急いでたからあんまり覚えてないけど、くぐる前の鳥居の中の光景は湖だったはず。
なのに、鳥居の中に入ると街並みだった。
つまり魔法の空間拡張の原理だ、本当に結界の中に入ったんだ。
もう一度振り返ってみると、スライムもどきは入り口でじっと私を見ている。
「……まあそうだよねえ」
『戻ってこいよ』
と言っているのかは定かでは無いけど、どう見てもあたしを待っているようにしか見えない。
「しょうがない、あいつが居なくなるまでちょっと町をぶらついてみるか」
あたしはこの時代劇のセットのような街を歩き始めた。
「うーん……凄いな」
歩き始めながら色々周りを見たあたしは気づいた。
時代的には……多分鎌倉とかその辺りのはずなんだけど、建っている建物は……江戸なんよ。
特に目立つのは宿場町……って言うんだっけ?旅人が泊まる、宿屋だったり、外で食事をする建物だ。
そして道中には川が流れており、どの川も中心部から流れているように見える。
そしてその川が守るようにして中心に建っているのは……お城でなかった。
表現が合っているかは知らないけど、バカでかい……料亭?もしくは……宿泊施設?まあ煙突から煙が出ている時点で温泉があるのは確実だろう。
これ……どっちだ?
あたしの中で結界を跨いだことで異空間に行ってしまうゲームもしくはアニメは……幽霊をカメラで除霊する『零』、そして建物の雰囲気で見ると……神様の風呂場に行く……あのジブリ作品だ。
もし零なら……すべての幽霊があの旅館みたいなところに居るであろうラスボスに囚われており、カメラを使って除霊する……みたいな?
でもあたし……カメラも無ければ魔素格闘も使えないから……戦闘力ミジンコよ?
じゃあ神隠しの方はというと……ええ……神様の世界で働くんですか?確かに興味はありますけども。
どうせなら……普通に温泉に浸かりたいんだけどなあ。
周りの食事所から旨そうな匂いがしてくる。
……よもつへぐい。
食べたら戻れなくなる……そういえばお腹減ったなあ。
まあ、まだお菓子は残ってるからそれで何とか。
……あいつはまだいるんかなあ。
ふと、鳥居に居たスライムもどきの事を気に掛けた時だった。
「……ん?」
何故か周りが急激に暗くなり始めたのだ。
「……時間?そういえば確認してなかったけど、まだそんな暗くなる時間じゃ無くね?」
確か、あたしが戻るために車に乗ったのはお昼過ぎ……だったよね?
時計確認してないけど、あたしの体内時計だと数時間ぐらいしか経ってないはずなんだが?
じゃあなんでもう日没みたいな空の色になっとるん?
……まさか、この空間だけは時間の進み具合が違うとか?
「……やばい、戻らんと!」
逢魔が時という言葉がある。
簡単に言えば夕時、太陽が沈みで周りが一時的に赤くなる……そういう時間帯の事を表現する言葉なんだけど。
別の意味がる。
妖怪や幽霊というのは、夜こそ一番力を発揮するとも言われる。
そして逢魔が時というのは普通の人間がそういう存在と出会いやすい、もしくはそう言う空間に迷い込んでしまう時間帯……ってどっかの漫画かなんかで読んだことがある。
そして大抵、逢魔が時に異空間に入ってしまった場合、太陽が再び上るまで戻ることが出来ないパターンが多いのだ。
「急げ……急げ急げ急げ」
あたしは走った。
出口があの鳥居一か所しか知らないので、鳥居に全力疾走した。
……でも、遅かった。
「…………Oh」
鳥居は少し階段を降りた場所にあった。
そしてその階段と鳥居は……もれなく何故か水位が上昇した湖の中に沈んでしまっていた。
「……終わった……ん?」
鳥居が沈んだことにより絶望感を隠せなかったが、すぐにあるものを目にする。
それは多分……方角的に出雲大社がある方向、そこから……船が向かっていたのだ。
そしてそれを目撃したあたしはさっきまでの予想が……確信に変わった。
「……これ……神隠しの方やんけ!」
ジブリのあれである。主人公が神様の世界に迷い込んで風呂屋で働きながら色々冒険するあれだ。
「……つー事は……あれですか?あたしは今からあのどでかい建物で働かなきゃ?まあ戦うよりはいいけどさ!……うおっ!」
ドン!
