『春ー。台本急げー! キャストみんないい感じ!』
渚からの催促と共に、渚とキャストみんなで撮った写真が送られてくる。演技指導合宿という名目で、どこかの少年自然の家に泊まりに行くと聞いていた。そこに数人撮影スタッフである、放送部や生徒会メンバーも帯同させ、夏休み明けからの本撮影に向けて、諸々準備が進んでいるそうだ。
それに対して……。
私は夏休みの中、第二甲府名物の地獄課題をガン無視して、台本作りに熱中していた。
最初は思ったより簡単にできるだろうと思っていた。そもそも原作を書いたのは、私であるし、諸々の変更もしやすい。
しかしいざやってみると、色々なことを考えてしまう。必要以上の説明口調や、心理描写をどこまで言語化させていいのか。私の中では映像化されてはいるが、それをどう台本に落とし込むのか。もともと台本作りをすると言っていたが、何だかんだ言って、脚本作りに近づいていることに、苦笑いしてしまった。
けど渚は、「大丈夫。あなたならできるから、あなたに頼んでいる」と、人ったらし全開の言葉で、何とか私のことを奮い立たせようとする。どこかの一世を風靡したアニメスタジオの監督とプロデューサーではないが、プロデューサー的存在の人間って、本当に詐欺師のような人間だと思ってしまう。
はーっとため息をつきつつ、肩を回す。せっかく甲府の湯村のカフェに来て作業をしているのに、パソコン作業の辛さは変わらない。肩が重くなっていく感覚がある。笑える話ではないが、本当に大気さんの霊が、罰当たりだと私についているような気がしてしまう。
「ため息なんて、良くないね」
急に背後から、男性が話し掛けてきた。いきなり女子高生に声を掛ける社会人なんて、ほぼ犯罪者だろう。けど約束もあるが、その身内のような、いやもう身内であると私は実感しているが、そんな人から声を掛けられても、驚きもときめきも何も無い。後ろを振り返ると、白いポロシャツと、相変わらずのスポーツ刈りの二〇代男性が立っていた。
「別にですよ。台本作りって大変で」
「ははは、相変わらず春ちゃんは面白いことをするね」
「今回は貰い事故です」
その男性は笑いながら、マスターに振り返り、アイスコーヒーを注文する。私のカフェオレに対し、ブラックコーヒー。そこに、いやでも大人と子どもという、私との距離感を感じてしまう。
「とりあえず信二さん、今日は突然すみません」
いやいやと言いつつ、優しく微笑む。一〇年前から、変わらない。三浦信二さん。原作、『17の夏』で、亡くなった輿水大気さんの親友であり、うちの姉のクラスメイトであった。もともと姉との関係で家に遊びに来たこともあり、そこから何となく知っている。まるで親戚のお兄さんくらいの感覚であった。そして実際の執筆の際に、色々と助けてくれた。
「でもさ、びっくりしたよ」
「何がですか? 映画作りですか?」
「いや、それもそうだけどさ。よく、またこの話に向き合ったなって」
私自身、作品を執筆し終わった時は、爽快感しか感じなかった。もちろん途中で事情を察した時は気まずさもあったが。でも、いざ書くとなれば、私のようなアマチュアであっても、作家は作家だ。作品が完成することへの喜びと共に、ようやくその作品から解放されることが許された。その何とも言えない喜びで、自然とテンションが高くなる。
でも、やはりというか。その一瞬の高揚を持っても、私の作品とは違い、本当の事実の重さからは解放されなかった。
自分自身が高校生になると、作品の見え方が変わった。自分が作中に出てくる人たちと同じ高校生になることで、その重み、深みを理解し、やはりこの作品はあまり外に出すべきでないと改めて感じた。
実際には、数人からは外に出すことを勧められ、地元のやまなし文学賞などへの応募も進められた。その際、信二さんも姉も応援してくれた。
