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感染大陸 6

 最初は国民も福島県で突如発生した感染症に対してそこまで危機感を抱くことは無かった。よくある国民性だ、対岸の火事とでも思っていたんだろうね。だけどこの一週間でウイルスに変異が生じたのか感染者が爆発的に増加、最近のニュースは福島の感染者に関する物ばかりになっていた。


 そしてここまで感染者が広がっているのにも関わらず政府が何かしらの動きを見せることも無かった。恐らく局地的に発生した感染症であり、特別危険視しなくても問題無いと判断したのかもしれない。……あるニュースが飛び込むまでは。


『福島県にて第一感染者と見られる大学生が死去。また福島県の隣、栃木県でも感染者の報告』


 軽症程度の感染症だったと思われていたものが人を殺し、そしてそれはゆっくりと、静かに西京に向かっていると国民が思い始めた結果、一気に混乱が生じる結果となった。


 旧日本でも同じだ、マスクの買い占め、少しでも咳をしようものなら周りから奇異な目で見られる。そんな現象が西京でも起き始めた。


 ここまで混乱が生じるとさすがに政府も何かしら情報を伝えないとまずいと思ったのだろう。テレビでは官房長官が記者会見で福島県における感染状況、厚生労働省が現在ウイルスについて情報を精査していると発表していた。


 つまり政府的には現状を完璧に把握しており、取りうる対処はいつでもとれるとアピールしたいのだろう。……じゃあ本当の所はどうか……こうだ。


「魂子さん!現状はどうなんですか!」

「何か今から打てる対策は!」

「……一応検体からウイルスの特定は出来たよ。恐らくだが、今回の感染症のウイルスは……コロナウイルスだろう。分かっているのはそれくらいだ。ただ既存のコロナウイルスとはまるで遺伝子構造が全く違う、感染力、致死性、まったくの未知数だ。言い換えれば……新型コロナと言った方がいいかな」

「じゃあ何か対策は!」

「コロナウイルスの対処法は現状対症療法しかない、今から何をしても遅いよ。現状確認できている限り奇跡だが、感染者はいずれも福島県内、栃木県の感染者も福島の県境だ。なら感染者を福島に集め、福島県から出さないことだ。出来れば……ロックダウン、福島県を一時的に封鎖してウイルスを封じ込める。今出来るのはこれしかない」

「そんな……」


 天保協会、執務室では前回同様、魂子さんが集まった人々に講義を開いていた。厚生労働省、総務省、防衛省、など今回の件で恐らく動くと思われる省庁の識人補佐である。


 ただ前回同様に一つ伺いたい……なんでここなの?


「お前ら!前回も言ったがなあ!何でここに集まるんだよ!」


 さすが師匠、あたしが言いたいけど言えなかったことを言ってくれた!


「なんでって……ここが一番他人に邪魔されずにきちんと情報共有できる場所だと私が判断したからだが?」

「意味が分からん。病気に関することなんだろ?なら厚労省でやれ」

「そうもいかないんですよ!現在厚労省では感染者についての把握作業やウイルスウについての情報整理が行われているんですけど、まだ何も情報が整理されていないのに上から……大臣から何か手段はないのかと催促されてるんですよ!まずは情報把握と整理、その後に各種指示を行うのが普通なのに」

「知らねえよ。大臣様や政府としてはやってる感じを国民に示したいだけだろ?無視しとけよ」

「だから無視して落ち着いた環境で情報共有するのにここを選んだんだ」

「ならここじゃなくても良いよな?確かにここは基本一般人は入ってこない場所だが、地下に識人会議で使われる場所もあるだろ?そこを使えよ、こちとら仕事の迷惑だ」

「迷惑?ここで情報共有したことを使って政府が色々動くんだ。それを神報者である君が書き留める……一石二鳥じゃないか」

「あのなあ……もしここで決まったことがそのまま実際の政府の行動内容になるんだったら俺は最初からどうぞと言ってやるわ。毎回話し合った内容と実際の行動が違うから意味ないと言ってるんだ」

「なるほど、それは一理あるな。ただ今回はもう集まってしまった。今更地下に行く気はないから諦めてくれ」

「……ッチ。……それよりアリスさっきからボーっとしてるが大丈夫か?」

「え?……ああ、だい……じょうぶ」


 そう、先ほどよりあたしが突っ込みや質問をしなかった理由はこれだ。めちゃくちゃ体がだるい、それどころか今となっては少し熱っぽさも感じているのだ。六月の国会終了から本格的な仕事を開始したから、今になって慣れない仕事による疲れが出てきたのかと思ったけどどうやら違うらしい。


 絶対に一週間前のラーメン屋で移された奴だよこれ。一応一つ席を移ったけど意味は無かったみたいだ……あのやろう、どうにかして訴えられないかな。


「それにしてもお前顔が赤いぞ」


 そう言って師匠があたしの下へ来ようとする。


「だい……じょうぶ。あっ」


 師匠の方へ体を向けようとした時だった。肘で筆箱を落としてしまった。


「……今日は……駄目だ……な」


 バタン!


