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同時誘拐事件 19

「アリス!?」

「く、来るな!う、撃つぞ!」


 正則さんは立ち止まり震えながら銃口を百合さんのこめかみに向ける。なるほど百合さんは眼中にないから別に銃を向けても構わんと……愚かだ。


「正則さん駄目です!被験者は出来れば生きたままの方が!魔素の質が違います!」

「……っ!」


 そう言われた正則さんは正直に銃口をあたしに向ける。


 さてさっきから聞きたいと思っていた事を聞くか。


「なあ!橋本さん!さっきから気になってたんだけどさ!なんで一般人じゃなくって皇族なんすか?皇族じゃないと駄目な理由を教えてくれません?」

「あ?そんなこと言うわけが」

「皇族に生まれた者には特殊な魔素を生成できるという逸話があるんですよ!」

「貴様!」


 指沼は止めようとしたが、橋本は目を輝かせて喋り出す。研究者なんだ、知りたいと思うものが居ればしゃべりたくなるのは科学者のサガでしょ?


「特殊な魔素?」

「ええ、昔から代々天皇陛下は普通の人より短命だと言われてきました。名だたる科学者や医者がこの問題に取り組んできたのです!ですがはっきりしたことは分かりませんでした!ですがもしこれが皇族のみに受け継がれる特殊な魔素を生成できる能力によるものなら?それなら説明がつくでしょう!」

「それがこの実験と何の関係があるんすか?」

「私は別にこの問題に取り組む気はありません。ですがこのロボットは……『RAY』は空気中の魔素をエネルギー源として取り込むことが出来るんです!そして魔素を含んだものを胸部にある魔素のコアに直接取り込ませると魔素の種類によって強化できる!……はずです!なら皇族にしか受け継がれない特殊な魔素を取り込めば……このRAYはもっと強くなる!」


 ……この話を聞いた瞬間、反応が大きく二つに分かれた。一つは今までだったら外部供給による魔素補充で動いていたものを自力で補充できるロボットの完成に驚きつつ、魔素を含むということは人間でも十分そのエネルギー源になりえるということに驚いた、雪や士郎さん、甲賀家の面々だ。


 もう一つは……皇族のみに受け継がれる特殊な魔素……つまり神楽の神代魔素だ。だが神楽については政府の……総理大臣すら知らない存在なはず、それにその神代魔素も神代魔法も本来は神楽しか使えない代物のはずだ。


 もし……もし、この橋本の言うことが真実ならば神楽だけではなく皇族全員が使えはしないものの神代魔素を受け継いでいるということになる。その事実に菖蒲さんと百合さんは驚いた。


 そして例外的にあたしは別の意味で驚いていた。


 ……やっぱメタルギアじゃねーか!レックスにレイ?まんまメタルギアだよ!誰だよこいつにメタルギア教えたの!


「そうすか……分かりました」


 というとあたしは普通に正則さんの下へ歩き出す。聞きたいことは聞いた……だからとはいえそれが分かったとはいえ、今はどうすることも出来ないので正則さんの対処を終わらせる。


「来るなあ!」

「撃って構わんぞ!正則君!神報者付はお師匠様とは違い不老不死では無いんだ!ここで死んでもどうにでもなる」

「撃ってみなよ……どうせ撃てない」

「な、舐めやがって……僕に人が撃てないとでも?」

「いや?多分だけどあんたは撃てるよ。でも……それでも撃てない理由があるんだよ」

「……?う、ああああああ!」


 カチン!


 正則さんは思いっきりトリガーを引いた。その瞬間、その場のあたし以外が目を瞑る。


「……え?」


 だが弾は発射されなかった。


「な、何で」


 何故銃が発射されなかったのか……理由は簡単だ。正則さんが持ってる銃は1911であり、シングルアクション……つまりハンマーを起こさない限り絶対に撃てないのだ。


 百合さんに銃を向けた際、ハンマーが起きてないことを確認したあたしは確実に撃てないことを知っていたため近づいたのだ。


 バシッ!ドスッ!


「うわっ!」


 あたしは合気道やら格闘シーンでよく見る瞬時に拳銃を奪うアレで銃を奪うと正則さんさんを蹴飛ばした。そしてその反動で百合さんが前にもたれかかって来たので右手で抱きしめる。


 一応銃のチャンバーを確認……おい、チャンバーに弾すら入ってないじゃないか!さすがに撃てるようにはしておけよ!


