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同時誘拐事件 エピローグ

 誘拐事件がある意味解決した数日後、戦闘のあったレイの研究室では警察による捜査が行われたらしい。


 ただここでもレイと士郎さんが落ちた穴の調査が行われたらしいけど、残念ながらそこにあったのはすでに動かなくなったレイの残骸だけだったらしく、士郎さんの所持品など、士郎さんの痕跡は何一つなかったそうだ。


 しかもこの一件から士郎さんは何故か大学にも顔を見せていないらしく、行方不明扱いとなっているらしい。だがこの報告を聞いた法学部の後輩である雪とサチは悲しむ様子は無かった。


「あの人はいつも言ってたもの『自分は何時かいなくなる、だけどそれを悲観してはいけない、もう教えることは教えた。もし私が居なくなっても自分たちのやるべきことはすでに分かっているのだから自分を信じて前に進みなさい』ってね』


 まるでこのような結末になるのが分かっていたようなセリフだ。でも雪が指沼の誘いを断った際に『もう十分』だとかなんとか言ってたから、あの時に自分の役目は終わったと感じたんだろうね。それでこれ以上自分を頼るんじゃないってことで身を隠したか……大学は良いのかとツッコミたくなるけど。


 そういうわけで大学でも臨時で停学扱いとなっただけで大学内はさほど騒ぐことは無かったらしい。


 だが世間はそうはいかなかった。


 あたしが録音したテープレコーダーの証拠により指沼が事件の黒幕だということが判明、自政党も知らなかったようでかなり慌てたらしい。だがその指沼はレイのエネルギーになってしまい遺体も存在しないので被疑者死亡で解決しそうだ。


 だが生き残った婚約者の弟さんの方は自ら自首し、誘拐幇助の罪で起訴されたらしい。そしてそのせいで第二日本重工の株やらお兄さんと菖蒲さんの結婚やらが破断されるかと思いきや死人に口は無しということで、主犯格である指沼に脅されて止むを得ず従っていただけという形である程度刑罰は軽くなるそうだ。


 これにより最初は必死に事件の隠蔽を画策していた自政党も正則さんの自首により事件が表沙汰になると一転、指沼の暴走による事件ということで幹事長含め総裁である桂首相が記者会見で謝罪する形で幕引きを図った。


 因みに地下で眠っていた甲賀家の人と遼さんたちは無事に警察に保護され、遼さんと九条君はそのまま病院に搬送されたらしい。そして甲賀家はそのまま研究室から地上に避難した人たちと共に警察に保護されたが、当主の隼人先輩の自首により今回の件に関わった人たちは全員逮捕された。


 だがこの人たちは雪の計らいにより指沼に脅されていた事にされ多少ではあるが減刑になるそうだ。


 まあここまではこの事件に関わった雪から聞いた話である。


 ではあたしはどうか。あたしは事件解決の数日後、皇居に居た。この事件では皇族の女性が二名誘拐され、それをあたしが解決したのだ、帝に報告するのは当然の事である。


 本当なら解決の次の日にも報告に行きたかったんだけど、魔素を切らしたことにより気絶、またどうやらあたしに当たった弾丸は師匠がくれた懐中時計に当たり貫通こそしなかったけどやはり衝撃は防げなかったようで肋骨にひびが入っていた。


 これにより数日間自宅で安静状態になり、その後皇居に来ていたのだ。


 だが皇居にて帝に一通り報告が終わった瞬間、あたしは見たことが無い光景を目の当たりにしていた。


 帝が……なんとあたしに深々と頭を下げていたのだ。


「いや……あの帝?そこまで頭を下げなくても」

「いえ、今回の一件、龍さんよりアリスさんが居なければ最悪の結果になっていたと伺っています。皇族を救っていただいたのです、皇族の長としてアリスさんに頭を下げるのは当然です。本当にありがとうございます」

「……どうも」


 皇居の執務室には帝以外に護衛の霞家、侍従さん、そして今回の事件で誘拐された百合さんが居たが、誰一人帝の行為を止めようとする者はいなかった。


「先代もまた先代も少なくとも神報者にはこうやってお礼を伝えていたと聞きます。だからこれは当然の行為ですよ。天皇が頭を下げる光景は珍しいですか?」

「まあ……旧日本だったらまず見ない光景?かもですね」


 旧日本の天皇陛下に関する記憶はほぼないんだよねえ、まあ旧日本の普通の中学生が天皇陛下に会う場面何てほぼないだろうし、会話の話題に上がることなんてないでしょ?見る場面としてはテレビかユーチューブぐらいっすよ?


「あの一つ聞きたいんですけど」

「何ですか?」

「今回の件で霞家は何か罰を受けるんでしょうか?皇族が誘拐されてますし」

「ああ……それについては問題ないです。今回はおとがめなし……ですね」

「え!?なんで……」

「実は今回の事件……原因は、霞家の護衛失敗ではなく……むしろこちら側、私の弟である有栖川宮の照仁が霞家に大学内までは護衛をしなくて良いと言ってしまったのが要因なんです」

「え?あ……なるほど?」

「それが原因で本来助けられたはずの二人の誘拐が起きてしまいました。なので今回は霞家のおとがめは無し、誘拐の要因を作ってしまった照仁には私の方からきつく言っておきました」

「あははは……なるほど」


 依頼主が護衛を緩めた……そりゃあ!いくら護衛のプロでも条件が厳しくなったら失敗ぐらいしますよ!有栖川宮さん的には大学ぐらい自由にさせてあげたいと思ってたんだろうけども!それがこの事態を生んでしまったのだから叱られるのも当然か。


「それと……なんでさっきから百合さんがここに居るんですか?」


 あたしが何かしらの報告を行う際、龍さんや霞家が居るのは普通だ。でも他の皇族がそれを見る光景は今まで無かった……なんでいるんだ?


