青く輝く惑星を見下ろす場所、星々が輝く空間に深緑の衣を着た女神はふわふわと浮いている。
空間の一部に魔法陣が現れ、1人の青年が転送された。
海パンにラッシュガード姿で現れたのは森田。
「来ましたね」
女神が微笑む。
(…あれ…? ヴェルさんに似てる…?)
森田は女神の顔を見て思う。
それは相手に伝わったようで、女神はフフッと意味深な笑みを浮かべる。
「こちらの姿の方が話しやすいかしら?」
言うと、女神の姿が変化し始める。
少女の顔立ちが大人の女性へと変わり、深緑の衣と褐色の肌をした素足が緑の尾びれに変わった。
「え?! まさか本当にヴェルさん?!」
「人魚ヴェルは仮の姿、本来はサーラ、夏を司る女神です」
驚く森田に女神サーラは正体を明かす。
「…人魚じゃ…なかったんですね…。じゃあ、この鱗の力は…?」
森田は自分の額に片手で触れてみる。
そこに同化している鱗の力で、森田は海中でも呼吸が出来て人魚たちと同様に動き回れるが…
「彼女たちは私の眷属、その力を真似るのは容易ですよ」
ヴェルの姿のまま浮かびつつ、サーラは言う。
「でもどうして、神様が人魚のフリなんかしてたんですか?」
森田は疑問を投げかける。
女神アイラは転移の途中で出てきただけで、後は葉っぱのお告げを投げ落とすだけだった。
「ここへ来る前に、転移者ヒロヤを視ておく為ですよ。本来は転移前に視るのだけど」
特に隠しもせずに女神は言った。
「それで、問題なかったからここに転送された。という事ですか?」
「ええ。貴方になら授けていいでしょう」
森田の問いかけに答え、女神サーラは神の力を発動させる。
額に埋め込まれた鱗を通して、膨大なデータが流し込まれた。
一気に流れ込んでくる、魔法に関する情報。
様々な術式が、脳に刻まれる。
知力が、更に引き上げられる。
魔力が、更に増やされる。
刻まれた魔法の術式が、それらに接続された。
「本来は何十年もかけてじっくり覚えるのだけど、時間が無くてごめんなさいね」
優しく語りかける女神サーラの声は、その相手には聞こえていない。
脳へ大容量の魔法データを書き込まれた青年に、意識を保つ余裕は無かった。
広がる夕焼けが海を染める。
聴こえるのは、寄せては返す波の音。
巣へと帰る海鳥たちが、澄んだ高い声で鳴きながら夕空を飛んでゆく。
「森田君の仕事はしばらくかかるから、ソーマ君は先に帰っていいよ」
瀬田に言われ、奏真は王都へ帰る事にした。
渡辺がボスを倒したので、洞窟に海老が大量発生する事は当分無いらしい。
「また来て下さいね~」
「ま…また来ます…」
ルジュに抱きつかれ、ほっぺチューまでされてしまい、奏真は茹でた伊勢海老みたいに真っ赤な顔で帰る事となった。
渡辺はといえば、巨大海老の兜で出汁をとった味噌汁を皆に振舞った後、その殻を海に返した。
大きな殻はしばらく魚たちの棲家になった後、自然に分解されて消えてゆくという。
「凄く楽しかったです!ありがとうございました~!」
星琉たち臨海実習のメンバーは笑顔で手を振り、人魚の里を出る。
夏の海の思い出を抱えて、夕日が沈む海を観ながら観光馬車で帰って行った。
森田の分の伊勢海老モドキは、そのまましばらく星琉のストレージに保管された。
人魚の里、族長ロゼの家に森田が戻って来たのは、みんな帰った日没後。
転送前に居たロゼの寝室に魔法陣が現れ、水中に漂いながら出てきた青年に意識は無い。
「お疲れ様でした」
ロゼは森田を抱き寄せて、聞こえてはいないと分かりつつ囁いた。
…翌朝…
(…ど…どうしてこうなった…?)
彼は非常に焦っていた。
森田裕也22歳未婚、彼女いない歴22年。
日本でも異世界でもいかがわしい店には行かない。
添い寝経験は幼少期の母親くらいだ。
なのに何故か今、美女が隣に寝ている。
目を覚ます前の記憶は、女神サーラと話していた辺りで途切れていた。
とりあえずそろ~っと起き上がり、ベッドから降りようとしたところでロゼが目を覚ました。
「ヒロヤさん?」
声をかけられ、森田はギクゥッ!として固まった。
その様子から察したロゼがクスッと笑う。
「慌てなくても大丈夫、戻って来た時に意識が無かったからそのまま寝かせただけですよ」
「す、すみません御迷惑おかけしました!」
大丈夫と言われてもつい謝ってしまう森田であった。
「迷惑だなんて思いませんよ。ヒロヤさんは私の命の恩人ですもの」
ロゼは微笑んで言う。
「それで、女神様から何か授けてもらえましたか?」
「はい。魔法と、敵の魔法への対処法を…」
言いながら、森田は自分の両手を見つめる。
「!」
不意に、脳内の感知系魔法が危険を報せる。
彼を中心に魔法陣が現れ、一気に広がるとドーム状に里全体を覆った。
直後、大量の溶岩の塊が降ってくる。
里の地上部にいた人魚たちが悲鳴を上げた。
………しかし、溶岩は里に届く前に魔法陣に阻まれ吸われてゆく………。
受けた攻撃を吸い取り、自分の魔力に変換する範囲魔法。
脳に書き込まれた魔法データの1つだ。
森田はその魔法陣を維持しながら、別の魔法を起動する。
「たっぷり魔力を御馳走になったから、お礼しときますね」
今までの彼とは違う、自信に満ちた笑み。
森田が使う魔法は全て無詠唱、複数を起動する事も出来た。
吸収した魔力からその主を辿り、魔法を放つ。
遠く離れた海上で、魔道士は思わぬ反撃を食らって驚いていた。
(勇者たちは王都に帰った筈…。 何者だ?)
杖を持つ腕が凍り付いている。
彼を乗せていた大きな鳥が、突然凍り付き海へ落ちてゆく。
彼と共に魔法を放っていた魔族たちは、凍り付いた後に粉々に砕けてしまった。
(ちっ…一旦退くか)
不利と見て、魔道士は転移魔法で戦線離脱した。