「……リスさん!アリスさん!」
「……っ!」
四方田さんの声で意識が戻った。
でも意識が飛んでいたのは体感数秒程度だったはずだ。目を開けると、見慣れない……愛我村とは全く違う風景の場所に立っていた。空は常に灰色で、背の低い草が一面に広がっている。けどどこまで行ってもここより高い場所はなく、一面水平線が見える。
本家のインフェルノの情景を覚えているわけでは無いけど、何となく似ているのではないか……という感覚が湧いてくると同時に、本家と同じ空間に来てしまったという謎の興奮と戻れるのか?という焦りが脳内を支配した。
「……てめえな!」
「あ?」
あたしが勝手にこの空間に放り投げた篠田があたしに掴みかかろうとするが、四方田さんが制止する。
「なんで俺まで来なきゃいけねえんだよ!あの化け物を倒すんなら装備的にもお前らだけで十分だろ!」
「……あー」
確かにそう言われればそうなのよね。
本家だと須田君がインフェルノに行く理由は赤い池に映った美那子に触ろうとした結果インフェルノに行っちゃった……とかだったはず、そして須田君じゃないといけないのは、堕辰子を倒すためには二段階手順が必要で、第一段階でうりえんとか言う使用者の命を消費して発動する神様の炎を堕辰子にぶつけないといけないのよ。
つまり美那子の血が体内に入って不死身になった須田君が必要だった……はずだったんだけどなあ。
でもさあ……さっきからこいつの装備を見るに……持ってなさそうに見えるんですよ。
「篠田君……あたしらと別れてここに来るまでにさ、誰かに何か渡されなかった?」
「はあ?……あの時撃たれた後、麗ちゃんと行動するようになって……麗ちゃんのお兄さんにもう一回撃たれて……気が付いたら祭壇の近くに居て……何にも持ってないし、受け取ってもいないな」
「……際ですか」
あたしの記憶が正しければ、うりえん?は竹内先生からもらうはず。
なるほど、この世界には本家の竹内先生ポジの人は居なかったのか。それとも居るにはいるけど何かしらの要因で篠田君に渡せなかった……とかかな?まあ展開が早すぎるし、会えなかったという可能性もある……ならしょうがないし、こいついる意味ないな。
「すみません、あなたをこの空間に連れて来た意味が何一つなくなりました」
「はあ!?おいおいおい!じゃあ俺は一体どうやって戻れと!?麗ちゃんは死んじまったし、俺は俺で意味不明な場所に連れてこられたし……最悪だ!」
いやあ、すまんすまん。だって、ここまであたしの行動基準はあくまで本家頼みなんだもん!覚えてる限り本家でやった準備をしたいじゃん!少なくとも本家では須田君が主役なんだもん!居なくちゃいけないと思ったんだもん!
「まあ?ここに連れてきたのはお前らだし?責任もって俺を元の世界に連れて……」
バン!チュン!
その時、一発の銃声と着弾音が耳に入る。どうやらあたしらの足元に着弾したようだ。
「ひっ!」
篠田が速やかにあたしたちの後ろに隠れる。
……あのさあ、男だろ?あたしら女性の後ろに隠れて恥ずかしいとか思わないわけ?……まあ見た目的にほぼ装備何も持ってなさそうだし、方や一人は拳銃、もう一人はフル装備、本能的に隠れるのは普通か。
銃声が鳴った方角を見ると、先ほど堕慈子に突進を避けて池にセルフダイブしたお兄様がいらっしゃった。だが、なにか様子が違う。
「イヒヒヒ……あはははははは!」
顔は青白くなっており、目からは赤い水が流れている。そして屍人と同じような言語しか喋っていない。両手には何故か狙撃銃を持っており、腰には刀が付いている。
……おかしくない?お兄様、池に飛び込むまでは正常だったじゃん!……あー、本家でもそうだったっけ?……死亡して屍人にならなくてもこの世界に来ると強制的に屍人になるのか。ていうかさっきまで持ってなかった銃と刀は何処から?
……あれ?待てよ?本家だと最終的に開放した神様の力?みたいなものがあの刀について、それを使って堕辰子を切るんだっけ?……あー、ならあの刀要るな。
「なあ篠田君、あの人麗ちゃんのお兄さんでしょ?」
「え?ああ、そうだけど……俺を撃ったのもあの人だよ」
「それはどうでもいい。名前は?」
「知るわけないだろ。自己紹介前にズドンだぜ?」
「おーけー」
「アリスさんもしかしてですけど……」
「ええ、あの腰の刀、あれが必要です。……本来ならあたしが杖のシールドを使いながら突っ込むのがあたしの戦い方……シールドが使えないとなると……」
「……あの銃、私と同じですけど、屍人になったせいなのか、それとも腕が悪いのか精度は悪いように見えます。私が援護射撃するのでその間に……」
「なあ……あんあたらさっきから屍人って言ってるけど。あいつらの事……」
……ゴゴゴ!ゴゴゴゴゴゴ!
その時、お兄様を中心として何故か六本の石柱が地面から飛び出した。何かの儀式にでも使うのか……いやもう儀式は終わっているからある意味シンボル的な?
