「……どういう状況?」
普通に考えればだが、総理大臣や大臣級の議員が視察に来るさい、患者や看護師や医師などが少し笑顔で出迎えるというのはよくある話だ。テレビ映りを気にする議員の秘書が予めそう指示するものだと思っているからだけど。
今回に至っては……何か違った。
少なくとも看護師や事務員、出迎える医者に関しては一応精一杯出来る身なりで来ているのだが、患者たちは違った。
私でも分かる。ほぼ全員が敵意むき出しなのだ、何故かは知らんけど。
その理由を知りたいと思い、近くに居たおばあさんに聞いてみた。
「何か皆さん、怒ってます?」
「え?そりゃあ怒るわよ、来るの荒川議員よ?一言文句も言いたくなるわ」
荒川議員……あれ?どっかで聞いたことあるな。
誰だっけ……と思い出している時だった。正面入口よりその荒川議員が多数の護衛を引き連れて院内に入って来たのだ。それと同時に出迎えの医者や院長、事務員がお辞儀をする。
「荒川先生!お待ちしておりました!」
「聞きましたよ!患者が直り始めたと!どんな様子か見に来ました!」
「……あ、あー」
顔を見た瞬間、思い出した。雪と一緒にクラブ入った変態オヤジじゃないか!確か当時の役職は政調会長、なるほど一応視察ってことで見に来て自政党の政策に反映させるって名目か。
ん?ていうか雪が言ってたけど荒川議員って福島県の議員だよな?……なるほど地元か。ていうかなんで地元の議員様が地元の有権者にキレられてんの?
「おばあさん、何で荒川議員の事嫌いなの?」
「あの人ね!お父さんの後を引き継いで議員になったんだけどね、先代と違って地元には帰ってこないわ、あいさつ回りもしない、その癖帰って来たかと思えば地元のお偉方としか会わない……地元民とよく会ってくれるのは奥さんぐらいよ!嫌になっちゃうわ」
「そうよねー」
「そうそう」
気づけば、おばあさんの周りに居たお友達たちも一緒に荒川議員の愚痴を言うようになっていた。
なるほど、よく世襲議員とは言うけど父親と息子ではここまで違うのか。雪さん、あんたあそこからよく道を引き返したよ。少なくともその変態オヤジの下では碌な議員にはならんというのが今わかった。
「でもそうなら他の候補に投票するのがいいんじゃないですか?」
「それが無理なのよ。元々この辺は代々荒川家が議員をやっていてね。他の人が立候補しても当選できないのよ。あたしも前回の選挙、違う人に入れたんだけどね」
ああ、俗に言う組織票って奴ですね。やっぱ地盤って奴が強いと無理かあ。
と、地元民による荒川議員の愚痴を聞いた居た時だった。一人の恐らく病状が安定しているであろう患者が荒川議員の下へ歩いて行ったのだ。周りの護衛も守ろうと動かない所を見ると、恐らく患者を代表して挨拶をするのだろう。
だが……結果は違った。
「ええっと……新条さん。お加減はどうですか?」
「……るな」
「え?」
「一番つらいときに何もしてくれないのに!安全だと分かったら来るなら最初から来るな!」
「……っ!」
荒川の表情が歪んだ。おいおいおい、多分だけど病院側が選んだ患者だよね?そこまで嫌われてるの?……もっと言ってやれ!
「普段は役所から出ないんだろ?ここぞとばかりに票集めのつもりか?なら最初から来るんじゃない!ここにお前の仕事は無いよ!」
そう言うと最後に睨みつけるように患者さんは自分の病室へ戻って行った。
「そうだ!帰れ!」
「ウイルスを移すぞ!」
先ほどの患者さんを皮切りに高齢者を中心とした患者たちがシュプレヒコールを引き起こした。すみません、またここで感染爆発させるのはやめてもらって良いですか?あたしの血清まだ量が出来てないんで。
ていうか、あのさあ……なんでこの人当選したの?マジで謎なんだが?この付近だけ?他の所では好感度高いってこと?
