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感染大陸 1

 一般的に肝試しというものに皆はどういうイメージを持つだろうか。仲のいい友人たちが自らの勇気や友情を深めあうためにみんなで一つの恐怖を耐え抜く遊び、または所謂吊り橋効果を狙いカップルがそういう場所に赴き二人で共通の恐怖を味わい中を深める(その後にしっぽり)イベントだろうか。


 あたしは肝試しの歴史なぞ知らないし気にもしたことないが、少なくとも肝試しというのは夏に行われるのが普通だろう……本来であれば。


 そう、間違っても夏を大幅に過ぎ、しかも本来の意味である度胸試し以外で肝試しを行う場所である所謂心霊スポットに行くべきでは無いのだ。



 十月も下旬になり、暑かった日々もようやく涼しさが感じられるようになって来た頃、あたしは何故か車の中に居た。目的も目的地も知らされずに。


 毎回思うんだけど、この国……いやこの世界の住人はあたしを連れ出す際に必ず行先を告げてはならないとかいうルールでも課されているのだろうか?そうでないと毎回何も言われずに車に押し込められる理由が分からない。


 何度も言うが、あたしは大泉洋ではない。『水曜どうでしょう』じゃないんだから多少は情報を言ってくれても良いんじゃなかろうか?


 ただ幸いと言うべきか、今回の誘拐、いや拉致に置いての主犯は……師匠では無かった。何故か雪だったのだ。……いや幸いでもなんでもないな、むしろ謎が深まる。


「なあ……ここまで来て言うのもあれだけどさ、俺は何で運転してんの?」


 この車を運転している運転手の東條が呆れたように発言する。あんたも知らんの?


「あんたは運転手兼荷物持ちよ。ご不満?」


 雪が地図を開きながら当たり前のように答えた。


「あのさあ……もしかして東條も何も知らん感じ?」

「いや?ちゃんと案件の内容は聞いてるよ?ただ何一つ関係のない俺が運転してんだろなあって思っただけで」


 ちっくしょ、どうやら本当に何も知らんのはあたしだけらしい。しかも先ほどからあたしを挟むように座っているサチとコウも少し申し訳なさそうにこちらを見ていることから今回はこいつらも共犯か。


「で?あたしを連れてきた理由は何さ、別に今言われたって逃げられないんだしさ、言ってくれない?いい加減車で寝るのも限界」

「そうね、士郎先輩が行方不明なのは……当事者だから知ってるとして。今回は新しく法学部自治会会長になった先輩からの依頼よ」


 雪は簡単に説明した。士郎さんとは違い、今の会長は基本的に会議室で書類仕事をするタイプで、現場にはほとんど出ないらしい。今回は新会長が雪に直々に依頼だということだ。なるほど、名前が売れてきたんだねえ…あたしを巻き込まなければ最高なんだけど。


 そして今回の仕事と言うのが……行方不明者捜索なんだとか。


「行方不明者捜索?士郎さんの目撃情報でも出た?」

「いえ、士郎先輩の件は何も動いていないわ。あの人、いつも突然いなくなってはそのうち戻ってくるから、学校もほぼ放置しているわ。今回の捜索対象はまた別よ」


 それで良いのか……まあ学校側がそう判断するならそれでいいのでしょうよ。あたしが何か言うべきことではない。雪が説明を続けた。


 どうやら今回の行方不明者とは法学部二年と三年の学生が合計六名で、福島県のある心霊スポットに言ったきり戻ってこないのだそうだ、それがちょうど二か月前……つまり八月の下旬の事だそうだ。


 ……死んでません?


「あのさあ、言っちゃ悪いけど、手遅れじゃ?」

「そうねあたしも最初はそう言ったわ。さすがに仕事を依頼してくるにしてももっと早く言うべきだって」

「で?警察には言ったん?」

「言ったそうよ。でも捜査らしい捜査もしてくれないし、二か月経っても何の情報もないから、痺れを切らして私に依頼が来たの」


 ああ、そういうことか。旧日本でも年間の行方不明者数は……多分認知症の老人による徘徊を含めると何千人……いや何万人と出てるはずだ。言っちゃ悪いけど警察が毎年いなくなる人の為に真剣に捜査するとは思えない……死体が出れば話は別でしょうけども。