が、当事者からいくら許可を貰っても、その自分の中に自分で作ってしまったしこりを払拭することができなかった。特に、亡くなってしまった輿水大気さんからの許可は永遠に貰えない。死人に口なしというが、なら何をやってもいいのか言われると、全く別問題かとは思う。
「まあ、正直嫌でした。……が」
「が?」
「はい……。押し切られたこともありますが、自分なりにこの作品ともケリをつけたかった。そんな気がします」
「ケリね……」
正直、別の意味でも申し訳なさを感じていた。
周りの人から協力してもらったのに、何も恩返しをすることができなかった。一応作品を作ったという形では恩返しにはなるかもしれないが。けど、それで満足できなかった。いや私自身が満足できなかった。すごく傲慢なことを言っている自覚はあるが、それでも私は自分の傲慢さを満足させたいと思ってしまう。ひどい人間だと、自分でも思いながらも、その思考から抜け出せない。
「はい。特に輿水大気さんのご両親にも一応撮影のお話はしました。正直怒られる覚悟はありましたが、逆に喜んでくれました。息子が亡くなってから、仕方がないことだが、段々と息子は忘れ去られていく。それは関わった人が、前を向いて、今を生きているという、ポジティブな話ではある。けど、止まってしまった息子の時間が、何か少しでも、疑似的でもいいから、動いてくれたら私達も嬉しい。そもそも、それに反対したり、怒ったりしたりする息子じゃない。そう伝えられました。だからこそ、これで大気さんへの恩返しにしたい。そう思います」
静かに聞いていた信二さんは少し厳しい表情をしながらも、それ以上に醸し出される優しさで包み込んでくれた。姉も言っていたが、そういうところが信二さんのいいところなのだろう。
「そっか……分かった。なら大気の親友の俺は、手伝わなきゃだね」
「すみません、本当にありがとうございます。それで諸々確認したいことがありまして」
私はバックからクリアファイルを取り出し、机に並べる。そしてその中から、いくつかの写真やメモを取り出し、信二さんに見せながら確認していく。
「一応今回映画にするため、話の流れは修正しました。ざっくりとですが、スタートを大気さんの事故シーン。つまり二〇一六年一二月一五日。姉から告白の返事を貰えずに、大気さんが亡くなってしまうところから始めます。その後、二〇一七年五月の姉と信二さん、そして姉の親友の瑠璃さんとの三年一組のクラスシーンに飛びます」
「なるほど、大気と千紗の出会いの部分はカットしたの?」
「いえ、そのクラスのシーンの後に入れます。その後は、一応三年生になった姉が、最後の夏のコンクールに向けて、部活動を頑張りつつ、学園祭といった学園生活を送るシーンを中心にします。しかしその中で、回想シーンを入れて、大気さんとの出会いなどを描いていきます。例えば、コンクール前の朝の自主練に来る姉が、大気さんとよく朝練で会っていた思い出を思い出す。そんな感じです」
「あー、そういうことね。そんな中で、大気の記憶を持った転校生の工藤光が現れ、夏の野球部の試合を通して、光(大気)と千紗が距離を縮めていくのね」
「はい、そのつもりです。描けなかった過去のことは、光さん(大気さん)の日記を、姉が初めて読み、事実を知るシーンで、無理やりまとめようとは思います。がそちらで結構時間が取られると思いますので、今回は尺の影響で、信二さんと姉のシーンは減らしますが……」
「別にいいよそれは(笑)。そして……。あれ? 二人が完璧にくっつく、甲子園シーンで終わる予定なの?」
「はい……。その後の光さん(大気さん)が、大気さんの記憶を無くし、姉とまた別れるところまでは描かないつもりです」
「そうか……それはハッピーエンドにしたいため?」
「それもありますが、正直、そこまでのものを描ける気がしなくて……」
「なるほど……、まあそれでいいかもね。高校生の作品だしさ、明るい方がいいよね。で、確認したいことって」
