時間は遡り、瀬田が星琉とイリアを呼び出した直後。
「本来これは転移者が聖女となった時に使える物なんだが…」
床に描かれた大きな六芒星の中央、ルフ魔石を納めた台座の前で、瀬田は2人に話していた。
巨鳥の魔石は強い浄化の力を秘めている。
その力の発動には聖女が持つ光魔法・
星琉たち転移者はそれに耐えられる魔力量を持つが、この世界に生まれ育ったイリアにはそこまでの魔力は無いという。
「しかしセイル君の魔力を分けてもらえば、イリアちゃんにも発動出来る筈だ」
説明しながら、瀬田は星琉に特殊魔法を授ける。
瀬田は神々と同じく、経験を積ませなくてもその脳に術式を書き込む事で魔法を伝授出来た。
自らが持つ魔力を他者に分け与える魔法。
リマや妖精に魔力を分けた事がある星琉だが、それは彼等が魔力を吸収しただけで星琉本人が何かしたわけではない。
この魔法を使えば、星琉の意志で相手に魔力を与えられる。
魔力切れで昏倒した者の回復に役立つ魔法だ。
「ではイリアちゃんはこの魔石に
「はい」
2人の声が揃う。
「イリアちゃんは一時的に意識が無くなるから、セイル君が支えてあげてくれ」
言われて、星琉はイリアの胴に腕を回し、後ろから抱くような体勢で身体を支える。
イリアは魔石に手をかざし、聖女の力を発動させた。
「
魔法が発動した瞬間、魔力をゴッソリ持っていかれる。
イリアの身体からフッと力が抜ける。
魔力切れで失神したイリアを抱き締め、星琉が
イリアの身体から金色の粒子が大量に湧き出て、全て魔石に吸い取られてゆく。
それを補う魔法を維持する星琉の身体も光の粒子を放ち、それはイリアに注がれ続ける。
やがて、大きな魔石の中に光が灯ると、魔力の大量消費は終わった。
「ありがとう。もう大丈夫よ」
ようやく意識を保てるようになり、目を開けたイリアは星琉の頬を撫でて告げる。
「2人ともお疲れ様。これで完成だ」
瀬田が告げ、3人は光が灯った魔石に目を向ける。
大きな丸い球体の中で、金色の光の粒子が密集し煌めいていた。
夕食後、星琉とイリアは日課の庭園散歩に出た。
イリアは魔力切れから回復した後は特に体調に異常は無く、普通に過ごしている。
夜に咲く花が芳香を放つ中、2人は手を繋いで歩いていた。
星琉がこの世界へ来て、イリアと出会ってから半年が経とうとしている。
その仲は、侍女たちが羨望の眼差しを向けるくらい睦まじいものになっていた。
「あんなに大きな浄化の力、何に使うんだろう?」
ゆっくり歩きながら、星琉が疑問を投げかける。
「
イリアも今のところ何に使うかは分からなかった。
「テルマの森に魔物を生む黒水晶が持ち込まれたりしたから、警戒してるのかな」
設置した者が誰なのか、2人はまだ知らない。
大いなる浄化の力を蓄えた魔石は、国王夫妻も確認に来た。
「ルフ魔石…あの時それがあれば、国を荒らされずに済んだかもしれぬな」
金色の粒子が煌めく魔石を見つめて、国王ラスタは呟く。
その隣には、娘と同じく聖女の力を持つ王妃アリアがいる。
「シロウはルフの丸焼きは作ったけれど、魔石は出ませんでしたね」
「すまないね、私の運は平均値なんだ」
過去を思い出して微笑む王妃に、苦笑して瀬田が答えた。
隷属紋に殺されかけた少年の騒動の翌日、奏真は侍女に洗濯してもらったローブを届けた。
瀬田に言って異空間牢に入らせてもらい、兄弟が収容されている部屋へ向かう。
「服乾いたから持ってきたぞ」
「…洗濯してくれたんですか?」
手渡された服は石鹸の香りがしたので、ラムルが聞いた。
「ああ、俺じゃなくて侍女さんがな」
「…この国には、奴隷の服を洗濯してくれる人がいるんですか…?」
「っていうかそもそも奴隷なんてプルミエにはいないぞ?」
「今ここにいるじゃないですか…」
ラムルは自身を指差し、もう片方の手で兄バレルを指差した。
「いや、お前らもう奴隷じゃないだろ? 隷属紋は無くなったんだし」
奏真が答えると、ラムルは大粒の涙をポロポロ零し始める。
「…じゃあ、僕たちは…僕は…誰に従えばいいんですか…?」
「え? なんで泣く?!」
ラムルの涙の意味が分からず困惑する奏真に、バレルが事情を話した。
「弟は物心つく前から奴隷として扱われてきたので、他の生き方を知らないんです」
嗚咽する弟を抱き寄せて背中を撫でながら、バレルは語る。
バレルとラムルはカートル国の平民の子だったが、魔力値が高かったので攫われて売られた。
買い取ったのがフォンセという大魔道士で、隷属紋はその時に付けられたという。
逆らえば隷属紋を操作して苦痛を与えられ、反抗心は消え去ってしまった。
「…奴隷は1つの道しか知りません。主に従う事、それだけです…」
「………」
奏真はしばし沈黙する。
1つの道しか認められない、過去の自分の環境に似たものを感じる。
親に従い、親の望む職を目指すだけの生き方。
奏真はそれが出来なくて抗い、家を出て異世界に来た。
「…なあ、ラムル…」
肩を震わせて泣き続ける少年の後ろ頭を、奏真はそっと撫でて話しかける。
「今すぐじゃなくていいから、何かやりたい事を探してみないか?」
今までかけられた事の無い言葉に、ラムルが振り向いた。
「やりたい事…?」
「そう。誰かに決められるんじゃなく、自分で探して、何が出来るか、何がしたいか、ゆっくり考えながら進んだらいい」
「…何をしたらいいのか…よくわからないです…」
少年は泣くのをやめ、奏真を見上げる。
「今は分からなくていい」
再びラムルの頭を撫でて、奏真は話しかけた。
「好きな未来を選んでいいんだ。道は1つじゃない」