「でさ、どうしよっか」
夏休み中。何度か小野寺さん、いや渚から、生徒会室に呼び出しをくらった。文学部自体、別に夏休みは特段忙しくなく、個人での執筆が中心だからこそ、そこまで困らなかった。が、学校から一時間をかけて来る私にとって、このクソ暑い甲府を自転車で進むことは、一種の罰ゲームとなっていた。
「え? まさかそんなビジョンないの?」
私的には、渚の中で、ある程度映画作りの進め方はできているのかと思っていた。いや、できているからこその、公約である。そうで無ければ、あんな自信を持って、国際映画祭に出すなんて言えないだろう。
が、どうしてだろうか。彼女は選挙の時のような凛々しさではなく、人懐っこい笑顔で、私に笑いかける。それは、末っ子特有の、人ったらしの常套手段である。
詳しく聞いてみる、いや問い詰めると、事情が諸々判明した。
もともと涼香や、長谷川君、久保田君といった、同じ中学からの友達と一緒に、渚は何かをしてみたかった様子。つまり、アオハルしたいってこと。結果、魅力的なプランがあるとか、卓越した計画があるから彼らは参加したのではなく、昔からの友人の何となく面白そうな取り組みに、乗っかったという話である。思い出作りにバーベキューしよう。思い出作りに花火しよう。そして、思い出作りに映画作りをしよう。うん。まさに、その延長上のようだ。
「いやー、もちろん放送部ではさ、映画作りしたことはあるけど、短編だし」
渚は何も悪びれる様子はなく、むしろあっけらかんとしていた。
「それと同じ感じでやればいいんじゃないの?」
「いや、放送部の短編はさ、短いから微調整とか、後々修正とかできるけど。私自身、こんなしっかりした原作を元にした映画は作ったことないし」
「しっかりしているかは謎だけど」
「うわ、卑屈」
「卑屈で結構」
そんな私の返しに、それを新鮮に感じたように渚がケラケラと笑う。本当によく笑い、よくしゃべり、やりたいことはする。意外に赤ちゃんみたいな、幼稚な性格だなって思った。
「でもさ、せっかくだし、キャストとみんなで話し合って決めたら?」
「計画を?」
「うん。どうせ私らだって、素人だし」
「んーそうだけど、なるべく根っこの部分は、私達で練り上げたいかな。計画部分は」
「そうなの?」
「うん。翔太も進も涼香も、元々ノリがいいからね。計画部分で入ってくるとさ……。せっかくの作品の良さが消えてしまうというか、そういうアレンジとか無茶ぶりとかしてくるかと思う。だから一旦、この夏休み、暇な間は、演劇部に預けて、演技指導して貰っている」
意外に、物事は冷静に観察しているようだ。確かにあの日のあと、長谷川君達の中学校時代の学年劇を見させてもらった。いや、見せられたというのが正しいが。正直その演技は、やはりというか、むしろ期待通りであり、思ったよりもショックは感じなかった。
とにかく、何もかも、全くゼロからのスタートである。正直正攻法では、何とも行かないだろうと、直感的に感じだ。だからこそ私はおもむろに、授業で使用するノートパソコンを開き、検索エンジンを立ち上げる。
「何するの?」
「どうせ私達で考えたって、いい方法は思いつかないでしょう」
「どうするの? 映画作りを調べる?」
「んー、それも却下だね。どうせプロの話ばかりで、大枠では参考にできても、詳細部分では、計画を作れないでしょう」
「まあ確かに、それは言えている」
「だからこそ、AIでも使う」
その発言に対し、渚はほうと声を上げ、しみじみと私を見つめてくる。その手が合ったかと。
検索エンジンから授業でも使うAIサイトを立ち上げる。
「とりあえず、『映画作りの方法を教えて』とか?」
「いや、春。それなら、高校生の私達でできるものという条件も追加したい。資金とか、動ける時間とかも考慮して」
ほうほうと受けつつ、私は渚の条件を入れ込んでいく。
「『映画作りの方法を教えて欲しい。条件として、高校生主体で行える方法であること。編集を含めて、来年の八月までに完成すること。原作となる小説があること。主要キャストは決定していること。撮影機材や高度な編集技術は不要であること。出来上がった作品を、国際映画祭で戦えるくらいのレベルにすること』、と。大分入れ込んだね」
「まあまあAIは優秀だし。で、結果は?」
チャットを送ると、瞬間的に生成が行われていく。やはりAIというのは便利なものである。
