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第262話

「うわあああん!」

「……ん?あ?はっ!?」


 慎重に歩いてきた森の中を何とも器用にダッシュする光景でさすが霞家だと思うばかりだけど、サチが舗装された道路に近づくと、車で待っていた東條が驚愕の表情を向けた。


 何を見たのかは分からない。ただ恐らく恐怖で発狂したサチの顔面を見て驚いたのだろう。東條はサチが直ぐにでも車に乗りたいのだと察知したのか車のサイドドアを静かに開けた。


 ピョン!


 サチは開けられたドアに飛ぶように中に入ると気温的に寒かったので持ってきていた防寒用のパーカーを頭からかぶるとぶるぶる震えていた。


「……何があったんだよ」

「サチ!もう待って……きゃっ!」


 後から追いついたコウは舗装された道に出た瞬間、こけてしまう。恐怖で足がもつれたというよりは足場が悪かった場所から急に足場が良い場所に出た事により感覚の差でこけたのだろう……あたしもよくある。


 そしてそのこけたコウを車の近くに居た東條が支えた。


「おっと……大丈夫か?」

「……うん、ありがと」

「……おっと!あたしもこけたあああ!」


 バッ!ドン!


「ぎゃあああ!」


 あたしはこけたふりをして東條の顔面に飛び蹴りをかました。……いやさ、前々から思ってたけどさ、それは本来主人公のあたしの特権なんだよ!東條にその権利は無いのだよ!


「何すんじゃ!こらあ!」

「あ?言ったじゃん!こけたって!いやあ!東條の顔があって助かったわ!危うく足を捻るところでしたよ!」

「はあ!?今の明らかに殺意がこもってましたよね!?ていうかこけて飛び蹴りが出るっておかしいでしょうが!?」

「いやあ普段から訓練してるとさ、回避運動したとしても出来る限り敵を巻き込むことを優先しちゃうんですよー、その成果っすね」

「今言ったよね!?俺が敵だって言ったよね!?」

「いや?東條が敵とは一言も言ってないよ?偶々東條の位置が普段相手してる敵の位置関係と同じように見えたから……偶々っすよ!」

「それは俺を敵として認識してると同義では!?お前は敵味方判別できないの!?」

「基本しないよ?前に居れば敵、一緒の方向見てれば味方……これがあたしの戦い方だが?」

「狂ってるだろ」

「何意味わかんない事言ってるの」


 そこに遅れるように雪が到着する。


「西宮、どうだ?仕事は終了?」

「まあ、最低限の仕事は出来たわ。満足とは言えないけど」

「そうか……なら帰る?」

「帰ろ!もう居る理由ないよね!?ならさっさと西京に帰ろうよ!」


 サチは頭からパーカーを被り涙目になりながら私たちに訴えかけた。


「……サチは何がどうなってああなったのさ」

「うーん、襲ってこないと思っていた奴に襲われて、唯一の武器の魔法も通じないと分かった人間ってああなるようっすね」

「ああ、なるほど?じゃあさっきの銃声も?」

「イエス」

「さあ帰るわよ、十分とは言えないけど収穫はあったわ。後は……また考える」

「ういす」


 全員が帰るために車に乗り込もうとした時だった。


「君たち!」

「ん?」


 突然だった。誰かに話しかけられたのだ、同時にまぶしい光があたしたちを照らす。


 まさか幽霊がこっちまで追いかけてきた?いや、屋敷内の幽霊も光源までは持ってなかった。じゃあ、こっちは生きた人間!?魔法も物理も通じる生きた人間!?


「こんなことろで何してんの!」

「……え?」

「ひっ!今度は誰!?……いや誰でもいい!フッ飛ばせば!」


 そういうと先ほどまでフード被っていたサチが杖を取り出し車から飛び出てくる。


 だがあたしは同時に光を持つ人間をじっくり観察した。右腰に拳銃のような物、左胸にはバッチ……ん?あれ?もしかして……警察官?


「サチ!ストップ!」


 魔法を撃ちそうになるサチを寸でのことろで羽交い絞めにする。


「にゃ!なにすんの!?敵なら魔法を!」


 いやあ、敵……ある意味敵かもしれんよ?国家権力の犬ですし、あたしも嫌いな存在ですし……でも霞家が警察に魔法撃っちゃあかんでしょ。


 警察官が近づき、あたしたちと車をじっくり観察する。


「あのねえ近隣住民から通報があったのよ。見慣れない車が止まってるって、何しに来たの?」


 さすが田舎だ!情報伝達の速度が異常すぎる!