「申し訳ない!自政党の重要な役職に就いてから帰る機会が少なくなってしまった事には謝ります!でも常に!皆さんの事は耳に入っています!ちゃんと皆さんの事を第一に考えていますから!……あ!」
謝罪に追われる荒川議員だったが、ある人物を見つけるとその人の下へ早歩きで歩いていく。
……その人物は、雪だった。
「彼女!私は彼女にこの病院の事を事細かく報告するようにこの病院に派遣したんです!将来はこの地区から出す候補として育てる予定です!」
多分、自分に向けれらた非難の目を雪に向けさせようとしたんだろう。雪に言えばそれが荒川議員に伝わると言いたかったのかもしれない。
だけどあたしは気づいていた。雪の普段とは違う様子の微妙な違いに、だが荒川議員は気づかなかったようだ。
他のボランティアと違い、雪の目元には隈がくっきりと入っていた、恐らくあたしが回復してから寝る間も惜しんで活動していたに違いない。
「な?そうだろ?」
「……?あの……どちら様ですか?」
「……え?」
「私はあくまでボランティアなので受診受付はあちらの事務員さんに聞いてください。後……いくら患者が回復傾向にあると言ってもまだ感染自体は広がっているので……」
そう言うと雪はポケットからマスクを取り出し、渡した。多分寝不足で荒川議員を認識できなかったのだろう。
「ちゃんと感染予防してくださいね……では」
雪は軽くお辞儀をするとそのまま別の作業の為か歩いて行ってしまった。だが移動する際、他の患者と一言二言会話しているので単純に患者と議員を区別していないのかもしれない。
「あ……えっと……」
「なんだい!あの子はあんたのことを知らないようじゃないか!嘘ついたのか!」
「いえ……そんなことは……」
「かえーれ!かえーれ!かえーれ!」
今度は帰れのコールが巻き起こる。地元民に帰れコールをされる議員を今まで見た事あるだろうか?それがまさに今起きている。さすがにこの状況ではどうすることも出来ないと判断したのか秘書が何かを議員に伝えると、荒川議員は足早に病院を後にしてしまった。
私はその様子を何とか声を出さずに爆笑して見守っていた。
「雪さーん……おっと」
あの後、さすがに雪の体調が気になったので、雪の後を追いかけたあたしは病院の中庭で雪を発見した。だが雪はベンチで寝てしまっていた。
「……すぅー……すぅー」
「……まじかい」
ここに来る道中、何人かの事務員さんから雪の様子を聞いてはいた。この病院にて感染症の回復が見られることによりボランティアの数も縮小していったが、雪は最後まで残ると良い、本来事務員がやるような雑務まで引き受けていたそうだ。
そんなことまでやることか?と思いつつも責任感が強い雪さんなら最後まで見届けたいと思って自ら志願したのだろう、西宮家……いや五十嵐家は凄いな。
それが影響してか、かなり疲れを見せていたから心配だったとのこと。
いやあ……まあ、こうやって休憩時間に寝るのは良いけども、旧日本の福島とは違うって言っても今は十一月でっせ?それに夕方、気温も下がって来るんだからさ、風邪ひくぞ?
とりあえず、寝ている雪の隣に座り声を掛ける。
「雪さん?雪さーん」
「……んっ?ああ、アリス。どうかした?」
「寝るなら院内の宿直室とかで寝ればいいじゃん?ここだったら風邪ひくよ?ボランティアで来たのに違う意味で病院のお世話になる気か?」
「ああ……ごめん、ちょっと寝てたわ。それで?何用?」
「なに用って……さっき雪が相手したスーツを着た人、国会議員だったんよ?それも以前あんたが秘書になりたいって直談判した荒川議員、それをどちら様って……よくいったなと」
「気づかなかったわ。寝不足だったのかも、それに今は政府の動向なら気になるけど一国会議員の動向なんてどうでも良いからね、一応政調会長だけど自政党や政府公式発表の政策を見る方が一番流れが分かるし」
「はあ……」
魂子さんと同じこと言うんだな。やっぱり例え与党に属していようが与党発表、政府発表が結果的に国を動かすという点では同じなのか。それでも政府内や与党内の動きを知っておくのも重要……いやそれを知った上での考えなのかもしれない。
「それに、この病院の感染状況はあなたの陰で回復傾向にあるけどまだまだ苦しんでいる患者さんはたくさんいるのは変わらないわ、だからあたしも少しは頑張らないと」
「……そうね」
だとしても最終的に患者が回復してもあんたがダウンしたらあんたの将来の夢が叶わないじゃん……少なくともこの病院のお世話内なるなよ?
