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二部 プロローグ 朧機関 1

 それはいつも通り、朝普通に執務室に通じる廊下を通っている時だった。


「それでは」

「……ん?」


 執務室から一人の男性が出てきた。だけど見覚えが無い人だった。


 普段天保協会の執務室に来る人間は限られている。法案関係だと議員立法なら代表議員が、内閣提出なら官房長官が来る。


 そして龍炎部隊の訓練報告で三穂さんが来たり、自衛隊が神報者と共同訓練する場合、訓練の責任者だったり、衣笠さんや林さんが来たりする。つまり執務室に来る人の数はここ半年見た限りほぼ固定されており少数だ。それでも一般人が神報者に陳情に来たりすることもあるけどかなりまれであり、名前こそ覚えられないけど、顔は記憶できる。


 でも、今執務室から出た人は見覚えが無い。初対面の人だ。年齢的に……五十代?六十代ぐらいの人だ。スーツ姿に紳士がかぶるような帽子を被っている。……マジで記憶にないから陳情に来た人だろうか。


「……おや?アリスさん」

「え?」


 男性が声を掛けてくる。おかしいな、会ったことは……まあ最近は色んな事件解決のお陰かある程度知名度が上がってると自負してるし、向こうが勝手に知っている可能性もあるか。


「お噂はかねがね……これからも頑張ってください」

「ど、どうも」

「では」


 そう言うと男性は、歩いて行ってしまった。


「……誰だよ。まあ良いか」


 仕事に関係のある人ならまた会うだろう、それに陳情に来た人なら二度目は無いだろうし覚える必要は無い。そう思い、あたしは執務室に入った。


「おはざーす」

「ん?ああ、おはよう……アリス仕事頼んでも良いか?」

「ん?いつものとは違う仕事?」

「そうだ、この封筒を会う場所にいる人間に届けてくれ。そしたらその人間の指示に従え。以上だ。質問は?」

「……ないっす」

「じゃあ行け。あと、封筒は開けるなよ」


 あたしは師匠から書類が入った封筒を受け取ると、紙に書いてある住所に向かい始めた。



「……ここだよね?」


 十数分後、箒で飛ぶことも考えたけど住所を見て少し考えた結果、歩いて十分行ける距離だと分かるとあたしは少しゆっくり歩いてきたんだけど……その住所に合った場所は何の変哲もない雑居ビルだった。


 以前九条君が勝手に突入してあたしが戦闘した建設途中で放棄されたビル(比較するのはおかしいけど)よりは使われてる感があるけど、それでもわざわざ書類を届ける人がいるのかと思ってしまう。


「……第二……日本、文化会館?」


 ボロボロの看板には『第二日本文化会館』と書かれているが、ただそれだけでなにをしている場所なのかはさっぱりだ。


「ま、中に入れば分かるか」


 今回の仕事は書類を届けることだ、このままここで立ち往生していると思いっきり不審者だ、一応身分証はあるけど通報されたら警官の対応は面倒だ……過去の経験上。だからあたしは普通にビルの中に入って行った。


「にゃー」

「え?うぉっ!」


 意を決して中に入ったあたしに最初に挨拶をしてきたのはこのビル?に住んでいるのか意味ありげに置かれた椅子に座った猫だった。


 あたしは引きつった笑顔になるとゆっくりと目の前の階段に歩いて行く。


 ……いや可愛いのは知ってるのよ?ただあたし猫アレルギーなんすよ!猫が居る空間に居るともれなく鼻水は止まらないわ!目も涙で大変なことになるんすわ!え?魔法薬とかで何とかできないのかって?一時的に抑えることは出来る薬あるよ?でも普段から猫飼いたいとは思わんし。


 それにうちの寮ペット禁止じゃないんだけどさ、うちの守護霊の狐さんがさ、動物と戯れてた日の夜にこれでもかと匂いを付けようと勝手に出てくんのよね、可愛い奴だよ。なので特段猫の為に薬を使おうとは思いません。


 そんなこんだで、猫の受付をやり過ごすととりあえず二階へ向かった。


「……おかしい」


 今日は平日だ。書類を届けるということは少なくともこのビルには会社……それに準する組織が入っているということ、普通に考えて平日が休みということはあるまい……まあ会社によってはカレンダー通りではない会社もあるにはあるけど。でも最低限人は居るでしょ?二階に来ても人の気配が一切しないのは何故なのだろうか。


 一応二階に上がって最初の扉からは人の気配はするけど……まあいいや!不法侵入してるわけじゃないんだ!住所が間違っている可能性はあるけども、書類を届けるって言う大義名分が存在するんだ!まずは挨拶をしよう!


