六月中旬。ジメジメとした空気が絡みつく朝、あたしはいつもの「死んだ魚の目」を引っ提げて天保協会に向かっていた。働き始めて数ヶ月、慣れたはずの仕事だけど、気分が晴れる日は来るのかねえ……。
通常国会が期末で閉会すると聞いて、少しは仕事が減るかなと期待したけど……甘かった。政府の機能が止まるわけじゃないし、仕事が消えるなんてあり得ない。
ただ、この半年で寮と執務室の往復しかしてなかったのでそろそろ体を動かしたい衝動に駆られていた。……どっかで事件起きないかなあ。
そんなこんだで執務室に入室したあたしは室内に居たメンツに驚きを隠せなかった。
「……え?」
「アリスちゃん!おはよう!」
「おは……ようございます?」
室内には龍炎部隊の隊長、三穂さんがいた。その隣には、見覚えのないもう一人の隊員が立っている。えっと……名前は……忘れた……というか聞いた覚えがない。
「アリス、すまないが今日のスケジュールは一旦白紙だ。お前に頼む緊急の仕事が入った」
「……うっす……あのそちらの方は?」
「あれ?アリスちゃん会った事……ああ!ないわ!この子はね、龍炎部隊の狙撃担当四方田千明ちゃん!普段はあたしたちとは違うルートで狙撃援護で動いてるから会った事ないんだね」
ああ、なるほど。去年歓迎会で隊員の何人かは参加してなかったけどこの人か。四方田……なんか珍しい名前。
「よろしくお願いします」
「……」
四方田さんは、あたしたちに軽くお辞儀しただけで何も言わない。おとなしいというか……内気というか。いや、これ陰キャってやつ?
「それで?緊急の仕事とは?」
「アリス、愛和事件は覚えてるか?」
「え?……ああ、あたしが教祖ぶっ飛ばした奴?」
「……死にかけたのに覚えてるのそこかよ、まあそうだが」
愛和事件、愛和の会という宗教団体が起こしたテロ事件だ(愛和事件のエピソードをご参照ください)。あたしも命を狙われて闇の魔法使いと繋がっていた教祖を殴り倒した事件だ。
そういえば朧の存在を知った後に聞いたけど、あたしにメールした正体不明の人は朧だったらしい。内部に潜入していた烏からの情報をあたしに伝えていたらしい……そりゃあ教祖の居場所やら開いてるドアの場所が分かるわな。
「それで?愛和事件がどったの?あれ解決したじゃん」
「情報が入ってな。幹部の残党が島根県で“保護”されたんだよ」
「ん?ちょっと待ってよ!幹部って本部で倒したじゃん!」
「あいつらは幹部連中の中でも位が低い奴らだったらしくてな。最高幹部は現地で指揮を執っていたらしい、だが事件後行方をくらましてな、だが警察も政府も事件収束を宣言しちまったから大々的にに手配が掛けられなかったんだよ。だが今回行方不明だった三人の内二人が保護されたんだ」
「……ん?逮捕じゃなくて、保護?」
「そう、そこが重要なんだ。警察関係者曰く、二人はかなり衰弱した様子だったらしく錯乱状態だというんだ。それに事情聴取しても村人に襲われただとか神様にあっただとか訳わからん事を言ってるんだとか」
「は、はあ」
本来人を導くはずの宗教団体の幹部が神様を見て発狂した?信じるものが違うとて布教する立場の人として風上に置けないのでは?……まあ、いくら信者でもマジもん見ちゃったら普通は発狂するか。
「で?なんで龍炎部隊が動くんすか?……その村に警察官派遣すれば……」
「記録上、その村はすでに廃村になってるんだよ。村人はいない……はずだ。そしてすでに警察官二人が派遣されたが……帰ってこないと」
「……Oh」
つまりあれですか?存在しないはずの村で存在しないはずの村人に襲われて神様に出会って発狂したと?……そして捜索に行った警官も戻ってこない……ホラーゲームの導入何だが?しかもバイオとかのアクションじゃなくて和風ホラーなんだが?物理が通じる幽霊ならまだしも神は無理よ?
