「今から……三百……いや三百五十年くらい前だったか。当時俺には妻と子供たちが五人ほどいたんだ」
あれ……回想にはならないのか。
「当時は京都に住んでいてな」
「知ってる。帝がまだ西京じゃなくて京都に居たんでしょ?」
「よく知ってるな。それで俺も家族も京都に住んでいたんだ」
「ねえ……前から気になってたんだけどさ、自分の子供に神報者を継がせようって考えはなかったん?」
「お前俺が言った事忘れたか?神報者は当代が次を指名し帝が任命するが、条件は識人であることが前提条件なんだ、それに俺の子供たちは元服を済ませた後すぐに朝廷の仕事についていたからそんな考えも起きなかったさ」
「際ですか」
「それでいつだったか、当時の京都の近くの村で変死者が出るという噂がたってな。最初はそれほど注視してなかったんだが、どうやら謎の疫病によるものだという噂が流れ始めたんだよ」
「うん」
「だが今と違って病原菌の正体を突き止める方法すら存在しない。それどころか有効な薬を作ることすら不可能だ。出来ることと言えば……遺体を焼いたりその人たちが住んでいる場所、物を徹底的に焼いて病原菌を償却することだった」
「だろうね」
つーか、今でもそうじゃないの?状況によっては焼却処分とかするじゃん?
「だがそれでも今思えば十分とは言えなかったのだろうな、ついには京都にもその病原菌……感染症が出回り始めた。それにより朝廷は一時的に人の出入りを禁じたぐらいだ」
「でも今の日本があるってことは、日本人は全滅はしなかったんでしょ?」
「そうだ、魂子から聞いたことがあるが、人にはそれぞれ病原菌に対して最初から抗体を持っていることがあるらしい。それによって感染しても症状が出ない人もいると……まあ俺の場合は関係ないんだがな」
まあ師匠の場合は感染しようが発症しようが、死ねばコンティニューでしょ?ある意味チートじゃん。
「そして……俺もある程度気を付けていたんだがな、俺の家族も感染をしてしまった」
「でも子供って朝廷で働いてて、朝廷は人の出入りを禁じた。どうやって感染するのさ」
「侍女だ」
「……じじょ?何娘さんが感染源?」
「違うよ、確かに娘もいたが、侍の女と書いて侍女、当時貴族や朝廷で働く人間に使えていた……家政婦?メイド?執事?みたいなものだ。その子は俺の家で妻と家事を一緒にしていたんだよ」
「ああ、そう言うことか」
「恐らく外で仕事していた時に拾っちまったんだろうな、瞬く間に家族全員に感染しちまったよ。それにより当然朝廷に上がることも出来なくなった」
「あれ?その時師匠は何してたの?」
「その時は、帝が直接実権を取ってたことで日本の色んな情報が集まっててな、俺もそれの処理に追われてて家に帰れなかったんだよ。家族の感染を知ったのは少し後だ」
「そう……じゃあもしかして……家族の死に目には……」
「いや立ち会ったよ。帝に少し暇を貰ってな、別に俺は感染しても自殺すれば体からウイルスは無くなるし、着物も焼けばいい」
わあ……便利なシステムだあ。
「俺が家に着いた時、家族に感染させたであろう侍女はすでに亡くなっていた。そして家族は全員感染、妻が体をだるそうにしながら子供たちの看病をしていたよ。そして俺が家に着くなり『ここにあなたの仕事はない!帝の下へ戻って務めを果たしてきなさい!』ってな」
「感染してるのに勇猛な奥様なことで」
「ああ、それに何度助けられたかな。だが一度感染すれば治療方法は存在しないんだ。死ぬのを待つしかない……だから言ったんだよ『お前の夫として、お前たちの父として最期を見届けさせてくれ』ってな」
「……」
「そこから早かった。俺も何回か感染したが直ぐに自殺して元気になると少しずつ衰弱する子供たちと妻を看病したんだ……そして……」
「亡くなった?」
「ああ、でもあいつは凄かった。何番目に感染したのか知らんが子供たちを見送るために最後まで立っていたんだからな……まったく母親は凄い。そして最後にあいつは言った『今まで色々あったけどあなたと夫婦になれて幸せでした……本当にありがとう』と」
「……よく……よく壊れなかったね。やっぱ当時って家族を亡くすって当たり前だったの?」
「まあな、当時はまだ小さい戦やら戦争も頻発してたから死そのものは珍しいものでは無かったよ。だが俺にはもう一つ理由があった」
「ん?」
「実は一番下の子がまだ生きてたんだよ。
「なるほど……それで感染を免れてたんだ」
「だがその寺の周辺でも感染者が発生するようになってな。俺は龍之介を呼び戻すと、まだ感染が確認されていない妻の故郷である今の福島県に避難させたんだ」
「ああ、そこで福島県が出てくると……でも師匠の家族って全員亡くなったって」
「……龍之介を福島避難させて一月ほど経った頃、龍之介が殺されたっていう早馬が届いたんだ」
「……!まさか……避難先の村人に?」
まさかの村八分!?
