約数分後、あたしたちは恐らく最初にあたしたちが落ちて来たであろう場所にたどり着いた……主に四方田さんの案内で。
「ここで合ってますよね?」
「さすがに記憶が曖昧ですが……周りの風景、見覚えがあります。恐らくここかと」
四方田さんがそう言うのならそうなのだろう。あたしの記憶力は興味のない事柄についてはてんで駄目だからな!
……ゴゴゴゴゴゴ!
気が付けば、崩壊はあたしたちまで十数メートルまでに迫っていた。
……いやあ今回の事件……はいつもの事件とは違う意味でヤバかった。あたしの知識が役立つこともあれば展開が違ったりもして楽しかったけど……今回も死にかけたなあ……。
「あの……アリスさん」
「なんでしょ?」
「落ちた時の再現はしなくても良いんですよね?」
「……ん?というと?」
「落ちた場所じゃないと戻れないかもしれないなら……落ちた時の再現もしないといけないのでは?」
「……んー……あー」
……せっかく今回の事件の総括をしていたのに。
でもなあ……さすがにそこまで再現戦でも良いのでは?……と思ってしまうんですよ。場所は重要でも体制は重要じゃないのでは!?
「んーーー」
「……まったく」
「へっ?ちょっ!」
がばっ!
突然、四方田さんがあたしに抱き着くと、地面に倒れてしまった。
あの時の、守るための抱擁ではなく……何か……優しく、抱きしめるような抱擁だ。
「……四方田さん?なにして……」
「今回の件で私の中でアリスさんの評価が上がったんです。父を助けることは出来ませんでしたが、先生を助けることが出来たのは誰でもない、アリスさんのお陰です。本当にありがとうございます」
「…………三穂さんにも言いましたけど、美人と美少女と美少年は敵でない限り助けますよ?今回は子供頃の四方田さんと高川先生が可愛かっただけです」
「……そう言うことにしておきます」
「……はぁ」
まあ、他にも龍炎部隊にとって四方田さんは確実に必要な戦力になるし、助けないと将来的に四方田さんが部隊に入ることが出来ないのなら何が何でも助けるでしょ。
それに本来は一人千明ちゃんだけが助かる運命だけど、幼い子供には事情を知る一緒に生きていける大人が必要だ。だから高川先生を生かすように行動しただけなのよ。合理的でしょ?
……ゴゴゴゴゴゴ!
……目には見えないけど、崩壊がすぐそこに近づくのが分かる。
だけどあたしに唐突に感じられる感触に脳のリソースを使わざるを得なかった。
四方田さんに抱きしめられているわけだが……何と胸の感触があるのだ!普段の服を知らんし、今回初めて行動するけど装備とか付けてるからスタイルとか分かるわけないのよ。
でも分かる!この感触は……少なく見積もっても……D以上はある!しかもいい匂い!……あーあ!三穂さんしかり、友里さんしかり!なんであたしの周りの人間はこうスタイルが良いんでしょうかね!あたしなんて絶壁ですよ!二十歳になってるから胸も成長しねえよ!くそったれ!
……と、自分の体に恨み節を呟いている途中で崩壊に飲み込まれたのだろう、意識が消失した。
「……すちゃーん……りすちゃーん……アリスちゃーん!」
「……ん……んあ?……んんん?」
「あ、無事だったね」
「……おはよう……ございます?」
「え?さっき落ちばかりだよ?ちょっと待ってね……冴島ちゃん、桂ちゃん下に来て」
三穂さんはそのまま無線機を付けると天宮さんと冴島さんを呼んだ。
「……」
四方田さんと共に起き上がり、周りを見渡してみる。先ほどまで濃かった霧はいつの間にか晴れており、すでに廃村と化している愛我村全体が良く見えるぐらいだ。
でもここから見ても違法建築があった痕跡は一つもなく、ぽつぽつ木造の家が草木に絡みつかれて存在している。
どうやら違法建築どころか、空間が作られた結果さえも存在しない歴史になったのかもしれない。
「二人とも……何かあった?」
「え?」
「いや、二人とも落ちる前より汚れてるし……いや、落ちた時に汚れたのかもしれないけどさ!それでも……多分落ちた時に出来た傷じゃない物もちらほらとあるから何かあったのかなって」
「……なんでもないですよ。多分落ちた時に色々ぶつけたり破れたりしたんじゃないですか?ね?四方田さん」
「はい……私もアリスさんを守るに必死で……そこまで気にする余裕は無かったので」
「そうか」
「アリスちゃーん!」
そこに天宮さんと冴島さんが必死の形相で降りてくる。何故か二人とも慌てている様子だ。
