「大丈夫ですか」
今だ、一撃を食らってしゃがみ込んでいる三穂さんの元に歩くと手を差し出す。
「ありがとね……いやあ、完全に油断したよ!闇の魔法使いって子供もいるんだね!心霊スポットって言われてたから最初見た時幽霊かと思ったんだけどなあ……それにしてもよくあたしの人形に惑わされなかったね」
「まあ……ある程度警戒していたので……それにさっきと言ってることが違っていたのでそれで気づけました」
「なるほどね」
「それにあたしは師匠と同じように基本あたしは人を信用しませんし、警戒しますから、いくら三穂さんでも変だと思ったら殴ります」
「あははは……頼もしいなあ。でも前に美人と美少女と美少年は例外なく助けるって言ってなかった?」
「助けると警戒するは違いますよ?確かに助けはしますけど、常に警戒はします。妙な動きを見せて敵だと判断すれば躊躇なく殴ります、久子師匠から教わった事です」
「それ……あの人教えてない気がするけどなあ……」
「そういえば冴島さん大丈夫ですかね?」
「え?」
「あのガキが言ってたんですよ、自分を殺しても魔法の効果は無くならないって」
「え!?じゃあ早く行こう!」
「はい!」
立ち上がり、体に異常がないことを三穂さんが確認すると、冴島さんが居るであろう居間に向かい走り出した。
数十秒後、なにせ広い屋敷だ、いくつもの居間のような空間があるのでちょっとだけ迷ってしまったが、冴島さんの声で場所が判明した。
「達哉……すまない、俺は……俺は……」
かなり狼狽えている冴島さんの声が聞こえる。あの魔法はその人にとって一番印象的な……罪悪感を植え付けることが出来る人物が認識できるはずだ。
達哉……男性の名前、冴島さんの年齢的に息子がいたのか?冴島さんはその子を事故か何かで失くした?それとも、冴島さんは元自衛官、レンジャー持ちだから……訓練中に何かあったか?
……まああたしが気にすることは無い!
「達哉!許して……」
「ひゃっはあああ!」
冴島さんに近づく闇の人形の顔面を飛び蹴りで吹き飛ばす。なるほど、先ほど三穂さんがあたしの言動に疑問符を浮かべていた理由が分かった。この魔法、対象者一人にだけ幻を見せるらしい、だから他の人から見ると闇の幽霊に何故か謝罪やら懺悔やらを始めるのだ、そりゃあ何してるんだとなるわな。
「たつ……や?あれ?」
先ほどまで涙目だった冴島さんは目の前の『達哉』だったものが闇の人形となり吹き飛ばされ魔素となって霧散する光景を見ると、何が起きたのか分からずにその場に膝まづいていた。
「冴島ちゃん!大丈夫?」
「え?あ、隊長……いまのは」
「闇の魔法だよ、その人にとって一番大事な人の幻を見せるらしいね。端から見ると冴島ちゃんが闇の人形に懺悔してるようにしか見えなかったよ」
「そうなんですか」
「あの、達哉さんって誰ですか?」
「え?ああ……」
冴島さんは何処か言いにくそうだ。
「アリスちゃんまた今度話すよ、今は作戦に集中」
「了解です」
「あれ?皆さんこんな所に、集合なら無線で」
あたしたちが来た廊下から別の隊員が顔を出す。
「……っ!」
途端に冴島さんと三穂さんがその隊員に銃口を向けた。銃口を向けられた隊員はすぐに両手を上げた。
「なっ!なんですか!何かありました?」
「神子田ちゃん……今までどこに居た?」
「へ?台所ですけど」
「冴島ちゃん、何かさっきと違いは?」
「いや、一目だけでは」
「何の話ですか」
「あのーお二人さん?その……神子田さんでしたっけ?その人本物ですよ?」
「「え?」」
「考えてみてくださいよ、この魔法の効力は対象者一人だけ……お二人に見えてるってことは?」
「……あ」
「そう言うことです」
さっきまでのプロの動きは一体。
ガチャン!……何かが落ちた音が聞こえた。
「あっちから何か音がしましたね」
「あっちは……多分寝室かな」
「寝室ってことは天宮?でもさっき無線で天宮がクリアって」
「多分、その後に闇の人形が現れたってことだろうね。冴島ちゃんの通信の後に無線が通じなくなったから状況が分からないんだよね」
「とりあえず行ってみる?アリス……ちゃん!?」
あたしは物音が聞こえた瞬間に走り出した。部屋の場所は分からん、でも音のした方角は分かる……ならその方向に走ればいいだけだ。
「由美!……待ってくれ!確かに俺が悪かったのは事実だけど!」
天宮さんの声が聞こえる。由美ってことは……女性か、年齢的に娘は……無いかな。だとすると奥さん……もっとねえか、なら……姉か妹?口調的には妹かな。
寝室に入った瞬間、今まさしく闇の人形が天宮さんに触ろうとしていた。あたしだったら何とかなるけど、天宮さんは対処法はない……なら早急に蹴るべきだ!
「りゃあああ!二体目じゃあああ!」
バスン!
続けての飛び蹴りだ。顔面に直撃すると、人形は霧散した。
「あ、アリスちゃん!?」
「天宮さん平気っすか?」
「……あははは、今度は俺が助けられるとは」
「圭ちゃん平気?」
「大丈夫っす、寸前でアリスちゃんに助けられました」
さてここまでは全員無事だ。……師匠はどうだろうか、あの人は闇の魔素に犯されようが問題ない体質だ。でも……師匠の前にも闇の人形が現れるのは必然、あたしに見えなくても会話内容とかでどんな人間が現れたのかは大体は予想できる。
……なら確かめてみようじゃないの!
