「森田君、ソーマ君、シイの里まで出張頼めるかい?」
「はい。治療と魔物退治ですね!」
瀬田のボイスチャット、皆まで言わずとも分ってしまう2人。
行き先がどんな場所かとかはあまり気にしない。
…が
「海パンとラッシュガードは持ってるかい?」
「はい?」
唐突な質問にポカンとする2人。
「シイの里は人魚の集落だからね。濡れてもいい服装をオススメするよ」
「…に…人魚?!」
「ファンタジーでお馴染みの種族がいる世界だ、人魚くらいいるよ」
「…そ…そうですか…?」
獣人にエルフにドワーフとくれば人魚もいて普通だと瀬田は言う。
「水着は持ってないなら王都のSETA商会で会社経費で買っていいよ」
「わ、分かりました」
異世界に水着なんて持って来てない、実家に取りに行くのも億劫な2人は商会へ向かう。
「いらっしゃいませ~」
愛想のいい可愛い女の子が店員をしていた。
「あれ? 森田君にソーマ君、揃って買い物かい?」
奥から渡辺が出て来る。
彼はSETA商会の店長も兼ねていた。
「人魚の集落に出張なんですよ」
「あぁ、シイの里か」
2人よりも異世界歴が長い渡辺はその里も知っているらしい。
「近くにある洞窟に海洋生物タイプの魔物が出て困ってると言ってたよ」
渡辺は知っている情報を2人くれた。
「海洋生物………」
「ゲームでよく出て来る
咄嗟に浮かぶのはデカくて攻撃部位が複数出るアレだ。
「いや、そんなにデカくはないみたいだよ。小さめの魔物が群れで出るらしい」
渡辺もそこまで詳しい情報は持ってないようだ。
海パンとラッシュガード、タオルとシュノーケルセットもストレージに放り込み、2人は転送陣からシイの里へ向かった。
人魚が住む里は海水に漬かりながら進む洞窟の先にある。
転送陣はその洞窟の外、海水に浸らない場所に設置されていた。
「魔物が出る洞窟ってこれか?」
奏真が洞窟の中を覗き込んだ。
中から何やらカサカサ、ギチギチと音がする。
「いるっぽいねぇ…」
そ~っと覗いて森田が言った。
「ちょいとつついてみるかな」
しばし様子を伺った後、奏真はストレージから丸い球を取り出した。
「森田さん後ろに下がっててもらえます?」
「わ、分かった」
森田が少し離れた後方で待機する。
奏真は丸い球に付いているピンを引き抜くと、洞窟の中へポイッと投げ込んだ。
直後、破裂音と共に花火のようなカラフルな光が広がる。
賢者シロウ作の娯楽用アイテム、HANABI。本来は夜空に向かって投げて楽しむ。
「来た来た」
ニヤッと笑って双剣を構える奏真。
ドッ!と一気に飛び出して来たのは大量の海老!!!
奏真の姿がフッと消えた。
次の瞬間、海老が次々に真っ二つになって全滅する。
「なんだ、弱っちいな」
奏真が姿を現すと、両断された海老の群れがボトボトと落ちた。
「ソーマ君、この海老は高級食材らしいよ」
海老を鑑定して森田が告げる。
「そういや伊勢海老みたいっスね」
解体スキルを使ったら、真っ二つになった伊勢海老もどきがザル盛り状態に変わった。
「このザル、どこから出てくるんだろうね…」
「気にしたらダメなやつっスよ、多分…」
肉もそうだが海老にも付いてくる謎容器に、ツッコミたい気分を隠せない2人であった。
HANABIの音と光で追い出して倒した群れでその洞窟の海老は片付いた。
奏真が先に立ち、森田が後に続く形で通り抜けた先に、岩の多い海岸と明るい青色の海が広がっていた。
「いらっしゃい!」
「あ、もしかしてシロウ様の会社の方?」
様々な色の尾びれを持つ美女たちが出迎える。
「こんにちは~、回復担当のヒロヤです」
奏真の後ろから進み出て、森田が営業スマイルを見せた。
そしてふと見れば、奏真が惚けている。
(あちゃ~、そうかこうなるか)
森田は苦笑した。
奏真が美女を見ると惚けるらしいというのは星琉から聞いている。
「そっちの方、固まってるみたいだけど大丈夫かしら?」
赤い尾びれの人魚が奏真の顔を覗き込んだ。
「…美しい…」
「え?」
奏真が呟き、美女はキョトンとする。
「…まるで人魚のようだ…」
「えっと…人魚ですけど?」
「あはは…すいません気にしないであげて」
しょうがないので、フォローを入れる森田であった。
話を聞いてみると、この海岸は人魚たちが観光客にマリンサービスを提供する場所だそうで、本来は夏になればダイビングやシュノーケルを楽しむ人で賑わっているらしい。
「先週から転送陣から海岸へ行く洞窟に海老が大繁殖して困ってたんです」
「あ、それならさっきソーマが全部片付けましたよ」
話す森田の横で、顔を赤らめたまま無言の奏真がコクコクと頷く。
「ありがとうございますソーマさん」
赤い尾びれの人魚・ルジュが奏真の手を取り笑顔で感謝を告げた。
当然ながら奏真の顔が更に赤くなってしまう。
「それで、怪我人の治療も必要と聞いてきましたが、どちらに?」
惚けたものは気にしない方向で森田が聞いた。
「その前にこちらを」
話していた緑の尾びれの人魚・ヴェルが自らの鱗を1枚剥がすと、森田の額にピタッと貼り付けた。
「これは?」
問う森田の額で、鱗はスウッと皮膚の中に吸い込まれた。
「私たちと同じように海の中で呼吸や行動が可能になるものです」
ヴェルが鱗の効果を教える。
「海面に近いところならシュノーケルで充分ですが、海の底まで来て頂きますから」
「ソーマさんには私の鱗を差し上げますね」
ルジュが微笑み、自らの鱗を1枚剥がして奏真の額に貼り付けた。
奏真はといえば、貼られた鱗よりも顔が赤い状況。
「ダイビングの際、海の中では2人で手を繋いで行動します。ヒロヤさんは私と行きましょう」
「はい」
ヴェルが森田の手を握り、ゆっくりと海中へ誘導する。
「ソーマさんは私と行きましょう」
「!!!」
ルジュが奏真の手…を握ると見せかけて抱き締め、そのまま海中にドボーン!!!
(あれ絶対面白がってるよ…)
ヴェルと手を繋いで海底へ向かいながら、森田は苦笑した。