 スライドを引き、弾を装填した。そして天井に向けて一発放つ。


 バン!


「……確かに銃は誰でも指さえあれば命を刈り取れるようにはできてますが、最低限の知識は必要ですよ?全く撃てるようになってない銃じゃ人は殺せませんって……百合さん大丈夫ですか?」

「……あ、はい」


 助けた百合さんは何故か顔を紅潮させていた。……なんで?ま、いいや。銃の弾丸を全て抜くと、スライドを分解した。これでこの武器は役に立たない。


「どいつもこいつも!役立たずめ!」


 頼み……いや役立つとは思ってなかった切り札が役に立たないと分かるや地団太を踏んでいた。


「指沼さん、一応言っておくけど、あなたの先ほどの会話、録音してあるんで議員さんお得意の秘書のせいやら圧力やらは通じないよ?」

「……西宮君!」

「……?」

「き、君を秘書に……公設秘書にしてやる!だからこちら側に付きなさい!そうすれば幹事長に頼んで自政党有利の選挙区から自政党公認で出馬させてあげよう!君は元々西宮家復興の為に議員になると言っていたそうじゃないか!どうだい?悪くない提案では……」

「お断りいたします」


 指沼が提案を仕切る前に雪が即答した。


「……なっ!」

「そもそも私はまだ出馬できる年齢じゃないので出馬できませんし、今の所出馬する気はありません……そして誰かの秘書になるつもりはありません」

「な……何故だ!荒川先生に聞いたぞ!荒川先生に頼み込んで秘書にしてもらおうとした君が!何故だ!」

「確かにあの時の私は議員になるには秘書になるのが一番の近道だと思ってました。ですが……その後、色々な人と出会い、話して分かったんです……本来、国会議員はなろうとして、他の先生方にならせていただくものではない……」

「……あ?」

「有権者……国民がこの人こそふさわしい、この人になら国を任せられると思った人間こそ国会議員になるべきなのだと、そして国会議員になった者は先輩たちから学び、国民の生活の助けになる存在になるべきだと。そして私はまだまだ勉強不足です、国民が何を望んでそれを叶えるためには何をすれば良いのかすら分かっていない……ですが少なくとも、指沼先生は私が考える……国民が望む学ぶべき国会議員では無いと判断したまでです……指沼先生の選挙区の有権者には失礼になるかもしれませんが」

「…………」


 指沼は何も言えなくなった。顔を真っ赤にしている。


 よく言った!これは……取り繕った言葉では無い。雪の心からの本心だ。そもそもこのような状況でこいつ側についたとてだ、飼い殺しにされる可能性の方がはるかに高いの明白、よほどの馬鹿かこいつに何かしらの弱みを握られてない限り、こいつにつくことは無いだろう。


「もう……十分ですね」


 見ると、士郎さんも後輩の成長に何かを感じたようだ。少し嬉しいような寂しいような表情をしている。


「……橋本!こいつは!こいつは動かないのか!」

「えーと……起動に魔素を消費するので……あと一人分くらい必要ですね」

「なら……お前来い!」

「えっ!ちょっ!」


 橋本さん!?いくら動かすためとはいえさ、普通の人間を使おうとする行為になんも感じないんか?……ヤバいサイコパスだな。


 ちょうど近くに居た甲賀家の人間を掴むとレイの胸部装甲の前に連れてくる。そして橋本が胸部装甲を開けた時だった。胸部装甲内部には白色、いや虹色だろうか、形容しがたい色の何かが浮かんでいた。


 ……あれが魔素のコア?いや魔素なんぞ見た事ないし、本当に魔素の塊なのかすら怪しいんだけども……まじどういう仕組み?


「さあ!甲賀の者よ!契約はまだ残っているのだ!役目を果たせ!」

「ちょっ!まっ!やめっ!ああああああ!」


 甲賀家の人の右腕が魔素の塊に触れたその時だった。


「ああああああ!」

「わーお」


 魔素に触れた右腕が分解……いや溶けて?魔素の塊に吸収されていく。何故か服すらも溶けていく。


「……」

「……」

「……」


 長いようで短い悲鳴が終わると、甲賀の人は影も形もなく吸収された。そして……。


『起動可能魔素量を確認。起動シークエンスに入ります』


 ウィィィィン!