後、篠田君。君は今回マジで用なしと分かったので黙らっしゃい。
「……四方田さん、左右に分かれて近づきます。四方田さんは右から、クロスファイアになる形で援護射撃を」
「了解」
「俺は?」
「……ついてきたら殺す。あの柱の裏にでも隠れてなさい」
「えぇ……」
「行動開始!」
あたしは一気に一番近い柱まで行くと背中を付けた。同じく四方田さんもクロスファイの起点となる位置にするためあたしと同じ石柱にやって来る。
何故か篠田君も来たのだが……遮蔽物になるからか。まあここから動かないのであれば邪魔にはなるまい。
……ていうか、この石柱、何メートルあるんだ?簡単に見た感じ三、四メートルって感じだ。くそ魔素が使えれば上に登って上からの奇襲が出来るのに。
「……ムーブ!……ぬおっ!」
バン!ヒュン!
あたしの出る位置が読めていたのかあたしが出て直後、銃声が轟くとあたしのすぐ前を銃弾が通り過ぎる。
おいおい……どこが精度が悪いって?確かに射撃自体の精度は悪いかもしれないけども!予測だけは当たってましたよ!
「……」
バン!バチュン!
「ぐっ!」
四方田さんが冷静に右側から少しだけ体を覗かせると即座に銃を構え、撃った。銃弾は見事にお兄さんの胸に命中する。……さすがだ。
けどお兄様は他の屍人とは違うのか、弾丸を受けても少ししかひるまない。当たり所の問題?
「……っ!」
篠田君はスコープも無しにいきなり初弾を命中させた四方田さんに驚いているようだ。おいおい、その人は多分陸上自衛隊の中でも狙撃に関してはトップレベルのお人やで?まあ事情でいられなくなったから龍炎に来たんですけどね。
「……」
四方田さんは声を出さずに左手だけであたしに合図を送って来た。
『行って』
「……ふふ」
もう何度言えば良いのか。さすが龍炎の人間だ。
バンバンバン!
別に当たらなくてもいい。一度は四方田さんにヘイトが向いたのを今度はあたしに変えさせるために次の石柱まで走りながら銃弾を撃っていく。
「あはははははは」
バン!バン!
銃を撃ったからか、それともあたしが姿を見せたからか、お兄様が銃を向けて撃って来る。だけど、普通の自衛官すら走っているターゲットに命中させるのは難しいのだ、スコープのついていない狙撃銃で、しかもど素人が当てられるわけも無かろう!
「……」
お兄様があたしに向けて銃を撃っているのを確認して四方田さんが次の石柱に向けて走り出す。
バンバンバン!
四方田さんが持っているのは狙撃銃、つまり走りながらだと確実に構えの段階で遅くなる……いや四方田さんがそういう訓練をしていたら別だけども、とりあえず移動を完了するまであたしが援護の為に射撃を行った。
そして、四方田さんが次の石柱につくとあたしのいる位置から見てお兄様を中心として角度的に九十度前後になった、つまり突撃班とそれを援護する人間が位置関係がちょうど十字……つまりクロスファイアの位置関係になったのだ。
……なら次の行動はただ一つ、あたしがお兄様に突っ込んで倒し、日本刀を奪うこと。
石柱の反対側に来ると、四方田さんにハンドシグナルを送る。
『足を撃って。次にあたしが突っ込む』と。
四方田さんがスッと構える……そして。
バン!……バン!
一発かと思ったけど四方田さんは二発撃った。
「がっ!」
一発は注文通り、右足に命中。そしてなんと二発目は右肩に命中した。なんで?かと思ったけど、足にだけ命中して体勢が崩れてもトリガーを引く右手が生きていれば十分反撃は可能……つまり右肩から先を一時的にも使用不能にするために右肩を撃ったのだ。
そこまで考えるとはさすがだ。
そしてお兄様の体勢が崩れた今がチャンス!制圧するなら今だ!
「チャーンス!」
銃を構えながら走り出す。
「ぐ……ぐああああああ!」
恐れ入った。なんとお兄様は未だ撃たれていない左手で銃を持とうとしたのだ。うーん、例え持てても精度はかなり落ちるのでは?拳銃ならまだいいけど、それ……ライフルっすよね?
……ていうか、今更だけど……別にあたしが止めを刺す理由が……無いな!
『ヘッドショット』
四方田さんにそうハンドサインを送る。あたしが止めを刺すとばかり思っていた四方田さんはかなり驚いた様子だ。でも即座に指示を認識したのか、すぐにお兄様の頭部に照準を合わせる。
……バン!
「がっ……ぎゃああああああ!」
ここまで戦ってきたどの屍人よりも断末魔が人間らしい。お兄様は頭部を打ち抜かれると悲鳴を上げてその場にうずくまった。
そして近づくと、お兄様が持っていた刀を手に取る。
「うーん……多分これだよね?でも持っても何も変化が起きない……何かギミックやり忘れたかな」
「……っ!アリスさん!」
「おい!識人!」
「へ?」
四方田さんと篠田君があたしに声を掛ける。ただその声色は何処か……必死というか、警告のように感じた。
「上!上!」
「上?……おっと……」
そう言われるまま、上を見上げるとあたしは驚いた。さっきの空間では半透明だったはずの堕慈子は受肉……いや存在する次元が一緒になったことのか、肉が付き、見るからに触れそうな見た目に成っていたのだから。