「魔族の襲撃か…」
「女神様から授かった知識によれば、あの魔力の質は魔族だと思います」
人魚の里のプライベートビーチ、土魔法で作った簡素な小屋に居を構えた森田は、これまでに起きた事を瀬田に報告していた。
海パンにラッシュガード姿の彼は、表向きはビーチの
お客さんが怪我をしたり体調を崩したりした際の回復係でもあった。
人魚の里シイ。
プライベートビーチと海底の集落を持つ村に派遣された、転移者の青年・森田。
彼は夏の女神サーラから全属性の膨大な数の魔法と、それを扱うに足る知識、知力と魔力を授かる。
大魔道士フォンセの魔法に対抗する力を得た森田は、里を襲ったフォンセたちが壊滅状態になるほどの反撃を与えて撃退した。
「奴等はまた攻めて来る。防衛を強化した方がいいだろう」
話を聞いた瀬田は、森田に次の指令を出した。
陽光射し込む明るい海の中、飛び込んだ青年は泡を纏いながら海底へと進む。
女神から与えられた人魚の鱗が、水中でも呼吸を可能にしていた。
人魚と違う身体に尾びれは無いが、鱗から広がる魔力が水中での動きをサポートする。
足を軽く動かすだけでイルカと変わらぬ速度まで加速し、森田は海底に到着した。
シイ村の中央、ロゼの家の隣。
森田は土魔法で祠を形成し、そこに魔石を配置する。
南の海と同じ鮮やかな青色の、テニスボールサイズの丸い石。
星琉が寄贈した
森田は祠に置いたそれに片手で触れ、魔力を注いで
魔石から湧き出る青い魔法陣が、一気に広がると里全体及びプルミエ領域の海を覆った。
ラグスの祠でリマが使ったのと同種の半永久的範囲設置型魔法。
リマの場合は上位魔石使用、詠唱と星琉のサポートが必要だったが…
森田は下位魔石使用、無詠唱・自身の魔力のみで発動出来た。
「ヒロヤさん、こんなに大きな魔法を使って身体は何ともないんですか?」
魔法の起動に気付いたロゼが、家の中から出て来る。
「平気ですよ。魔力が減った感じすら無いです」
言葉通り、森田の身体に疲れは無かった。
星琉は炊き出しを手伝った後、初めて訪れるテルマ村を見学していた。
「うちの村は美味しい野菜が自慢なんです」
「例年なら今の時期はシャキシャキ葉野菜の出荷に追われるんですが…」
話す農民はガックリと肩を落とす。
住宅地よりも広大な農地、そのいくつかが酷く荒らされていた。
『セイル…』
頭の中に声が流れ込む。
荒された地面から、緑の羽根をもつ妖精が湧き出て、ヨロヨロ飛んで寄って来る。
肩に乗ろうとしたところで力尽きてズリ落ちるのを片手で受け止めた後、辺りを見回すと多くの妖精が地面に蹲っているのが見えた。
「神樹の精霊様の御使いですね」
農民たちにも見えるらしく、弱っている妖精を心配そうに覗き込む。
「随分懐いているようですが、勇者様はやはり全属性持ちですか?」
「はい」
聞かれて、特に隠す必要も無いので星琉は頷く。
『…助けて…』
弱々しい声がする。
手のひらの上に横たわる妖精が目を開けて身体を起こすが、パタッとまた倒れてしまう。
「…何をしたらいい?」
星琉はその妖精に聞いてみた。
『ぼくたちに…星琉の魔力を分けて…』
答えが返ってくる。
「いいよ。好きなだけもってって」
星琉が即答した直後、手に乗せた妖精から光が溢れ出る。
驚いた村人も星琉も眩しさに目を閉じた。
光は農地全体を覆い、無惨に踏み潰された作物を包む。
植物の生命力が高められ、破損した細胞が再生を始める。
地面にしっかり根を張り、生き生きとした葉を茂らせてゆく…
瞼越しに感じる光が治まり、人々が目を開けると、農地の様子は大きく変化していた。
「?????」
その場に居た農民たち、しばし呆然。
潰された畑の作物が全て、収穫直前まで育った状態に変わっていた。
『ありがと…』
妖精の声がして、星琉の手に乗っていた妖精がしっかりとした羽ばたきで飛び立つ。
地面に蹲っていた他の妖精たちも元気を取り戻し、空中へと舞い上がる。
神樹の御使いと呼ばれる緑の羽根の妖精たちは、星琉の周囲に集まって丁寧に一礼した後、一斉に天空へと飛び去って行った。
「今の光は…勇者様の魔法ですか?」
村人が聞いてくる。
「いえ、俺は妖精たちに魔力を分けてあげただけです」
そのまま伝える星琉だったが…
「…え~と…人間が妖精に魔力譲渡なんて、聞いた事が無いですよ?」
…普通は出来ない事だと言われてしまう。
妖精、それも神樹の御使いのような高位の妖精が使う魔法は魔力消費が凄まじく、人間の魔力量では倒れるまで使っても全然足りないシロモノらしい。
それが発動に足る魔力を提供した上、その場にいた複数の妖精たちの魔力まで回復した星琉の魔力量は、人外レベルだろうとの事だった。