「……俺の……龍之介の……子孫?」
師匠はゆっくりと男の子に近づいていく。その表情は今まで見た事がない物に変わっていた。そりゃそうだ、もう自分の血筋なんてとっくの昔に途絶えたと思い、新たに作ることを放棄し、帝の為に生涯を捧げると誓った人の前に実は生き残っていた子孫が現れたんだ……こんな表情になるわな。
だが師匠はすぐに別の顔になる。それは恐らく、約300年前、まだ愛する家族が居た時代に息子に見せていたであろう親の表情だ。本人が意識的にその表情を作った……というよりは本能的にその表情になったのかな……まだ師匠の中には親の人格があるようだ。
師匠は優しく男の子の頭を撫でる。男の子は何が起きているのか把握できていないようだ。多分撫でてくれているのが帝の助言者である神報者であることにも気づいていないだろう。
「ああ、やっと……この時が……来たんですね」
「ん?」
師匠と生き残っていた子孫の対面の場に、目に涙を浮かべながら歩いてくる人物が現れた。見た感じ、年を取っているが雰囲気や着ている物の感じからこの町のお偉いさん?的な感じがする。
「君は……誰かな?」
「ああ、すみません。私、梁川町の町長をしております、楠田と申します。私は町長として、ずっと……ずっとこの時を待っていたんですよ」
「意味が分からん、何故龍とこの子の繋がりの証明を一町長が心待ちにするんだ?」
「この町の町長には初代村長よりある遺言とある物が受け継がれてきたんです。そしてそれを代々町長は誰にも言わずに守り続けてきた……それを今明かすときが来たんです」
「その言葉は?」
「この子は、龍弥というのですが、その父親、またその父親と子供が生まれるたびに両親はすぐ亡くなり、町全体で育ててきたんです。それは初代村長の遺言に『この子と血を分かつものが現れるまでこの子を村全体で育てること。そして血を分かつものが現れた時、その子と手紙を引き渡すこと』とあったからです」
初代村長……恐らく龍之介さんの奥さんになった人の父親かな?確か、呪いか何かで死んでしまったって言ってたから生まれてくる子供の将来を考えてその言葉を残したんだろうね。
……でも普通に考えればさ、これって龍之介さんの兄弟かその子供が迎えに来るって意味での言葉じゃないのかねえ、それか師匠自身が迎えに来ると想定しての言葉だと思うんよ。まあ、血を分けた……今の時代だからこそ出来ることをあの時代でどう証明するんだ?
つーかさ、師匠や。今回の件は当時の事を考えてもまだ仕方ないとしてだ、霞家の一件も含めて当時の師匠……何してたんすか?帝の下で仕事をしてた人を助けようともしない!自分の家族の死を聞いて自分で確かめようともしない!
確かに!今年から神報者の仕事を少しずつではあるけどやってみてかなり激務だと感じてはいるけども!それでも仕事仲間や家族には目を向けようぜ!当時の師匠知らんけども!当時の仕事の忙しさ知らんけども!
「これが当時より受け継がれてきた手紙が入った箱です」
そういうと町長は大事そうに木の箱を見せてきた。それは所謂、時代劇とかに出てくる偉い人の書物が入った見て分かる木箱ではなく、何処かの一般家庭にあるんじゃね?というレベルの木の箱だった。
だがあたしにはそれとは別に少し気がかりがあった。肝心の中身である。
「あの……それ中身大丈夫ですか?」
「え?」
詳しいことは知らないけど、一般的に物が腐るというのは物と空気中の酸素が触れることによって酸化することから痛むらしい。刀がサビるのも付いた血と酸素がくっ付き、酸化する過程でサビとなるとか。
約300年……箱を開ける頻度にもよると思うけど、中の紙は無事なのだろうか?