「つーか残った一人は?」
「二人を逃がすために囮になったと」
状況が状況なら英雄じゃん……生き残れば。
「なるほどね……であたしが呼ばれたのは?」
「前にも言ったが俺は基本神を信じない。だがもしこの二人が見たのが闇の魔法使いなら警察官が帰ってこないのもうなずけるだろ?現状、龍炎部隊で闇の魔法使いと互角に戦えるのは三穂だけだ、その三穂も前回の作戦で実力不足が露呈したからな。現状戦えるお前が一緒に行った方が良いという判断だ」
あーそうか、確かに神なんて不確定な存在を警戒するよりも確実に存在する闇の魔法使いを警戒する方が合理的か。
「なるほど」
「あたしもあの事件で闇の魔法使いとの経験不足が分かって訓練してるんだけど、まだ不安なんだよね。でもアリスちゃんなら相手がどんな魔法使いでも問題ないと思うし、あたしよりも経験があるじゃん?」
「まあ……」
そりゃあたしが手加減しないで戦える数少ない相手の一人が闇の魔法使いですから、相手の見た目が美女だろうが美少女だろうがぶちのめしますよ?
「じゃあ四方田さんが居るのは……なして?」
「四方田は今でこそ住所が島根県の出雲市だが、この村……愛我村出身なんだよ。年月は経ってるだろうが道案内と作成概要をここで話し合ってたんだ」
「なるほど」
愛我村……に行った愛和の会の幹部が発狂して戻って来た。今度はそこに愛我村出身の四方田さん案内であたしたちが状況を調べに行く……やっぱホラーゲームじゃんこれ。
ていうか……四方田……四方田?なんか旧日本のホラーゲームに四方田っていうキャラクター居なかったっけ?……やった事ないのか思い出せないけど。
「というわけでアリスちゃん。まずは出雲市に行って一泊して作戦詳細を詰めるから今から出雲市に行くよ」
「分かりました……じゃあ一旦帰りますね」
「なんでだ?」
「戦闘用の装備じゃないから」
「分かった」
約三十分後、あたしは戦闘用の装備をバッグに入れると龍炎部隊と共に車で島根県に向かった。
島根県出雲市、西京と違い京都のように古風な街並みが伺えるこの町は出雲市……という名前の通り、出雲大社がある。
勘違いしてる人が居そうなのでちょっと解説すると出雲大社には日本神話における日本の神様のトップである天照大神は祀られていない。
旧日本では大国主大神が祀られている神社である……この世界の出雲大社がどうかは知らん。そして天照大神が祀られているのは三重県の伊勢神宮である、何故かこの世界の伊勢神宮も天照を祀ってるらしいけど旧日本との関係性は知らん。
この二柱の関係性?そんな細かいところまで知らんて……確か系図的には繋がってる程度だったはず……覚えておりません。
そんなこんだであたしたちは車で数時間程度走り、出雲市の出雲大社が近いホテルに到着した。
皆一応特殊部隊の隊員だが、存在自体が非公式であるため表向きには存在しない会社の慰安旅行という体で来ているため、全員普通の格好だ。
「じゃあ、夜の作戦会議まで自由行動でいいよ。各自遊ぶなり部屋でくつろぐなり好きにして」
三穂さんの指示で今日は解散となり、あたしは始めてきた出雲市をちょっと散歩することにした。作戦前日なのにこの軽さ……普通の自衛官だったら緊張してるだろうけどやはり特殊部隊の隊員は慣れてるのかな。
そしてあたしはちょうど夕方なので出雲大社に行こうとしたんだけど……道に迷った。こんな時にスマホのナビがあればなあ……普段地図は持ち歩かないんだよ。
とりあえず何処か歩けば看板か何かあるだろうと……適当に歩き出したその時、とある会話が耳に入って来た。
「あらあんた戻ってきてたのかい」
「……お久しぶりです」
「……ん?」
その声は……会議中に何度か聞いた四方田さんの声だ。もう一人は……声の感じ的に年寄りぐらいの人か?
バレないように建物の陰から見ると、二人はちょうど駄菓子屋の前に居た。おばあさんは四方田さんを不審者を見るような目つきで見ているし、四方田さんは何処かいたたまれなさそうな表情をしている。
「何だい、自衛隊に行ったんじゃないのかい?もしかして厄介払いでもされたかい?」
「いえ……仕事の関係で立ち寄っただけです」
身内?でも久しぶりに会ったにしては……何処か他人行儀って言うか。
「そうかい、なら早く立ち去りな。あんたが居ると商売あがったりだよ」
「はい……すみません」
そう言うと四方田さんは足早に何処かに行ってしまった。
うーん……気になる。あのおばあさんの喋り方を見るに、どうも四方田さんを厄介者としか見てない。でも四方田さんって廃村になった愛我村出身ってだけで別に何もしてないでしょ?それか愛我村自体がものすごい特殊な存在だったとか?俗に言う忌み地とか?