 それを取ろうとした瞬間だった。あたしの体は制御が出来ず……床に倒れた。


「アリス!」

「……っ!」

「「「……!」」」


 倒れるあたしに対して師匠が叫び声をあげた瞬間、全員の視線があたしに注がれる。同時に魂子さん以外の人たちの顔が蒼白に染まっていった。


「ま、まさか……コロナ?」

「まさか西京にまで?」

「……全員その場を動くな!」


 あたしの様子に辟易し、執務室から出ようとした人たちを牽制するように魂子さんが叫び声をあげる。そして同時にあたしの下へ駆けつけた。


「大丈夫か?」

「すみません」

「だから言っただろ?何かあったら電話しろと」

「いや本格的な仕事が国会が閉会してからだったので遅めの仕事疲れが来たのかと」

「まったく」

「魂子さん!アリスさんは……もしかして?」

「ん?いやコロナでは無いと思うよ?まあ検査次第だがね。確かにアリス君は自ら福島県の感染者が発生した梁川町に行ったこと言ってはいたが、それは二週間も前だ。潜伏期間を考慮してもあり得ないさ。まあ変異してたら分からないが。それに現状、福島と栃木でしか感染者は報告されていない。別のウイルスを疑った方が合理的だ」


 さすが魂子さんだ。


「あの……因みに聞きますが魂子さんこの部屋に入った時にすぐにマスク付けて窓全開にしましたよね?もしかしてアリスさんの体調を見抜いていたんですか?」

「……え?」


 そういえば魂子さん、この部屋に入ってあたしの顔を見た瞬間にすぐにマスクを付けてたな。それにさりげなくこの部屋の窓を全開にしてた、この部屋の窓は基本師匠が煙草を吸うから師匠に一番近い窓だけはいつも空いてる、他はいつも閉まってるのに。


「君たち、別にコロナ以外にも西京ではすでにインフルエンザが流行ってるんだぞ?この部屋は狭くないがある程度人数が集まるんだ、念のために換気と予防の為にマスクするのは医療従事者として当然じゃないかい?」

「……あー」

「それに龍、地下を選らばなった理由としてだがな。前に地下の会議室を見たことがあるが、あそこでは十分な換気が出来ないんだよ。だからここを選んだんだ」

「……ならそれを先に言え。それは貴重な意見だ。お前の意見を元に会議室を作り替える」

「そうしてくれ」

「アリスさんがその状態ですし、一度お開きで」


 総員が渋々部屋から出ようとするのを魂子さんは見逃さなかった。


「もう一度言うぞ?その場から動くなと、それはアリスに近づくなと同義だがそれと同時にこの部屋から出るなという意味でもあったのだが……分からなかったかな?」

「え?でも……アリスさんを病院まで運ばないといけないし、今報告会をする余裕は」

「……君たちがこの部屋に入ってどれくらいだ?」

「え?……多分二十分くらい?」

「インフルエンザだろうがコロナだろうが、ある程度換気をしている部屋とは言え保菌者と二十分……飛沫感染には十分だ。マスクを付けてなければなおさらだ。君たちは十分濃厚接触者になってるよ」

「え!?」


 今度は別の意味で青ざめていく。


「そして今ここで君たちが出て行って担当省庁に行ったとする……君たちがこの後話す官僚や関係者の人数は?その人たちまで濃厚接触者にするつもりか?潜伏期間を考えて少なく見積もって三日、自宅待機が普通だ」

「そ、そんな」


 いやあ、すんません。あたしがここに来たばっかりに……結構な大事になっちゃった。でも訴えるなら咳をしてでもラーメンを食べようとしてあたしに移したあのくそ野郎を訴えてください。


「視点を変えて考えてみろ。君たちが三日大人しく過ごせば君たちの体にあるかもしれないウイルスは排出される……これ以上感染者を出さなくて済むんだ。確かに君たちは政府にとってある種重要人物かもしれんが、今この時に省庁が機能不全を起こしたらそれこそ大問題だぞ?」

「……分かりました」

「魂子君、病院に連れていくのかな?車を手配しよう」


 そう言うと林さんが携帯を手に取る。


「いや、こっちで救急車を手配する」

「何故だ?」

「搬送先は私の研究所だ。こっちなら普通の病院とは違って試験段階の装置も使えるからな。この子の主治医は私だ」


 いつからこの人はあたしの主治医になったんだ?というかこの状況で言うのもあれですけど試験段階の器具の実験台にするのはやめていただけませんかね?