「ああ、あなたが復帰して報告に来ると聞いてどうしてもお礼をと」

「アリスさん……本当にありがとうございました」


 百合さんが顔を紅潮させて深々とお辞儀する。いやあ……ほんとに、雪のついでだったことは黙っておこう。


「陛下、一つお伝えしたいことが」

「何ですか?」

「……私は……今後結婚しないことを決意しました」

「……え?」


 ほう?……ほう、ほう!?


 場が場なので驚愕の声を上げなかったが全員の驚愕という視線が百合さんに注がれる。


「いや、確かに今回婚約者が誘拐幇助で逮捕されましたが……もしかして男性不振とかですか?であればこちらでお相手を」

「いえ、今回アリスさんに命を救っていただいて決意したんです。私はこれから先皇族としてアリスさんの助けになれることがあれば何でもしたいと、そして生涯皇族として公務に身を尽くしたいと思ったのです……駄目でしょうか?」


 帝は少し驚いていたが、すぐ微笑みに変わった。


「駄目では無いですよ。あなたがそれを決意したのなら私はそれを応援させていただきます。これからもよろしくお願いします」

「はい!では私はこれで」


 そう言うと百合さんは一礼すると執務室を後にした。


「ではアリスさん最後に」

「はい」

「……今回の功績、本来ならば勲章を渡すほどなんですが」


 まあ、せやろな。ていうか……今日に至るまで何度かそういう式典に出たことがあったけど師匠がそういう勲章みたいの付けてるの見た事ないんだけど……なんでだ?


「あの、師匠って400年生きてますよね?やってること考えたら勲章貰っても不思議じゃないと思うんですけど、何で師匠は勲章付けている所見た事ないんですかね?」

「あれ?聞いてないんですか?龍さんは意図的にもらってないそうですよ?」

「へ?」

「400年生きてると数がやばくてな、付ける場所も無いし、俺が死んだ後に墓にでも飾っとけと言ってある」

「ああ、なるほど」


 そりゃあ400年生きてるなら普通の人よりはもらう機会あるだろうし、数も尋常じゃないだろうし、断るのも普通か。


「それでアリスさんに勲章を贈ろうと思ったのですが」

「ですが?」

「無理なようです」

「……どゆこと?」


 帝が説明した。そもそも旧日本と同じように天皇陛下による勲章授与は内閣の助言と承認により行う国事行為であるため、内閣がやろうとしない限り出来ないらしい。


 そして今回の一件、あたしが誰よりも先に解決してしまった事により、先に捜査に着手していた警察から見ればプライドを傷つけられたも同然、しかも今回の事件表向きは警察の迅速な捜査が解決に繋がったとすでに発表してしまっている。


もし内閣があたしに勲章授与を決定すれば国としてはあたし個人が警察よりも先に事件を解決したことを認めることになる……それだけは避けたいという事らしい。


なので、勲章授与が出来ないのだという。まったく!あたしの功績を知ってるのは一部の人だけかい!まあいいけども!


「なので、勲章付与の代わりにと言ってはあれですが何か欲しい物……ありますか?」

「……いきなり言われても……あ!」


 ここであたしは胸ポケットのある物を思い出した。


「あの師匠から聞いたんですけど、師匠は先代の帝?から懐中時計を貰ったって……あれが欲しいです」

「ほう?確かに龍さんに懐中時計が送られた記録が確かありましたね」

「お前、俺があげた時計どうしたんだよ」

「こうなりました」


 胸ポケットから銃弾で割れた時計を取り出す。因みに弾丸は証拠として警察に渡した。


「おやおや、見事に銃弾を受け止めてますね」

「……まじか」

「いやあ、今回の一件で銃弾一発受けちゃいまして!こいつとメモ帳が貫通を防いでくれたんですよ!まあその衝撃で肋骨ひび入りましたけど」

「ふふふ、つまり龍さんが守ってくれた……ということになりますね」


 あーあ、言わないようにしてたのに。


「分かりました。龍さんが受け取った物とは少し違う物になるかもしれませんが、こちらで用意しましょう」

「ありがとうございます」

「ではもう下がって大丈夫ですよ。アリスさんここに来れたとはいえまだ肋骨は直ってないでしょう?」

「……はい」


 確かに今あたしは皇居に居るが、まだ肋骨のひびは直っていない。報告するだけなら体に負担は掛からんだろうということで医者に許可をもらっただけだからこれが終わったらまた自宅療養です!


 そしてあたしは帝への報告を終えると、そのまま箒には乗らずに車で皇居を後にした。箒に乗ると風圧で普通に痛い。


 数週間後、帝から懐中時計を受け取ると(専門用語的には下賜らしい)あたしは菖蒲さんと時之さんの結婚式に招待された。


 あんなことがあったにも関わらず、お二人は幸せそうな表情を浮かべている……ちょっと違うかもしれないけど、吊り橋効果というやつかもしれない。


 次いでとは言え、せっかく助けてあげたのだ。お二人には幸せになって欲しいと帰りのラーメン屋でラーメンをすすりながら思う今日この頃だった。


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