 何処か無機質な女性の音声と共にレイがけたたましい音を鳴らしだす。


「貴様らも働けえ!あいつらをここから逃がすなあ!」

「……」


 甲賀家の人は明らかに動揺していた。そりゃそうだ、身内がいきなり吸い込まれて何処かへ行ってしまったのだ……生死すら不明で。


 だがさすが名家なのか、先ほどの契約とやらなのか、何か決意をしたように銃と杖をこちらに構えた。


 さて、どうするか。まずもっての問題はレイさんじゃない、あんなロボットいくら人工知能があろうが人がある程度制御してるんだ、後でどうにでもなる。なら問題はめっちゃ戦闘モードに入ってらっしゃる甲賀家の方々の対処だ。


 確実に銃撃戦になるだろう……あたしや士郎さん、雪ならともかく、杖すら持ってるか怪しい四人は逃がした方が得策か……その方があたしも戦いやすい。


「雪」

「ん?」

「予備の……最後のスタンを投げる……その隙にそこの四人をまずは上に避難させて。出口までのシールドは張るから……行ける?」

「……一応聞くわ。あなたは?」

「戦うよ、士郎さんが良ければですけど、乗りかかった舟……いや自分で巻き込まれに行った事件だけど解決したいじゃん?どうですか?士郎さん」

「もちろん、ここまで来たんです。最後まで見届けるためにも戦いますよ」

「あざす!それと雪これ」


 あたしは雪にレコーダーを渡した。


「これって指沼の?」

「そう、あたしが持ってたら壊れそうでさ、それに多分師匠が警察と一緒に上まで来てるはずだから四人の保護と証拠の提出……出来る?」

「任せて」

「アリスちゃん」


 菖蒲さんがあたしに抱き着こうとするがそれを拒否する。


「また後で会いましょう」

「……うん」


 あたしはスタンを取り出すと。雪たちの前に立つ。


「……ん?」


 よく見ると、甲賀家の人々は戦う姿勢を見せてはいるものの、その表情に戦意が感じられなかった。なるほど、身内が犠牲になったのを間近で見ているのだ、指沼が見ているから姿勢こそ見せるが本音は戦いたくないと。さっきのは演技か。


 ならなおさら殺す必要がなくなるな。


「貴様ら!誰一人逃がすな!最悪全員殺しても構わん!」


 まだ言ってるのか。


 あたしは士郎さんに目配せをすると同時に、甲賀家の人にもさりげなくスタンを見せた。


「……」


 あたしと電話で喋った人が小さく頷く。


「……おっけ」


 ピンを抜くと、目の前にスタンを投げた。


「走れえええ!」

「しまっ!」


 バン!


「ぎゃあああ!」

「目があああ!」


 スタンが炸裂した瞬間、先ほどとはうって変わって少し演技っぽい甲賀家の悲鳴が聞こえる。同時に四人を連れた雪が杖を構えながら手すりを登り、出口に向かった。


「くっ!殺せ!殺せえええ!」


 バンバンバン!


 本当に視界がやられているのか、それとも演技なのか、甲賀家の人々が銃を乱射するが全て明後日の方に飛んでいく。


 あたしと士郎さんは、雪が脱出するまで入り口で流れ弾に当たらないようにシールドを展開する。そして脱出が完了した瞬間、またもとの位置へ戻った。


「……役立たず!役立たずどもめ!」

「さて……どうします?」

「守る対象が居なくなったらこっちのもんですよ。……士郎さん一応言っておきますけど、殺しちゃ駄目ですからね?それ真剣でしょ?」

「もちろん分かってます」


 士郎さんは刀を抜くと、構える。それを見てあたしも銃と杖を構えた。


「……もういい!貴様ら!時間を稼げ!こいつが起動するまでの時間稼ぎをしろ!それぐらいは出来るだろうが!」


 甲賀家の人々が銃を構えると、ゆっくり近寄って来る。


 まあもう戦う気はないでしょうけども、立場的に無理なのかねえ。なら痛くないようにやりますので多少でも演技してくださいよ?


 さあ……ある意味最終決戦だ……始めようか。


 あたしはいつも通り、全力で敵に走り出した。


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