……効いてる。先ほどまでどんな攻撃にも反応を見せなかった堕慈子が初めて痛みを訴えている。
つまりこれは神に効く、神の魔法……つまり神楽とかが使える神代魔法ってこと?でも、あたしの知ってる魔法って基本全部がカタカナ読みよ?……まあ、神楽が使う神代魔法もあたしは使えないの知ってるから呪文なんぞ聞いた事無いんだけども。
「キィィィィィィ!」
堕慈子は魔法陣の力かそれとも今まで何一つダメージを受けなかったゆえの慢心でパニックになっているのか、魔法陣の上でのたうち回りながらじっくりと炎で焼かれていた。
……モンハンの肉焼くときのBGM流したい。
「キィィィィィィ!」
ビュン!
「あっ」
堕慈子が……逃げだした。どうやら魔法陣には入った者を閉じ込めておく機能は無かったようだ。……つまりあいつは逃げ出すことも出来たのにただ単純にその場でのたうちまわっていたという少々あれな神様だということが証明されてしまった。
「アリスさん!」
四方田さんが上空に飛び上がり何処かへ飛んでいく堕慈子も目で追いながらあたしに指示を請う。だが、体は冷静に銃に弾を装填している。
……正直、今の攻撃は誰かの神代魔法によるものであたしは何もしていない。でも堕慈子のよろめき具合を見るに、あの魔法一発でかなりの体力を喪失したのだろう。なら後一発あの魔法をぶち込めば、倒しきるのは可能だ。
もう一度正体不明の女性による魔法に頼るという完全な他力本願ではあるけど、現状手段があれしかないのならそれにすがるしかない。
「追いかけます!あの魔法がもう一度撃たれるという可能性を信じます!」
「了解!……刀は!?」
「いや……当初の目的はあの刀に神の力的なものが宿って斬るっていう作戦だったんすけど、今現在使えないし、魔法で行けるならいらないでしょ?聖霊刀なら記念と予備で持ってきますけど、聖霊刀じゃないし」
「分かりました!」
あたしと四方田さんは堕慈子の飛び立った方角に向けて走り出した。
「あぁ……堕慈子様!堕慈子様!」
「おっと……確か……比丘だったか」
あたしらが堕慈子の飛び立つ方角に向かった先に居たのは、先ほどの炎に焼かれて体中から煙を漂わせている堕慈子とそれを膝まづいて悲観の表情を向けている比丘だった。
「……っ!堕慈子様に手出しはさせない!」
比丘はあたしたちに気が付くと、立ち上がり堕慈子の前に立ちふさがった。
「へぇ……でもそいつ死にかけてるじゃん、神様にしては……滑稽なことで。それともここから堕慈子さまが復活できる方法でもあると?」
「……っ!」
あたしの言葉を聞いたから……かは知らないけど、比丘は何かを決心すると堕慈子の前に再度跪き、両手を祈るようにする。
「堕慈子様、楽園の主よ、私の命を捧げます。どうか……このものらに主様のお力をお見せください!」
……よし、これでいい。
正直、この瀕死状態で止めを刺せばいいのでは?ともあたしは一時思った。でも今のこいつは不完全状態であるはず、その状態で殺すと何が起きるか分からないのよねえ。
ゲームでもそうじゃん?ラスボスとかだとギミックを完全に解いてからでないと止めの一撃が与えられないとか普通じゃん?
それにハリーポッターでもヴォルデモートを完全に倒すには分霊箱を全部破壊しないと倒せないし、ここは堕慈子様に完全復活状態になってもらわんと。
因みに堕慈子が死にかけているのについて来た四方田さんが銃を撃たないのはちゃんと前もってサイレンのシナリオと堕慈子を倒すために必要なギミックを教えているからであります。
…シュウゥゥゥゥゥ!
「ああ……ああああああ」
自身の生贄を告げた直後、比丘の体から少しずつ煙のようなものが発生する。それに伴い比丘も苦悶の表情を浮かべている。そして少しずつ比丘が老けていくようにも見て取れた。
なるほど、忠男さんが言っていたけど、比丘が不老不死だったのは事実かもしれない。堕慈子と何があったのかは定かでは無いけど、堕慈子から永遠の命と若さを貰っていたのだろう。
それか、自身の寿命と引き換えに堕慈子を復活させようとしているのかもしれないけど。……もしそうならこの人はかなり忠誠心……信仰心がある人だな。ある意味尊敬するよ。
……ガラガラガラ。
本家だと、老けた修道女が違う時間軸に飛ばされる……はずだけど、今回は違うようだ。完全に肉体が崩壊して骨だけになった比丘はその場に崩れ去った。
「……き、き、キィィィィィィ!」
そして比丘の寿命を手に入れた堕慈子は少し気怠そうにしながらも再び空中に舞い上がると、大きく腕を広げる。……まるで『完全復活!』とでも良いたげのようだ。
「アリスさん……」
「ええ、ここからです。本当の意味での最終決戦は」
さて、問題はここからだ。現状、頼れる……というか通じる武器は次何時使えるようになるか分からない誰かが発動する神代魔法のみ。それ以外の武器は一切効果がない。
……あ、今思い出した。
でも、先ほどの神代魔法はいきなり杖が動いて魔法を放った。つまりいつそのタイミングが来るのか一切予知不可能だし、準備することも不可能だ。
それと別の問題もある。
……フッ。
「アリスさん!堕慈子が!」
そうなんですよ。同じであってほしくないとは願っておりましたが、どうやら同じでありました。本家でも完全復活を遂げた堕辰子は須田君には視認できない状態だった。だけど、須田君の体内に流れる美那子の血とインフェルノに合った三角錐の鏡のお陰で直接見えないけど、鏡越しで見える状況に持っていったんだよね。
……なら麗ちゃんの血が入っている篠田君なら同じことが出来るんじゃないか?……ていうかそもそもこの世界、サイレンの視界ジャックの仕組みあんの?あたし出来ないんですけど。
「おい、お前らおいてくな」
そこに遅れて篠田君がやって来る……何故か腰に刀を携えて。
「何故に刀持ってんの?」
「あ?俺は武器が何一つないからだよ。お前らは銃があるからいいかもしれないけど、俺には何もないなら刀の一本ぐらいいいだろ?」
「まあ……そうか」
ダメージを与えるには一切役に立たないけど、身を守るには十分か……素人に持たせたらこっちにも被害が及びそうだな……ちょっと離れて戦おう。
「それで?あの化け物は?」
「消えた」
「は!?」
「正確に言えば、視認できなくなった」
「はあ!?じゃあどうやっ……」
バキッ!