「……さてあたしは病室に戻るけど、あんたは?」
「…………」
「雪さん?」
「……すぅー……すぅー……」
「まじかい」
また眠ってしまった。
……しょうがない、もう日も落ちるしちゃんと眠れる場所まで担いでいこうか。
あたしは雪を担ぐとそのまま院内に歩いて行った。
「あら!その子……さっきの……確かボランティアの!」
院内に入った瞬間、先ほどあたしと話していた患者のおばさんたちが話しかけてくる。
「そうなんですよ。寝不足で……外で眠っちゃうと風邪ひくので持ってきました」
「あら、そうなの。それにしてもこの子も熱心ね……五十嵐先生にそっくり」
「ははは……ん?五十嵐先生というと……もしかして元総理大臣の?」
「そうよ!今は西宮先生だったかしら?」
「あの……記憶違いでなければ五十嵐先生ってここの選挙区では無いですよね?隣の選挙区だったような」
「そうなのよ、でもね?選挙区は違うけど同じ福島県の皆さんの投票で議員になれたんですから福島県の皆さんの声を聴くのは当然でしょ?っていつもこの辺まで来ては熱心にあたしたちの言葉に耳を傾けてくれたのよ!どっかの息子とは大違い!」
なるほど、今までは荒川の批判を全部西宮元総理が受け止めていたから選挙でもそこまで大きな動きが無かったのかね?……ていうか本当にシオンと出会うまでは本当にまっとうな議員だったんだろうな、権力欲というのは恐ろしい。
「でも皆さんよく雪を見て五十嵐先生の娘さんと分かりましたね」
「そりゃもちろんよ!雪ちゃんはね、いつもお父さんの里帰りの時とか選挙になると福島に来てお父さんの応援をしていたのよ?あたしたちはそれが印象的でね!将来雪ちゃんが議員に立候補するならもちろん投票するわ!」
「ははは……まだ年齢的にも選挙区的にも無理ですけどね」
「そういえば……あなたはどちら様?」
「ああ、紹介が遅れました。アリスと申します。雪とは……ステア魔法学校で組は違いますが、同級生だったんです。卒業して雪は大学に行きましたけど、あたしともたまに遊んでるんですよ……腐れ縁って奴です」
「そう!ならお願いよ、この子は将来ちゃんとした議員さん……荒川みたいのじゃなくて、お父さん……は色々あったけどそれでも私たちはまだ応援しているお父さんみたいな国会議員になるように支えてやってね?」
「……自分に出来ることがあれば」
「ありがとうね」
そう言うとおばさんチームは自分の病室へ戻って行った。
雪さん、西宮元総理はあんな事件を起こしたけど、地元の有権者はまだあの人を応援しているぞ?それに雪がちゃんと地元の人の為に努力していることを分かってくれているじゃないか。まだ年齢的にも実績的にも不十分だと思っているようだけど、有権者はちゃんと見てくれている……失望させないように頑張れよ。
その後、あたしは雪を事務員さんに引き渡すと、自分の病室に戻った。
そして、数日後。培養された血清の量が順調に確保されていき、他の病院にまで運ばれるのを見送った後、あたしは複数の医療関係者に見送られながら魂子さんたちと共に病院を後にした。
だがどうやらこの福島県というのは雪にとってもあたしにとってもどうも縁があるようであたしはまた福島県に舞い戻ることになる……たった一週間後に。