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感染大陸 5

「……てなことがあったんだよね。まったくさあ……あたしが行った意味とは?ってなった」

「別にいいじゃないか、最近、お前西京から出てなかったろ?一泊できたと見れば軽い小旅行になったんだ、いい気分転換になったんじゃないか?」

「まあ、そうりゃそうだけど」


 福島の一件の一週間後、執務室で仕事をしていたあたしはふとそのことを思い出し、師匠と談笑していた。


 因みに、コウから聞いたんだけど、実はあの一件あたしが絡むとあって霞家本家から福島県警に要請(軽めの圧力)や福島県の霞家の旅館を利用するかと打診があったらしい。だが雪がそれを断ったのだと。その理由が。


『今回はあくまで一大学生としてこの問題に取り組みたいの。あたしたちは名家に生まれて常に名家の恩恵を受けているけど、あたしたち個人にどれだけ問題解決能力があるかは自分ですら把握できてない……だから今回はなるべく名家の力は使わない方向にするわ』


 ……という事らしい。元々そういう権力を持った元に生まれた人間は無意識でもそれを行使してしまうのは常だろう。だからこそ名家の力を使わずに個人でどこまで出来るかを確かめたくなるのはあたしでも少しは分かる。


「福島か……懐かしいな。最近行ってないが」

「え?師匠って福島行ったことあんの?」

「妻が福島出身だ……田舎だが」

「へー……なら今度……」

「だから!今すぐ動いてくれとは言ってないだろうが!」

「……」


 さて、この執務室、師匠はこの部屋の一番奥に設置された神報者専用の執務机で仕事をしており、あたしは同じく執務室に設置された長い机の師匠よりの位置で仕事をしているのだが……今回、この執務室には客人……いや、今となっては何でここに居るんだと言いたくなる人たちが執務室の入り口側で何やら議論……いやもはや口論と言って良いんじゃないかレベルの口喧嘩をしていた。


「いや、だから我々は自衛隊だ。あくまで自治体の要請に応じて出動するのが基本、どうしてほしんだと聞いてるんだ」

「君たちは普段から要請されれば事前情報なしに行動するのか?この国でも軍扱いではないとはいえ自衛隊だろ?作戦行動に事前情報は必須なら専門家からの情報こそ必要じゃないのか?」

「確かに魂子君の言う通り、我ら自衛隊にとって情報は重要だ。同時に必要な情報を持つ専門家もな、だが魂子君の持っている情報はまだ精査されていないんだろう?信用性も正確性も保証されていない情報で部隊を動かすのは自衛隊の長としては無理なんだよ」

「だから!今すぐどうかしてくれとは言ってない!」


 さっきから同じことの繰り返しなんだよなあ。喋っているのは空挺団団長の衣笠さん、統合幕僚長の林さん、そして話が通じてないことに苛立っている女性……あれ?始めて見る顔だ。


「あの……さっきから何喋ってるんですか?ていうかそちらの方は誰ですか?」

「ん?君とは初対面か」

「多分?」

「私は魂子。数年前まで大学病院の研究室に居たんだが今は国立感染症研究所の所長だ……普段から研究所から出ないせいで転生者とはてんで接点がない」

「……はぁ」


 名前しかないってことは、この人は結婚してないってことか。つーか、あれだ、衣笠さんとか林さんとかと違って基本自分の仕事にしか興味ない……卓みたいなタイプの人だなこの人は。


