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感染大陸 15

「……っ!」


 片足を玄関内に入れた瞬間だった。前回来たときとは全く違った雰囲気……いや、空気があたしの体を包み込んだ。同時に軽い悪寒が体を駆け抜けた。


 あの時は、心霊スポットに来たという環境に来たことで、脳が勝手に軽い警戒状態になったが、今回は違う、一瞬で完全な警戒モードになった……確実に何かが居る。


「アリスちゃん?」

「前回来たときと様子が違います。言葉にできないですけど……体が警戒モードになりました」

「なるほどね……全員、ただの心霊スポットだと思うな、作戦通り十分に警戒して侵入後、各自散開し、状況報告、アリスちゃんは私と一緒……おっけ?」

「はい」


 あたしが頷くと意を決して屋敷内部に侵入した。そしてやはりプロだ、全員無言のまま速やかに侵入すると、各自別々の廊下から各部屋に歩いて行った……師匠も師匠で一人で何処かに歩いて行った。


「じゃあアリスちゃん、行こっか」

「はい」



 あたしと三穂さんはあたしが前回歩いた廊下とは全く違う廊下を歩いていたため、結果的に入念にクリアリングしつつ前進していた。


「あ、忘れてた」

「え?」


 三穂さんが何かを渡してくる。どうやら無線機のようだ。


「龍さんもだけど、龍炎部隊と行動する場合は全員無線機持ってるんだよね。だからこれ付けてね。これからはあたしたちと作成行動するときは付けるようにしてね」

「あ、はい」


 あたしは無線機を腰のベルトに付けてマイクとイヤホンを付ける。……どうしようか、本来なら無線チェックするべきなんだけど、完全に作戦中だ、全員に不用意な発言をさせるのは……。


「アリスちゃんに無線機付けたから一回無線チェックするよ?全員喋らなくていいからね」

「……無線チェック、無線チェック」

「おっけ!」


 杞憂だったようだ。


「そういえばさ、前から気になってたけど」

「何ですか?」

「なんでアリスちゃん杖の光使わないの?さっきから銃に付けたライトしか使ってないけど」

「え?ああ」


 確かにこの世界では杖で明るくすることが出来る。しかも消費するのは魔素だけで基本魔法なので消費量も多くはない、だけどあたしは基本戦闘時の暗い場所では銃のライトや懐中電灯を使っている。


「杖の光魔法ってさ、同時にシールドも張れるのに何で?」

「えーと……杖の光ってランタンみたいに自分の周りしか照らせないじゃないですか?こういう時にあたしが知りたいのは自分の進行方向の詳しい情報なんですよ。魔法だと遠くまで把握できなくて」

「ああ、なるほど、そう言うことか」

「それにあたしの戦い方だとシールドは使いますけど、初撃さえ凌げば後は近づいて殴るだけなんで杖いらない」

「あははは」


 本当に今作戦中ですよね?三穂さんが気を利かせてくれてる?


「台所、クリア」


 その時、無線機に繋がったイヤホンから誰かの声が聞こえる。正直、三穂さんと天宮さん以外ほぼ喋ってないから声を知らないのよね。


「寝室の一つ……クリア」


 これは天宮さんだ。


「居間クリ……ん?……なっ!」

「え?」


 誰だ?……やっぱりわからん。


「冴島ちゃん?どうかした?」

「……そんな……なんで……」


 何が起きてるんだ?無線が繋がったまま、冴島さんは何かを発見したようだけどかなり驚いているように聞こえる。


「冴島ちゃん?冴島ちゃん!?」

「ザー……ザー……」


 三穂さんが冴島さんを呼ぶが何故か無線機からは待機音とは違う……ジャミングされているような音が入った。


「何かあったんですかね?」

「そうみたいだね……冴島ちゃんは元自衛隊のレンジャー持ちだし大丈夫だとは思うけど……一応見に行こうか」

「はい……ん?」


 来た道を戻ろうとした時だった、視界の端に何かが現れたような気がした。顔だけをそこに向けると黒い幽霊ではなく……あたしの知っている人物が廊下に立っていた。


「……香織?」


 そう……およそ二年前、ステアで事故により闇の獣人と化したがあたしの聖霊魔法で現在植物状態になっているはずの香織が……何故かステア時代の制服を身に纏って立っていたのだ。


「アリスちゃん?何してるの?」

「香織……なの?」


 話しかけるとゆっくりと顔を上げる。その表情は何処か憂鬱そうだ。


「お姉ちゃん……」

「え?」


 喋った!?幽霊ですら喋らなかったはずなのに!?