「ならなおさら急ぐ必要があるだろ?私の車なら下に止めてある。救急車を手配するより早いのではないかい?」

「林、もう一度言うがアリス君は現在保菌者だ。君の車と行っても防衛省の公用車だろ?まだアリス君のウイルスの特定が出来てないんだぞ?インフルエンザ以外だったら君の車が汚染される。救急車だったら研究所に着くまで脈拍や心拍数も把握できる、これがもし外傷による大量出血だったら頼むかもしれんが今は必要ない」

「そうか分かった」

「アリス……」

「龍、今この状況で一番近づいてはいけないのはお前だってこと分かってると思うんだが?」

「……分かった」


 それから早かった。慣れているのか、それともマニュアルがあるのか魂子さんが救急車を要請すると、ものの十数分で救急車が到着。すぐにあたしは皆が見守る中、国立感染症研究所に運び込まれた。


 だが約四時間後、あたしは何故か……菊生寮の自室のベッドで寝ていた。


 理由は簡単である。あたしは新型コロナではなく、普通のインフルエンザだと判明、薬を処方され自宅療養になったからである。


「うちの研究所にも病床はあるが、普通のインフルエンザなら入院する必要もない。まあインフルエンザでも悪化することも無いことは無いが、基本的に薬を飲んで安静にしてれば直る。寝てろ」

「はい……すみません。大事にしちゃって」

「まったくだ。君は神報者付……将来神報者になるんだろ?龍とは違い君は不老不死ではない、体調管理は徹底しと方がいい」

「……はい」

「……因みに聞いておくが」

「はい?」

「……どこで移ったとか、誰に移されたとか推測できてるかい?」


 はい、めっちゃ心当たりがありますねえ!


「一週間前ラーメン屋で隣に座っていた人が凄い咳をしてたんですよ、多分それかと。一応気づいて席を一個移したんですけどね」

「馬鹿か?ラーメン屋、一応換気はしてるだろうが席同士は結構近いだろ?一個移った程度で飛沫感染が防げるとでも?」


 ですよねー。


「まあいい。じゃあ私は研究所に戻る。君から採取した血液から色々調べたいからね。もし何かあったら電話すると良い……いや、電話しろ」

「はい」


 そういうと、魂子さんは部屋を後にした。


「はぁ……やらかしちゃったな。あの部屋に居たのは……省庁の補佐さん、うわーこれで政府全体に移ったらあたしのせいじゃん。まあ魂子さんがきつめに言ってたから皆そのまま帰るとは思えないけど」


 現在午後六時前後、お腹は……減ってない。まあ仮に減ってるとしても動けないから食べれないんだけども。まあその代わりにに魂子さんがスポドリやゼリーを置いてってくれたから何とかなる。


 静かに眠ろうとした時、部屋の外から声が聞こえた。


「なんだ、いたのか」

「一応ここは俺の家でもあるし、あいつは弟子だからな」

「ならちゃんと弟子は見てろ……と言うか珍しいな」

「なにがだ?」

「アリスが倒れた時、お前は結構慌ててたろ?あそこまで狼狽えるお前を見るのは初めてだ」


 確かに意識がおぼろげだったからあんまり覚えてないけど結構必死な形相であたしを叫んでいたような気がする。今までもあたしが死にかけた時は結構叫んでた気がするけど今回は違った。……本気であたしが死ぬんじゃないかみたいな?


「……そうだったか?」

「まあそんなことはどうでも良い。何のようだ?」

「アリスと話がしたい」

「……お前は馬鹿か?あの時も言ったろ?お前は一番近づいては行けない人間だと、今この部屋に入るなんてもってのほかだ」

「どうしてもか?」

「お前は神報者、天皇に使える人間だろ?絶賛アリスは保菌者だ。そのウイルスを天皇の元まで持っていくつもりか?」

「……部屋の外からなら?」

「まあそれなら問題無いかな。私は行くから好き話すといい」

「すまない」


 魂子さんが歩いていく音と共に、師匠が何やら部屋の前で座る音がする。


「アリス」

「へい」

「大丈夫か?」

「まあ……でも珍しいね。師匠があそこまで焦るなんて」

「……なあアリス」

「ん?」

「前に言ったな、俺の家族は全員死んだと」

「……そういえばそんな事言ってたね」

「あれな……実は今回みたいに疫病……今で言う感染症で皆死んだんだよ」

「……え?」


 衝撃の事実だった。普段から師匠は自分の過去や身内について自分から話すことは一切なかった。まあ聞けば少しためらいつつも話してくれる程度だ。自分の過去について話したくない……そんな事情があるから話したくないのかと最近は聞くことさえしなくなったんだけど。


「ど、どういう意味?」

「時間はあるんだ、少し昔の事を……俺の家族が何で亡くなったのか、話そう」


 あ……これ回想入るパターンか?


 師匠は扉の向こうで煙草を吸いながら昔話を始めた。


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