「次じゃあああ!」
「アリスちゃん!?」
と言いつつも、何処にいるのか。さっきと違って、物音がしたり、叫び声がしないからどこに居るのかマジで分からん。手あたり次第に探してみるか?くっそ!だから言ったのに!あたしは屋敷の内部知らんのよ!探すのにどれだけ時間が掛かるか!……まあ師匠だからいいけども!
「……あ」
手あたり次第に探そうとした時だった。三週間……いやもはやどれくらい前かは忘れたけど、雪たちと一緒にこの場所に訪れた際、出口を教えてくれた唯一敵意を見せてこなかった……着物姿の幽霊だった。
あの時と同じように何も言わずにどこかを指さしていた。
「いやあ……今回は出口とか求めてないんだよねえ」
「……」
幽霊は首を振る。
「……まさか、師匠?」
「……」
頷いた。……ずっと思っていることがある、なんでこの子……いや年齢的にこの人は何故あたしを助けてくれるのだろうか。この人とあたしに繋がりはない、なのに何故?ていうか何故師匠という言葉で龍と分かるんだ?
まあ、今そんなことを考えている暇はない。師匠の下へ急ごう。
幽霊が指さす方向見ると、そこにはすでに刀を抜いた師匠がいた。もう闇の人形と対面してるらしい、だけど焦っている様子は……ん?
「……龍之介、確かに俺はお前をこの地に疎開させた。見捨てたわけでは無い……だが、もしお前が見捨てられたと感じているのなら謝る。今でも反省はしてるが、あの時の俺の決断は正しかったと俺は思っている」
龍之介、やっぱり今師匠に見えているのは五番目の息子さんだった龍之介さんだ。龍之介さんが出てくるってことは龍之介さんがどう思ってようが、師匠自身は口ではああ言ってるけど、心の中では懺悔の気持ちがあるんだろう。
いつもの口調のようにも聞こえるけど、少しだけ形容しがたい口調の乱れがある。
……なあ師匠、本当に龍之介さんは師匠の事を恨んでいると本当に思ってるんか?もし恨んでいるのならあの時、あたしを助けるために道を指さすこともしないし、師匠を助けるために指を指すこともしないだろうよ。
これは師匠の心の問題だ。あたしが殴って解決はしない。あの時、師匠の心を救った帝のように少々強引でも師匠のやり方であたしが師匠を助けようじゃないか!
つーか……あれか?今まで自分で必要以上に事件に関わろうとしなかったのも、龍炎部隊にすべてを任せていたのも直接指示を出して死人が出ることの恐怖が頭のどこかにあって出来なかった?そんなんで特殊部隊のトップが務まると思ってるんか?くだらない!
さっきは抜かなかった刀を抜くと走りながら振りかざす。
「師匠!」
「……っ!アリス!?」
「良いか!あんたはどう思ってるかは知らんけどなあ!身勝手な謝罪をするなや!息子さんはあんたを恨んではいないんだよ……多分!もっと自分の判断に自信を持てよ!……自分の判断に迷うような後悔がまだあるならあたしが断ち切ってやるわあああ!おりゃあああ!」
「待てっ!アリス!」
刀を振りかざすと闇の人形に向けて一つ太刀を放つ。
ビュン!バン!
殴りでも刀でも闇の人形の消え方はあまり変わらないようだ。斬られた人形は魔素となると霧散した。
「……アリス!」
「あのさあ……口ではあんなこと言ってるけどさあ、絶対に300年前?の息子さんの件、悔やんでいるでしょ?」
「そんなことは……」
「だったら何で龍之介さんが現れた時にちゃっちゃと切らんかったんよ」
「お前は?すぐに切れたってのか?」
「何か言われたけど即座に蹴りましたが?」
「はあ!?」
「ほんとだよ、アリスちゃん何が見えてて何言われたのか知らないけど、すぐに蹴ったよ?」
「まじか……それで?闇の魔法使いは居たのか?」
「いたねー……即殺したけど」
「はあ!?三穂は!?」
「……ごめん、相手が小さい女の子でさ、ちょっと油断してやられちゃった。まあ闇の魔素に感染してないから」
「……また訓練だな」
「……ははは」
「というか……もう作戦終了でいいの?闇の幽霊の原因の魔法使いは討伐したし……これ以上ここに居たら」
「居たら何だってんだ?……あ」
気づくと、先ほどまで一切現れなかった普通の幽霊がわんさかと現れ始めた。まるで闇の幽霊……いや人形に恐れて出てこなかったみたいだ。
こいつら……一応恐怖とかあるのね、幽霊のくせに。
「普通の幽霊が現れ始めたね……ここにとってはこれが通常状態か……アリスちゃん曰くここの幽霊は普通に襲って来るらしいから早めに撤退しようか。総員撤退」
「「「了解」」」
その後、あたしは三穂さん一同たちと共に屋敷から脱出し、道中で三穂さんたちはいなくなり、あたしと師匠は二人で警察官と合流した。
ブー……ブー……。
ちょうど師匠と警察が色々話している時だった。マナーモードにしていた携帯が震える。開くとそれは魂子さんからのメールだった。
「……ほう?ほほほ……いいねえ」
そのメールの内容を見たあたしはにやりと笑い、本当なら今日そのまま帰る予定だった師匠と交渉し、今日だけは伊達市にホテルに泊まり、明日の夕方に西京に帰ることとなった。
そして翌日、梁川町に来たあたしの目的の二つ目を達成するために動き出した。