「それで?さっきからなんで口論になってるんですか?」

「俺も気になってたんだ。別にここでなくともいいじゃないか、研究所でも防衛省でも良いはずだぞ?」

「まだ情報が精査出来てないんだ、その状態で持ってこられてもどうしようもないと内閣府の連中に言われた。防衛省でも厚労省も同じだ、だからここに二人を呼んだんだ」

「だとしても同じなことだ。我々としても精査されていない情報では動くことも出来ない」

「だから動いてくれとは言っていない。事前情報として頭に入れといて必要なら動けるように準備しといてくれと言っているんだ」

「だとしても無理な相談だ。知ってるだろ?自衛隊と言えど訓練一つするのにも莫大な書類が必要なんだ。その書類の作成には最低限精査された信頼できる情報が必須なんだよ」

「……」

「因みにですけど、魂子さんは何の調査を?」

「ああ、最近福島県で謎の感染症が報告されていることについてだ」


 ……ん?それってもしかして……。


「だから言ってるだろ?福島県で発生した鳥インフルエンザは自衛隊が養鶏所の鶏を処分したと」

「それとは違う件だと言ってるだろ!」

「あの……林さん。その殺処分した養鶏所ってどこですか?」


 林さんに質問すると、机に広がっていた福島県付近の地図に場所を書き込む。だがそれは福島県の南部だった。


「ここだ、仮にこの付近から風邪に似た症状の患者が現れても不思議じゃないだろう?我々自衛隊として出来ることは養鶏所の殺処分ぐらいしか出来ることは無いんだよ」

「……魂子さん」

「なんだい?」

「もしかして今回の感染者は……ここ付近に入院してません?」


 そういうと、福島県の北部、ちょうど梁川町周辺を指さした。同時に魂子さん含め衣笠さんと林さんも驚きの表情を見せる。


「なっ……なんで君がそれを知ってる!」

「おいおいおい!鳥インフルエンザの発生地点からかなり離れているじゃないか!もしかして別の感染症か?」

「さっきからそう言ってるだろうが!」

「あたし一週間前にこの梁川町に人探しで行ったんですよ。行方不明になった大学生を探すって仕事で。でもまあもれなく全員謎の感染症で入院してましたけど」

「なるほど……アリス君、その大学生が所属している大学は?」

「西京大学です」

「となると、西京から持ち込まれた……と考えるべきか?」

「そういう考えも出来るな」

「いえ、それは無いです」

「何故だ?」

「この大学生は約二か月前の八月下旬に福島県に入ってるんです……肝試しで」

「なんで二か月前に福島県に入った西大生がまだ福島県に……というか福島県の病院に居るんだ?」

「それが肝試しに行ったとき二人が重傷を負ったそうです。その治療のために大学生の一人が梁川町に養鶏場を営む両親が居たらしくそこでバイトしながら療養してたとか」

「となると……場所は違うがその養鶏場のインフルエンザが感染元?」

「いえ、現地の警察曰くその養鶏場からはインフルエンザは検出されてないんですよ」

「……となると……インフルエンザではないまた別の感染症か。なるほど魂子君が焦る理由がやっとわかったよ。だがまだ何もわかってないんだろう?」

「ああ、まだ検体数が多くなくてな。感染力も致死率も判明してない」

「ならばなおさら自衛隊は動けんな。だが未知の感染症だ、既存の感染症と同じように……いやそれ以上の警戒をした方が良いだろう。私は防衛大臣……総理にも警戒を進言しよう」

「頼む」


 林さんは納得したような表情で執務室を急ぐように後にした。


「衣笠さんは行かないんですか?」

「ん?ああ、養鶏所の殺処分もだがそれらの仕事は本来、近い方面隊から隊員を招集するんだがな、肝心の殺処分は化学防護隊だ。空挺は動かないよ……と言っても俺はもう空挺団の団長でもないし」

「え?辞めたんですか!いつ!」

「君がステアを卒業して数週間後辺りに団長を先民にしたんだよ。いつまでも識人が団長の椅子に座っても意味ないし将来的に先民を団長にする計画だったからね。俺は今第一空挺団団長補佐さ……と言っても制服を見ても何も変わってないが」

「へえ」


 確かに衣笠さんの制服には前と変わらずに徽章や階級章はあるが特段変わったものはついてなかった。あくまで役職が変わっただけなのだろう。


「アリス君」

「はい」

「……まあ、私の説明が足らなかった……のは否めないが。君のお陰で議論が進んだ、なんとか自衛隊は動きそうだ。感謝する」

「それはどうも……あの一つ聞いていいですか?」

「なんだい?」

「……この感染症……潜伏期間ってどれくらいですかね?」

「ん?何故そんなことを聞くんだ?まさかとは思うが、感染者と接触でもしたかい?」

「いえ、先ほど言った大学生はすでに入院してましたし、会う事も出来ませんでした。でもその日ホテルに泊まったんですけど買い出しで行ったコンビニですれ違った女性が咳をしていたので……ちょっと心配になったと言いますか」

「そうか……すまないがまだわからないことだらけなんだ。その潜伏期間もインフルエンザのように二、三日なのかそれとももっとあるのかどうかすら不明なんだよ。だか、これまでの感染者の聞き取りで恐らくだが三、四日程度では無いかと推測しているから問題ないとは思う……だが確定では無いし、君が感染していたら我らも終わりだ……まあそれも一興だが。心配ならいつも以上に手洗いと徹底すると良い……まあ普段からやるのが普通なんだがな。まあ心配なら私の番号を渡そう、掛けると良い」

「ありがとうございます」


 魂子さんと番号の交換をすると魂子さんは研究所に帰って行った。それに伴い衣笠さんもやることが無くなったのか習志野駐屯地に戻って行った。


「やっと静かになったな」


 そういう師匠を尻目にあたしは仕事に戻った。



 その日の夕方、いつも通りにラーメン屋によりラーメンを食べている時だった。


「ゲホッ……ゲホッ」


 あたしの隣で同じようにラーメンをすすっている男が普通の咳とは違う……俗に言う痰が絡んだような咳をしていた。


「……」


 別に咳をするなとは言わない。ていうか咳なんて我慢などできないのだから。それにラーメンを食べているのだマスクをしろとも言えない。特にラーメンとかあったかい物を食べていると鼻水が出ることがあるのは私もなのでいつも通りだとさえ思う。


だけど今日はちょうど感染症について話し合っていたせいか、普段だったら何も気にしないかもしれないけど、この時だけは少しだけ不安に思ってしまった。


 あたしは店主に『隣の人咳してるから一個隣に移っていい?』とハンドシグナルを送る。店主はすぐに気づき、あたしの隣の男性を少し見ると静かに頷いた。


 あたしはそれに安堵するとゆっくり席を移ると変わらずラーメンをすするのだった。


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