「ハハハ……なるほどそんなことが」
「そうだ、まったく君の体はどうなってるんだ?下がっていた血中酸素濃度も血圧も何の前触れもなく正常に戻るなんて前代未聞だ」
「その投与した薬の影響では?」
「言っただろ?フェンタニルはあくまで鎮痛剤だよ。ウイルスを直接殺す作用はない。もしそうならここまで大事になっていない」
「ああ、そうか」
ならほんとにあたしの体内の万能細胞の数がようやくウイルスの数を追い越してウイルスを駆逐しきったってことになる。いやあ!万能細胞様様っすね!……普通の免疫細胞ももうちょっと働いてくれていいのよ?
「そういえば、そこで死んだように眠っている研究員の皆さまは?」
「君が回復したんだ。体内に十分な万能細胞が出来たと見るのが普通だろ?この病院でも患者はかなりいるからね、一秒でも早く血清作成に取り掛かった結果だよ。……まあ、明け方には皆君の看病疲れと血清作成の疲れがピークになって気絶したが」
お疲れ様です!
「魂子さんは寝なくていいんですか?」
「私は慣れているからね。本当なら睡眠もとりたくないんだが、脳がそれを拒否するんだ。エネルギー源のブドウ糖を取っているというのに」
「ははは……」
多分というか、確信した。この人は卓と同じだ。自分の目的の為なら自分すら犠牲にするタイプだ。所謂天才……言葉を変えるなら変人だ。
「それで、血清はどれくらいで出来るんですか?」
「ん?血清作成自体は血液の成分分離作業等を含めて……細胞が見るかればすぐに出来る。その後に、魔法薬を使った培養でこの病院の患者の人数を作るなら……一週間から二週間ってところだ」
「医学詳しくないから早いのか遅いのか分からん」
「血清自体は血液の中から細胞を見つけるだけだから速度は研究者の腕によるよ。培養自体は細胞の増殖スピードに影響されるんだが、今回の万能細胞は増殖スピードが遅い、少し時間が掛かる。それでも旧世界よりは早いよ」
「なるほど」
「それで?君はどうする?」
「え?」
「君の感染し、完治するという大仕事はこれにて完了だ。西京に戻って神報者の仕事に戻っても構わない。まあ、一応インフルと同じように体内にウイルスが残っている可能性があるから数日はここで待機だが」
「……少しだけここで様子を見たいです」
「というと?」
「あたしの万能細胞がちゃんと患者さんたちを助けられるのかあたし自身の目で見届けたいんです……駄目ですか?」
「……ふふ、もちろん駄目というわけないだろう?むしろ一番近くでそれを見る権利すら君にはあるんだ。ただ、龍にはちゃんと完治したと報告しないと駄目だよ?」
「了解です。それと約束守ってくださいね?」
「ん?ああ、もちろんだ」
その後、二日間は体内のウイルスが残っている可能性を考慮して病室の環境を変えずに待機することになった。だが発症時の体調不良はどこへやら、あたしの体は以前と同じように元気なり逆に病室待機が飽きてくるレベルになっていた。
だが二日目には魂子さんが用意した現代版の応急処置に関する本を読みながら魂子さんの指導で簡易的な縫合技術の習得など、意外にも退屈せずには済んだので良かった。
三日目、ようやく外に出ることが許されると、病院の外周を走ったり、何故か病院合内に設置されたジム(院長の趣味)を使って約二週間出来なかったトレーニングであたしは久しぶりに汗を流した。
師匠に電話で完治したことを伝えると一言『よく頑張った』とだけ伝えられる。……ほんとにこの人は……コミュ障か何かか?と思ったが、作られた血清が役に立つか自分の目で見届けたいというと、『分かった、ちゃんと見届けてこい』との許可をもらった。
……そして二週間後。色んな意味で予想外の結果をあたしは見ることになる。
「遼!」
「君江!」
血清作成開始から二週間、ようやく必要量に達した血清をまずは同意を貰った中等症の患者に、続いて重症患者に投与が始まったのだが……この効果が劇的だった。
