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二部 プロローグ 朧機関 2

「……わーお」

「あの会社は?」

「あの国は情勢的に……」


 さっきまで人の気配すらなかった廊下に、いつの間にか数人のスーツ姿の男性たちが立ち話をしている。無地だった掲示板には、いつの間にかびっしりと紙が貼られていた。


 ……どっから現れたんやあんたら!


「……ていうか何!?宮内庁?諜報機関?なんて?」

「ふふふ、混乱するのも分かります。もう一度言いますか、宮内庁所属天皇陛下及び神報者直轄諜報機関『朧』です。そして私が朧の統括をしております……朧と申します」

「……朧」


 偶々名前が朧だった……んなわけないよね。


「偽名ですか」

「もちろん、朧の統括官になると朧の名前を引き継ぐんです。因みにここに所属している者は皆一部を除いて偽名ですし、本名を知っている者は誰もいません。知る必要もない」

「ははは」

「そして我々朧の使命は神報者と陛下の為に国内外に潜入、あらゆる情報を収集すること、そして時には偽の情報を撒き諜報活動をすることです。……まあ最近では神報者の仕事で出向く先の情報を収集したりするのが多いですが」

「なるほど」

「因みに重要人物についての動向も収集しますので、アリス様の行動も逐一収集していますよ?去年アリス様が関わった事件の詳細もこちらで把握してます」

「ははは……」


 となるとあたしがいつどこでラーメンを食ってるのかも把握されているってことになる……いやあ!恥ずかしい!


……あれ?でもそうなると……おかしくね?内親王誘拐事件の時師匠は明らかに焦ってたよね?朧から情報が入ってたなら即座に龍炎部隊を動かしていたはず……なのに三穂さんたちが動いていたのはあたしが情報提供した後……なんでだ?


「あの……去年内親王が誘拐される事件がありましたよね?あの時あたしが師匠に情報提供したんですけど……朧は把握してなかったんですか?」

「ああ……あの時はですね。龍様がかなり慌てた様子で、西京周辺で潜伏していた烏を総動員したんですよ。アリス様についていた烏も非常呼集されまして、それでああなりました。まさかアリス様が先に発見するとは予想外で」

「あの……烏って?」

「朧では私統括官以外の諜報員を烏と言います。そしてここは本部ですが、基本的に烏はいません、言ってしまえば烏育成のための場所なので。まあある程度活動した烏が報告の為にここに来ることはありますが、それ以外でここに居るのは雛と育成係だけです。私も基本的にはここは常駐していませんから」

「そう言うことですか」


 なるほど、時間帯的にあたしについていた烏が呼び戻されたのは雪の誘拐事件の前だからあたしが雪の誘拐事件に動いていたことも知らんかったんだな。だから師匠的には何故か何も知らないあたしがいきなり内親王まで行きついたって思ったのか。そりゃあ驚くわ。


「さて……本来ならば雛の育成の様子を見せるのが普通だと思いますが。ちょっと会っていただきたい方が居るのでまずはそこに行きましようか」

「え?は、はあ……」


 初対面の人か?それとも会ったことがある人か?でも会ったことある人でこの人諜報員じゃねって人なんて……まあそんな簡単に疑われる人が諜報員にはなれんか、普通に考えて。ここに居る雛だってあたしが最初来たときには普通に気づかないレベルで気配消してましたし。


「せっかくなので雛の育成環境を軽く見せながら目的の場所まで行きましようか」

「はい」


 朧に案内されながら朧の本部を見て回るという日本語的にゲシュタルト崩壊しそうな状況であたしは目的地に向かいながら行われている色々な授業を見て回った。言語授業(英語だったり北国語)、ピッキングの授業(もちろん鍵を違法に開ける奴)だったりだ。


 他にも視線誘導の授業だったり、女性を口説く授業だったりもあった。ただここまで授業を見て回ってる時に、ある共通点があるのに気づいた。


 それは何故か全員視線をあたしに送りさえするけど誰一人お辞儀をしないことだった。


 朧曰く、上司である神報者及び帝に挨拶をする習慣が出来てしまうと任務中に挨拶してしまう癖が出る危険があるのだという。周囲が挨拶していて逆に挨拶しないのが不自然という状況ならいいが、挨拶する場面でないときにお辞儀をすると不必要な注目を集めてしまうため、神報者との関係性を疑われる結果になるらしい。


 スパイは疑われた時点で失敗。だからこそ朧ではたとえ上司であっても関係性を疑われる行動をしないのだそうだ。


 そういう普段の振る舞いから訓練をするのだ。やはり諜報員は訓練の内容が自衛隊とかあたしの訓練とも毛色が違う。


 そして歩くこと数分後、あたしはとある部屋の前まで来た。


 部屋の看板には『天』とだけ書かれたいたが吊るされている。


「あの……ここが目的地ですか?」

「はい、所でアリス様ここまで授業のいくつかを見てきましたが、何か気づいたことは?」

「え?……うーん……自衛隊とかあたしが普段霞家とやってる稽古とは何もかもが違うなってことぐらいしか」

「そうですね。朧も戦闘は学びますが、最低限だけです。基本は立ち振る舞いや言葉遣いなどの普段の動作から教わりますから。……もう一つ、先ほどの授業受けている者も先生も男性です」

「え?……ああ、そう言えば」


 確かにふと見た感じだったけど生徒も先生も男性しかいなかったような?


