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第39話:海底の村シイ

 陽光に照らされた明るい海の中。

 無重力を想像させる浮遊感を体験しつつ、カラフルな魚たちが泳ぐ中を通って海底へと向かう。

 森田は緑の尾びれを持つ美女ヴェルと手を繋ぎ、海底へと進んでゆく。

 奏真は惚けたまま赤い尾びれの美女ルジュに抱き締められ、海底へ向かっていた。


「凄い…海の中ってこんなに綺麗なんですね!」

 初めてのダイビングに感動する森田。

 人魚の鱗の力で、海中でも呼吸や会話が出来る。

「一度見たらまたここに来たくなるでしょう?」

 ニッコリ笑ってヴェルが言う。

 美しい人魚に手を引かれ、綺麗な海の中を進むという幻想的な光景。

 確かにまた来たくなると森田は思った。


「うふっ、ソーマさん赤くなっちゃってカワイイ~」

 一方、ルジュは奏真の惚けっぷりを楽しんでいる。

「…お…俺もういつ死んでも悔いは無いっス…」

 真っ赤な顔でボーッとしながら奏真が呟いた。

「あらダメよ? これからお仕事なんだから」

 ルジュが奏真の額を人差し指でチョンと軽く突いて言う。

 そこには赤い鱗が埋め込まれているが、皮膚と完全に同化して表面上は見えず、異物感も全く無かった。


 ゆっくり進んでやがて着いた人魚の里は、珊瑚や貝殻で装飾された建物が点在する小さな村だった。

「治療してほしいのは族長のロゼ様です」

 そう言って案内された村の中央の建物の中、ベッドに寝かされた女性。

 淡紅色の尾びれを持つ美女が眠っている。

 その胸元には、何かを抉り取ったような大きな穴が開いていた。

 怪我人を見慣れた森田もさすがにギョッとする。

「…この方、生きてるんですか…?」

「生きてはいるのですが…心臓を抜き取られてしまったのです」

 ヴェルが言う。

 人魚は生命力が強いので滅多な事では死なないが、心臓を奪われると仮死状態になるらしい。

「私たちも回復魔法は使えますが、欠損した身体を再生させるほどではないのです」

「分かりました」

 そこまで聞けば、森田には何をすればいいか理解出来た。


「ロゼさんのお身体に触れても大丈夫ですか?」

 治療に入る前に森田は念のため確認する。

「はい。その方が魔力が早く通りますよね」

 ヴェルはそうする訳を知っている模様。

 緊急を要する治療や瀕死の重傷の場合は、接触して魔力を流した方が回復速度も効果も上がる。

 森田はベッドに腰かけると、心臓が無く呼吸も停止している人魚を抱き起した。

「エクストラヒール!」

 ロゼを抱き締めながら、森田は最上級回復魔法エクストラヒールを発動させる。

 森田の身体から湧き出た金色の光の粒子が、ロゼの身体に吸い込まれてゆく。

 粒子は欠損した部位を補う細胞となり、失われていた心臓を再生し傷口を塞いでゆく。

 その肌に傷跡すら残さず、治療は完了した。


 心臓が脈打ち始め、息を吹き返した唇が青紫色から紅色に変わる。

 ずっと閉じたままだった瞼が開き、海と同じ綺麗な青色の瞳が現れた。

 ロゼの視界に最初に入ったのは、見慣れぬ人間の青年。

 抱き締められていたが、そっとベッドに寝かせてくれたので顔が見える。

 その身体が微かな光を纏っていたので、高度な回復魔法を使ったのだと彼女は察した。

「貴方が助けてくれたのね。ありがとう」

「王都の派遣神官をしているヒロヤです。体調はどうですか?」

 ベッドの上で身体を起こすロゼを介助しながら森田が名乗り、具合を聞いた。

「血液まで全て再生してくれたのね。貧血の眩暈も無いみたい」

「お役に立てて良かったです」

 森田はすっかり板についた神官スマイルで応えた後、気になった事を聞いてみる。

「ところで、こんな酷い怪我…何に襲われたんですか?」

 意識を失う前に何があったか、ロゼは思い出した。

「ヒロヤ…その髪の色は日本人ね? 賢者シロウ様の会社の人かしら?」

「そうです」

 確認した後、人魚の長は重要な事を伝える。

「私の心臓を奪ったのはフォンセという魔道士よ。シロウ様にそう伝えてもらえますか?」

「…フォンセ…」

 森田が呟いた時、突如地響きがした。


「なんか出たっぽいっスね、ちょっと見て来ます」

 壁際で手持ち無沙汰にしていた奏真が床を蹴り、建物から出て海上へ向かう。

 人魚の鱗の効果で、水中を進む速度はイルカと変わらない。

 水圧の変化など全く苦にならず、一気に上昇した奏真はそのまま海上へ飛び上がり、陸地に降り立った。


 そして、地響きの原因を探ろうと周囲を見回すと…


「おやソーマ君」

「え? 渡辺主任? なんでここに??」

 王都にいる筈の渡辺が、海パン姿でビーチにいた。

「新鮮な海老を捕りに来たんだよ」

 と言う彼の後ろに、巨大海老。

 洞窟にいたものとはサイズが全然違う伊勢海老モドキがいる。

「主任!うしろ!!!」

「あぁ問題無い」

 双剣を抜こうとする奏真を片手で制する渡辺。

「………え?」

 ポカンとする奏真。

「活き海老の扱いは慣れてるから見てなさい」

 言いながら、渡辺はストレージから包丁を取り出した。

 スタスタと歩いてゆく渡辺。

 何か嫌な予感がするのかジリジリ後退する巨大海老。

 襲撃に来たつもりが逆に食われそう…そんな恐怖を感じ始めた様子。

 駄目だ逃げよう、と思ったらしい巨大海老がジャンプしようとした瞬間…


 スパッ!


 関孫六(包丁)が海老の兜部分を切り離した。


「覚えておくといいよソーマ君。伊勢海老は兜の裾、甲羅の継ぎ目が切りやすい」

 呆然とする奏真の目の前で、渡辺は解体スキルを使わずその包丁で巨大海老をさばいた。


 兜を切り離された胴体部分を裏返し、その腹側の甲羅の両端を包丁で切り込みベリッと剥がし取る。

 甲羅で隠されていた海老の透明な身が露わになり、それを食べやすい大きさにカットする。

 背中側の甲羅を皿代わりにカットした身を盛り、切り離した兜を添えて、伊勢海老のお造り完成!


「星琉君たちも臨海実習で近くに来てるから、みんなで食べよう」

 ニコニコしながら渡辺が言う。

「ソーマ君は森田君を呼んできてくれるかい?」

「は、はい」

 状況に思考がついていかないが、とりあえず森田を呼びに行く奏真であった。




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