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一部 エピローグ 神報殿

 識人祭の翌日、識人祭の終わり際に師匠が『朝九時に皇居に来い』との指示を受けたあたしは、朝起きると軽めの朝食を取り速やかに皇居に向かった。


「こっちだ、付いて来い」


 皇居の入り口にて待っていた師匠はあたしが到着するやその一言だけで、皇居の中に進んでいく。


 最初こそ帝に何か報告することがあったっけとは思ったが、それならば昨日の識人祭でやれば良いじゃんと思い、今日の一件が違うとすぐに気づいた。


 そして歩くこと数分後、いつも来ていた表御座所……とは違う、皇居内でも雰囲気が違う場所に来た。


 そこには少しだけ大きめの扉があり、扉の近くには警備の人なのか、服装的に皇宮警察と思われる人が立っていた。そしてその人はあたしたちが近づくと静かにお辞儀をする。


「おや、龍様。……アリス様まで、とういうことは……ああ神報殿を見せるのですか」

「ああ、暇があるうちにな」

「神報殿?……えええ!?ここが!?」


 帝がいる表御座所よりも装飾がほぼなく、ただ何かしらに使ってるんだろうな……的な扉にしか見えない……まあ基本的に神報者しか来れない場所ですし……無駄に装飾する必要もないのかもしれないけども!


「つーかさ、あたしが神報者付になってから一度も来た事ないんだけども!?」

「当たりまえだ、忙しいの分かってるだろ?識人休暇中ぐらいじゃないとゆっくり案内出来ないんだよ」

「へー」


 そう言うと師匠は警備員の前にある名簿に何かを記入していく……が、一瞬だけ何かを見つけたのか、止まったように見えたがすぐに記入を再開した。


「一応言っておくが、この神報殿に入れるのは神法で神報者と当代の帝と決まっている。付き添いはひとりまで、因みに神報者付は付き添いに認識されるから神報者付である限りここに入るには俺か帝が居ないと無理だ」

「おっけ」


 て言ってもまあ……神報書を収める以外にここに入る理由が今の所ないのでくることも無いわけで……あ、霞家の一件は師匠が神報殿で調べたから解決したのか……まあでも必要なら師匠がいなくても帝に頼めばいいか……帝も忙しいでしょうけど。


「記入は済んだ……行くぞ」

「うい」


 師匠が扉を開けると、あたしは一緒に内部に入って行った。



「お……おおおおおお!ひろっ!ひろおおおおおお!」


 神報殿……最低でも400年前からこの国の歴史を記した書物が納められてきたんだ、狭いことは無いと思ってたけど……次元が違かった。


 どっかの国立図書館ぐらいの広さがあるんじゃなかろうか?多分魔法で都度増築しているのだろうが、それでもちゃんと見た目的にも違和感がないようにしてある。ここに入れるのは師匠と帝だけ……どっちかが魔法でやってると考えるとちょっと面白いな。


「ふふふ、広いですよね。私も最初ここに来たときは驚きましたよ」

「え?……帝何でいるんですか」


 この空間には師匠と帝しか入れない。つまり他に誰かいるとすれば帝しかいないが、このタイミングでいるとは思ってなかった。帝は椅子に座り何かしらの神報書を読んでいた。


「天皇陛下である私が唯一一人になれる場所がここなんですよ。先代の天皇もそうでしたが、私も少ない時間で一人でゆっくりこの国が紡いできた歴史を見るのは心が落ち着きますし、天皇として責任を再確認できる場所なんです」

「師匠、居るの知ってた?」

「ああ、さっきの名簿に書いた時に、帝の入室の記載があったからな、外出の記載がなかったからいるとは思った」

「ってことはいつも通りか」

「まあな」


「それで……今日はアリスさんに神報殿の案内ですか?」

「ええ、神報書を収めるついでに明日から国会が開会するのでその前に案内を済ませてしまおうかと」

「あたしの案内はついでかい」

「別に詳しく案内する必要が無いだろ?お前の場合、勝手に見て覚える性格だろうからな。場所と入る際のルールを教えればそれで良いと思ってたら機会が無かった」


 まあ?基本的にあたしは人の動きを見てルールをおおよそ覚えるタイプですよ?人に言われる前に大抵のルールを自分で調べるタイプですよ?だとしても師匠として最低限の仕事はしてほしいものだ。……長年弟子を取らなったせいで教え方忘れてるだけかもしれないけど。