「そうです。一旦野球部のシーンとか、諸々のことは、今後ちょくちょく確認させて下さい。もうキャストは決まっており、二人野球部もいますが、当時者の信二さんから話して貰った方が分かりやすいと思いますので」
「まじか。キャストは気になるね」
「ええ。いい感じの子ですよ」
「あはは、それは楽しみだ。他には?」
「一応メインではないですが、姉が他のクラスメイトとかと話す場面もあります。その辺りも、当時のイメージから、諸々分かる範囲でフォローを欲しいです」
「あ……そうか。松田や須賀とかだな。松田は名門大学出て、どうなったことやら……。須賀は県庁やめて、自暴自棄か(笑)。みんな変わったものだ……」
「ええ。全くです……。そして、あと一つ確認したいのが……」
私は一冊の古びたノートを、バックから取り出した。以前、信二さんからお借りして、一度大気さんのご両親に返した。が、また作成のために必要になったため、再度お借りした。
「お、懐かしいノートじゃん」
信二さんはノートを受け取ると、嬉しそうにペラペラとめくる。
これは転校生工藤光の日記である。工藤光の中身は輿水大気さんであったから、実質は輿水大気さんの日記となる。それこそ、二〇一六年の事故から、姉と再会するところまで、光さん(大気さん)が何を考え、何に悩み、どう決断していったのか、それを知る唯一の手がかりであった。
光さん(大気さん)は、自分の正体を晒す際に、このノートを信二さんと姉に渡したという。まず、光さん(大気さん)から信二さんに手渡し、その後、信二さんから姉に渡された。日記を読み、信二さんも姉も、光さんが大気さんだと信じたという。
「このノートなのですが、ちょっと台本作りする際に、気になったことがあって……」
この日記には普段の生活から、悩みまで書かれている。とても細かいというか、詳細が書かれ過ぎている。さらに情報の精度も確かであり、そのおかげで当時の関係者への取材や事実確認も楽になった。
だからこそ、気になるのだ。そもそもどうやって、大気さんは光さんの中に乗り移った、とういか、どうやって生き返ったのか。
「ここ。そう、ここの、このページです。ここに大気さん自身の言葉で、どう生き返ったのか、書いてありますよね? ここには神様とある約束をして、それを守るつもりだと書いてあります。が、ここがおかしいのです。他は細かく情報が書いてあるのに、この事実の部分だけ、ふわっとし過ぎている。このノートを全て見ても、それが何なのか、よく分かりません。すごく気持ち悪いんですよね。でも、そこでよくよく見てみると、ここ。ここです。生き返りについて書かれているページですが、何か、ノートのページが切られた跡があります。綺麗に切り取られていますが。もともとこのキャンパスノートって、ページ数は一〇〇枚です。でも数えると、九九枚しかありません。だから、だからです。ここ、もともとノートが一ページあったのではないですか?」
私はまくしたてるように説明をした。が、信二さんの相槌は無かった。一方的に話し過ぎたかと、恐る恐るノートから顔を上げ、信二さんの方を向いた。
(え?)
驚いた。
「春ちゃん、しゃべり過ぎ(笑)」
それくらいの軽い返事をしてくれると思っていた。でも……。
「……」
信二さんって、こんな怖い顔をするのかと、初めて知った。
「あの……何か知ってい、」
「知らない」
あまりにも毅然とした返事。いや、拒絶する返事であった。
「いや……あの、その……」
「ごめん」
信二さんはうっすら笑みを浮かべたが、それは私に気を遣ってのものであって、心の中で、とても複雑な感情が絡み合い、それを無理やり押し殺そうとしているのが伝わってきた。
「”ここ”は、知らない」
子どもの私には、これ以上踏み越えられない。そう、子どもだからこそ。そう言い訳をして、聞けなかった理由を自分なりに納得させようとした。けど、その子供だましは自分には通用しない。そんな事実を分かっていたが、でもそれ以上何もできなかった。