「だああああああ!」
完全に体制が崩れたあたしは四方田さんと共に崖下に落ちると、体は転がり始めた。
ガシッ!
「……っ!」
だけど四方田さんはあたしが神報者付だから守る対象だと思ったのか、それとも単に年下だからなのか、あたしの体を引き寄せると守るように抱きしめた。……トゥンク。
そしてあたしと四方田さんは落ちていった。
ゴロゴロゴロゴロ……ガチン!ゴロゴロゴロゴロ……ガッ!
途中何度か金属音?と思わしき音と岩と何かが当たるような音が鳴り腰に衝撃が来る。そして途中、結界?それとも何かしらの空間の境目のような感触を感じたが、今のあたしにはそれを気にする余裕は無かった。
「おああああああ……んぶっ!」
十数秒……いや数十秒だろうか、いや正確な時間は最早計ることは不可能だったけど、あたしと四方田さんの体は崖の下にたどり着いたのだろう、ようやく停止した。
「……いっつー……」
普段の回避運動の時とはまるで違う、意図しない衝撃に体全体から痛みを感じる。四方田さんのせい……とは言いたくないけど、抱きしめられたお陰で受け身すら取れなかった影響だ。でも痛みが背中に集中しているということは心臓やらがある体の前側は四方田さんのお陰で守られたらしい。……これには感謝だ。
「大丈夫ですか?四方田さん」
「……大丈夫です」
いくら特殊部隊の隊員とは言え、あたしを守りながら受け身も取れずに自由落下しては体が負傷するんじゃ……。
「ふう……」
まるで何事も無かったかのように立ち上がった。……さすが特殊部隊の隊員だ!
あたしも立ち上がり、落ちて来た崖を見ようとした。体感四十五度以上はあっただろうか、それでも生きてるのが不思議なほどの滑落だった。
……だが崖のあったはずの方向を見たあたしは目を丸くした。
「……あれ?……え?……うん?……おっと?」
「どうしたんですか?早く箒で戻りま……しょう?……え?」
あたしが立ち尽くしている事に疑問を浮かべたんだろう、四方田さんが崖があった場所に歩み寄り、あたしと同じように絶句した。
……崖が……無くなっていた。
正確に言おう、見上げるような崖は場所は消失しており、何故かあたしが立っている場所から新たな見下ろす形の崖が出現したのだ。しかも崖の向こうは霧深く、何も見えない状態である。
……何が起きた?さっき落ちて来た崖は!?あたしら落ちて来たよね?間違っても崖を登り落ちたなんつーことは無いじゃろ!?ここだけ重力が反転でもしたか?あたしの脳にもちゃんと転がり落ちた記憶しか残っておらんぞ!
一応、崖の下に三穂さんたちの車が!と思いゆっくりと崖下を除くが、霧が濃すぎて何もわからん……まるで虚無を……深淵を除いているような感覚だ。
「よ……四方田さん、これは一体……どういう状況……あれ?四方田さん?」
あたしが四方田さんに状況の共有をしようと首を動かすが、隣に四方田さんは居なかった。すでに背後に移動して……立ち尽くしていた。
「……どうかしました?」
「……そんな……ありえない」
「へ?一体何がありえな……ん?」
あたしは四方田さんの隣に立ち、四方田さんが何を見ているのか確認しようとした。その時、何故かさっきまで立ち込めていた霧がゆっくりと晴れ始める。……そしてゆっくりと目の前に現れたのは……さっき崖の上で見たものとは違う物だった。
「……おっと……マジか。これは……どう見てもさっき見た廃村じゃ……無いっすよね」
そう……あたしの目の前に現れたのは……崖の上から見た家だった廃屋ではなく、朽ちかけてはいるがちゃんと家として認識できる……どう見ても廃村とは呼べない村だったのだ。
「……」
「……」
四方田さんは何が起きたのか状況が呑み込めず、近くの石垣に腰掛けていた。まあ、しょうがない、いくら特殊部隊と言ってもさっきまで廃村だった村がいきなり昔の姿に戻っているんだ、動揺するよ。あたしもしてるんだし。
……さあて、動揺しても意味は無いし、今あたしがやれることをやろうではないか!え?この状況でやれることがあるんですかって?推理だよ!とにかく原因と主犯が分かればそいつをぶん殴ればよかろう?ならこの状況を分析して旧日本の知識を生かして推理するのが定石じゃないっすか!それが異世界転生の主人公じゃろ?