「『映画制作は、高校生主体で行う場合でも、工夫次第で質の高い作品を作ることができます。まず、原作となる小説をもとに脚本を作成し、映像としての表現を意識して物語を再構築します。映像化したいシーンやセリフを絞り込み、具体的なイメージを固めることが重要です。脚本が完成したら、絵コンテやショットリストを用意し、撮影の流れを明確にします。次に、撮影に向けてロケーションを選定し、必要に応じて撮影許可を取得します。撮影機材はスマートフォンや家庭用カメラで十分です。自然光や簡易的な照明を活用し、安定した映像を撮るために三脚やスタビライザーを使用します。音声は外付けマイクを使うか、静かな環境で録音することでクリアな音を収録できます。シーンごとに複数回撮影し、編集時に最適なものを選べるようにしておくと安心です。編集作業では、無料や低価格の編集ソフトを使用し、物語のテンポを調整します。BGMや効果音を加えることで、映像の雰囲気をより豊かに演出できます。色調整を行い、映像のトーンを統一することも効果的です。完成した作品は、予告編や宣伝用の映像を制作し、SNSなどで拡散します。そして、学生向けや新人監督向けの国際映画祭への応募を検討します。高校生ならではの視点や表現を活かし、シンプルながらも力強いメッセージを込めることで、多くの人の心に残る作品になるでしょう』だってさ」
「なるほど、まあ最後あたりは置いといて、まずは、原作を元にした脚本だね。てか、そもそも小説と脚本って何が違うの?」
「いや、私もそこまで詳しいわけじゃないけど、私が書く小説ってやつは、あくまでも文字で話を作るのよ。だから、文字を読者の人が読んでもらって、あとは頭でイメージして下さいって話。だから登場人物の心理描写とかも描くのよ。けど脚本とか、映像を前提にしているものは、文字だけで視聴者に全てを届けようとしていないのよ。例えば主人公が悲しい時、主人公が悲しいと声に出さずとも、悲しい顔をすれば、視聴者はそれを感じて貰える」
「つまり、文字で語るのを前提にしているのが小説で、映像で語るのを前提にしているのが脚本ね」
「まま、そういうこと」
そう言いつつも、私自身、不安に感じることはある。そもそも小説と脚本は求められるものが違う。小説なら、あくまで読者任せの部分が大きく、いわば、正しい解釈なんてものが無い。つまり誤魔化しが効くところではある。
それに対して脚本となると、しっかり映像化させることとなる。同じ感情表現によっても、はっきりいって、センスを求められる部分ではある。
そんなムムムと悩む様子を見てか、渚は少し不安そうな顔で私の顔を覗く。
「難しい? 脚本って」
「ん……やったことないからね。台本くらいなら、落とし込みは簡単にできる気はするけど」
「え? 台本と脚本って違うの?」
「え! 違うよ! 台本はキャストへの指示であって、脚本はカメラワークとか背景とか、もろもろ考慮しているやつよ」
その解説を聞いて、渚は「あ」と、何かを思いついた様子だった。
「ならさ、とりあえずまずは台本を作ってよ」
「え? それでいいの?」
「うん。撮影しながら、カメラワークとか、背景とか、効果音とか、もちろんキャストの動きも確認していこうよ。そっちの方が手っ取り早いし」
「あ、まあ言われて見ればそうか」
「そうよ。だって野球部のシーンや吹部のシーンとか、私達分からないでしょう? それだったらキャストの意見聞いた方がいいし、カメラワークとかは、撮影と編集を手伝ってくれる放送部とか、プログラミングクラブや美術部の人に聞いた方がいいでしょう」
確かにその通りである。きっとプロの現場だと、それぞれ役割分担が明白になっている。が、そこは高校生が主体。もちろん基本的に渚と私で監督、脚本、プロデューサー的なことはするだろう。ただし、それも完璧ではなく、素人当然だからこそ、他の人が口出ししてくれたら、すぐに採用することができる。案外、いい作戦かもしれない。
「じゃあ、春は台本やってくれるし、その間に私は他部活との調整と、撮影許可諸々やっとくね」
その後、諸々の他にやるべきことを確認した後、二人だけの会議は、思ったよりあっけなく終わった。その後、夕暮れに傾く中、学校近くの新荒川橋を自転車で駆け抜けていく。橋の上にそよ風は吹くが、思ったよりも爽快感は無く、ぬるっとしているという短絡的な表現ではあるが、それがぴったりのように感じた。