「……ん?……おっと……まじかい」
どれほど時間が経っていたのかは分からない。
あたしは何故か生じていた息苦しさで目を覚ました。
だけど目を空けたあたしは驚いた。
……車の椅子に座っていたはずのあたしは何故か空中に浮いていたのだから。
まあ正確に言えば、何故か車が横転しており、左側に座っていたあたしの背中側が天井となった。そしてあたしはシートベルトによって宙づり状態になっていたのだ。
「……」
状況を理解するために周りを見渡しても誰もいない。一緒に同乗していた他の龍炎部隊の隊員の姿は何処にもなかった。
「……んん……おりゃ!……にゃっ!」
ガチャン!ガツン!
何とかシートベルト解除するが、神との戦闘で疲れていたのか、それとも起きた直後で体がまだ起きていないのか、あたしの体は車の反対側に激突する。
「いっつー……とりあえず……出るか」
状況を知るためあたしは車の外に出ることにした。
「……ありょ?」
車の後方ドアから出たあたしは車周辺の様子を見たが、すぐに違和感を感じた。
誰一人いないのだ。
車を見る限り、エンジンが故障している様子はない。車周辺に足跡も無く、車を元に戻そうと何かしらの作業をした痕跡もないのだ。
「……どういうこっちゃ」
状況的に言えるのは……忽然と龍炎部隊の隊員が消えた……ということになる。
だけど……あり得る?目が覚めたら自分以外の気配も存在も消えるなんて。しかもあたしを残して何処かに行くこと自体あり得ないでしょ。
何処かに一時的に避難するなら寝ているあたしを担いででも避難するだろうし、もし助けを求めに行くにしても最低一人は残るはずだ。
だけど現実、この場には誰もいない。
……妙……というより……一種の恐怖を感じる。
「……どうすっかな」
悩んだ。
ここで誰かが来るまで待つか。それとも今回の作戦で魔素は使っていないから箒で軽く捜索するかの二択しかない。
でももしここで動いて入れ違いになるのはもっと避けたい。
「……一応、付近だけでも……見て回ってみますか」
現在位置を把握して、数分で戻ってこれる距離辺りを捜索すればすれ違いは防げるだろう。
あたしは箒を取り出すと。跨り飛び上がろうとした。
…………。
「……え?……おっと?」
だがどういうわけか……箒は上昇しなかった。
「……魔素切れ……いやあの神との戦いで魔素何て使ってないんですぜ?有り余っているレベルのはず……じゃあ、何で飛べないんですか?」
魔素が枯渇していれば眠気やだるさを感じるはず。それが無いってことは魔素は十分にあるってことなんだけどなあ。
「……はぁ、これで魔素が使えないの二回目だぞ?おかしく……」
ガサっ!
「……っ!」
箒が使えないことに疑問を浮かべている時だった。
唐突に森の中から何者かが動くような音が聞こえたのだ。
「……三穂……さん?それとも……天宮さん……とか?」
あたしが声を掛けるけど、音の出した正体不明の存在は姿を現そうとはしない。
「……と、とりあえず。正体を確認するだけ」
無視をしてもいい。
でも正体不明だと襲われた際、対処方法を考える時間が掛かってしまう。
見つからずに音の主を見つけられれば、精神的にも今後の対処を考えるためにも優位には立てる。
あたしは銃と杖を構えて森の中へ進んだ。
「……え?……ん?……まじか」
森へ進んで数十秒後。
あたしは信じられない物を見つけてしまった。
何と形容すれば良いのか。
そこに居たのは人間でも野生動物でもなかった。
ぬめぬめと形を変えながら、黒い塊が這いずるように動いている。まるでドラクエのスライム……いや、見た目だけならもっと不気味だ。
……ああ、形容できる他のキャラクター居たわ。
クトゥルフ神話のショゴスだ。
まあ、ショゴスみたいに無数の目があるわけでもないし、『テケリ・リ!』見たいに鳴く様子も見れませんけど。
……さてどうするか。
いや、見なかったことにしよう。
相手が気づいてないということは、戦闘しなくて良いということだ。
箒が使えないのなら魔法が使えない可能性もある以上、愛我村と同じく魔素格闘も使えないだろう。
ならあたしの使える武器はない。
……そー……パキッ!
「……!」
「……Oh」
あたしは……なんでこういう時にドジるのか。
……ガサガサガサガサ!
「ファッ!?」
あたしを視認したスライムもどきは先程ゆっくりと進んでいたスピードは何だったのか。驚異的な速度であたしに迫って来た。
「……」
どうする。スピード的に車に戻る前に掴まるかもしれない。
戦闘が出来ない以上、車に戻れば……いや三穂さんたちが戻る保証がない以上、出来る限り逃げてまいた方が良いかもしれない。
「……よし逃げるか」
あたしは車から反対方向の獣道を走り出した。
「……ハァ……ハァ……追って……来てるねえ」
獣道を走り出して数分後。
スライムは予想より粘りづよく。まだ追いかけてきてる。
「くっそ……あ、やっべ」
その時だった。
森が開けてしまったのだ。
これでは撒くのは不可能。
一度森の中に進路変更しようかと考えた時、あたしの目に意外な物が映った。
思えば、前日の作戦確認の際、愛我村周辺の地図を三穂さんと確認していた時、愛我村に行く途中で大きくは無いけど湖のようなものが映っていたはず。
来る途中は車の揺れで見ることすらできなかった。
でも三穂さんの話によれば、その湖には水中に沈んだ鳥居があるらしいとのことだった。
しかし、その湖は過去一度も水位の変化が来た事がないという。
つまり、水中に沈んだ鳥居は最初から水の中で建てられた……と言うことになる。
だけど……今あたしの目の前には……水中……ではなく、ちゃんと地面に露出した鳥居がそこにあったのだ。
「……」
ずるずるずるずる!
後ろからはスライムもどきが迫っている。
鳥居より先は神の領域、もしあのスライムが異形の者なら、鳥居の先には入ってこれないかもしれない。
まあ……人間のあたしが入れるのか……という別の疑問もあるんだけども。
考えている暇はない……か。
「……考えるよりは!」
あたしは走り出した。
約五十センチ間隔の石を飛びながら鳥居に向かう。
ずるずる……びょん!ずるずる……びょん!
「マジかお前!」
なんとスライムもどきはあたしと同じように石を飛び移ってこちらに向かっていた。
……どうやらあいつは水の中に入れないらしい。
「……もう少し!」
最後の石から鳥居まで移ることに成功するが、スライムも一個前の石に飛び移った。
「……ま、間に合ええええ!」
スライムが最後の石を飛んだ瞬間。
あたしは鳥居の中に飛び込んだ。
……結界、なのかは定かでは無いけど。一瞬だけ体が何かに包まれるような感触に襲われる。
だけど無事あたしは鳥居の中に入れたようだ。
そして同時に振り向くとスライムは鳥居の手前で止まっている。
どうやらスライムは鳥居よりこちら側には来れないようだ。
「……ははは!ざまーみろ!あははは……あ?」
逃げ切った事に笑いが止まらないあたしは静かに振り返り……同時に驚いた。
あたしの目に移った物は先程の湖とはまるで違う物であった。
とういうか空気そのものが変わった。肌に触れる温度、湖のはずだったのに匂いも変わっている。すべてが違う。
思わず息を呑んでしまうレベルだ。
目の前に広がっていたのは……先ほどまで見ていた湖ではなく……まるで時代劇のセットのような街並みだったのだから。