……何が……起きたん?
「※※※!※※※!」
「※※※※!」
あのジブリの通りならあたしはこの温泉宿で働く……はずなんだけど。
あたしはそんな事にはならず、何故か宴会場の座布団に座っていた。
しかも目の前には旅館の食事で出されるであろう、お盆?といえばよかったっけ?その上には季節おりおりの食事が乗っている。
「どうした?食べぬのか?」
あたしをここに連れて来た神様が不思議な表情であたしを見てくる。
以前も言ったけど……よもつへぐい。つまり神様の世界の食事を人間が食べたら元の世界には戻れなくなる。
行って戻って来た人がいない以上、ある種の都市伝説であり、実際には問題ないかもしれない。
……でも、あたしのカバンの中にはお菓子がある。ならここでリスクを負う必要は無いのでは?
「……アリス」
「なん……ですか?」
「よもつへぐいを気にしておるのか。なら気にするな」
「……何故です?」
「事情は言えぬが、お主がこれを食べたとて、元の世界に戻れないということは無い。童がちゃんと戻れるようにしてやる」
「……本当に?」
「うむ」
「……」
嘘……という可能性もある。
けど……正直に言おう、超食べたい。
「……んんん……南無さん!」
そういうと私は目の前の食事を頬張り始めた。
「……普通にうまっ」
「それは良かった」
別に恐怖が無くなったわけでは無い。
でもこの神様だけはこの空間に居るどの神様よりも信用は出来ないが、信頼できると何故か思うのだ……マジで理由は分からないけど。
それと……食事を開始してある程度精神が落ち着き、周りを観察するようになると、色々なことが分かって来た。
右隣にはあたしを連れて来た神様がいるけど、左隣にも神様が居た。
あたしのことなど、気にする様子はなく、普通に食事を食べている。
甲冑だ。隣だから良くは見えないけど、中身があるのかないのか分からない甲冑がガチャガチャ音を鳴らしながら食事をしている。
他にも多分……動物の神様、扇子の神様?多分付喪神……長年使われて神様となった方たちもいる。
皆楽しそうに食事をしながら喋っている。
さて、普通なら特殊な体質でもない限り、一生会う機会が無いだろう、神様がどんな話をしているのか気になるところだけど。
「※※※!」
「※※※※※※!」
……残念ながら何一つ分からなかった。
確実に英語ではない。けど真面目に何を喋っているのか聞き取ることは愚か、理解することも不可能だ。
聞いたことがある。
時代劇とかのドラマでは、みんな何を喋っているのか分かるのは当然だけど、当時の喋り口調で話すと現代人には単語も表現も何一つ理解できないらしい。
何年生きてるのかすら不明な彼らの会話など分かるわけもない。
……ちょっと残念。
……バタン!
その時だった。
宴会場の入り口が突如開いた。
あたしを含めたその場にいる全員が食事を止め入り口に視線を送る。
「……?」
そこに居たのは……神様では無かった。
神主のような服を着た……誰か。この場の誰かに仕えている神の使い、つまり神使なのかもしれない。
「※※※※※※※!」
宴会場の奥、この宴会を開いた幹事と思われる神様が立ち上がり、何かを喋りながら中央にやって来る。
同時に神使も何かを引きずりながら、中央に向かって行く。
「……っ!」
だけどあたしは神使が引きずっている者を見た瞬間、驚いてしまった。
……それは、あたしが愛我村で倒しきれなかった……堕慈子だったのだ。
堕慈子は虫の息状態で縛られていた。
「……あ、あれって」
「ああ、つい最近まで他の神の土地に居座っておってな。結界で立ち入れなかったのだが、つい最近ようやく捉えることが出来たのよ」
「……へ、へぇ」
……あ。
もしかして、壊れた結界から堕慈子を連れて行ったのって……この神様だったりする?
思い返してみると……あたしの杖が神代魔法を使った時の、あの女性の声、この神様の声のようにも感じる……確証はないけど。
「※※※!※※※※※※※※※※※※※!※※※※※※※!」
神様は何かを言った後、あたしを連れて来た神様を指さした。
そして軽い拍手が沸き起こった。
同時に隣の神様も軽く会釈をする。
「※※?※※※※※※、※※※※?」
「※※※※※※※、※※※※※※※※」
「※※※※※※※」
何故かあたしについて話されたような気がしたので、私も軽く会釈をした。
「※※※※※※!」
神様は何か言うと、自分の席に戻って行った。
同時に堕慈子を引きずった神使も宴会場の外に出ていった。
「……」
そうすると、他の神たちは何事も無かったかのように食事を再開した。
「……ま、いっか」
あたしも食事を再開し、本来神しか食べれない食事に舌鼓をうつことにした。
「ういー!食った食った!」
「それは良かったのう」
食事を堪能したあたしは神様に連れられて施設内の休憩……いや宿泊部屋に来ていた。
……さてと、ここまで着いてきてあれなのですが……私はまだこの人……いや神について何も知らない。
名前さえも知らないのだ。
日本という国の神道的には八百万、つまり尋常ではない数の神がいる。
一柱、一柱の神に(神の数え方は柱)名前があるのかは知らんけども、この神様にだって名前があるはず……だよね?
