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三章第二日本動乱編 二部 龍に従う者たち

二部 プロローグ 誕生日 1

「……五個目……終わった」


 五月、死んだ目になりながら可決された法律案に関する書類や議事録に目を通し終わると机に突っ伏した。


「お疲れ」


 師匠がねぎらいの言葉を送って来るけど、今のあたしには聞こえない。


 一月の通常国会が開会して四ヶ月、最初の三か月は楽だった。通常国会は一月から六月までの半年間行われるけど、前半基本的に次年度の政府予算について話し合われるから天保協会に回って来る書類の数も少ない。まま合間合間に可決された法案が来るけど量は少ない。


 ……まあ三月の下旬にどさっと可決された予算案の書類が来たときは軽く絶望したけど。


 それを四月の年度が始まる前に終わらせると、次からは大量に押し寄せる地獄の法律案と政府が契約した企業との契約書のついての書類が次から次に回って来るのだ。


 予算案をやり切ったあたしは敵なしと思っていたけど甘かった。一回の量が多いより量は少ないけど回数が多い仕事は達成感の問題で心に……精神的に来るってものだ。


 結果五月になると、もはやあたしは心を無にして書類に目を通すようになった。……師匠の不老不死が一時的に欲しくなったレベルだ。


「……アリス」

「……なんすか?」

「今日はもう帰って良いぞ」

「は?……なんで?」


 なんで師匠がそんなこと言うんだ?そういえばいつもならあたしが五時に終わるか終わらないかギリギリの仕事を渡してきて、あたしは毎回帰るのが六時になったりするのが普通だ(師匠の管理力半端ないと思う)。でも今日は五時の少し前だ……あたしの仕事の手際が良くなった?


「一般的な会社ならゴールデンウィークだったか?この時期に休みがあるだろ?残念ながらその休みをお前にやることは出来ないが、代わりにこの期間は少し早めに帰っていい」

「……あー」


 ゴールデンウィーク……そういやそんな休暇期間ありましたねえ……神報者付として本格的な仕事を始めてから完全に存在を忘れてましたよ。普通の識人は知りませんけど神報者にそんな概念ないもんで!


 でもさあ……いつも六時ぐらいに帰るのを五時に帰れるようになった所で……まあ精神的には少し軽くはなるか。


「……じゃあ、帰るわ。お疲れ」

「おう」


 あたしは体的には疲れてないけど精神的にかなり疲れた体を引きずるように執務室を後にした。



「さて……どうするか」


 天保協会を五時に出るとさっきまで何故か疲れていた体は少し動けるようになっていた。やはり精神的な問題だったようだ。


「……サチに電話するか」


 一月の仕事開始からあたしは霞家との稽古以外でほとんどサチたちと会わなくなった。コウと雪は付きっきりで九条君の勉強を見ており、あたしも仕事でそれどころでは無かったからだ。


 でも三月に九条君から合格したという連絡があると細やかなお祝いを行ったきり、九条君とも会っていない。四月になると入学式だけど仕事の影響で見に行くことすら不可能だった。


 でも五時に仕事が終了し、会う気力はある……なら少し遊ぶか!


 と思い携帯を取りだしサチに電話を掛けた……のだが。


「……あり?……出ない」


 いつもサチかコウなら講義中でもない限り数コール以内に出るはず。二年になった二人のスケージュールは知らんけどこの時間なら出るはずなのに。


 プルルル!


「……あ?」


 その時、電話ではなくメールが届いた……何故か雪から。


『食事をせず、寄り道をせずに寮へ帰ること』


「……意味が分からん」


 いつもなら目的地、現地でやること、時間を書いているはずの雪が短いメッセージだけでメールを送って来た。前にもこんな事あったけど……しかも今回、送ってきた時間がちょうどあたしが仕事を終わった時間だ……今日何かあったっけ?約束とかしてたか?


 思い出せん……まあいいか。


 とりあえずあたしは雪のメールの通り素直に何もせず寮に帰った。



「…………」


 寮に帰ったあたしは寮に足を入れた瞬間、いつもとは違う雰囲気を感じて立ち止まった。


 いつも人気のない寮内にかなりの人数の気配を感じたのだ。まるであたしがこの世界に来たときに行われた歓迎会の時と同じ感覚だ。でも今日は何もないはずだ。五月に来る転生者の歓迎会が行われたのかは定かだではないけど、あたしがここでやることは……ないはずだ。


 でも寮でここまでの気配を感じたのは久々、なにが行われているのかは知りたい。


 なら確かめるか。とりあえずは……食堂か。


 食堂の前に立ち、ドアノブを握りゆっくりと扉を開けた……その瞬間だった。


 パンパンパン!