「いや……疎開先の村が盗賊に襲われてな。どうやらその盗賊も村を感染症で失くして行く先が無くなり盗賊になったらしい。そして……龍之介はその盗賊と刀で戦闘をしたらしいんだ、最初は善戦したらしいんだが相手は十人程度多勢に無勢だ。最後の一人と差し違えで死んだらしい」
「そう……なんだ」
ていうか……あれ?なんか似たような話をどっかで聞いたぞ?……駄目だ、インフルで頭回らん。
「その早馬が届いて……からほぼ覚えてないんだが……どうやら俺はさすがに最後の息子の死にかなり取り乱したらしくてな。自暴自棄になって家で暴れたらしい、自分の家が血だらけになっていたよ」
「わーお」
今の師匠からは想像できない光景だ。でも気持ちは何となく分かる。夏美先輩だって順先輩を失ってあそこまでやつれていたんだ。
「今でも少し思うことがあるんだ。あの子を疎開させたのは間違いだったとか、なら何が最良の選択肢だったのか……ってな」
「よくそんな状況から立ち直れたよね」
「お前、愛和の件で俺があいつに言った事覚えてるか?」
「……ん?神がどうたらこうたらってやつだっけ?」
この状況で思い出させるんじゃないよ。多分覚えてるだろうけども、インフルやぞこっちは!思い出せるわけないじゃろい!
「俺が忠誠を誓っているのは帝ただ一人だって奴だ」
「ああ、そんな……こと言ってたっけ」
「あの時言った帝はな……今の帝じゃない」
「……ん!?どういう意味!?」
「先ほど言った通り、家族が死んだあと、俺は自暴自棄になってずっと家に居たんだ。もちろん神報者としての仕事も出来るはずもない……だがそれを当時の帝がほっとくはずがなかった。わざわざ俺の家まで来て『あなたが居ないと仕事が回らないのが分からないのか!意気消沈?安心しろ!そんな暇がなくなるほど仕事漬けにしてやる!』と言って俺を強制的に家から連れ出したんだよ」
「……」
帝アグレッシブ過ぎません?
「そこからはある意味怒涛の日々だった。本当に死んだ家族の顔を思い出す暇すらなくなるくらいの仕事をしていたんだ、一応葬式は済ませたがな。もしあの時、帝が連れ出してなかったら……俺は死にはしなかったろうが廃人になってたかもな。帝はある意味俺の恩人だよ」
「……」
「そしてある程度時がたった時、帝がもちろん人間だから寿命がある。あの人の死に目も俺が立ち会ったんだが……その時の言葉は今でも覚えてるし、俺はそれを守ってる」
「?」
「『これは私からの勅令ではありません。一人の友人としてのお願いです。もし私が死んでも……次の帝、その次の帝も支えてくれませんか?これは私にとって唯一無二の友人であるあなたに頼む最初で最後のお願いです……受けてくれますか?』ってな」
「……」
なるほど、そう言うことか。師匠が何で今まで皇族ではなく帝に対してここまで忠誠を貫いていたのかずっと疑問だった。それがやっと解けた。自分を絶望から助けてくれた当時の帝の約束をずっと守ってたんだ、帝を支えることで帝との約束を守り続けてたんだ。
しかも帝からの命令じゃない。友人との約束を……しかも約三百五十年間、師匠も師匠で凄いな。
ていうか、さっきから思い出せそうで思い出せないことで凄い気持ちが悪い。何か凄い重要なことを少し前に聞いたような気がするのに、インフルのせいで考える力が出てこない。
駄目だ……薬のせいで眠気も出てきた。
「だから俺はこの命が続く限りこの先生まれる帝を支えると決意したんだ。……おや、話をしすぎたか。アリス、俺はもう仕事に戻る。……ゆっくり休め、聞いてるか?」
師匠の言葉は左から右に通過していくだけであって何一つ頭に入ってこなかった。
師匠が扉の外からあたしが返事をしないことを確認すると、ゆっくりとその場を離れていった。そしてあたしは急に静かになったことによりいよいよ眠気が強くなりゆっくりと睡眠の世界に入って行った。