陽光に照らされた明るい海の中。
無重力を想像させる浮遊感を体験しつつ、カラフルな魚たちが泳ぐ中を通って海底へと向かう。
森田は緑の尾びれを持つ美女ヴェルと手を繋ぎ、海底へと進んでゆく。
奏真は惚けたまま赤い尾びれの美女ルジュに抱き締められ、海底へ向かっていた。
「凄い…海の中ってこんなに綺麗なんですね!」
初めてのダイビングに感動する森田。
人魚の鱗の力で、海中でも呼吸や会話が出来る。
「一度見たらまたここに来たくなるでしょう?」
ニッコリ笑ってヴェルが言う。
美しい人魚に手を引かれ、綺麗な海の中を進むという幻想的な光景。
確かにまた来たくなると森田は思った。
「うふっ、ソーマさん赤くなっちゃってカワイイ~」
一方、ルジュは奏真の惚けっぷりを楽しんでいる。
「…お…俺もういつ死んでも悔いは無いっス…」
真っ赤な顔でボーッとしながら奏真が呟いた。
「あらダメよ? これからお仕事なんだから」
ルジュが奏真の額を人差し指でチョンと軽く突いて言う。
そこには赤い鱗が埋め込まれているが、皮膚と完全に同化して表面上は見えず、異物感も全く無かった。
ゆっくり進んでやがて着いた人魚の里は、珊瑚や貝殻で装飾された建物が点在する小さな村だった。
「治療してほしいのは族長のロゼ様です」
そう言って案内された村の中央の建物の中、ベッドに寝かされた女性。
淡紅色の尾びれを持つ美女が眠っている。
その胸元には、何かを抉り取ったような大きな穴が開いていた。
怪我人を見慣れた森田もさすがにギョッとする。
「…この方、生きてるんですか…?」
「生きてはいるのですが…心臓を抜き取られてしまったのです」
ヴェルが言う。
人魚は生命力が強いので滅多な事では死なないが、心臓を奪われると仮死状態になるらしい。
「私たちも回復魔法は使えますが、欠損した身体を再生させるほどではないのです」
「分かりました」
そこまで聞けば、森田には何をすればいいか理解出来た。
「ロゼさんのお身体に触れても大丈夫ですか?」
治療に入る前に森田は念のため確認する。
「はい。その方が魔力が早く通りますよね」
ヴェルはそうする訳を知っている模様。
緊急を要する治療や瀕死の重傷の場合は、接触して魔力を流した方が回復速度も効果も上がる。
森田はベッドに腰かけると、心臓が無く呼吸も停止している人魚を抱き起した。
「エクストラヒール!」
ロゼを抱き締めながら、森田は
森田の身体から湧き出た金色の光の粒子が、ロゼの身体に吸い込まれてゆく。
粒子は欠損した部位を補う細胞となり、失われていた心臓を再生し傷口を塞いでゆく。
その肌に傷跡すら残さず、治療は完了した。
心臓が脈打ち始め、息を吹き返した唇が青紫色から紅色に変わる。
ずっと閉じたままだった瞼が開き、海と同じ綺麗な青色の瞳が現れた。
ロゼの視界に最初に入ったのは、見慣れぬ人間の青年。
抱き締められていたが、そっとベッドに寝かせてくれたので顔が見える。
その身体が微かな光を纏っていたので、高度な回復魔法を使ったのだと彼女は察した。
「貴方が助けてくれたのね。ありがとう」
「王都の派遣神官をしているヒロヤです。体調はどうですか?」
ベッドの上で身体を起こすロゼを介助しながら森田が名乗り、具合を聞いた。
「血液まで全て再生してくれたのね。貧血の眩暈も無いみたい」
「お役に立てて良かったです」
森田はすっかり板についた神官スマイルで応えた後、気になった事を聞いてみる。
「ところで、こんな酷い怪我…何に襲われたんですか?」
意識を失う前に何があったか、ロゼは思い出した。
「ヒロヤ…その髪の色は日本人ね? 賢者シロウ様の会社の人かしら?」
「そうです」
確認した後、人魚の長は重要な事を伝える。
「私の心臓を奪ったのはフォンセという魔道士よ。シロウ様にそう伝えてもらえますか?」
「…フォンセ…」
森田が呟いた時、突如地響きがした。
「なんか出たっぽいっスね、ちょっと見て来ます」
壁際で手持ち無沙汰にしていた奏真が床を蹴り、建物から出て海上へ向かう。
人魚の鱗の効果で、水中を進む速度はイルカと変わらない。
水圧の変化など全く苦にならず、一気に上昇した奏真はそのまま海上へ飛び上がり、陸地に降り立った。
そして、地響きの原因を探ろうと周囲を見回すと…
「おやソーマ君」
「え? 渡辺主任? なんでここに??」
王都にいる筈の渡辺が、海パン姿でビーチにいた。
「新鮮な海老を捕りに来たんだよ」
と言う彼の後ろに、巨大海老。
洞窟にいたものとはサイズが全然違う伊勢海老モドキがいる。
「主任!うしろ!!!」
「あぁ問題無い」
双剣を抜こうとする奏真を片手で制する渡辺。
「………え?」
ポカンとする奏真。
「活き海老の扱いは慣れてるから見てなさい」
言いながら、渡辺はストレージから包丁を取り出した。
スタスタと歩いてゆく渡辺。
何か嫌な予感がするのかジリジリ後退する巨大海老。
襲撃に来たつもりが逆に食われそう…そんな恐怖を感じ始めた様子。
駄目だ逃げよう、と思ったらしい巨大海老がジャンプしようとした瞬間…
スパッ!
関孫六(包丁)が海老の兜部分を切り離した。
「覚えておくといいよソーマ君。伊勢海老は兜の裾、甲羅の継ぎ目が切りやすい」
呆然とする奏真の目の前で、渡辺は解体スキルを使わずその包丁で巨大海老をさばいた。
兜を切り離された胴体部分を裏返し、その腹側の甲羅の両端を包丁で切り込みベリッと剥がし取る。
甲羅で隠されていた海老の透明な身が露わになり、それを食べやすい大きさにカットする。
背中側の甲羅を皿代わりにカットした身を盛り、切り離した兜を添えて、伊勢海老のお造り完成!
「星琉君たちも臨海実習で近くに来てるから、みんなで食べよう」
ニコニコしながら渡辺が言う。
「ソーマ君は森田君を呼んできてくれるかい?」
「は、はい」
状況に思考がついていかないが、とりあえず森田を呼びに行く奏真であった。