どの患者に対しても投与開始からわずか一日、長くても三日でその効果を発揮、中等症患者は見る見るうちに回復した。そして完治絶望的と思われた重症患者も投与から四日程度で症状が回復、医者からもう回復することは無いと言われていた家族らは患者の元気な姿を目の当たりにして涙を流し、抱きしめあっていた。
だが残念ながら間に合わなかった重症患者も多数いたが、魂子さん曰く血清によってウイルス自体は駆逐されたが破壊された細胞の限度が超えており、自己修復できなかった結果によるものだと教えられた。
「まったく、今回人に試すのは初めてだったがここまでの効果とは」
「あたしもびっくりです」
病院の中庭にて元気なった患者と家族が笑いあっている様子を屋上から眺めているあたしと魂子さんは今回作られた血清の効果に驚いていた。
「一応言っておくけど、作った血清は全部上手くいくわけじゃない。血清によっては人に適応できないこともざらにあるんだ、今回は異常だよ」
「そうですよねえ」
本当にあたしの体にはどんな秘密があるんだ?なんで旧世界では死んだんだろうか。魂子さんの旧世界での実験体として事故による死亡も現実味を帯びてきたよ、あたし一人感染しただけでここまで人を助けたんだから。
「だが根本的な解決になっていないのが現状ではあるんだがね」
「え?」
「今回は君の血清を使っただけの一時しのぎだ。これからの課題はこのウイルスの第一保菌者を見つけてどこで感染したかだよ。それが分からないと根本解決にはならない、まあ我々はもう動いてはいるが」
魂子さん曰く、ウイルスというのは人に感染した時点でその人の細胞内で増殖するため治療薬作成に必要なたんぱく質が感染時点で無くなるらしい。だから患者からウイルスを取り出してもそのウイルスから治療薬は作れないのだという。
つまり治療薬作成に必要なのは人に感染する前の生きたウイルスなのだとか。
そしてまた魂子さん曰く、感染症研究所には第零研究室と言われるこの原因特定専門チームがあり、医療行為をしない代わりに感染症の出発地点を調査しているらしい。そしてこの調査チーム報告によるとすでに第一発見者を特定済みでウイルス元特定の為に国外に出発したとか。
つくづく専門家のチームは天才で変人ぞろいだ。
さてここであたしの脳みそは一つの会話を思い出そうとしていた。インフルエンザと格闘していた際、師匠が語った家族の事についてだ。おぼろげに覚えてはいたけど、雪と福島に来た際に聞いた昔話と似通っていたような気がしたからだ。
「……うーん」
「さっきから何やら悩んでいるようだけどどうかしたかい?」
「いや、悩んでいるんじゃないですよ、思い出そうとしているんです。インフルで寝込んでいたいた時に師匠から昔の家族の話を聞いたんですけど、詳細まで思出せなくて」
「それが重要なことかい?」
「前に福島に来たって言ったじゃないですか、その時に地元の人に聞いた話と師匠の話が繋がったような……何だっけ?」
福島県……約三百年前にここで起きた事件……疫病で家族は全員死亡、でも……確か一番下の子供は福島に避難してたんだよねえ……でも……その後すぐに亡くなった……でも福島で聞いた話だと、その子には死ぬ間際に女性との子供が……あ……ああああああ!
「思い出した!」
「それは良かった」
「魂子さん!」
「何だい?」
「ここは何処ですか?」
「……意味不明なことを聞くね、福島県だよ」
「そうじゃない!福島県のなんて町ですか!」
「ここは伊達市だ」
「ここから梁川町って近いですか?」
「そこまで知らん、基本的に研究所から出ないんだ。福島の地理なんぞ知ってるわけないだろう?西京の地理ですら怪しい」
考えろ。師匠は言っていた、一番下の子供を奥さんの故郷である福島の何処かへ避難させたと、そしてその数か月後、盗賊に襲われて亡くなったって……梁川町に残る昔話と一緒だ!
そして昔話にはその子供……年齢は知らんけど、地元の女の子と夫婦になって子供が居て、細々とだが現代まで子孫が居ると!……まだ確定じゃないけどこれ……師匠の子孫生きてんじゃない!?
でもどうやって証明する?師匠に奥さんの故郷を聞いて梁川町と答えたとしてもその子孫が師匠と血が繋がっている保証はない。……ならば!
