レイに吸い込まれていった一人を除いて敵……いややる気のなくなった甲賀家の人々は四人になった。
士郎さんがいるから、あたしは右側の二人を無力化すればいい。
「撃て!撃て!殺せえええ!」
相変わらず指沼は後ろから叫んでいるだけだ。あのさあ戦闘、戦術を知らない人間が偉そうに指示するのが一番迷惑なのを……ご存じない?
まあとにかく、まずは一人目の処理だ。
一人目、あたしと電話でやり取りをし、アイコンタクトを取った恐らくこの集団においてリーダー的な役割を担っているだろう目の前の人は撃つか撃たないか迷っているようだ。
とりあえず、流れ弾が士郎さんに行かないように右側に膨らみつつあたしも銃と杖を構える。
「撃てと言っているのが分からんのか!」
「……くっ!」
バンバンバン!
「おっ!」
指沼の激昂により、男性はあたしに向かって渋々数発銃を撃ってきた。だがやはり当てるつもりは無いようだ。シールドにすら当たらず銃弾は背後に抜けていく。
バチン!バチチチチチ!
「え?」
銃弾が何かに当たった瞬間、何かが壊れる音と、火花が散る音が聞こえた。後ろを確認すると、精密機械満載の巨大な機械に命中したようだ。
だがあたしの記憶が確かなら、この機械とレイは繋がっていたはずだ。レイの起動に必要なプログラム管理等もこの機械でやっている可能性が高い……つまり、現状あたし以上に銃弾が命中しちゃあかん存在だということが……今わかった。
「……仕方がない」
ダッ!
「……っ!」
あたしは男に突っ込んだ。現状、背後に取り扱い注意の機械があり、銃を撃たせてならないのなら……格闘戦に移行するしかない……魔素の残量的に不安だ、だが相手のやる気がないなら魔素はいらない。
『殴れ』
「……え?」
あたしは目の前の男に声を出さず、口の動きだけで伝えた。格闘戦であれば相手の協力でなるべく痛みもなく制圧は可能なのだ。
「……」
男は頷きこそしなかったけど、あたしの顔面目掛けて拳銃で殴り掛かって来る。
よし。
パシッ!グルン!バタン!
「おわっ!」
あたしはそれを掴むと子手返しで投げる。
バン!バン!
「がっ!」
一応、胸に一発、頭部付近の床に一発銃弾を発射した。どうせ防弾チョッキつけてるんでしょ?なら一発ぐらい食らっておきなさい。
「こ、この野郎!」
リーダーをやられたことに少々キレたのか、それとも演技なのかもう一人の男性もこちらに近寄ってあたしを掴もうとする。
「ふん!」
バン!バタン!
「ぐっ!」
右手で掴んで来る両手をいなしながら相手の右腕を掴むと同じように胸に一発撃ちこみ、そのまま同じように投げた。
そして、やられてもう立ち上がれませんという意思表示なのか、あたしが倒した二人は胸を抑えるとその場で倒れるままになった。
「こっちは終了、あっちは……」
「ぎゃあああ!」
士郎さんはどうなっているのか、そっちに視線を向けようとした瞬間、特大の悲鳴が響いてくる。どうやら指沼のものらしい。
士郎さんはあたしと同じように甲賀家の人たちを制圧(こちらも多分演技)、甲賀家の人が痛むふりをして倒れた後、逃げようとしたのかは不明だが、指沼の肩に一発刀をお見舞いしていた。
「まったく責任取るべき方が逃げるなんて駄目じゃないですか」
おっしゃる通りです。
「おい!このロボットはまだか!」
「いや……あの……」
橋本は狼狽していた。理由は……うん、別に劣勢だからということでは無いだろう。
銃弾が機械を打ち抜き、火花を散らしている……うん、これ起こりえるのは二パターンだな。AIを管理している機械が壊れた事により、緊急停止するか……あるいは。
『起動シークエンス中に異常……確認……しました。異常……異常……異常……』
やばい……これどっちだ?
「どうした橋本!早く起動させろ!」
「あ……あ……あ」
その時だった。
先ほどまで鳴り響いていた。駆動音が小さくなった。例えるならエンジンを掛けたばっかりの車のエンジン音が落ちついた感じだ。
『起動を完了し……ました。自己……自己防衛……モードに移行します』
今なんて?
「よし起動したな!さっさとこいつらを殺っ……は?」
起動を完了したレイくんは、『自己防衛モード』というわけ分からんモードに入ると、近くに居た指沼をアームで掴んだ。
「なっ!何するんだ!私は敵ではない!敵は……なっ!」
指沼を掴んだレイ君は何故か指沼を胸元に持ってくると魔素コアの入った胸部装甲が開く。
「おい!橋本!何が起きてるんだ!早く止めさせろ!」
「……橋本さん……もしかしてですけど?」
「…………暴走しました」
「…………」
ですよねえ!まあロボットアニメでも映画でも普通は暴走しますもんね!いやあ!機械が壊れただけで暴走するとか……脆弱にもほどがあるでしょ!あははは!