……気になるから他人の振りして聞いてみよう!
「おばあさん!まだ空いてる?」
「あら!嬢ちゃん!いらっしゃい!……お嬢ちゃん外の人かい?」
「外の……人?」
「ああ、県外から来た人かい?」
「そう!仕事で出雲市に来たんですよ!でちょうど暇になって出雲大社に行こうとしたら道に迷っちゃって!そしたら懐かしい駄菓子屋があるから道を聞くついでに何か買おうかなって!」
「あら有難いねえ!なんでも選んでくださいな」
「……そういえばさ、盗み聞きするつもりはなかったんだけどさっきの女性とはなんか喧嘩みたいなことしてたけど何かあったの?」
「ああ、聞かれてたのかい……まあ他人に話すようなことじゃないけどね。あの子、一応親戚の子でね。愛我村って言うもう廃村になった村の出身なのさ。その村が……二十年ほど前だったかね、洪水に襲われた際の唯一の生き残りなのよ。それで身寄りがなくなったあの子を唯一親戚だったうちが引き取ったんだよ」
「へー」
なるほど、でも邪険にする理由にはならないのでは?今のままじゃ単純ないじめでしかないよ?
「最初は皆、奇跡の生き残りとしてもてはやされたんだけどね、あの子がうちに来てから奇妙な事が起き始めてね」
「奇妙な事?」
「うちの親戚の子供たちや大人たちが事故に遭ったり、原因不明の病気になったり、挙句の果てにはあたしの孫まで亡くなっちまってね」
「あー……なるほど」
それは厄介払いもしたくなるわ。原因不明とは言え四方田さんを引き取ってからそう現象が起こるんなら誰だって四方田さんが疫病神としか見えないでしょうし。
「それで高校を卒業するまでは面倒を見たんだよ。で、それ以降は自分で生きられるだろってね、自衛隊に入ったんだ。その後音沙汰もないから今日見てびっくりたんだよ」
「なるほどね」
でも当初の龍炎部隊って自衛隊に居られなくなった隊員を集めて結成されたって聞いたから、もしかして四方田さん自衛隊でも上手くいかなかったのかな。
……でも自衛隊でもそういうことが起きてるなら、龍炎部隊でも同じことが起きるのでは?なんで皆何事も無いように過ごせるんですかね?
「で?何を買うんだい?冷やかしってわけでもないだろ?」
「え?ああ……ちょっと迷ってるんだよね。一個づつ買うか……それとも子供の頃には出来なかった大人買いを敢行するか……でもバラで買うと量がなあ」
「そうねえ……そんなお嬢ちゃんには箱買いをお勧めするよ!ちゃんと開封してない箱もあるからね」
「おっとー……おばあちゃん、そんな魅力的なものを見せられたら……買わずにいられなくなっちゃうじゃないですか!……買った!」
「ありがとね!それとお嬢ちゃん、一つ警告しとくよ」
「なに?」
「間違っても愛我村には行かない方が良いよ」
「……なんで?」
「あそこには良い噂が無くてね。詳しくは知らないけど昔から変な宗教を信仰していたって噂があるんだよ。それが理由で前々からこの付近の人間はあそこに近づくものは居なかったんだよ。それにあの洪水だって奴らが信仰してた神様を怒らせたからっていう人が多くてね、村が無くなって地図から消えてもあそこは禁則地になってるぐらいさ。だからもし近くに行くなら気を付けな」
「……どうも」
いよいよただの和風ホラーが和風神話系ホラーになってきましたが?確かに昔は洪水やら地震やらは神様が起こすと考えられてきたから神社があるわけですけど……でもモノホンは現れんでしょ!……多分。頼む、物理が通じる幽霊にしてくれ。
その後、あたしがコンビニで良く買う駄菓子の箱と、夜の作戦会議中にみんなに配るように何個かバラで買うとおばあちゃんに出雲大社に行く道を教わり、あたしは出雲大社にお参りに行った。
そして夜、作戦会議が終了し(噂の件は言わなかった)、三穂さんと銃の手入れをしながら世間話をしているとき四方田さんの疫病神体質の事を聞いたのだが。
「ああ、四方田ちゃんは初期メンバーで入ってから奇妙なことは何回か起きてるね。それで自衛隊時代は苦労してたって聞いたけど、うちの場合は苦労の内に入ってないから気にしたこと無いかな」
という特殊部隊特有の脳筋解決してるだけだと知り、やはりこの人たちは異常だと認識した。