神報者付になって初めてのクリスマスと年越しは思いのほか普通だった。今更考えてみればキリスト教が無いのに何でこの国の国民はクリスマスを祝ってるのだろうかという疑問が浮上するが、祭り好きの日本人だからというありふれた答えで納得できる。……一応似たような宗教はこの世界にも存在するらしいけど。
これまで以上に師匠と一緒に仕事をしてきたが、どうやら師匠はクリスマスを祝うという概念が存在しておらず、十二月になっても年越しまでいつも通り仕事をこなしていた。
『別に個人で知り合いと何かするならにも言わん』
その言葉であたしはいつも通りにサチやコウ、今回は雪や東條と一緒に霞家でクリスマスパーティーをするとあたしのクリスマスと年末は終了した。
そして元旦。誰が転生をさせているのかは知らんがこの日ぐらいは日をずらしてもいいのよ?と思いながら師匠と共に新たに転生してくる日本人を保護したり、二日目には恐らく旧日本ではありえないであろう、皇居の一般参賀を宮殿のベランダから手を振る側に立って参加するなどして初めての神報者付としての仕事をスタートさせた。
そして俗に言う、三が日が終了し、本来は四日、その日が休みなら五日から普通に仕事が始まるのだが……識人は違った。ここからが休みとなるのだ。
本来識人、つまり転生者は日本国民扱いはされない。一応日本国籍は有しているけどこの国の憲法上ではあくまで帝の任命を受けて国の助言者となる存在であるため、日本国民の休日が適用されないらしいのだ。頭おかしくね?労働基準法どうなってんの?
一応普通の人と同じように休んでは良いらしいが、それでも何か問題や仕事が発生すれば優先して仕事をするのが暗黙の了解らしい。だとしても過労死するぞ?というのは当然の感想である。不老不死の師匠ならともかく、あたしや他の転生者はもれなく耐久値があるので休まないと第二の人生終了である。
そのために作られたのが、正月から通常国会開会までの約二、三週間の間に設けられた識人休暇である。例え、中央省庁勤めではなく一般企業に助言役として勤めている識人であってもこの識人休暇だけは休ませないとかなりきつい罰則があるらしい。
結婚している識人はこの休暇を利用して家族旅行をしたり独身の識人は友人同士で遊びに行ったりしてリラックスするのが定番なのだとか。あたしの場合はこの休暇を利用しサチやコウ、雪や東條と一緒にスキーに行ったりした……いつもと変わらんなこれ。
そして国会開会日の二日前、皇居の傍にあるとある神社では……識人とその家族のみが参加できるとある祭りが開催された。
通称『識人祭』である。
「久しぶり!」
夕方六時頃、三信神社に次々と集まってきた識人たちは神社の敷地内に拡げられたブルーシートに座ると紙コップ片手に何故かソフトドリンクで乾杯をしていた。
『お前も今年から参加しろ』
という師匠の一言で参加することにしたけど……そもそもあたし、この祭りの趣旨をまだ聞いていないんだけどなあ。
「あ、アリスちゃん!」
「え?……ゆーりーさーん!」
あたしに声を掛けたのはもう数か月も会っていない……はずの友里さんだった。あたしの体は友里さんを認識するや否やすぐさまに抱き着いた。
「久しぶりだねえ……よしよし」
「えへ……えへへへ!」
この胸の感触!……やはり友里さんだよなあ、この胸に顔をうずめる為に生きてるわあ!
「色んな人に聞いたよ?アリスちゃん凄く強くなったって!」
「……まあ色々あったし……鍛えたから」
「そうだね……でもそれに向き合って努力したからこそ今のアリスちゃんが居るんだから、もっと自分を誇っていいんだよ?」
「……はい。所で、この識人祭って何ですか?」
「え?龍ちゃんから聞いてないの!?」
「……師匠は行ってこいとしか」
「もう……そもそも識人は天皇陛下に任命されて国に奉仕をする人たち……ってことは知ってるよね?」
「はい」
「そしてこの識人休暇はその休みのない識人の為に与えられた休暇だけど……その最終日の前日に行われるのは、本来国に奉仕する識人を今日一日だけ天皇陛下含めた全国民がまた一年よろしくお願いしますって奉仕するのが目的の祭りなんだ」
「ああ、なるほど……そう言うことか」
あれ?となると……ステアに通っていた時はこの祭りの存在すら知らなかったんだが!?
