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第34話:精霊の湖

 神樹の病を癒やした後、星琉たちのところへ青い羽根の妖精が飛んできた。

「来て、こっちだよ」

「湖まで来て」

「精霊様がお呼びだよ」

 フワフワと空中に浮かびながら、妖精たちは言う。

 湖の精霊が呼んでいるとの事だが多くは語らず、用向きはまだ不明である。


「この森の湖は凄く綺麗で、リオモの青い宝石って呼ばれてるのよ」

 森を歩きながらイリアが教えてくれた。

 清らかな水で満たされた湖は、鮮やかに青く澄んでいるという。

「湖の精霊様がお会いになるという事は、奇跡の雫を授けて下さるのかもしれません」

 エルフの長老が言う。

 奇跡の雫は精霊たちが信頼出来ると認めた相手だけに授けられる物らしい。

「きっと勇者様と聖女様を精霊様たちが認めて下さったんですね」

 イリアに抱っこされながら、リマは嬉しそうにニコニコしていた。


 森の木々に囲まれて、その青い湖はひっそりとそこにあった。

 底の砂まで見えるほど、透明度の高い湖水。

 木々の間から差し込む光の柱と、水の青さが幻想的な風景を生み出していた。

 小鳥の囀りと、時折跳ねる魚の水音。

 澄んだ空気と水があるその場所は、精霊が護る聖域。

 一同が湖岸に着くと水面が盛り上がり、精霊が姿を現した。

 湖と同じ青色の瞳と波打つ長い髪の美しい女性だ。


『待っていましたよ』


 頭の中に声が響くのは………

「ふぇ?!」

 ………変な声が出るくらい驚く仔狐。


『ラグスの巫女に、これを授けましょう』

「わ、私ですか?!」

 動揺するリマに精霊は微笑む。

「授ける相手は勇者様と聖女様じゃないんですか?」

『彼等へのお礼は神樹の精霊が渡しています。あなたにはこれを…』

 湖の精霊の手から湧き出て、フワリと空中を漂う青い光。

「ど…どうして?」

『あなたに渡したいと思ったからですよ』

 光はリマに向かって進み、その身体に触れると形を変えた。

 イリアの腕の中にいる白仔狐の首にかけられた、湖水と同じ澄んだ液体が入った小瓶のペンダント。

『使い方は知っていますね?』

「は、はい…」

 まだ動揺しつつ、リマは答えた。

「あなたの大切なものの為に使って下さい」

 神樹の精霊と同じ言葉。

 奇跡の雫を授けた後、精霊の姿は消えた。


「良かったねリマちゃん。凄い物もらえたね」

 イリアがニコニコしながら仔狐の頭を撫でる。

「凄過ぎてビックリですぅ」

 動揺し過ぎて耳とシッポの毛が逆立ったままのリマを、イリアは優しく撫で続ける。

 撫でてもらったお陰で、しばらくするとリマは少し落ち着きを取り戻した。

「わ、私、大した事してないのに」

 なんでこんな凄い物を?と疑問に思うリマ。

「リマがいつもラグスの森の為に頑張ってるからだと思うよ」

 星琉は思った事を言ってみた。

「そうですか?」

 仔狐が首を傾げる。

「そうだよ」

 星琉はうんうんと頷いてみせる。

「でも、巫女の仕事は勇者様に貰った魔石のおかげで暇になりましたよ?」

「えっ?」

 言われて、キョトンとする星琉。

「だってほら、森全体を守護結界で覆ったから瘴気も何も悪いもの来ないでしょ?」

「そういや、言ってたね」

 星琉はラグスの森に結界を張る前にリマが言っていた事を思い出した。

「だから私、今とっても暇なんです。でなきゃ今ここにいません」

「暇でいいと思うよ」

 ドヤ顔するリマを見て星琉は笑って言う。

「いつも瘴気に悩まされていたラグスの祠の巫女が暇なんて、歴史上初めてでしょうな」

 やりとりを聞いていた長老も笑った。


 リオモの森の中、宝石のように美しい青色の湖に、小鳥たちの囀りが響く。

 精霊の姿が見えなくなった湖面は、時折跳ねる魚以外に波紋は現れない。

 白い仔狐は澄んだ水色の瞳で湖を見つめる。

(精霊様、これは本当に必要な時まで使わずに大切に持っておきます)

 リマは小さな前足でペンダントにそっと触れ、心の中で精霊に誓った。





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