「そうか……じゃあなんで法学部とは何の関係も無い東條が車の運転してんの?」

「それなんだよ!俺経営学部よ?それなのになんで俺が法学部の仕事を手伝ってんの?」

「その割にはコウが付いてくるって言った時に食い気味で参加してたように見えたけど?それに車を用意したのもあなたじゃない」


 ほう?詳しく。


「それは……母様から言われてんだもん、在学中は霞家の当主の近くに居て男避けになれって」

「それは大学内でのことでしょう?私が言うのもあれだけどコウは霞家次期当主だけどサチに比べて少し世間知らずの所があるから大学内でも同じステア出身で名家の人間が目を光らせてないと何が起こるか分からないから事情を知ってる東條家があなたに言ったに過ぎないわ。大学以外じゃほぼ常に私やサチ、アリスと過ごしているんだから何も問題ないことでしょ?」

「それは……そうだけど」


 そうだ!雪さんもっと言ってやれ!……と言ってもコウが世間知らずになった原因、名家のあなたがたにも要因あるんですけどね!まあそれを含めて償いの為に守ってるってことになるか。


「だあ!あれだ!母様から言われてんの!余裕があれば普段からコウを見守るようにって!それでいいだろ!今回もそう!何やら心霊スポットに行くんじゃん?幽霊もあれだけどよく言うだろ?一番怖いのは生きてる人間だって!男なら女性一人ぐらい守るもんだろ?だから着いてきたんだ!運転するとは聞いてない!」


 東條よ、今何気にとんでもないこと言ったぞ?遠回しにコウを守って見せる的な事を言いましたよね?遠回しに好きアピールですか?ほう?まあ……東條の言葉を聞いて本来自分を守ってくれるんだ!ってときめくはずのコウさんも何ひとつ表情を変えないところを見るや、何一つ響いてないことは明白なんだけども。


 後もう一つ、聞き捨てならないことを言ったね。男なら女性一人ぐらい守る?君このメンバー見てそれ言ってんの?


「まあこれで東條君が付いてきた理由は十分ね。でも東條君、残念だけど今回あなたに何かを守るのは一切期待してないわ」

「はあ!?なんで……」

「同じステア出身のあなたなら分かるでしょ?後部座席の三人のうちまず一人は魔法戦闘最強でステア在学中無敗だった霞サチ、そしてそのサチに唯一黒星を付けたアリスよ?それにサチに及ばないとはいえコウもステアの中では十分上位だった……あなたに彼らを守る立場にあると思う?」

「……」

「本来、あなたに男避けの指示が出たのもサチもコウも大学在学中に校内で魔法戦闘を行うことを禁止されてるのよ。問題が起きてからじゃ遅いから、唯一の武器を失ったからこそ他の名家で守る必要性が出てくるのよ」

「でもそれって確か在学中は稽古以外での魔法戦闘も禁止されるからだろ?だとすれば今回の件でサチとコウがいる意味ないんじゃ」

「ああ、それね。アリスとか雪とかが色んな事件に巻き込まれてあたしたちが力になれてないから母さんがアリスと雪が同行する場合に限って戦闘を許可するって許しが出ました!」


 おい、それって遠回しに三枝さんがあたしにサチを暴走しないように制御してくださいって言ってるようなもんじゃ?無理ですよ!?三枝さんあたしの戦術知ってるでしょ?基本的に単独で暴れるのがあたしの戦い方っすよ?サチまで見てる余裕……あ、だから雪も同行が条件なのか。


「まじか」

「まあ今回の仕事であなたが守るべきは、私たちが調査してる間、荷物を守ることかしらね」

「……へいへい」

「因みに聞くけどさあ……目的は把握したとして、向かってるのは福島県なんだよね?雪さん、父親の選挙区だから仕事受けたんじゃ?」

「そう思われてもしょうがないけど、残念ながら違うわ。今回向かってるのはちょうど一区の場所、父の選挙区は二区よ」

「そうすか」

「アリス、あなたは寝てなさい。あなたの戦い方は魔素を結構消費するんだから。着いたら起こすわ」

「ういーす」


 と言われても、西京から今に至るまで結構寝ているためもう寝れんわと思いながら車から見える夜の高速道路の風景を眺めながらあたしは現場に到着するのを待つのだった。


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