「あの」
「ん?なんじゃ?」
「ここまで着いてきてあれですけど……お名前は?何と呼べばいいでしょうか?」
「……そうじゃな……確かにちゃんとした名前はあるが……皆は童を八咫(やた)と呼ぶのう」
「や……やた?」
やた……やたってあの?八咫烏の八咫?つまり旧日本の日本神話に出てくる……神武天皇に仕えたとされる烏のあれ?……なんで?
「それより、アリスよ」
「え?はい」
「龍五郎は元気かの?」
「……え?……ん?……たつ……ごろう?」
龍五郎……あたしの知ってる人で龍五郎って名前の人は……一人しか知らんぞ?
確か……龍五郎って師匠の本来の名前だったはず。
でも最近……ここ数十年だったっけ?は、短縮して龍って呼ばれてたはず。しかも最近の人は師匠が龍五郎だと知ってる人も少ない。
……となると、この神様は……昔の師匠を知っている?
「もしかして……その龍五郎って……現在神報者をしている?」
「それ以外誰がおる」
「……ええええええ!?八咫さんて師匠の事を知っているんですか!?」
「……昔はよく人の身に扮しよく人間たちと過ごしていた時があっての。まあ今はこうして神世にしかおらぬのだが。その時に当時子供だった龍五郎とよく遊んだことがあったんじゃ」
…………まあ、400年生きてる師匠が異常なだけであって、神様なら400年くらい普通に生きる……神様に生きるが概念ってあるんすか?
「あの……」
「何じゃ?」
「こんなこと聞いていいのか知りませんけど……神様に寿命の概念ってあるんすか?師匠は呪いで400年生きてますけど、八咫さん……神様はどうなのかなって。ほら!神様と話す機会なんてそうそうないんで!」
「……ふふふははは!」
「……?」
「そうじゃの……無いと言えば無い、あると言えばある……かの」
「といいますと?」
「確かに我ら神に寿命はない。じゃが……信仰されなくなった神は……消える」
「消える?」
「神とういうのは人間の信仰によって存在を保っていられる。そして多くの民に信仰される神は相応の力が宿る……神というのはそういう存在よ」
「……なるほど」
旧日本の漫画でそんな設定の神様が出てくる奴があったなあ、名前忘れたけど。
「それで?」
「はい?」
「龍五郎は今どうしておる?童が居なくなってからのあやつを知りたくての!」
「神様って移動できないんですか?……ほら!十一月?とかになると神無月?とかで全国の神様が出雲大社に行くじゃないですか!」
「…………」
何故か八咫さんは目をそらした。
……まさか。
「めんどくさいから……とか事情があって会いに行けない、もしくは前回とんでもない別れ方をしたから会うに会えない……とか?」
「……ははは……ははは」
図星か。
いったいどんな別れ方をしたらそうなるんだ?喧嘩別れ?それとも師匠を殺しかけた?
「……童の事はどうでも良い!龍五郎の事を聞かせよ!」
「……はぁ、分かりましたよ」
というわけで現状あたしが知っている師匠に関することを八咫さんに伝えた。
龍五郎ではなく、龍と呼ばれていること。帝に絶対的な忠誠を貫いていること。
あたしと同じように国会が始まると、死んだ顔で書類と格闘を始めること。
聞いたところによると、日本が戦争に巻き込まれそうになると、大抵師匠が呼ばれ何とかすることなどだ。
「あはははははは!そうか!あの小さかった龍五郎がそんなことをしているのか!」
「……そうっすね」
笑いごとか?
少なくとも神報者の弟子のあたしから見ても激務以上の何物でもないんだが?
まあ、必死に仕事をしている人を見て、頑張れと思う人もいれば何であんなに必死に働いているのかと笑う人もいると同じか。
……死ねばいいのに。
「……ははは。そうか、奴は……頑張っているんじゃのう。……それで?お主はその龍五郎の弟子となったのじゃな」
「……そうです」
「……童が見たのは幼き頃じゃったが、それでもあやつは真面目であった。神報者になるための最低限の事は教えるじゃろ。ちゃんとあやつを見て学ぶのじゃぞ?」
「……分かってます」
本当に最低限しか教えないから困ってるんだけども。
「そういえば」
「なんです?」
「お主……鳥居から入って来たようじゃが、なんで入って来たんじゃ?」
「え?ああ……」
何だ、あたしが鳥居に入るきっかけまでは知らなかったのか。
教えてどうにかなるかは知らんけど、一応言っておこうか。
あたしは八咫さんに森の中でスライムの化け物に襲われて、逃げている最中に鳥居を発見、逃げ込むように入ったことを伝えた。
その話を聞いていた八咫さんは少しずつ神妙な顔つきになっていったけど、理由は分からない。
「そうか……あの時の弊害……かの」
「え?どういう」
「気にするな。童は少しばかしやることが出来た。アリスよ、夜明けまでここでくつろいでよいぞ」
「え?……」
「何じゃ?何かしたいのか?」
「ここって……温泉あるじゃないですか」
「そうじゃな……まさか入りたいのか?」
「無理ですかね?」
「いや?別に問題ないじゃろ。……じゃが最初に話した通り、ここには人間嫌いの神もある。入ってる最中も顔のそれは外すなよ?」
「分かりました」
「では童は行く」
そう言うと、八咫さんは部屋の外へ歩いて行った。
「……神様の温泉!こんな機会は二度とないんだ、行くっきゃないでしょ!」
神様がくつろぐ温泉宿の温泉に入れる!
そう思うだけでわくわくが止まらないあたしは早速、部屋のタオルを持って温泉に向かった。