その時、いきなり篠田君が吹き飛ばされた。数メートル飛んだ篠田君は刀を手放すと転がる。……武器として使うならちゃんと手放すなよ。
篠田君は立ち上がることが出来ずにその場でのたうち回る。
すぐさま四方田さんも銃を構えて警戒態勢に入る。
「がああああああ!いってえええ!絶対何処か折れたって!」
ああ、そこまで声が出せるんならすぐに応急処置せんでも大丈夫だな!
……待てよ?なんで堕慈子は今篠田君を狙った?あたしでは無いけど神代魔法を撃ったのはあたしの杖だ、なら一番に攻撃すべき最重要目標はあたしではないのか?なのに、何で一番に篠田君を狙ったんだ?
……そういえば、うろ覚えだけど時間が巻き戻る時、あの人が唱えていた呪文と今回唱えた呪文……少し違ったような。前回は四文字、だけど今回は杖の動き出しの分を入れると六文字……最初の二文字は一緒だったはず。
だとすれば二文字分で一つの魔法なら前半の二文字は堕慈子を焼いた魔法。なら後半の二文字はなんだ?難しい読み方の魔法だったから何一つ推察できないけど、別の効果を持つ魔法なはず。
……!もし……もし刀に何かしらの力を付与する魔法なら?あくまでこの空間で神代魔法を行使するのに何かしらの制約があるのなら次に堕慈子を魔法で撃つのは不可能、だからあたしらに止めを刺させるために刀に力を付与させた……それなら説明になる!
「……!」
「アリスさん!?」
落ちている刀を拾い上げて少し抜いてみる。
「……ほほう?」
するとどうだろう、本家とは違うかもしれないけど刀身は淡いオレンジ色に輝いていた。
……いける。
……カチャ。
刀を鞘に入ったまま、ベルトの刀収納ケースに入れる。
「……スゥ……フゥ……」
そして大きく深呼吸すると、抜刀術の構えをとり、目を瞑った。
「おい!それ俺の!使わねえんじゃなかったのかよ!」
黙れ。
神様だろうが、高次元の存在だろうが、生きているのであれば必ず気配があるはずだ。現に篠田君は吹き飛ばされた、つまり触れられる……つまり実態がある……この世に実態がある生物が気配を極限まで薄くすることが出来ても完全に消すことは不可能なはずだ。
「…………」
……一振り、たった一振りで良い、一撃さえ当たれば怯む……怯めば追撃は可能。ゆっくり呼吸をし、脳をフル回転、体中の神経を張り巡らせる。
……。
…………。
………………。
……フッ。
……!五時の方向ォォォ!
「…………!」
ビュン!ザシュ!
気配を感じたあたしは一気に刀を抜くと五時の方角へ振り向いた。すると、今まで弾かれたはずの刀身は手ごたえ抜群で何かを切り裂いていく。
「キィィィィィィ!」
ダメージを食らったのか、堕慈子は悲鳴を上げると一時的に視認可能状態になる。
「……すげえ」
「……」
篠田君は見えないはずの神様を切ったことに感嘆していたが、四方田さんはすぐに銃を構えて照準を堕慈子に合わせる。
「追撃……いや、止めじゃああああ!」
数秒間の後、刀身にオレンジの光がまた宿ると、堕慈子に追撃をするためあたしは堕慈子に突っ込んだ。
「キィィィィィィ!」
……だがそうは上手く行かなった。
「ぬおっ!」
堕慈子は悲鳴を上げると視認可能状態のまま天高く昇っていく。
「……おいおいおい、どこ行く気だよ!ここは閉鎖空間逃げ場ないんだから諦めてたたか……」
バリン!
「……え?」
堕慈子が天井?のようなところにたどり着くと、右手で何かの結界を破ったのだ。
結界が破れると、堕慈子はそのまま結界の先に飛んでいく。
「……そんな展開ある!?あたしたち置いてけぼり……ん?」
堕慈子がこの空間から居なくなった直後、まるで空間の主が消失したため役目を終えたかのように、あたしらの体が浮き始めた。心なしか、堕慈子が開けた結界の穴に向かっているような気もする。
「へぇ……なるほど、ここが主戦場じゃないと……四方田さん!本当に本当に最終決戦です!準備は!」
「もちろん!いつでも」
「お、お、なんか浮いてる!箒も無いのに!」
あいつは……まあ浮かんでるってことは空間に認識されてるってことだ。じゃああたしらが何かするでもなく、帰れるでしょう!
あたしらは何かできるでもなく、堕慈子が開けた結界の穴に吸い込まれていった。