「やめっ!やめろっ!誰か助けろっ!ぎゃあああ!」
指沼が魔素のコアに触れた瞬間、一気に体は溶けていき、吸い込まれていった。
……だがレイは止まらなかった。
頭部のカメラを動かし、橋本を次のターゲットと認識したのだろう。ゆっくりと橋本の下に歩いていく。
「い、一応聞きますがー……これどういう状況ですかね!?」
「……自己防衛モードは、敵と認識した物を優先的に攻撃するモードです……ですが通常起動では異常を感知すると強制停止しかしないはずで、自己防衛モードに入ることはないのに……これは魔素が足りないので自動的に魔素を補給しようと動いているのかと」
つまり通常では起動しないモードに機械がぶっ壊れた事によって何故か入ったと……いやあ迷惑な話だ!誰だ?機械ぶっ壊したの!……あたしか!?あたしは避けただけだぞ
現状、橋本を失うのはまずいか。唯一レイを止められる可能性があるのはこの人だけだし……助けるか。
とりあえず……ヘイトをあたしに向けるために銃をレイに向けると一発銃弾を放った。
バン!
「あ」
ゴム弾がレイに命中するとレイは静止し、カメラがあたしを捉える。
「え?」
今、あって言った?あって言ったよね?もしかして駄目だった?
『殲滅モードに移行します』
……殲滅……とは?
レイがあたしに体の正面を向けると……肩で何かが動き、照準があたしに向けられた。ガトリングである。
「……ん?」
ウィーン!ババババババ!
「おおおおおお!」
ガトリングが回りだし、多数の銃弾があたしに射撃される。何とかシールドで防ぐが、単発を防ぐとは訳が違った。一発何グラムかは知らないけど、それが一秒間に何十、何百と飛んでくるのだ、いくらあたしでも腕に来る。
「アリスさん!」
ガキーン!
さすがにまずいと思ったのか、刀でレイに切りかかるがいとも簡単に弾かれる。
五右衛門が持ってる斬鉄剣でもない限りそれは不可能かと!
「あ、ありす……さん」
「あ?……あ」
あたしに声を掛けたのは先程無力化(演技)した甲賀家のリーダーだ。防弾チョッキをしていたとはいえ、ゴム弾を胸に受けたせいで、少しふらつきながら立ち上がった。
「私も戦います。もう指沼はいない!なら我々を縛るものも無い!おおおおお!」
「え?あ……ちょい!」
甲賀の人は銃と杖を構えるとレイに突撃した……だが。
ウィ―――ン!……バシン!
「えっ……ぎゃっ!」
レイ君は、突進してきた彼をカメラで捉えた瞬間、ガトリングでは間に合わないと判断したのだろう。左のアームで虫を払うかのように一撃。短い悲鳴を上げたリーダーは左に吹き飛び、壁に叩きつけられて、鮮血をまき散らした。あの質量のアームに直撃されて、まだ体が形を保っているのは奇跡だ。
「……あ、あ、ああああああ!」
その光景を見た他の甲賀家の者たちは、もはや戦う意思を完全に失ってしまったようだ。青白くなった顔で悲鳴を上げ、我先にと出口に向かって逃げていく。
「どうします?アリスさん」
「いやあ……やるでしょ?ロボットは戦った事ないからなあ……面白そうだ!」
「了解です!」
レイはなおもガトリングをあたしに向けているが、そもそも試験用だったはずだ。銃弾も試験用で多くは積んでなかったのだろう、格闘に切り替えたためかあたしに近づいてくる。
あたしは銃と杖を構えるとレイに向かって走り出した。
十分後。
『おもしろそうだ』と言ったあたしをぶん殴ってあげたいレベルで、戦いは泥沼と化していた。
そもそも論、あたしの持ってる武器はゴム弾を発射する銃と杖だけだ。人間すら殺せないゴム弾でロボットに何かしらのダメージが与えられるか?という質問に大多数の人はこう答えるだろう……『何言ってるの?』と。
案の定、まったくダメージが入らない。
しかもこのロボット……何故か魔法耐性を少し持ってるらしい。何発か魔法を撃っても一応命中こそするが、何故か装甲にダメージが入っているように見えない……その謎を橋本は意気揚々に説明した。
『レイの装甲には少量ですが、魔素鉱石が入っています!着弾は防げませんが、魔法によるダメージはある程度軽減できるんですよ!』
と、目を輝かせて魔法が効きにくい事を説明する橋本だったが、あたしと士郎さんが懸命に避けるアームでの攻撃に当たり吹き飛ばされ、壁に衝突……息を引き取った。
さて……どうするか。
「んー……おわあ!」
レイのパンチがまた飛んできて、ギリギリでかわす。防いで暇もなく、思考が追いつかない。
「……ん?ちょっと待って?」
考えてみれば、魔素を練りこんだ装甲は魔素で魔法の威力を減少させる……そりゃそうだ、あたしの魔素格闘も同じ原理だからね。じゃあ、その魔素装甲に魔素を打ち込んだら……どうなるんだ?