「あたし……ステア時代はこの祭りの存在すら知らなかったんですけど……」
「当然だ」
師匠が現れた。
「師匠……遅かったね」
「俺は他の識人とは違って休暇が無いからな、さっきまで仕事だよ。そもそもこの休暇も俺以外が死ぬのを防ぐために作られた休暇だしな。……まあこの祭りは別の意図があるが」
「で?当然というのは?」
「この祭りは国に奉仕した識人のための祭りだ。ステアに通っていた時何か仕事をしたか?」
「あー……」
してないですね!むしろ死にかけまくってます!
「あくまで自分を守る技術を習得する時間であって仕事してない。ならこの祭りに参加する権利はない……分かったか」
「イエス」
「おや、アリスさんも来ていましたか」
「え?……ええええええ!?」
聞き覚えがあると言えばある、本当に時々しか会っていないから声を忘れかけている人物が……本来だったら声を掛けてくるということ自体が異常な存在の人が話しかけてきた。
……帝である。全員帝を認識したとたん最敬礼を行った。師匠は軽く会釈する程度だ。あたしも師匠に習う。
「帝……来てたんですね」
「もちろんですよ。そもそもこの識人祭は私天皇が主催で宮内庁と政府が行う祭りですから。皆さん私が任命した人たちです、私が皆さんを労うのは当然です」
「ああ、なるほど。ていうかさっきから全員ソフドリしか飲んでないのは何故?」
「ああ、まだ祭り始まってないから」
「へ?」
「まずみんなのコップに陛下からお酒を注いでいただいて、陛下が乾杯の音頭を取った後に皆好きなお酒を飲むが流れなんだよ。だからまだ皆お酒を飲まないの」
「なるほど」
皆早く酒を飲みたいだろうけど、帝が乾杯の音頭を取るのを待つのならやはり日本人だ、待つのだろう。
「では皆さん!お酒を注ぐので待機してください」
進行役の……宮内庁の人間か内閣の人間か知らんけど案内をした途端、識人たちが一斉に動き出した……統率力すご。
帝を先頭に一列になると次々と持っている紙コップにお酒……神社だからかそれとも神道だからか日本酒と見られる物を注いでいく。
あたしは……ちょうど今年で二十歳になるけど、まだ十九だ。つまり酒は飲めない……一応列には並んでいるけど。
「次は……アリスさんですね」
「……帝、私……まだ未成年です」
「知ってますよ。ですからこれです」
そう言うと帝は白く濁った液体を紙コップに注いだ。……匂いを嗅いでみると甘い香りがした……なるほど甘酒だ。
「甘酒ですか」
「はい、神社と言えばこれですし、未成年でも飲めますから」
「ありがとうございます」
「さて!皆さんお酒はいきわたったでしょうか!」
進行役が確認するが持ってないと思われる人は居なかった……というか現在少なくとも二百人は居るのだ、確認のしようがないし、いまさら持ってない人が居たところで空気的に不可能だろうね。
「では天皇陛下による音頭をお願いします」
進行役が告げると、帝が仮設の演説台に立ち杖を口もとに持っていった。
「皆さん、お疲れ様です。本年度も皆さまご苦労様でした、日本国の象徴として、代表として厚く御礼を申し上げます。本年度も色々なことがありましたが、この日本を支えられたのもあなた方のご助力あってこそだと私は思っております。ですので、今日明日とゆっくり羽を休めていただいて……来年度もよろしくお願いします。……では乾杯!」
「「「乾杯!」」」
そこからはやはり日本人だった。
酒が解禁された瞬間、すぐさまコップの日本酒を飲み干し、用意された様々なお酒に手を伸ばし酒盛りを始めたのだ。
神社はすぐにお酒の匂いで充満していった。同時に酔い始めた識人たちの笑い声や、歌声がそこら中から響き始める。
あたしもカップの甘酒を飲み干すと用意されたジンジャエールをコップに注ぎぐ。自分が酔えない状況で酔っぱらいの近くに居るのは嫌なので静かそうに見えたブルーシートに座った。
「アリスさん、久しぶりです」
「へ?卓さん!?」
あたしが座ったブルシートに先に座っていたのだろう、卓が同じようにソフトドリンクを飲みながら、食べ物を食べていた。
「久しぶりだね」
「そうですね、例の内親王が誘拐された事件以来ですか」
「あの時はありがとね」
「いえ、携帯の電波追跡のための試作機を試したかったのでいい機会でした」
