本来、廃墟というのは人の手を離れた事により野ざらし状態になり匂いが変わった事により心霊スポットと呼ばれる所以が特有の空気感や匂いに現れるものだとあたしは勝手に思っていた。
だがこの廃墟は違った。
「おお!それっぽい!誰かいるかな?」
サチは興奮状態であるが、逆にあたしは屋敷内の状態にある種の違和感を感じていた。
あまりに綺麗なのだ。確かに、肝試しに訪れる人がいるのか床は土で汚れていたが、それ以外はまるで定期的に掃除されているかのように整っていた。
まるで現在も誰かが定期的に掃除をしに来ているかのようだ。
それでも外観からは人の気配を感じなかったし、現在誰かが住んでいるような痕跡もなかった。別荘として使用されることがあるのかとも考えたが、生活用品が一切見当たらないことからも、掃除の意図が理解できない。
普通、掃除は何か目的があるからするものだ。それなのに、この屋敷からは使われている形跡が全く見当たらない。薄気味悪さが募る。
「アリスどうかした?」
「……ここって本当に廃墟?ていうか誰んち?」
「廃墟のはずよ、調べた限りね」
「そういえば、ちらって見ただけだけど、表札みたいのあったけどなんでか削られてて読めなかったんだよね。なんでだろ」
おいおいおい、もしかして地元の人間すら立ち寄らない忌み地的な場所では無いだろうな?地元の取り決めで持ち回りで掃除はするけど使用自体は禁じられている場所だったら幽霊よりたち悪いぞ?呪いはやめてくれ?
「ま、今の所何ともないんだし、行こう!」
そういうとサチはこの独特の雰囲気をものともせずに屋敷に上がると奥へ進んでいった。
強いって言うか、鈍感というべきか。まあ幽霊が攻撃をしてこないってはっきりしてるからあの子にとって警戒すべきは生きてる人間になる。あたしと雪が要るから最低限の戦闘は可能……つまりこの状況でサチさんの脅威と呼べるものが無いからあそこまではしゃげるのかね。
と言ってもあたしと雪にはサチのコントロールを三枝さんに求められているわけでありまして……あの子が先に行くということはあたしたちも行かないと駄目なわけで……つまり選択肢がなくなりましたね。
「仕方ないわね。行きましょう。目的の人物がここにいないことが確認できれば、それで十分だから」
まあ今回の目的は人探し、いないと確認が取れればここから出ていけば良い……いないと確認するのが一番難しいというのは置いといて。
サチを先頭にゆっくりと玄関から続く長い廊下を歩いていると、右側にあった棚に目がいった。棚の上は埃がうっすらと積もっていたが、ここで初めてこの家の元住人の持ち物かもしれない物が置いてあった。
伏せてある写真立てだ。
「……」
それを手に取ると、写真を確認する……白黒写真だった。年は……二十台後半から三十台前半だろうか?仲良く微笑む夫婦に挟まれるように真面目な顔の中学……いや小学生の少年が直立不動で立っている様子が映っている。
だがあたしが注目したのは三人の服装だった。三人とも和服を着ているのだ。七五三であれば子供が着物を着るのは普通かもしれないが、両親が着物を着るのは余りないはずだ。しかも子供の年齢的に七五三の写真ではない。
しかも白黒写真。旧日本で写真が日本に入って来たのは……知らないけども確か江戸時代にはあったはずだ、坂本竜馬の写真も現存してるくらいだし。
あたしの直感が言っている、これは相当前の写真であると、そして同時にこの写真に写っている旦那さん……何処か見覚えがある……いや会った記憶じゃない、何故か親近感というか……何処か懐かしさが湧いてくる……理由は分からないけど。
「アリス!幽霊いた!」
旧日本だったら絶対に出てこないだろうセリフをサチが喜びの声で催促してくる。まあ、特段この写真の人物が動くような心霊現状は起こらないので写真立てを元の場所に戻すとサチの下へ向かった。
「……Oh」
サチが居たのは大広間、興奮気味のサチが指さすところに居たのは……まあ生きた人間では無かった。『魔素が人の形をしている』という雪の説明通り、確かに魔素が人の形をかたどっている人型の……何かじゃなくて人そのものだった。
裸、ではなくご丁寧に服まで魔素が完全再現してらっしゃる……着物姿ってことはこの人もつい最近亡くなったというよりは少なく見積もっても100年以上前の人間だろう。ご丁寧に髷まで結ってある。
だがもっと注目すべきは、何故か刀を握っており……首があらぬ方向に曲がっている点であろうか。この人、一体どういう状況で亡くなったんだ?死んだときの状況が再現されているなら鎧を着ていないことから、何かの奇襲に遭い、刀を抜こうとして…間に合わなかったのか?