「お姉ちゃん……なんで……なんであの時、助けてくれなかったの?ねえ?……ヒッく……ヒック」

「……ぬおっ!」


 香織が泣き出した瞬間、罪悪感とでも言えばいいのだろうか、所謂負の感情のようなものがあたしの中で湧き始めた。


 なるほど、そう言うことか。これは幽霊じゃない、明らかに闇の魔法使いの魔法によるものだ。黒い幽霊では無いけど、こうやって負の感情を対象に植え付けてひるませる作戦なのだろう。


 だけど……相手が悪かったね。あたしは旧日本のあたしにこれ以上にヤバい負の感情を一回食らってんだわ!今更この程度で日和るあたしじゃあないわい!


「お姉ちゃん……お姉ちゃん」

「……うるさいな」


 あたしは走ると香織を……足に魔素を展開し蹴り飛ばした。


 バン!


「アリスちゃん!?」


 顔面を蹴られた香織はすぐに闇の人形の姿になったかと思えばすぐに霧散した。


「……ふう、何考えてるか知らないけどさあ……香織がそんなこと言うわけないでしょ、あたしを舐めるのもいい加減にしろや」


 まず一体目、片付けたかと思った瞬間、もう一匹現れた。なんと今度は……順先輩だ。


「……はぁ、今度は順先輩かよ」

「アリス……なんで……何で助けてくれなかったんだよ!アリスううう!」


 バン!


「順先輩はそんなこと言わねえって」


 あの人なら『俺が死んだのは全部俺の力不足だ。ま、今となっては意味ない言葉だけどな!』ぐらい言うぞ?


 二回目の回し蹴りで順先輩みたいなものは闇の魔素となって霧散する。


 ……もっとましな人選は無かったのか?あたしがひるむ相手……帝?いや……久子師匠?うーん……あれ?こういう系であたしの感情が動く相手いないな!無敵か?


「アリスちゃん凄いね……黒い幽霊蹴り飛ばしちゃった」

「え?三穂さん今の見えてなったんですか?」

「ん?何が?」


 どうやらこの魔法、対象人物一人にだけその人の記憶から一番思い入れ深い人物を曽於人だけに見せる物らしい。逆に第三者からは闇の幽霊……黒い幽霊にしか見えないのか。……ん?黒い幽霊?


「すみません、中々イラつくものを見せられたのでつい……」

「あははは!ま、頼もしくていいけどね!じゃ先に進もっか!あたしが先導するからピッタリ付いて来てね!」


 そう言って三穂さんはあたしを追いぬいて先に進もうとする。


「三穂さん」

「ん?なに……」

「ふん!」


 バゴン!


 あたしは普通に三穂さんを蹴り飛ばした。


 すぐに黒い魔素となって霧散する。あのさあ……三穂さんは作戦内容知ってんのよ?黒い幽霊じゃなくて闇の魔素による黒い人形って表現するでしょ?それに今戻ろうとしたのに何で進もうとするのよ……あほか?


「あれえ?一緒にいるから騙せる思ったんだけどなあ……残念!」

「あ、アリスちゃん」

「三穂さん!」


 三穂さんだったものが霧散するとその奥に黒いローブを着た小学生?ぐらいの少女が居た、三穂さんは一撃不意打ちを食らったようで壁に背をついて膝まづいていた。少女は三穂さんに杖を向けている。


「……完全に見た目で油断した」

「ははは!ざーこ!闇の魔法使いは全員大人だと思った?実力さえあればあたしみたいに一人で動けるんだよねえ!あはははざーこざーこ!」

「……クソガキ」


 三穂さん、多分こいつは旧日本でいうメスガキってジャンルの奴です。ただ、この日本では認知されておりません。


 さりげなく聖霊刀を抜くと、腰のベルトの鞘入れに入れる……これ使うの初だな。


「動いちゃ駄目だよ?この人がどうなっても……」

「……」


 ダッ!