「あっそ……ねえ、卓はこの祭りいつから参加してた?」
「今さっき来ましたが?」
「そういう意味でなく、卓がこの世界に来てもう何年か経ってるけどいつから?」
「ああ……そういう意味ならこの世界に来た年から参加してますけど?」
「……あー……そうっすよねー」
そりゃ卓はこの世界に来た瞬間からコンピューターやら携帯電話やら開発しまくってるからなあ……仕事しまくってるからこの祭りの存在も知っているし、参加するのも普通か。
「あたしは神報者付になるまでこの祭りの存在すらしらなかったけどなあ」
「龍さんが言ってましたけど、この祭りは国で仕事をした人に感謝をする祭りとのことですからステアで勉強中のアリスさんは対象外だったのでは?でも神報者になって結構活躍したでしょ?今回から楽しめばいいのでは?」
「あははは……そうっすね」
やはり皆さん……ステア時代は仕事してない判断なんすね。まあ?魔法習ってましたけど、適性なかったですし?死にかけまくりましたし?挙句の果てには?強くなるために休学までしましたし?仕事してたか?と言われればしておりませんし?祭りに参加する権利が無いと言われればその通りですわ!
「まあいいか……これからこれから!」
「そうですよ、これから……ていうか今十分仕事してるんだから良いんじゃないですか?」
「あははは!」
「そうよ、あなたは立派に仕事をしてるわ……ところでコップが開いてるわよ?ジンジャエールで良いかしら?」
「ああ、ありがとうござま……ん?……は?雪さん?」
自然にこの会話に混ざり、いつの間にかあたしのカップにジンジャエールを注ごうとした女性の声に聞き覚えがあると思ったあたしは驚愕した……何故か雪がこの祭りに居たのだ。
「クリスマス以来ね、元気だった?」
「……何でいらっしゃるんですかね?この祭りって……」
「そう、基本的には識人とその家族しか参加できないわ。でも私は今回手伝いよ、あなたが参加するって聞いてね」
「手伝い?誰の?」
「知らないの?あそこよ」
雪が何処かを指さす。そこに目線を移すと……驚いた、霞家の当主である三枝さんが自ら識人たちに料理を配っていたのだ。
「何で霞家がここに居るんすか?」
「そりゃ霞家は元来宮内庁の大膳を任されている立場よ?陛下が主催する祭り……その祭りで出される料理を作るのは当然でしょ?私は今回配膳とか裏方として霞家の手伝いで来てるのよ……三枝さんの許可はもらってるわ。サチとコウもいるわよ」
待て待て待て、色々新しい情報が来て混乱する。
「大膳……てなーに?」
「……はぁ、天皇陛下の日頃の食事、宮中晩餐会の時に出される料理を作る仕事……簡単に言えば料理番ね」
「ああ……なるほど」
あたしにとって霞家は魔法戦闘でお世話になってるから、和食料理の総本家だってこと忘れてたな……和食料理の総本家……帝の料理番なのも納得ですわ。
「それに霞家が皇族守護になるまではずっと陛下の料理番だったのよ。皇族守護はその後」
「あ、そうだったのね」
「あら!アリス様!」
あたしと雪が会話している所を見つけたのだろう。三枝さんがあたしの所に急いで走って来た。座っているあたしの前に来るとブルーシートの上で正座になり深々とお辞儀をした。
「クリスマスの時はお世話になりました」
あたしがそう言い、軽いお辞儀をする。
「いえいえ、楽しむことが出来たようで何よりです。いかがですか?初めての識人祭は。アリス様が参加されると聞いたのでいつもより気合を入れて作らせていただきました」
「おいしいです!」
卓が持っていた料理と雪が持ってきた料理を口に入れるといつも通りの味だと安心する。ただ三枝さん?さすがに帝主催の祭りで出す料理ならあたしが居なくても本気を出してください。
「それは良かったです。では私は仕事がありますので」
そう言うと三枝さんは足早に仕事に戻っていった。今回の祭りは帝が主催だ、いくらあたしを優先している三枝さんと言えど、今回は祭りを優先するらしい。
「あら!アリスはんやないの!」
子気味が良い関西弁……京都弁?いや知らんけど、それが聞こえてくる。あたしが知ってる人でそれを使うのは一人しか居ない……アイドル事務所京華の社長である華子さんだ。いやもうアイドル事務所でなくタレント事務所か?