といってもない一つ情報もヒントもな……あ、あるわ。まずは駄菓子屋のおばちゃんの言葉!この村って確か……周辺の人も近づかない変な宗教を信仰していた。そしてその神様が洪水を起こして滅びた。
……もし本当に神様の仕業なら旧日本には神様の関わるゲームから何かヒント無いかな?……と言っても神様が関連するゲームなんて腐るほどあんだけど。
……無理だな、今考えても出てこない。それにまずはこの村が何の神様を信仰しているかを調べよう!攻略法はそこからだ!
「四方田さん!行きますよ!」
「……でも帰り道すらもう無くなりました。行く当てなんて」
「それを探しに行くんですよ!ここで座ってたって何も分からんし、何も出来ないでしょう?」
「でも、私の今持ってるのは銃だけで、他の装備は車の中です。戦闘糧食も置いてきたので食べ物が……」
「大丈夫!あたしは常にショルダーポーチの中に一週間分、今回は二週間分のお菓子とかが入ってるので!二人で最低一週間は食いつなげます!まずは箒で村を俯瞰で観察しましょう!」
「……分かりました」
食事があることでなのか、それともあたしの指示を受ける気になったのかは定かでは無いけど、ここに居ても仕方がないとは四方田さんも思ったのだろう。重い腰を上げるように立ち上がった。
「……すみません、箒も車です」
「大丈夫、予備で一本あるんで」
予備の箒を四方田さんに渡し、あたしは箒に跨った。
「それじゃあ、しゅっぱー……つ」
あたしはいつも通りに飛び上がろうとした……だが何故か箒は浮かなかった。
「……どゆこと?」
「……私も飛べません」
「……まじかあ」
箒が使えない!?マジかよ!なんだこの世界!……いや空間?この空間は神様が作って、箒が使えない……おっと、もしかして。
あたしは杖を取り出すと、水を出そうとした。
「ネローイ《水よ流れよ》!」
……。
「……Oh」
これで分かったのは……箒も杖も使えないということだ。……あははは!まーじかい!あたしの武器の二つが使い物にならなくなっちまった!
だが大丈夫!まだ銃と魔素格闘術がある!
「どうします?」
「……四方田さん、ここ出身ですよね?」
「はい……それが?」
「……徒歩で村を探索するので、道案内お願いします」
「……分かりました」
とういうことであたしらは本来魔法で空を飛べるはずなのに徒歩で蘇った村を探索することにした。
「……」
「……」
出雲市を出発したのは何時で、崖付近であたしが胃袋を綺麗にしたのは何時だったか。お昼ごろだとしたらすでに六時間以上は経過したということになる。
あたしらは……何故か森の中を彷徨っていた。
最初の数時間は村を見ていたんですけどもねえ……会う村人全員に厄介者扱いされちゃあ観光どころか情報を集めることも出来ない。それに四方田さんを見る村人の視線的に帰ってきて疲れてるんじゃない?……ではなく、あんた誰だよ!向こうに行きな!的な目だので。村出身者というアドバンテージは一切通じないことも判明した。
あれか?途中からあたしが村をじゃなくてこの村が祀っている神様を知りたいから神社がそれに準ずる何かを見たいとか言ったからこんなことになっているのか?ていうか森とはいえ、村の周りのはずなのになんで村人が誰一人いねえの?普通村周辺の森って野草採ったり子供の遊び場じゃないの?
「あの……四方田さん。聞いても良いですか?」
「……」
聞きずらい……今更こんな状況になってマジで聞きずらい!だが聞かんと状況は変わらん!
「……あたしら、迷ってます?」
「……すみません」
……ですよねー。
「私がこの村に居たのは二十年ほど前。当時はまだ十歳にもなっていません。記憶が曖昧で、それにこんな所来たことが」
「……なるほど」
それならそうと早く言ってください!出発するときに言ってくれればまだ違う判断できたよ!自信満々に歩き出したからついて行ったのに!特殊部隊は報連相ちゃんとせんのか!狙撃手だからか?関係ないでしょ!
「まずいな……これじゃあ攻略が……ん?」
その時、何処からか歌が聞こえた。
……演歌とかJpopとかじゃない。例えるなら……神社とかよく儀式で唱える……いや歌う?歌が聞こえる。
「歌が聞こえません?」
「え?……確かに」
どうする?もし、村人が何らかの儀式をしてるなら見ていい物か?こういう良く分からん神様の祀ってる宗教の儀式って大抵外部の人間は立ち入り禁止やろ?踏み込んでこんにちわ!道に迷いました!なんて言ったら良くて拘束、最悪その場で処刑では?
でも、ここまでマジで村人を見てない。情報が欲しいのも事実なんよね。
……仕方がない。こっそり覗き見る感じで近づいてみよう。儀式が終わった後で色々聞こうではないか。
「四方田さん、あの歌の下へ行きましょう。見つからずに」
「……了解です」
あたしと四方田さんは歌声のする方向へ歩いて行った。