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第56話:孤児院宿泊

「こんなにそっくりとは…」

 2人の子供を見比べて、初老の男が言う。

 私服に着替えているのでパッと見は分からないが、カートル神殿の大神官パルモロだ。

 秋の実りの祝福を依頼し、聖王国トワから聖女セイラを呼んだ人物でもある。

 行方不明になっていたセイラが孤児院の庭で発見されたと聞き、自ら様子を見に来ていた。


 双子のように背格好から顔立ちまでそっくりな子供たち。

 ベッドの傍に立つのは、孤児院バザーでその存在が王都に知れ渡った少年イル。

 強力な睡眠薬で深い眠りに落とされ、未だベッドで眠り続けているのが聖女セイラ。

 言われなければどっちがどっちか分からない。


「修道女が下見に来るという話は聞いていたが…」

 パルモロが視線を向けるのはサラ。

「も、申し訳ございません…!」

 サラは深々と頭を下げた。

「聖女様をお呼びした私にも責任はある。そなた1人を責めるつもりは無い」

 パルモロは軽く溜息をついて言う。

「孤児院の子が拉致された後、警備兵が犯人を捕まえておれば起きなかった事件でもあろう。カートルの不備として兵たちには私から圧をかけておこう」

「お願いします。誘拐犯なら私が顔を覚えています」

 エレナが頭を下げた後、はっきりした口調で告げた。

「眠らされた子を誰が孤児院まで運んだか、それも調べねばなるまい」

 パルモロは頷き、後に警備兵が捜査を始める事となる。


「聖女様はまだしばらくは目覚められないのか?」

 眠り続けるセイラを見てパルモロが聞く。

「はい。意識が戻るのは夜遅くになると思われます」

 検査に使う植物の葉を見せて、テレーズが答えた。

 セイラの呼気に含まれる薬物に反応して、葉は黄緑に変化している。

「公式では聖女様がカートルに着くのは3日後だ。それまで孤児院で匿ってもらえるか?」

「承知いたしました」

 そして3日ほどセイラは孤児院で過ごす事となった。



 夜になり、医務室で眠り続けていたセイラが目を覚ました。

「セイラ様…!」

「サラ…ここどこ…?」

 ずっと付き添っているサラが声をかけると、セイラは起き上がって辺りを見回した。

「カートルの孤児院よ。あなたが庭に倒れていたからここへ運んだの」

 サラに代わってテレーズが説明する。

「具合はどう? 頭が痛かったりしない?」

「大丈夫です」

「何があったか覚えてる?」

「分からないです」

 以前イルと交わしたのと似たような会話。

 セイラは拉致された時の事を全く覚えていなかった。

「ごはん、食べられる?」

「はい」

 イルと同じく、セイラも出された食事を完食する。

 一緒にいるサラにも食事を出したが、精神的ストレスが大きいようで喉を通らなかった。



 薬の成分が完全に抜けた後、セイラはサラと一緒に空き部屋へ案内された。

 3日間そこが2人の部屋となる。

「ふふっ、サラと一緒のお部屋ね」

 セイラは御機嫌だ。

(キレイに掃除されたお部屋…私がいた孤児院より広くて立派だわ)

 部屋を見回し、サラは思う。

 親の無い子供たちは孤児院で育ち、15歳を過ぎると教会や修道院で神学を学びつつ働く事が多い。

 サラもそんな1人で、孤児院育ちの修道女だ。

 その孤児院は小さく、部屋数も少なかったので男女に分けただけの大部屋が寝室で、2人部屋になる事は無かった。




 翌朝の朝食に、サラはまた驚く。

 彼女がいた孤児院の食事は乾いて硬くなったパンと具の少ない水みたいなスープという粗末なものだったのに、カートルの孤児院は朝から焼き立てのパン・野菜くずを無駄なくタップリ使ったスープ・目玉焼き・果物まで出てくる。

「…ここ、ほんとに孤児院ですか?」

 思わず聞いてしまう。

「バザーがいつも完売で、寄付をくれる人もいるの。それでゴハンの材料を買っているのよ」

 近くにいたスタッフが答えた。

「エレナが料理上手なんだよ」

 近くにいた子供も笑顔で答えた。


 そんな中、セイラはといえば…

「………」

「???」

 …両手でイルの顔を挟み、まじまじと見詰めていた。


 やがて、セイラは真面目な顔で言う。

「一緒にトワに帰ろう」

「へ?!」

 唐突な要望に、イルも周囲も驚く。

「そっくりだから家族になるの」

「セイラ様そんな無茶な…」

 サラも困惑した。

「大丈夫、わたしお仕事してるから、子供を育てられるよ」

「…っていうか君と同い年だけど?!」

 ぬいぐるみみたいにギューッと抱き締めて言うセイラに、イルがツッコミを入れた。


『おいおいおい、幼女から里親希望かよ』

 脳波通信でレンがコッソリ話しかける。

 必死で笑いを堪えてるオーラが漂う。

『似てるからって里親希望するか??』

 抱き締めて放そうとしないセイラに困惑しつつイルが応える。

 聖王国に連れて行かれては困るので、断る理由を考えた。


「ごめん、俺にはレンていう兄弟がいるんだ。離れたくないからトワには行かないよ」

 イルは必死で断る。

「レン…?」

 セイラが首を傾げた。

「ほら、あそこにいる赤い髪の子だよ」

 イルが指差すと、セイラはレンをじっと見詰める。

「じゃあ、レンも一緒に連れて帰るね」

 ニッコリ微笑み、セイラは言った。

『…そうくるか~!』

『なかなか手強いな…』

 お断り理由を解決されてしまいオテアゲ状態のイルに、巻き込まれたレンも困惑した。




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