「あの……えっと」

「もしかしてまた肝試し?でもそんな季節じゃないでしょ?」

「あの……すみません。肝試しでは無いです」

「へ?」


 ここまで先導してきた雪が警察官に説明をした。


 ここに肝試しをしに来た西大の学生が行方不明になっていること、それを探すためにここに来たことをだ。


「あのねえ!行方不明者捜索は本来警察に任せるものでしょ!ここは危険なの!そういうことは警察に任せて君たちは学生なら勉強しなさいよ!」


 おっしゃる通りです。だけどあたしも少し気になる点がある。


「お巡りさん」

「今度は君?なんだい?」

「確かに行方不明者捜索は警察の仕事ですよ?例えばこれが一週間、二週間前に捜索願を出したのなら、もうちょい待ってみようってなります。でも捜索願出したの……二か月前ですよ!?いい加減何か情報でても良いじゃないですか!」

「にかっ!ええ!?そんな前に出したの!?」


 警察官が驚きの表情を雪に向ける。雪も静かに頷いた。


「……うーん、おっけ!一度本署来てもらっていいかな?そこなら何か分かるかも!」

「え?あの……お巡りさんって交番勤務ですよね?警察署に知り合いでも?」

「うん知り合いがいるよ!まあ部署は違うけどね、でもここから居なくなったのなら本署で聞いた方が早くない?ざわざわ心霊スポットで探さなくても」

「まあ……そうですね」

「じゃ、早速行こうか!運転手は……君?」

「え?はい」

「本署の場所を分かる?」

「私が地図を持ってるのでナビをします」

「おっけ!本署に伝えとくから」


 そういうと警察官は来た道を戻って行った。


「雪さん、あたしが言うのもあれだけども確かに先に警察に情報を求めるのも重要っちゃ重要よ?」

「電話で聞いた時はまだ捜査中ですとしか言ってなかったのに?」

「会う事が重要な時もあるでしょうよ」

「……そうね」


 あたしたちは早速車に乗ると近く(約三十分)の警察署へ向かった。



 警察署に着いてからは早かった。名前こそ聞くのを忘れたが交番のお巡りさんが先に無線か何かで状況を伝えたのだろう、担当部署の警官が来ると、さっそく捜査情報を言える範囲で伝え始めたのだ。


 だがここからが予想外の連続だった。


 まず……行方不明者はなんと捜索願を出した数日後に見つかっていたらしい。


どうやら学生たちは心霊スポットで幽霊に襲われ(この時点であたしの聖霊魔素が原因じゃないことになり安堵)パニックになった二名が逃げる途中に重傷を負ったらしい。そして置いて帰るわけにもいかず、偶々学生たちの一人の両親が近くで養鶏場を営んでいるらしく、そこでバイトをしながら回復を待っていたらしい。


いや、その時点で報告しろよとツッコミたくなるが、まあ良いだろう。


 そして問題は、現在進行形で養鶏場にお世話になっている事を警察は把握しているのにも関わらず捜索願を出した西大に報告をしなかったことである。この件に関しては警察署署長より直々に謝罪があった。後に西大にも謝罪を含めて報告を入れるようだ。


「じゃあとりあえず、学生たちに会う事は出来ますか?今後について学校側に報告する必要があるので」

「……」


 雪がそう質問したが警察側の答えはこれだった。


「現在、西京大学の学生とは会う事は出来ません」


 もしかして西大に恨みやらなんやらで面会を拒否しているかと思いきや、そうでは無いようだった。


 警察が簡単に説明するとこうだ。


 あたしたちがここに来るちょうど二週間ほど前、養鶏場でバイトをしていた学生全員が感染症に掛かり病院に搬送されたらしい。現在も重篤で面会は愚か、喋ることすら不可能な状態だそうだ。


「鳥インフルエンザですか!?」

「いや、一応鶏の検査をしてるんだけど。インフルエンザは出てないんだよ……だから別の感染症を疑ってるんだけどまだ検査結果が出てないんだ」


 つまり……現在話そうにも話せない状況というわけである。


「分かりました……ですが収穫もあったのでこれらの情報を大学に持ち帰らせていただきます」


 そう言うとあたしたちは警察署を後にした。


 因みにあたしは雪と担当警察が来るまで地域課の警察官とあたしが行った心霊スポットとその周辺の歴史について話していた。ちょっと興味があったのだ。


 地域課人当たりがよさそうなもう少しで定年と見られる警察官はこの辺の出身らしくあたしに喜んで話してくれた。


 あの心霊スポットは元々地元に愛された地権者が住んでいたらしい。どれくらい前かは忘れたが、その地権者の下に親を亡くした若い青年がやってきて共に住むようになったという。地権者にはこれまた可愛らしい娘さんが一人おり、一緒に住み始めた青年と恋に落ちたんだとか。


 だが神様はそんな二人に嫉妬したのか僅か数週間後、青年が住み始めた村に野盗が襲撃をしたのだ。野盗は十人程度、村の住人と比べれば少ないが周りに村々を襲っており力はあったためか反撃できなかったらしい。