「何故だかわかりますか?」

「……それをあたしに聞きますか?」

「それは申し訳ない。一般論なのですが、女性は諜報員に向かないんですよ」

「それは……多分ですけど月経で一年を通して身体的に不調な日があるから……とか?」

「はいそれもあります。後は精神的な問題もありますね、例えば諜報員の中には他国で偽の家族を作ったりすることもあるのですが、何かの間違いで子供が出来てしまうと男性は問題なく烏を続けることが出来るんですが、女性の場合体質の問題で自分の子供を守ろうとしてしまい、仕事に支障が出ることがあるんですよ。特に他国に潜入する烏は十数年間潜入することも普通にあるので男性の方が向いてるんです」

「へー」


 確かに今まで自由奔放な女性が結婚して子供を産んだら性格が変わったとかよく聞くもんね、それが諜報員として向かない理由か。


「まあそれでも私の前の朧は女性なんですけどね」


 さっきまでの話は一体。


「ここには女性の烏が居るんです。女性にしか出来ない仕事で所属しています」


 あー、なるほど。分かって来たぞ?それって俗に言う色仕掛けですやん!つまりこの天の文字は天女の天か!……いやそれでもここに居るであろう人に知り合い居るか?思いつかん。


「では入りますか」

「……はい」


 朧がドアを開けた瞬間、中に居た全員の女性の視線がこちらに向いた。だが……ある種の悲鳴は生じなかった。それどころか全員目線だけあたしと朧を見ると視線だけでお辞儀した。


 ……だが。


「あ!アリス様!」

「アリス様よ!生アリス様!」


 男性アイドルが企画で学校に来て何も知らない女子生徒が集まってる教室に入って来たときの反応と似ている。あたしそこまでのことしました?


「朧様、なんでアリス様が!?」

「龍様より朧を案内してほしいと、去年は神報者の仕事に慣れるまでここの存在を明かしませんでしたが、二年目になって色々慣れてきたと思うのでと龍様より命令を受けました」

「ね、ね、誰か挨拶してよ!」

「無理無理!」


 朧と女性たちが話してはいるけど……やはり仕事内容的に色仕掛け的なあれが多いからだろうか……すっげー美人しかいねえ!スタイルやべえ!最低限の化粧はしてるだろけどそれでも顔も整ってるし……同じ女性として自信がなくなるレベルだ、これ。


「天女部隊は、政府や経済界、さらには外国の要人に接近し、色仕掛け等を駆使して情報を抜き取ったり、弱みを握ることを任務とする部隊です。そのための知識や技術を徹底的に学んだ後、国内外や特定の場所へ派遣されます。護衛として烏が一人付くのが通例ですがね」

「なるほど」


 あれ?ていうか、ここに来たのってあたしに会いたい人がいるって話よな?でも確かにここに居る人たちは会いたいってよりも一目会いたい、見たいって人にしか見えない。会うってことは一度会って久しぶり的な会話を思い浮かべたんだけども……知ってる人居ないぞ?


「アリスちゃん!来たんだ!」

「え?……ええええええ!?」


 聞いた声だった。というか、確かにあのスタイル、美貌、この部隊に所属していると言われればそりゃそうだろうね!と答えるだろう人があたしに話しかけてきた。


 ……そう、友里さんだ。


「なんで……友里さんがここに!?」

「私はここ天女部隊の部隊長やってるんだ」

「前言ってた……ステアの事務員は!?」

「あれはね……ステアでの情報収集の為の表向きの職業だよ。事務員だと組関係なく情報探れるからね、あの時は月組を優先してたけど。今はもう違う潜入先だけどね」

「ははは……なるほど」


 聞きたい。ステアに潜入してた時、月組の生徒の……初めてを奪ったりしたのだろうか。この美貌で事務の関係で呼びだされて誘惑されでもしたら思春期の男子生徒ならイチコロよ?女子生徒でも性癖歪むレベルよ?……でもこの状況では聞けん!


「所で……アリス様」

「え?……はい」


 天女部隊の二十代後半?失礼かもしれないけど多分三十代ギリギリだろうか、若い女性ではとても出せない色気を出したまさに天女と言ってもいいレベルの女性が話しかけてくる。


「……この世界に来て初めては済ませました?」

「……えーと……はい?……ん?……なんて?」


 始めてってあれですか?俗言うヴァージンの事ですか?血が出るあれ?貫通したかってことですか?この状況で聞くことですか?