あたしが色々考えている時だった。
船が岸に着眼したのだ。
そして橋が掛けられると、そこから顔を隠した何者かが降りてくる。
状況的に……神様だ。
「……一旦……避難」
この世界でも普段神様なんて見る機会なんぞない。神楽は知らんけど。
日本神話でも人間嫌い……祟りを治めるために祀られた神だっているんだ。
見つかったら何が起きるか分からない。
あたしは見つからないように適当な建物の裏路地に避難することにした。
「……さて、ここからどうするかね」
建物の裏路地から表の様子を見ながらこれからの行動について思案する。
幸い、お菓子があるから空腹の心配はない。
でも次々と神様らしき存在が歩いてきているのを見ると、ここもすぐに見つかる危険がある。
かといって他に隠れられる場所も知らない。
「……とりあえず、ちゃんと隠れられる場所でも探しますか……え?」
ドン!
裏路地のさらに奥に向かおうとした時だった。
何かに私はぶつかった。
建物の壁ではない。もっと柔らかく、体温のある物だ。
「…………!」
あたしはゆっくり振り返り、その正体を確かめた……そして、驚愕した。
そこに居たのは……着物を着た女性だったからだ。
顔こそ布が掛けられているために分からない。
でも身長はあたしより高く、確実に年齢的に上だ。
そしてあたしの勘が言っている、『この人……確実に美人だ!』と。
だがどうしてだろうか。目の前に居るのは人のはずなのに、生気を感じられない。
多分、神様だからか?神様って生気ないの?
「…………お主」
「……え?」
女性は匂いを嗅ぐようにあたしの顔に近づく。
「お主……名は?」
「……」
言って良いものか?
こういう状況で神様に本名を言うと色々まずいって言うよね?
「……ふふふ」
「……?」
「安心しろ、名を聞いたからと言って食べるような真似はせぬ。安心せよ」
「……アリス」
「アリス……そうか、お主がアリスか」
「あたしを……ご存じで?」
「……まあの」
何たることだ。
最近日本でもあたしの名前が浸透してきたとは思ってたけど、ついに神様にまで覚えられるようになっていたか……ちょっと怖いな。
「アリスよ」
「え?……はい」
「付いて来い」
「は?なんで?」
「このような場所に居てしょうがなかろう?お主は本来この世には居れぬ存在だ、だが来てしまったものはしょうがない。戻れるようになるまで童が付いていてやる」
「なんでそこまでしてくれるんですか?」
「……まあ、ちょっと手こずっていた仕事があってのう。それがようやく解決して気分が良いのじゃ。それに……お礼の意味も含めておる」
「なんて?」
「なんでもない。……それとアリス、これを顔に付けよ」
「ん?」
そう言うと女性は神楽が付けてたような布を渡してきた。
「これって……顔を隠すための?」
「そうじゃ、ここに来る神は皆仲が良い連中ばかりではないのでな、正体を隠すために付けるのよ。それにお主は人間、本来は来れぬ存在じゃ、ここには人間嫌いの神もおる。それを付けていれば人間とばれぬ故、付けておけ」
「……分かりました」
あたしは布を顔に付ける。
「よし、では行こうかの」
「……」
神様はあたしの顔が隠れた事を確認すると、そのまま歩いて行った。
……何となくだけど、会話でわかってしまった。
この人、多分ポンコツの部類だ。
言葉遣いに気品こそ感じられるけど、何処か抜けてるというか……普段から適当に生きているんだろうな……と喋り方で分かった。
「……まあ行くか」
ここに居てもしょうがないことは事実だ。あたしは後ろから付いていくようにして歩き始める。
だが同時に気づいた。
神様が向かっているのは……あたしが見た、中心部の温泉施設だったのだ。