他に切られた跡が無いってことは死因はそれだろうけど……意味が分からん。
「……」
とあたしがいつもの用意適当な推理をしていると、幽霊さんは浮遊しながらこちらに向きを変えた。
「……?」
スー!
「にゃっ!」
突然だった。いきなり刀を持った侍風の幽霊は刀を振り上げるとこちらに飛んできたのだ。
「うそ!」
「わあああ!?」
幽霊は襲ってこない。という前提条件が見事なまでに崩れ去った今、サチは混乱し何とか幽霊の突撃に身をかがめて回避する。あたしも左にローリングし回避する。
「なんで!?幽霊って襲ってこないはずじゃ!」
「分からないわ!でも現に襲われているのは事実でしょ!この空間が特殊なのかもしれないけど!」
「……」
確かにこの屋敷には独特の空気が流れているのは事実。それが幽霊たちを凶暴化させているのかもしれない。ただ…心の奥底である可能性が頭をよぎる。まさか私の聖霊魔素に反応しているのだとしたら…本当に申し訳ない!……言えないけども!
「……まだ!もしかしたら魔法が通じるかもしれない!」
そう言うとサチは杖を幽霊に向けた。いやあ……サチさん相手魔素の塊っすよ?魔素に魔法を撃っても……。
ビュン!
サチが電撃の魔法を放った。風の魔法、火の魔法、水の魔法、どれも家を壊す可能性がある以上、電撃が一番家へのダメージが少ないと考えたのだろう。この状況でもちゃんと考えている……成長したねえ。
サア……。
だが魔法は幽霊に当たるや魔素に分解され消えた。
「……」
でしょうね。魔素の塊なら魔素に魔法撃っても意味は無いわな。
「アリス!銃撃って!ゴム弾でも何とかなるかも!」
「えぇ……」
ゴム弾を撃つ意味があるだろうか?幽霊に対して銃を撃ちました、なんて警察に説明できるわけがない……とはいえ、この世界なら許されるか?
まあいい、あたしも一度幽霊に銃弾が通じるかという旧日本じゃ絶対に不可能な実験をしてみたかったのは事実だ。
銃のサイトを幽霊に合わせ……トリガーを引く。
バン!
銃弾は幽霊を悠々に貫通したが……大広間の壁に命中しただけで幽霊には何も起こらなかった。
「ですよねー」
ビュン!
その代わりに刀による横払いが飛んできた。どうするか……ん?そういえばこれは……刀だけど魔素の刀よな?つまりシールドは……意味が無い!?
「おおお!イナバウアー!」
胸寸前まで来ていた刀を魔素による攻撃ならシールドが無意味だと察知したあたしはぎりぎりで上半身をのけ反らせてイナバウアーの姿勢で避けた。
幽霊は先程の位置に戻る。
さて、どうするか。
「……帰ろうよ!魔法が意味ないんならあたし何も出来ないって!」
「……」
先ほどまでの威勢はどうしたのかと、雪もあたしも呆れた視線をサチに向けた。
ん?待てよ?見えている幽霊は魔素の塊、そして魔素には物理も魔法も効かない……けどだ!魔素は効くんじゃないか?レイだってそれで倒したんだ!
