どうでも良いと言えばそうか。
「まだだ……まだ負けではない!」
いやいやいや、負けでしょ?人質こっちよ?後は脱出するだけさ。
「……少し想定外だったが、まあいい。おい、こっちにこい!貸したものを有効活用しなさい!君なら出来るだろう?」
「はあ?何言って……」
「きゃあああ!」
「え?」
左側から悲鳴が聞こえる。そちら側に目を向けると……驚いた。なんと、双子の婚約者の弟が……いつから持っていたのか銃を百合さんに向けて立っていた。
「……あれ?えーと……」
マジで名前が出てこない。誰だっけ?
「正則……なんで」
「ごめん兄さん……仕方がなかったんだ」
ああ、正則さんでしたか……お兄さんは……時之さんでしたっけ?
「……正則さん、何やってるんですか?」
「僕は……」
「ん?僕は?」
「僕は、本当は……菖蒲さんが好きだったんだ!」
……時が数秒ほど、止まった。
「……うん……ん?……んんん?……ほう?」
ええええええええええええ!?
いまなんつった!?僕は菖蒲さんが好き!?あれ?なんだこれ?人を助けに来たと思ったら、なんか別の問題というか、別の物語が始まったぞ?
「正則……どういうことだ?そんなこと一言も」
兄の時之さんが頭に?マークを浮かべている。そりゃそうだ!この状況でいきなり弟から謎のカミングアウトが起きたのだから。
「兄から菖蒲さんを紹介された時、一目惚れしちゃったんだよ!綺麗で、性格も良くて!だから後で兄さんから奪えば良いと思ったんだ!でも……」
でも?というかさらっととんでもねえ事言ったぞこの人!公然と寝取り宣言してらっしゃいますが!?
「兄弟だからか、相手も姉妹だから双子同士で婚約すれば話題にもなるって父さんから言われて僕は百合さんと婚約することになった……それが耐えられなかったんだ!僕が好きなのは菖蒲さんだ!」
まあ……確かに皇族で双子というのも話題になるが、その二人の結婚相手が双子……なるほど、確かに話題にはなるか……本人の了承は別にして。
「そうか……お前はずっと素直だと思ってたけど……耐えていたんだな。なら菖蒲さんはお前に譲るよ」
「え?」
「え?」
いいの?ていうか時之さん弟に優しすぎない!?自分が恋した相手だろ?なら弟と奪い合うぐらいしないの!?恋愛漫画って普通そういう展開になったりするもんじゃないの?
「いやだ!あたしは時之さんが好きなの!だから譲れない!百合で何とか我慢してよ!?」
「できません!僕は菖蒲さんが好きなんだ!」
……おかしい。あたしは人質を救出しに来たはずだ。なのに、何故唐突にラブストーリーが……というか三角関係による恋のバトルが勃発しているのだろうか。
ていうか、菖蒲さん。前見た時から素直で正直なお人だなとは思ってましたけども、素直すぎませんか?見てみてくださいよ、完全に蚊帳の外になってる百合さんを!自分の姉だけがモテて自分にはそういう視線が来ないことに何かしらのジェラシーを感じている人の顔だよアレ!いたたまれないよ!
安心してよ百合さん!確かに菖蒲さんは綺麗だけど、同じ双子なんだ!同じくらい綺麗だよ!最初の会話から少しクールなのかな?って思ってるけど、逆だよ!正則さん!知ってますか?そういうクールな女性が意中の男性にだけ見せる表情は……デレの表情は来るよ?ギャップ萌えって言うんですけど分かりますか?
もはや今この場は誘拐だとか人体実験だとか物騒なワードが飛び交っていたとは到底思えない空気が漂ってしまっていた。
雪や士郎さん、敵方の甲賀家の人々、橋本とか言う科学者ですら三人の突如勃発した恋のバトルを申し訳なさそうに見てるしかできなかったのだ……一人以外は。
「意味わからん喧嘩を辞めろ!正則君!早く連れてくるんだ!」
人の恋路にまったく興味なさそうな指沼が正則に指示を出す。正則は百合さんに銃を向けるとゆっくり指沼の方に歩き出した。
……まあ、良く分からんバトルが一時中断したわけですし……あたしも動きますか。