 コンコンコン!


 あたしは人の気配がした部屋の扉をノックした。


「……どうぞ」


 年の若い男性の声が聞こえた。


「……失礼します」


 あたしは入室した。


 入った部屋はビルの外観や廊下の質感からはかけ離れたところだった。両方の壁には天井にまで届くレベルの大きな本棚があり、隙間なく何かしらの本が入っているのが分かる。


……魔法か、本当にこの世界の建物の外観は情報にならないなあ。


 部屋奥には少し大きい個人用の仕事机があり三十代?もしくは四十代?の男性が立っていた。


「ようこそアリス様」

「……あの……ここって文化会館?であってます……よね?」

「ええ、このビルの名称で言えばあってますよ」

「師匠……あ、神報者からここにこれを届けるようにって」


 そう言うと持っていた封筒を差し出す。


「ご苦労様です」


 男性は封筒を受け取るが、開けようとはせずに机に置いてしまった。


 だがあたしは気づいた。うまく言葉にできないけど……さきほど執務室前であった老紳士と今目の目に居る人……何故か雰囲気が似ていることに。見た目は全然違うのに。なんでだ?


「あの……」

「何ですか?」

「ここに来る前に……師匠と話していた人がいたと思うんですけど、何故かその人とあなたが雰囲気が似てるなって……まあ見た目も年齢も全然違うので気のせいだとは思いますが」

「ああ……そう言うことですか」


 男性はそう言うと洋服掛けに置いてあった先ほどの老紳士が被っていた帽子を手に取り被ると……何か仕草をした。


「……?」

「貴方がお会いした男性とは……こう言う人物では?」

「……え?……は?……ええええええ!?」


 帽子を被り何かしらの仕草をした男性の容姿が一気に変わった。さきほど執務室の前で会った老紳士そのまんまだ。……何が起きた?メイク?でもさっきまで生えてなかった髭まで生えてる!変装?それとも魔法?でも杖を使ってる様子もなかったのに?


「どういう原理ですか!」

「これは私のギフトでして、体の仕組みを組み替えることは不可能ですが、一度見た人間の見た目に成れる……と言ったら語弊になりますが、相手に錯覚……認識させることが出来るギフトです」


 つまり髭とカツラとか使わずとも見た目だけなら違う人間になれるってこと?犯人を追跡したりする刑事とか、公安系の仕事してる人間からしたら喉から手が出るレベルで欲しいギフトでは?


「でも声までは変えられないんですね」

「先ほども言ったようにあくまで相手に錯覚させる程度ですから声帯までは変えられません、ですので声は自分で作る必要がありますね」

「そうですか……あのさっき、名称で言えば文化会館で合ってるって言いましたよね?じゃあ本当は違う……とか?」

「鋭いですね……説明するのは難しいので……見てもらった方が早いでしょう」

「え?何を?」


 男性はそう言うと扉の前に移動する。


「あの……さっきから思ってたんですけど……」

「なんです?」

「あなた以外にここで働いている人居るんですか?さっきから気配が一切感じられないので」

「ふふふ、それならば日ごろの訓練の成果ですね」

「……訓練?ここは一体……」

「ここは非公式ではありますが、『朧』……宮内庁所属天皇陛下及び神報者直轄特別諜報機関の本部です」

「……は?」


 今なんて言った?宮内庁所属?諜報機関?朧?


 ガチャッ


 男性が扉を開ける……だがあたしが先ほどまで立っていた廊下は先程とは全く違う景色になっていた。


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