「え!?」


 あたしは何の躊躇いもなく、突っ込んだ。大丈夫、三穂さんが杖を持っているなら闇の魔法使いの初撃ぐらいなら防げるはずだ。それにこういう時、相手は大抵攻撃する気はない、もしそうなら三穂さんを初手で殺しているはずだ。


 そうではないということは、あたしが次にとるべき手段はたった一つ、間髪入れずに攻撃し、相手の意識をこちらに移すことだ。


 あたしは突っ込む際、刀を右手で掴み、突進しながら抜刀の構えを取る。


「……それ知ってる!シオンが言ってた!ばっとうじゅつ……って言うんでしょ!シオンの早すぎて見えなかったけど……お姉ちゃんのはどうかなあ?」


 おいおいおい……さすがに師匠と同じぐらいの腕を持つシオンと比べないでくださいよ。あたしにそこまでの技量はありません。


 でもまあ……そこまで言ってくれるのなら計画通りだ。


 少女が杖をあたしに構えた。刀の交戦距離に近づいたことにより魔法は撃てないだろう、鯉口を切り、一センチだけ刀を抜いた。


 ガチン!


 刀を抜こうとする仕草をした瞬間だった。魔法が使えないと判断した少女は右手に持っていた杖を左手に持ち替えると即座に柄の先端を掴み、抜いた刀を戻した。


「知ってるよお!抜刀術は刀を抜けないと意味ないって!お姉ちゃんはシオンみたいに早くないね!あははは!ざーこ!」

「……」


 ビュン!プシッ!


 少女は笑い、完全に油断していた……その瞬間、あたしは握っていた右手を離し、手刀の形にすると、指先に魔素を展開しそのまま少女の首を少し切った。近距離……いや零距離だからこそできる技だ。


 やってみたかったことの一つだ。魔素で殴るのは有効、なら魔素で切るのはどうなのだろうか。


「え……えっ!」


 いきなり首から出血したことに驚く少女。


「あたしがいつ刀使うって言ったよ」


 久子師匠に言われたことがある『いいか?お前は格闘が武器だ。だが極めろとは言わん、他の武器、銃以外でも使えるようにしておけ。一つしか武器が無いのなら相手それを警戒すればいいが、いくつも使えることを相手に知らせれば相手は警戒する選択肢が増えるんだ。……つまり隙が生まれるんだよ、その隙を狙ってお前の武器で止めを刺すんだ』


 格闘を練習してから一応刀も形だけは出来るように練習をしてきた。いつ使うんだ?とは思っていたけど、まさかこんな形で使うことになるとは。


「……でも残念!あたしは闇の魔法使いだよ?ただの攻撃だったらすぐに回復……」

「ほう?あんたさあ……あたしが闇の人形倒すの見てなかったの?闇の人形に効く攻撃があんたに効かないと?」

「え?……あれ?……あれえええ!?」


 ようやく気が付いたのか、本来すぐに塞がるはずの傷口は何故かいまだに直りはせず血を流し続けている。


「なんで!?聖霊刀じゃないのに!?なんで!?やばい!やばいやばいやばい!」


 両手で傷口を抑えて、必死に出血を抑えようとするがあたしが切ったのは多分頸動脈だ、普通の人ならあと十分程度で大量出血により死亡だ。じゃあ闇の魔法使いなら?


 ……とまあ、こんなことを考えてみるが、今思えば恐らく少なくとも冴島さんがこの魔法の餌食になっているのは確定……なら早々に蹴りを付けねば。


 刀を抜く。今回の一件、新型ウイルスの件も相まって十分死にかけているのだ。今回だけはちゃんと気絶せずに生き残りたいから魔素を節約したいと思います。


「……」


 少女は今なお溢れ続ける血を抑えながらあたしを睨んでいた。首を斬りやすいように横に移動する。


 ビュン!ボトン!


 動かなかったのであたしでも何とか首を断ち切ることに成功した。


「一応言っておくけど」

「うおっ!」


 首切られても喋れるんかい!鬼滅の鬼かよ!


「あたしを殺しても魔法の効力は残るよ。だから早く助けに……」


 魔素の量がほぼ残ってなかったのか。少女は途中まで喋ると闇の魔素となって消えた。


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