 師匠が何やら神法書を収める準備をしてる間に簡単ではあるが、神報殿を見回してみた。先ほど例えた、行ったことは無いけど国立図書館並みに広い空間には大きさが一定な本棚が規則正しく並んでいる。


 ただ、各本棚にどのような書物を入れているのか示す、ラベルが張られているわけでは無かった。


「あの帝、これ棚に何が入ってるかって分かるんですか?」

「え?ああ、横には何も書かれていませんが、正面にはそれが書かれた年の木札が付いてるんですが、書かれた物が今の政府による予算に関する物だったらあちらに、法律に関する物だったらあちらと棚ごとに分かれているので最初に確認すれば分かるようになってます」

「ああ、なるほど」

「アリス、始めるからちゃんと見てろよ?」

「……何を?」

「神報者による神法書納めの儀です」


 ……え?それって儀式あんの!?持ってきて本棚に入れてく簡単なお仕事じゃなかったんですかあ!?


 神棚のような場所に今日持ってきた神法書を置くと、師匠は神棚の奥にある小さい社の中からかなり年季が入った巻物を取り出すと、それをゆっくり広げた。


「おや……珍しい」

「え?」

「……かしこみかしこみ申す。天照大神の尊き御前に、ここに日々の務めの報せ書きを誠の心を以て奉り申し上ぐ。この書に記し奉れるは清き心にて成し遂げし証なり願わくは、御手にてお納め賜はり我らが務め御加護を垂れ給え。かしこみかしこみ申す」


 よく神社の宮司さんが特徴的な抑揚で唱えるように師匠は神社の儀式で使われる俗に言う祝詞を唱えた。約300年ぶりに血のつながった子孫が見つかって今まで見た事が無かった親の顔を見て驚くように、神報殿でしか見せない儀式を行うものとしての師匠にまた驚いた。


 そしてゆっくりと巻き物をまき直し、礼をすると静かに社の中に巻物を仕舞った。


「……これで儀式は終了……ちゃんと見てたのか?」

「……え?ああ、うん……見とれてた」

「は?」

「しょうがないですよ、この儀式のときだけはいつもの龍さんとは違う姿を見せますから。……所で、今日は祝詞の巻物を取り出しましたが……何故ですか?いつもは見ないのに」

「え?いつもは暗記?」

「そりゃ、俺が神報者になってから一度も内容変化してない祝詞だぞ?普通に暗記できるようになるだろ?だが今日はお前は初めて儀式を見るんだからな、一応祝詞を出すところからやっただけだ」

「じゃあいつもは、あそこは省くと」


 儀式としてそれはありなのか?一応神報者以外できない儀式よな?手順はちゃんとせなあかんやろ。


「別に省いたところで祝詞さえちゃんと言えれば問題ない。現実に俺に神罰は起きてないからな」


 そういう問題かよ。……あのさあ、不老不死だから神罰食らってるの分かってなかっただけでは?……あたしは不老不死ではないのでちゃんとしたいと思いました。


「それでこれが祝詞が書かれた紙だ。お前が継いだらちゃんと言えるように憶えとけよ?」

「……うっす……あー……」


 そういうと師匠は社から巻物を取り出すと机の上に広げた。……だが、その内容が問題だった……一切読めないのである。そりゃそうだ、師匠はこれを普段読まずにいるのに年季が入っているということはこの巻物自体書かれたのが少なく見積もっても三桁年前のはずだ。書いた人物に寄るけど現代人のあたしに読めるはずはないでしょ?さっきの師匠の唱えた内容的に普段使いする言葉じゃないから余計分からんわ。