「うおっ!」


 大きな音がこだまする。精神的な疲労によって普段だったらクラッカーの音と銃声の音ぐらいは聞き分けることぐらいはできそうだけど、今のあたしにそんな余裕はなかった。


 音に反応したあたしは後ろに緊急回避すると銃を抜こうとするが……目の前の人物の顔を見て、それが銃声ではなくクラッカーの音だと再認識できた。


「へー……さすがね、中々の反応だわ」

「ってそんな反応じゃ駄目でしょ!……せーの!」

「「「アリス誕生日、おめでとう!」」」


 サチとコウ、雪、東條、そして九条君までもがクラッカーを鳴らしていた。


「……ん?」


 誕生日?あたしが?今日って五月……何日でしたっけ?確かにあたしの誕生日は五月四日ですよ……ああ、もはや代わり映えしない仕事で今日が何日なのか思い出せん!


「今日……誕生日だったっけ」

「自分の誕生日覚えてないの!?」

「いや誕生日は覚えてるよ?でも……毎日の仕事内容が変わり映えしなさ過ぎて今日が何日か把握してなかった」

「そんなに忙しいの?神報者の仕事って」

「毎日毎日二組の書類の中身が一致するか見るだけの単調なお仕事です。つーか……」


 食堂を見渡すとサチたち以外にも霞家の人たち、タレント事務所『京華』の人々、など過去の事件で関わった人たちが居た。……あたしの誕生日の為だけに。


「なんであたしの誕生日にこの人たちがいるんですかね?ただの誕生日ですよ?」

「あんた……何歳になったのよ」

「……二十歳ですが?」

「二十歳ってことはさ!やれること!出来ることが増えたってことだよ?特にお酒!この国でも飲酒は二十歳からだから皆アリスがどんなお酒を飲むのかどんなお酒が好きなのか知りたいんだよ!」

「三穂さん!?」


 後ろから抱き着いてきた三穂さんが説明する。


 そうか……確か旧日本だと法改正されて?成人は十八からで選挙の投票も十八から出来るけど飲酒とか喫煙は二十歳からだからやはり二十歳の誕生日は旧日本でもこの日本でも特別か。……なんで二十歳なんですかね?十八で良くねエ?


「さて!アリスちゃん!ここに色んな種類のお酒があります!ビール!日本酒!ウイスキー!ささ、今日だけはタダ!試して自分の好きなお酒を見つけよう!」

「……はあ」

「三穂、そうは言うがアリス君はお酒未経験だ、飲ませすぎてアルコール中毒にさせないようにな?」

「分かっております!でもまずは乾杯だからみんな共通でビールを飲もう!」


 そう言うと三穂さんはグラスにビールを注ぐと渡してきた。


 ビール……前々から飲みたいとは思ってたんだよね。師匠は日本酒が好きなのかビールは飲まないけど、日本のサラリーマンって最初の一杯はビールって言うじゃん?だからどんな味か知りたかった。


「じゃあ!神報者付アリスちゃんの二十歳の誕生日を祝って……乾杯!」


 三穂さんの乾杯の音頭と共にあたしは注がれたビールを一気飲みし……膝まづいた……苦すぎて。



「……ごくっ……ごくっ……ぷはあ!……なれるとうまいな」


 最初初めて感じる炭酸と苦みの強さに少しある種の抵抗感を覚えたけど、慣れるとそうでもないことに気づいた。なるほど、ビールに塩味のおつまみを欲する理由が分かった。そりゃ欲しくなるわ、少し塩を振った枝豆とか最高のおつまみですやん。


「アリスちゃん、ビールだけじゃだめだよ?色んなお酒用意したんだから」

「すみません」

「それに今日はアリスちゃんが吐くか潰れるまで飲ませるからね?」


 何その拷問怖い。アルハラですか?


「……何でですか?それってアルハラ」

「普通はね、でも今回の目的はアリスちゃんのお酒の限界量を知るのが目的だから。よく言うじゃん?どれだけお酒飲めるか知らないで外で飲みすぎて吐いちゃうとか途中で潰れて男の子に持ち帰りされちゃうとか」

「あー」


 大学生とか新社会人に良くみる光景ですね!あたしの場合ねえんじゃねえかな……もっとあぶねえのが霞家の当主でいますよ?


「それを防ぐために、すぐ寝れる場所で、信頼できる人たちと一緒に自分がどれくらいお酒を飲めるのか確かめるために今回の会を開催したんだよ……だから今回はお酒を楽しむのが半分、もう半分は自分の限界量を確かめるのが目的」


 なるほど合理的だ。


「だからどんどんお酒飲ませるよ!でも楽しむためにも色んなお酒を飲んでね」

「……はい」


 そういうわけであたしは旧日本では出来なかった人生初の酒盛りを開始した。……明日二日酔いで仕事できなかったらどうしよう。……関係ねえな!今日ぐらいは良いだろ!飲め飲め!肝臓よ!限界を見せてくれ!


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