「……旧日本の記憶はないんで……多分ないと思いますけど……この世界に来てからなら……まだ」

「あら……そうなんですね」


 これ何て羞恥プレイ?


「なら私が気持ちがいい、天にも昇るような初めてのお相手になって差し上げましょうか?」

「ははは……え?」


 マジかよ。この状況で夜伽のお誘いします?この状況で!?


「私共、男性を喜ばせるあらゆる技を持っておりますが、それは女性に対しても同じです。アリス様が良ければ下手な男性がやるよりも全く痛くないヴァージンロストを体験できますよ?」


 ははは!やばあい!このままだとこの物語十八禁に突入しますよ!確かに一晩何十、何百万と掛かるだろうこの人たちに相手してもらったらそりゃ天国行けるだろうさ!でもさ、痛いからこそ初体験の意味があるわけで!あたしの死にかけたからこそ今の自分があるんですよ!……ヤバい!今!理性と本能が戦っております!


 一人の発言で少し目の色を変えた女性たちがあたしの初めてのお相手の権利を求めて近寄って来る。……これがモテ気か!


「だーめ!」

「え?」


 そこに友里さんが割って入りようにあたしを抱きしめる……あ、やっぱり友里さんのお胸は素晴らしい!


「アリスちゃんの初めてはあたしがもらうの!これは部隊長特権です!それに普段の任務ならあれだけどアリスちゃんの同意なしにやっちゃ駄目でしょ?初めてなんだから」

「むー!」


 あれ?あたしの初体験は友里さんに確定してるような言い方ですけど?確かに友里さんが相手だったら文句ないどころか土下座してでもおねげしますけども?あたしの意思は?あ、関係ないんですねこれ!まあ良いですけども!


「こらこら、今日はあくまで朧の案内だけですよ。それにそろそろ時間です、アリスさん天保協会に戻り龍さんに報告をお願いします」

「え?あ、はい」


 ちょっとしたブーイングが起こるけど、朧がゆっくりにっこりした視線を向けると全員静かになった。……やはり統括官の権力は凄いようだ。


 そしてあたしは天女部隊の皆が名残惜しく見送るなか天保協会に戻って行った。


 因みに後から聞いた話だけど、愛和事件の際にあたしに警告をした顔に布をした女性、あれは愛和の会に潜入していた烏だったらしい。あの人のギフトは目の前の人の記憶や心に残った人物が数人見えるらしくその能力を使って中々の地位に行くことが出来たとか。


 そして警告できたのは単純にそれなりの地位にいるから計画を知っていただけらしい。


 ここまで来るとあたしが去年解決した事件のほとんどに朧が関わっていたのではないかと勘繰ってしまうが……聞いたところではぐらかされるだろと聞くことは無かった。



「師匠」

「ん?帰ったか」


 執務室に戻ったあたしは普通に仕事している師匠に朧の本部から戻ったことを伝えた。


「そうか、ご苦労さん」

「ねえ、なんで朧の事今まで黙ってたの?」

「……そうだな。アリス龍炎部隊がどのように出来たか覚えてるか?」

「……確か、プロソスのミアを救出した後に、今の法律だと自衛隊が動けないから、師匠の下で動ける非公式の組織を作るためだっけ?」

「そうだ、龍炎部隊みたいな戦闘をメインとした特殊部隊のノウハウは俺には無かったからな。林や衣笠の助力が無いと不可能だった。だから龍炎部隊は林や衣笠も知ってる」

「それが?」

「だが朧に関して存在を認知しているのは……この国で俺と帝だけだ」

「……まじで!?」

「ああ、そもそも朧は約百年ぐらい前か?帝から権力を貰っていた当時の幕府のお抱えの忍者部隊だったらしい。幕府が滅びて帝に権力が移った後に管理の権限が俺に移ったんだよ。そしてその存在を知る当時の幕府の重鎮も他人に言わずに死んでな。結果、朧を知ってるのは俺と帝を引き継ぐ者だけだ。因みに朧の由来は忍者の頭領の名前だよ」

「わーお!」


 つまり朧は昔から続く忍者が現代に合うように変わった存在になったと!かっこいい!


「だから朧機関は他の識人すら知らないし、一応宮内庁所属だが宮内庁の人間も知らない組織だ。神報者付になったとておいそれと話せないんだよ。だが内親王誘拐事件の一件もあってな、そろそろ組織の存在を知らせないと……と思ってな」

「なるほど」

「うすうす気づいている者もいるだろうが、それでもお前は自分から喋るなよ?聞かれても同じだ、いいか?」

「うっす!」

「なら良い。それで……仕事に戻れ。いい休みになっただろ?」


 あーなるほど、そう言う意図も含めて社外見学と……不老不死なのに考えるなあ。


 あたしは師匠のやはり不器用な気遣いに感謝しながら目の前に溜まった書類に目を通し始めた。


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