「……読めるか!」

「そうですね、私でも読むのに一苦労しそうな文字です」

「……やっぱりか」

「これ書いたの誰よ」

「俺だが?」

「はあ?確か先代の神報者……師匠の師匠が居たんじゃなかったっけ?その人は書いてなかったの?」

「あいつは暗記してたのか、それともあいつが頭の中で作ってたのか知らんが、書いた物は無いよ。これはあいつが唱えた祝詞をそのまま書き写したものだ」

「あー……」


 これではっきりしたことはこの祝詞の紙を取り出す手順は儀式に一切関係ないと判明したこと。そして師匠が先代の事をあいつと呼んでいるということは……弟子という名目で傍に置いておいただけでちゃんと育ててもらってこなかったということになる……そりゃこの人が弟子を持ったことに周りの人が驚きつつ不安視するわけですよ。


「師匠、今紙ある?」

「ん?あるが?」

「ならちゃんとあたしに分かる文字で書いてよ。この巻物自体が師匠の書いた物なら紙の種類だとか、誰が書いただとか関係ないみたいだし」

「そうですね、それにアリスさんの後の事を考えれば今からでも新しい紙に祝詞を書き写した方が良いでしょうね。この巻物自体は歴史的価値があるので残すのは当然ですが」

「……分かりました」


 そう言うと師匠はいつも持ち歩いているのか、和紙を机に広げると、筆と墨壺を取り出した。そしてゆっくりと、先ほど唱えていた祝詞を書き始めた。


 約十分後、師匠はあたしと帝に読みずらいやら挙句の果てには平仮名は読めるが漢字が読めんとなり、結局あたしが師匠が唱える祝詞を和紙に筆でつたない文字で書き写すという師匠が先代にやっていたやり方を踏襲する形で新しく祝詞の巻物を作った。


 そしてすぐさま、唱える練習を始めたのだが……これが意外と難しかった。この世界の図書館で祝詞集みたいのを呼んだことはあるけど、使われている単語がもれなく少し古い言い回しを多用しているので単純に読みずらいし、あれを特定の抑揚とリズムでスラスラと読める宮司さんを尊敬するし、改めて日々の儀式でこれを読んでいるであろう帝を尊敬したほどだ。……今回で師匠を追加しよう……不本意ではあるが。


「……くそう!」

「しょうがない、俺も初めてはそうだったからな。これは経験するしかない」

「そうですね、私も当時の養育係りから祝詞の練習を叩き込まれました。慣れるしかありませんね……ゲホっ」


 帝が咳をした。これまで話してきた時はそんな様子は見せなかったから驚いた。


「帝……風邪ひいてるんですか?」

「……普段は皆の前ですから咳をしないようにしてるんですが、ここだと少し気が緩むんですかね……アリスさんは知っていますか?皇族に生まれた男子は皆短命と言われることを」

「……ある人から聞きました」


 誘拐事件でロボットに殺された科学者が言っていた。皇族の生まれた男子は元々短命らしいと、その原因が皇族のみに流れる神代魔素が原因かもしれないことも、そして現状治療法が存在しないことも。


「その人曰く、短命の原因は皇族のみに流れる神代魔素が原因ではないかと言っていました」

「はい、あらゆる研究者が調べましたが、恐らく原因はそれでしょう。ですが、現状この問題を解決する手段はありません。ですが構いません、私は皇族に生まれて天皇になった時から死ぬその時まで国民の為に祈り、天皇としての責務を果たすと誓っています。弟も次の天皇になるための準備は出来ているはずです……ですから私に不安などありませんよ」

「……そうですか」


 ……今の日本に、いや旧日本にもいるだろうか。自分の死期が迫っているのにも関わらずおびえた様子を一切見せず、自分の責務を全うしようする人を。途中で覚悟が決まって変わる人は居るだろう、だがこの人は生まれてから覚悟を決める時間すら与えられずに天皇を務めているのだ。


恐らく心の中では恐怖の感情はあるはずだ、でもそれを一切出さないようにしている姿には感服以外の言葉が見つからない。


歴代の帝がどうだったのかは知らないが、皆同じような気持ちで天皇を全うしてきているのなら、私は歴代帝の全員に尊敬という言葉が自然と脳裏に浮かび、師匠がこの人たちに忠誠を誓ってきたように、あたしも少しずつだけど帝の為に尽くしたいと思うようになって来た。


「さて……そろそろ時間ですね。私は職務に戻ります」

「……俺も今日ここでやるべきことは終わりました。アリス天保協会に戻るぞ」

「ういっす」


 帝と師匠、あたしが神報殿から出ると、まるで出るのが分かっていたかのように護衛の霞家の人、侍従長が出迎える……中に盗聴器でもあります?