「あの魂子さん!」
「ん?今度はなんだい?」
「今の技術で遺伝子検査って出来るんですか?旧日本でよくある親子検査!」
「……まあ、最新機器もそろってきたから出来んことは無いだろうが。なんだ?もしかして君と龍の遺伝子検査でもする気か?言っておくが意味ないと思うぞ?」
「……何で?」
「もしだ、旧日本で龍に兄弟がいたと仮定しよう、その兄弟が普通に結婚して平均的に二人の子供を作っていたとする、そしてその子供も平均的に二人の子供を作っていたとすると、四百年後には子孫の数はどれくらいになると思う?」
「……そんなややこしい計算問題は無理です」
「約六万五千人だ。ただしこれはあくまで二人しか子供が出来ないと前提を置いた状況によるもの。つまりある世代は大家族に、ある世代は一人っ子、世代によっても上下するし、また旧日本には一回二回と世界大戦があったんだ、減っている可能性も考慮しても五万人前後は龍の血を受け継いでいる可能性が出てくる。旧日本の人口は一億人前後ということを考えれば、君が龍の血を継いでいる可能性はあり得ることなんだよ」
「なるほど……ってそうじゃない!あたしと師匠じゃなく!福島に居るある一人の……子供についてです!」
あたしは魂子さんに雪と福島に行ったときの話を話した。福島県の梁川町にどこからともなく現れた少年がその土地の権力者の娘と結婚し、子供を作った。しかし当の本人は村を襲った盗賊と戦い死亡したことなどだ。
そしてその生れた子供は大人になり新たに子供を作り現代まで子孫が残っていると。師匠が話していた一番下の子供の最期と話が合致することについて詳細に説明した。
途中まで噂半分で効いていた魂子さんも途中から真剣な表情になりあたしの話を聞いていた。
「なるほど、もしその話が本当なら龍の子供は死ぬ間際に子孫を作っていたということになるね。だが先ほど言ったようにその梁川町に一体何人いると思う?全員の遺伝子を調べるのは酷だよ?」
「多分一人です」
「なんでそう言い切れる」
「その人曰く、その家族は呪われているようで子供が生まれるとその親はすぐに死んでしまうらしいんですよ。だから常にその家族に生まれる子供は一人だけです。常にどこかの家に養われているはずです」
「そうか……なら、梁川町の役所にでも行ってその子を探せばすぐに見つかる……というわけか……いいね、やってみようじゃないか!君には今回血清作成でかなり世話になったんだ!これくらいの協力はおしまないよ、それに私も龍に子孫が居るのなら確かめて見たい」
「ありがとうござい……ん?」
その時だった。魂子さんに説明しようと興奮状態になっていたことで気づかなかったが、協力を取り付けた事ですこしほっとしたとたん、病院の正面入り口が何やら騒がしくなっていることに気づいたのだ。
「何か……病院の入り口人だかりができてません?」
「……そのようだね。誰か来ているのかな?」
よく見ると病院の正面玄関部分に何台かの黒い車が止まっているのが分かる。そしてその車からは続々とスーツを着た職員?らしき人が降りてきていた。だけどどう見ても病院関係者じゃない。
「ああ、なるほどそういうことか」
「え?」
「私がこの世で一番嫌いな人種の人たちが視察に来たんだね」
「一応確認ですけど……もしかして?」
「ああ、政治家というやつだよ。あいつらは自分の政治生命の為なら何でもする種族だ。前にも言ったが、医学というのはね日を追うごとに情報が更新されていくものだ。絶対に正しい情報なぞ存在しないし、不確定な情報を使うなんてもってのほかだ。だがあいつらは自分の政治生命の為ならその不確定な情報を精査もしてないのに堂々と言うんだから私にとっては敵同然さ」
そういえば言ってたな、厚労省行っても意味が無いって。
「誰が来たのか知りませんけど、なんでここ何ですかね?」
「そりゃ現在進行形で治療薬が出来てないのに唐突に感染者が回復し始めたのがこの病院だけなんだからそりゃ見に来るだろ?まああれほどの護衛を連れているんだ、厚労大臣か……自政党の本部役員クラスかな?」
「あの、魂子さん。間違っても血清の生みの親のあたしのことは言わないでくださいよ?患者から感謝されるのは良いですけど、政治家に目を付けられるの嫌なんで」
「もちろんだ、今回この病院に協力を依頼するにあたって病院長にも血清の持ち主に関することは極秘扱いにしてもらったから安心したまえ。私も政治家は信頼してない」
あれですか?転生者って重要な役職についている人ほど政治家に不信感でもあるんですか?
「おや?院内に入るね」
「ふーん……ん?そういえば」
現在進行形で雪はまだ苗字を変えてボランティアに精を出しているはずだ。来た政治家が誰なのかは知らないけど、もし接触したらどうなるのか……とても気になる。
「ちょっと見てきます」
「それはいいが、自分で血清の持ち主だと言いふらさないでくれよ?」
「そんなことすると思います?」
「あくまで保険だよ」
信頼されてないのか、それとも何かのタイミングで口を滑らすと思っているのだろうか。
まあ、いいけど。
そのままあたしは屋上の入り口から院内に入って行った。