あたしは回避行動を辞め、その場に立ち止まった。
「アリスさん!?」
あたしの行動を理解できないのか、士郎さんが叫び声をあげる。そしてレイの右アームが上から振り下ろされる。
バキャアアア!
……だがあたしは無事だった。逆にあたしも右手で振り下ろされたアームを魔素で打ち抜いた。
するとどうだろうか、右手の装甲はところどころ曲がって壊れこそしなかったが、明らかに魔素の攻撃が通じていることが確認できた。
「……ほう?」
さてここで一つ考えてもらいたい、人間であれば関節、いや少しでも負傷すれば人によっては戦闘不可能になる。だがロボットはどう?例えある程度の装甲が吹き飛んでもエネルギーさえ残っていれば行動できるよね?人間と違って疲れない、だから米軍でも無人機は重宝されるじゃん?
だがそんなロボットでも当然だけど弱点は存在する。例えばエネルギー源だったり、思考をつかさどるCPUだったりかな。現状CPUは何処にあるかすら不明だけど、もう一つの弱点であろう、エネルギー源は直接見たから分かる。
あれが本当に魔素であれば魔法ですらある程度抵抗力があるのかもしれない。でも、あたしが放つ魔素で打ち抜けば?何が起きるのだろうか。銃や魔法で攻撃されることを想定していても魔素で攻撃されるのは想定していないのでは?
「……残り魔素も少ないし、やっちまいますか!」
「何か……作戦があるんですか」
士郎さんはレイの攻撃を避けつつ、刀で受け流しつつ聞いてくる。……この状況でよくそんなことできるな。
「あいつの魔素コアをあたしの魔素で打ち抜きます!」
「……?」
士郎さんは良く分かって無いようだ。あれ?士郎さんにあたしのユニーク伝えてなかったっけ?まあいいや。
「とりま……行くぞおおお!」
あたしはレイのパンチを回避すると、胸部装甲の前に移動する。そして。
「まずは……いっぱーつ!」
装甲自体を殴るのはいいのけど本来の目的は魔素コア、まずは装甲を開けなければ意味が無い。胸部装甲は下から上に開くので下からアッパーで魔素を叩き込む。
ドーーーン!ガキン!
衝撃音と共に胸部装甲が揺れると同時に内部のロックか何かが壊れたのだろうか、少し装甲部が歪み隙間が開いた。
「……イケる!」
「……なるほど。アリスさん!私はロボットを引きつけます!その隙に!」
「了解っす!おりゃあああ!」
ドン!ドン!ドン!
何発か魔素を叩き込むと、少しずつ装甲が歪み、開いてくる。少し想定外だったのは、装甲の開閉が内部のアームで行われているらしく、途中まで開いてもその位置で止まることだった、ある程度開けたところで手でこじ開けようとするがさすがに無理だった……当然か。
ある程度開いたのは良いのだが、この角度だと魔素を叩き込んでも魔素コアに直接魔素が当たらないかもしれない。拡散させればいいじゃん!っていう考えもあるけどこのコアにどれほどの耐久があるか分からないんだもん、全力を直接叩き込みたい。
「これなら……どうですか!」
ガキィィン!
いつの間にレイに登っていた士郎さんは刀を胸部装甲の隙間に差し込むとてこの原理でこじ開けていく。
「士郎さん!……刀、折れません?」
「問題無いです!車と違って刀はまだ安い!」
そういう問題?まあ……レンタカーの時よりは確かに安いかもしれないけど。
ガッ!ガガガガガ!
本来鳴ってはいけない音と共に装甲が開くがそれでもまだ十分じゃない。だが士郎さんがここまで頑張ってもこれだけしか開かないのを見ると早急に決着をつけた方が良いのかもしれない……あたしも魔素を限界だ。
「……士郎さん!そのまま!いまやります!」
「お願いします!」
あたしはもう一度、アッパーの構えで深呼吸をする。そして。
「……フン!」
渾身の一撃を魔素コアに叩き込んだ。