幽霊の真正面に立つと、銃と杖を仕舞った。
「アリス!?何する気!?銃も魔法も通じないんだよ!?」
「だまらっしゃい」
幽霊に対してファイティングポーズをとる。そして幽霊はもう一度刀を振りかざすあたしに突っ込んできた。
「……フン!」
ドン!
振り下ろされる刀を見事に避けて魔素を放出した瞬間だった。幽霊は吹き飛……びはしなかったが幽霊を形どっていた魔素はその場で爆散した。
ほほう?魔法も物理も通じんけど……魔素は通じると……勝ったのでは?
旧日本だったらただ単に恐怖の対象でしかない幽霊だったが、ついにこの世界ではぶん殴れる(魔素で)存在になったことによりあたしはこの状況で一番何も怖くないある意味無敵状態になった。
「凄い!アリス凄い……ひっ!」
「ん?どうしたん……おっと」
サチの悲鳴で愉悦に浸っていたあたしは何処から現れたのか次々と色々な場所から現れる幽霊にびっくりした。
総勢……いや、数えたくもない。着物姿の幽霊もいれば現代服の幽霊もいる……だが気のせいだろうか、現れた幽霊の半数は顔が似ている……家族か?元住人か?まじでここって呪われてる家ですか?
いやそれより、これはチャンスでは?
「雪」
「ん?」
「この幽霊の中に行方不明の学生いる?二か月前だろ?なら、死んでたらこの幽霊の中に居るんじゃ?」
「……!」
どうやら雪も行方不明の学生の顔までは覚えてなかったようでリュックから紙を取り出し、今いる幽霊たちと顔写真の判別コウと共に開始した。
「……いない、いないわ!少なくともここには」
「そう……ならここには用は無いね!無いことにしよう!サチ出口は!」
「へ?ええっと……ごめん適当に歩いてきたから忘れちゃった!」
「……おい」
まあ本音としては完全にパニック状態で度忘れしたんだろうね。いくら脳筋でも自分が歩いてきた道を忘れるとは思えないし……どうするか。
サー……。
「うおっ!」
幽霊の……明らかに家族とは無関係であろう一人があたしに突進してくる。
ドン!
魔素を放出し幽霊を爆散させる。だが次々に現れる幽霊にこれではじり貧すぎる。現に戦える人間があたししかいないのだ、雪もサチもコウも戦力にならない以上、ここで永遠に戦っても意味は無い。
「なにか……何処かに出口って……書いてあるわけないですよね!……あ?」
その時だったこの部屋に入って来た通路の先に……誰かいた、いや誰かは分かる、半透明な時点で幽霊だ。だがこの部屋に入ってこない点、そしてここに居る誰よりも立派な着物を着て、ある方向を指さしている時点で今いる幽霊たちとは何かが違うとあたしの本能が叫んでいる。
賭けるしかないか。
「全員!全力であたしの後に付いて来い!」
「え?」
「どういう……」
皆が困惑の表情をしているが関係ない。
ダッ!
あたしは幽霊の下へ全力疾走した。
「ちょっとアリス!」
「待ってよおおお!」
あたしに付いて来ていることを泣き叫ぶ声と足音の大きさが変わらないことで確認すると、まずは幽霊の下へ走る。
「……」
幽霊はなにも言わなかったが(そもそも会話できるのかも知らん)変わらずある方向を指さしていた。そして指さした場所には先ほど入って来た玄関があった。
一回曲がっただけじゃねえか!これで良く迷ったなサチさんよ!……まああたしもだけども!
幽霊に対して軽く一礼をすると全速力で玄関に走った。
そして、玄関にたどり着くと一度立ち止まり少し呼吸を整える。付いて来てるよな?まさかあの足音も叫び声も幻聴で皆はまだ大広間って言うオチは無いっすよね?
「やっだあああ!」
そんな心配をよそにサチが玄関から飛び出る。雪とコウもそれに続く。
「良かった、皆無事……」
「もう帰るううう!」
「あ、おい!ちょっ……」
サチはそのまま車が置いてある方角へ全力疾走を開始した。