「ではこれで失礼します……最後にアリスさん」

「はい」

「龍さんのように神報者なのだから帝に忠誠を誓わないと、とは考えなくて構いません」

「え?」

「霞家や侍従たちは私の為に働いてくれていますが、龍さんは先の帝の約束を守っているだけです。ですから私に忠誠を誓う必要はありません。次の天皇が歩む、この日本国の為に働いてくれればそれで十分ですから、気負わないでくださいね?」


 まるでさっきあたしが心で考えていたことを読んでいたかのようだ。特別、そのような能力があるとは思えないけど……やはり帝というのはそう意味では凄いな。もっと好きなりそうだ。


「はい……適度に頑張ります」

「お願いしますね、では」


 そう言うと帝は軽く一礼すると歩いて行った。


「アリス」

「ん?」

「前にも言ったが、今は主君に忠誠を誓うのが当然と言われた時代じゃない。俺はあの時の帝の約束を守ってるだけだ。お前もその約束を守れとは言わん、ただお前はお前なりに帝の傍にいる理由を見つければ良い……まずはそこからだ」

「そうだね……まああたしなりにほどほどに頑張りますよ!」

「……そうも言ってられないんだが」

「なんで?」

「……明日から通常国会だ」

「……あー」


 通常国会。つまり、国会が開幕し、予算案や新しい法律が決まったり改正されたりする国会議員の本領発揮……されなくてはならない時期が始まるということだ。


 十一月後半に行われた臨時国会の際は、あたしも国会から次々に送られてくる補正予算に関する書類や、法律案の書類の量に驚き、辟易していた。


「通常国会で送られてくる書類の量は臨時国会の比じゃない。だからあえて通常国会の最中はお前に仕事をさせなかったんだ。まずは臨時国会で慣れてもらおうと思ってな」

「素晴らしい配慮ありがとうございます……慣れておりませんが」

「だが臨時国会である程度慣れただろ?だから明日からは通常国会の分も手伝ってもらうからな?」

「……だからいつ慣れたって言ったよ」

「流れが分かったなら十分だ。……あと明日は通常国会初日だからお前も袴を着てこい」

「臨時国会開会でやった帝の挨拶のあれ?」


 旧日本の国会中継を見たことがある人なら知ってるだろうけど、通常国会と臨時国会の開会には旧日本と同じように参議院本会議場にて帝から開会の宣言が行われるのだ。因みに旧日本と違う点があるとすると、帝の隣で師匠が開会の宣言と共に神報書にいつ開会されたかを国民と帝の前で書き記す儀式があるんだよね。


 まああたしの場合は、神報者付なんで傍聴席に正装でいましたけど。


「そうだ、通常国会と臨時国会の二回、やるのは確定だから頭に入れとけ」

「了解」

「じゃあ……帰るが……そうだな、天保協会に行くと言ったが予定変更だ、帰っていい。神報者にとっての本番は明日からだ、少しでも体と気を休めることに集中しろ、帰って休め」

「あざす」

「じゃあな」


 そう言うと師匠は軽く手を振ると一人で歩いて行った。……途中まで帰り道一緒じゃん……まあいいけど。


 あたしは警備員さんに一礼すると皇居を後にした。予定にはなかったけどサチとコウ、雪と東條のメンバーと合流し、明日の事も考えて軽く遊び、寮に帰ると疲れれていたのかすぐに眠ってしまった。


 そして次の日からあたしは、神報者付になって二年目となるがようやく本格的な仕事が……いや仕事という名の地獄が始まったのである。


 ……あ、ラーメン食うの忘れたアアアアアア!


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