 そこに打って出たのが青年だ。自分を受け入れてくれたお礼なのか一人刀を抜くと一人、また一人と野盗を切り伏せていった。だがいくら刀の腕が良くても所詮は一人、最後の野盗と刺し違いになるとその場で絶命したのだという。


 村の住人はその青年の功績を称え、自分たちの村を青年の名前から一文字取り『龍護町』となずけたらしい。


 だが問題はここからだった。青年が亡くなると時を同じくしてこの地権者の家に様々な怪奇現象が起きるようになったという。勝手に物が動く、音が鳴る、夜になると夜な夜な幽霊が現れるなどだ。村の住人はこう思ったらしい、あの青年を助け無かったから我々は呪われたのだと。


 そしてこの龍護町はたった数年で元の地名である梁川町に戻したとか。


 そしてその呪いによるものかどうか今になっては分からないが、地権者も青年の後を追うように亡くなってしまったとか。


「じゃあ地権者の……子孫はいない?」

「いや居るよ。さっき言った地権者の娘と青年の子供がね。ただあの家と土地の権利は受け継いでいないんだ」

「何でですか?」

「……これも呪いなのかねえ。その子供が大人になって家族を作って子供が出来ると親はすぐに死んでしまうんだよ。だからそのたびに相続するのはあれだから代々あの町の町長が継いでるんだよ……でもまあその町長も変な事を言っていたけど」

「何ですか?」

「『あの家と土地は我々の土地ではない。代々町長になった者はそれを守るだけ、いつか受け継ぐべき人が現れた時、本当の意味で町長としてではなくこの町の代表としての仕事の一つが終わる』って。因みにその仕事の一つがあの家の掃除ね」

「その受け継ぐべき人って?」

「それが教えてくれないんだよ。あくまで歴代の町長だけに受け継がれる秘密らしいよ?いつか現れるんだろうけど……さていつになるのかねえ」

「アリス帰るわよ」

「ういっす。貴重な話ありがとうございました」


 雪が警察との話を終えたのであたしも警察署を後にする。警察署の駐車場に行くと車の中で三人が待機している。


「あ!終わった?」

「ええ、今更いうことではないかもだけど……警察もいい加減ね」

「いまさら」

「それで?これからどうすんの?帰るにしても今からだと着くの深夜だぜ?」


 時計を確認すると確かにすでに十時を回っている。いくら夜の高速が空いてるとは言え今からだと到着する頃には日付が変わっているのは確実だろう。


「予定には無かったけど一泊しましょうか。ここらへんで霞家の旅館ってあるかしら?」

「うーん……ここからだと二時間は掛かると思う」


 二時間、今から行ったとして予約も何もしていないのだ。あたしの名前を出せば急ピッチで部屋の準備をしてくれるだろうけど、さすがに忍びなさ過ぎる。


「なあ雪さん警察署でそこそこのビジネスホテル聞いたら?警察ならここら辺の地理に詳しいはずだし、今から霞家の旅館行くって向こうに迷惑かかる」

「そうね……そうしますか」

「ならコンビニ行きたい。お腹減った」

「そうだな、泊まる準備とか何もしてないし、コンビニで少し買いたいな」

「分かったわ」


 そういうと雪はもう一度警察署に入ると付近のビジネスホテルを何か所か紹介してもらった。


 そして東條が運転し、雪がナビゲート、コウが片っ端からホテルに電話を掛けてホテル探しが始まった。


 十数分後、ホテルが決まったことによって緊張の糸が少し緩んだあたしたちは軽めの軽食と宿泊に必要なものを買いだすために近くのコンビニに寄った。


「……」


 あたしは普段から荷物を少なめにしているため(久子師匠からの教え)コンビニでも最低限の物だけを買い外で待機していた。サチとコウは片田舎のコンビニの品ぞろえに興奮しているのか色々品定めしているようだ。


「ケホッ……ケホッ」

「ん?」


 あたしたちとは違う、五十代……くらいの女性がコンビニ袋を片手に出てきたのだが、しきりに咳をしているのにあたしは注目した。


 ここら辺一帯で謎の風邪が流行っているらしいというのは雪が警察官と話した内容から明らかだ。西大の学生も全員その風邪とやらで入院中らしい。


 いや……咳をするのはいいんだけどさ……手で抑えようよ。もしくはマスクするとかさ。


「何してんの?」


 おばさんに注目している様子に何かを思ったのか雪が声を掛けてくる。


「いや……警察で言ってたじゃん?今謎の風邪が流行ってるって……あの人もそうかなって」

「ちょっと分からないけど……まだ限定的らしいから。気にしすぎじゃない?」

「だと良いんだけど」

「アリス!雪!終わったから行こう!」

「おっけー」


 全員が買い出しを終えると、そのままホテルに向かった。


 その後、ホテルでは東條を一人部屋に女子陣がツインルームになると肝試しの疲れからか特段一つの部屋に集まりバカ騒ぎ等は起こらず速やかに寝ることになった。


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