「華子さん……お久しぶりです」
「ほんまやなあ!あら雪はんもいらっしゃる!今日はなにしてはるん?」
「霞家のお手伝いで配膳等を」
そう言うと雪は少し微笑みながらお辞儀をした。……雪さん、華子さんと何かありました?
「それで……華子さんはなんでこの祭りに?」
「アリスはんのお陰で京華も西京一のアイドル事務所になることが出来たんやけど、今回はアリスはんが祭りに参加するって聞いてな?あの時の恩を少しでも返そうって事務所のスタッフやら所属してはるうちの子全員総員一致してな?総出で祭りの接客や!見てみーや、そこらじゅうでうちの子が接客してやろ?」
そういえばさっきから識人とは違う、若い女性……あたしも若いんだけどアイドル顔の女の子たちが識人たちにお酒を注いでいた……ガールズバー的な所になってね?
「……何か良くないことが起きそうな気もしますけど」
「ああ、大丈夫や、ちゃんと一人一人見とるから。それに今回だけ特別なんよ、全員自らの意思で参加しとるからな。まあ普段は接待何てせえへんけど皆ちゃんとやってくれとるわ」
「なるほど」
「そしてや、アリスはんには……この子や。アリスはんに命と人生を助けられて是非今回の祭りでアリスはんにお礼を言いたいってな」
そう言うと……いつぞやの……あたしが助けたあの日から数か月が経ち、すっかり垢が抜けてアイドル……というよりは女優として人生を歩み始めたのが分かる美優が綺麗な巫女服……多分神社を意識してるのだろう服装でブルーシートに座った。
「お久しぶりです、アリスさん」
「……美優ちゃん!久しぶり!元気だった?」
「はい!おかげさまで!あの時は本当にありがとうござました!あれから忙しくてアリスさんにお礼を言えなかったんです!今日は……精一杯おもてなしさせていただきます!」
そう言うと、あたしのコップにジンジャエールを注ぐ。どうやら雪が注いだ飲み物の中身を覚えていたようだ。
「そういえば、ドラマ決まったんだって?良かったじゃん!」
「はい!これも全部、あの時、アリスさんが助けてくれたおかげです!」
それに最近、CMにも出ているのをテレビでよく見る。恐らく華子さんの手腕だろうけど、それはあくまで仕事を持ってくるまでだ。そこからは美優ちゃんが自分の力で道を切り開いていくしかない……それを実践しているのだ、努力しているのだろう。
「あたしは行くわね」
あたしが美優ちゃんに接待を受けていると、雪が立ち上がった。
「あれ?美優ちゃんにあたしを取られて悔しい的な?」
「違うわ、そもそも私は京華の方々と仕事が違うのよ。たまたまあなたが居たから霞家の手伝いとしてあいさつしただけ。それが終わったら仕事に戻るだけよ」
「あ、そうなん?じゃあ頑張って」
「ええ」
そう言うと雪は三枝さんの下へ戻って行った。
「雪はんも変わったなあ」
「そうですか?……まあそうですね」
「アリスさん!飲んで!食べてください!」
美優ちゃんのぐいぐいくるキャラで……こんなキャラでしたっけ?会うのは結構前だからあれだけど、前言ってたな大抵の人の前では演技してたって。……なんであたしの前では演技しなくなったんだ?
その後、飲み物や食べ物を胃に入れつつ、卓や他の識人や挨拶に来た帝と世間話をしつつ、以前広島編入の時に少し話した総理識人補佐の政道さんが出来婚したということをみんなでお祝いしたりした。……因みに苗字は古谷と名乗ることにしたらしい……何で?思ったのだが、どうやら旧日本の初代総理大臣である伊藤博文の秘書官が古谷という人だとか。なるほど、そこから取ったのか……よく知ってるなあ。
そして、師匠によるとこの神社はこの世界にきた転生者一号であるらしい(師匠の師匠から聞いた話らしいので真実かどうかは謎)織田信長を祀った神社であることが分かり、ああ……この世界でも織田信長はそういう役割なんだなと思いながら初めての識人祭を終えた。