「天宮さん」
「あれ?アリスちゃん生きて……る?」
「はあ?何言ってるんですか……あたしたちの死体でも見たとか?」
「…………」
天宮さんの体が少しだけピクっと反応した。イエスともノーとも言ってはいないが、あたしの質問に軽く動揺したようだ。
……つまりこの沈黙は……正解。
……見たってことだ。あたしと四方田さんの死体を。
「一応と言うか、念のために聞いておきたいんですけど、その死体、どんな感じでした?」
「……死後十年以上は経っているみたいな白骨死体だった」
「……なるほど」
……つまり……あの時、千明ちゃんを庇った時の胸部貫通によってあたしは本当に死んだ……そして約二十年前の愛我村に取り残されて白骨遺体になった。でも時間が巻き戻って今回は生き残った……それによってあたしは戻ってこれた。
そして天宮さんと冴島さんは偶々時間が巻き戻る前の死んだ時間軸のあたしたちを見てしまった……ってところかね。
「ま、二人が無事なら問題なし!じゃ……冴島ちゃんには村の入り口に車を回してもらって、あたしたちは先に村を見て回ろうか!」
「あの……三穂さん」
「ん?何かなアリスちゃん」
「変な事を言うんですけど……ここには闇の魔法使いは居ません。このまま帰投することをお勧めします」
「……!」
その言葉に反応したのは三穂さんと四方田さんだった。
「うーん……アリスちゃん一応聞くけど、その根拠は?根拠も無しに作戦終了は出来ないよ?」
「三穂さん、覚えてます?福島県の幽霊騒ぎが起きた家に行ったときの事」
「え?まあ……覚えてるけど」
「あの時みたいな嫌な感じがしないんですよ」
「ふーん……でもそれだけだとなあ、あの時だって家の中に入った時に気配を感じたでしょ?なら今回も廃屋の中に入ったらいるかもしれないし」
「あー……んー……えー……」
やばい、これ以上作戦終了に必要な根拠がない!だって!神様と戦ったんよ?いるわけないじゃん!いてたまるか!今日はこれ以上動きたくありません!
「……アリスちゃん」
「はい」
「何か……あった?」
「……三穂さん、ちょっと三人だけで話せます?」
三穂さん、そして四方田さんを指さして話せないか聞いてみた。理由は簡単だ、作戦終了の判断が出来るのは隊長の三穂さんだけだ。確かに天宮さんと冴島さんに話してもいい、でも冴島さんはともかく天宮さんは……信じてくれそうだけど茶化されそうな気がしてならない。
まずは三穂さんに信じてもらえるか試したい。
「別にいいよ。桂ちゃん、冴島ちゃん一旦車で待機!」
「「了解」」
二人は即答すると、車へ戻って行った。
そしてあたしと四方田さんは三穂さんにことの経緯を話し始めた。
約十分後。
「うーん……ちょっと待って……えーと」
さすがの三穂さんでもこの話を真に受けるのはちょっと難しいようだ。
「信じられませんか?」
「いや……確かにありえない話だけど……アリスちゃんだけじゃなく千明ちゃんまでその話をするってことは……まじか……神様……闇の魔法使いとかならまだいいけど……神様かぁ。因みに倒したの?」
「いえ?あたしたちが持ってる武器何てどれも歯が立ちませんでしたよ。結局どっかの誰かに連れ去られて結界と共に空間が崩壊して戻ってこれただけです」
「そうなんだ……因みに聞くけどさ、千明ちゃんが背負ってる銃、かなり古そうだけどそんなの持ってたっけ?」
「え?……ああ」
四方田さんが大事そうに背負っている銃を持ち上げる。
「いつもの銃が故障したので、父からこの銃を借りました。……まさかここまで持ってこれるとは」
「三八式小銃……九九式小銃と違って口径は小さいけど、命中精度はこっちの方が高い……いい銃だね」
「はい、父に感謝です」
「おっけ、そんな神様との戦闘、空間で戦闘があったなら闇の魔法使いが入れた可能性は低い、しかもアリスちゃんの話だと一連の事件は逆に神様に作られた結界に迷い込んでしまった……所謂『神隠し』と考えれば説明できるね!作戦を終わっても良いと判断するに十分な根拠だ。じゃ、帰ろっか」
「了解です」
「あ、因みに。桂ちゃんと冴島ちゃんは話しても良いの?」
「……三穂さんにお任せします」
その後、あたしと四方田さんは箒で車まで戻ると、今度は天宮さんの運転で出雲市まで戻ることになった。
だけど、時間帯的に本来なら元気いっぱいのはずなのに、やはりあの空間での戦闘による疲れがあったのか、あたしは車が発進しだすと同時に深い眠りに入ってしまった。