「よくありますよね?昔の書物が時間が経ちすぎて読めないくらいに劣化していたっていうあれ」
「大丈夫だと思います。私の知ってる限りこの箱が開けられたという話は聞いていません。中身が金品とかお金になるものなら分かりませんが、ただの手紙ですから好き好んで開けるような人間は歴代町長、村長に居なかったと思います」
分からんぞ?旧日本ですら偉人の書いた手紙ってほとんどは博物館とかに寄贈されるレベルで貴重なんだ、マニアとかには売れるんじゃ?まあ書いた人がこの町の村長だから歴史的価値なぞ知ったこっちゃねえけども。
「では開けますね」
そう言うと町長は、厳重……というわけでは無いけどちゃんと結んである紐を解くと蓋を開けた。そして手袋をすると大事そうに中の和紙で出来た手紙を取り出す。そしてゆっくりと手紙を広げる。
「では、中身を読ませて……あ」
「ん?どうしたんだ?ある意味町長の最期の仕事だろ?感慨に浸るのも分かるがさっさと読んで……」
「いや魂子さん、これは違います。感慨に浸っているのでなく……多分読めないんです」
「は?何故?」
「300年前の人が書いた文字の手紙ですよ?現代人が読めるとでも?」
「ああ、そう言うことか……アリス君は?」
まあ……最近は何となくではあるけど、読めるようには……うん、自信はありやせんけどね?
「一言一句ちゃんと読める自信はありませんよ。でも最近は何となくこんなことが書いてあるんじゃね?程度には」
「ふむ……やはり勉強はするものだな。しょうがない、貸してみろ」
「え?ああ、すみません」
そう言うと町長は慎重に手紙を魂子さんに渡した。
「え!?魂子さん読めるんですか!?」
「医学においても薬学においても先人の知恵は役に立つものでね。特に魔法薬の知識は旧日本には存在しないからどんなに古かろうが存在する知識は貴重だったんだ。その過程である程度は読めるようになった」
さすがだ。
「さて……読むぞ」
魂子さんが内容をゆっくり朗読し始める。
『これを読んでいるのは……恐らく龍五郎殿だろうか、そう願ってこの手紙を残す。龍五郎殿、以前村を助けてもらって以降、私はあなたのためになら一切の努力を惜しまないと誓いました。そして都で流行った疫病でご子息を預かってくれと頼んできたとき、私は喜んでそれを引き受けました。ですが……本当に申し訳ない、私は務めを果たすことが出来なかった。村を盗賊が襲ったのです。私たちも戦えばよかった……ですがとうの昔に戦い方を忘れてしまった我らには奴らを撃退する力はありませんでした。出来た事と言えば女子供を避難させる程度。そんな中、龍之介さまは最後まで勇敢に戦ってくださいました。わが村を龍五郎殿、龍之介さまと二回も助けてくれたことを我らは一生忘れません。本当にありがとうござました。そして龍五郎殿、龍之介さまは偶々この村にやってきて居候していることにしております。都からやって来たと知られれば必ず大変な事になると思っての事です。なのでこの村に神報者のご子息が、そしてその子供が居ることは知られていません。ですが、守っていただいた御恩は忘れず、龍五郎殿が迎えに来るまではこの子を、草薙龍太郎殿を守っていく次第です……恐らく私の命も残り少ないと感じております。最後に……もし龍五郎殿がこの手紙を読んだ後、私と娘、そして龍之介さまが少ない時間ながらも過ごしたあの家と土地は龍五郎殿にお譲りいたします。本当にありがとうござました』
「以上だ」
……ちょっと待ってくれ。龍之介さんが居候としてきた事だとか、ちゃんと言い伝え通りに盗賊と戦って死んだことだとか、有ったことはこの手紙が証明してるのは良いんだけども……草薙?前に愛和事件の時に師匠が占いで苗字に草薙って言ってた……友人の名前って言ってたけど……実は師匠の苗字?
「師匠……前に言ってた草薙って苗字、もしかして」
「……俺が家族を持っていた時、帝からもらった苗字だ。家族を亡くして一人になってからは名乗らなくなったがな……それより」
師匠は魂子さんから手紙を受け取ると、軽く読み。男の子の頭を撫でる。
「……ふふ、確かにあの時に言ったな、『お前の持つ刀は自分を守るためじゃない、大事な人を守るために振るえ』と……死んでは意味が無いが、ちゃんと……愛する人を守ったんだな。さすが俺の子だ」
少し微笑みながら師匠は龍弥君を撫で続けていた……亡くなってしまい、もう撫でることが出来ない龍之介さんの代わりに。だけど、その表情はあたしがこの世界に来て未だかつて見たことが無いレベルで穏やかな物だった。