時間は遡り、セイラが救出された少し後。
「一体どうなってんだ?」
川岸の岩の上で起き上がり、男は首を傾げる。
近くに桶が転がっているので、水を汲みに来て転落したのか?
何故ここで倒れたのか、全く覚えていない。
とりあえず桶に水を汲んで隠れ家の洞窟に戻ると、2人の男が後ろ頭をさすりながら起き上がったところだった。
そして、奴隷候補を荷馬車に積む前の確認作業で、また疑問が増える。
攫ったのは4人だった筈が、6人に増えている。
いつもと同じく美形を選んだ筈なのに、ブサイクばっかりになっている。
しかし攫った人物がどんなだったかは記憶から抜け落ちていた。
衣服と所持品を剥ぎ取られ、貫頭衣に着替えさせられた6人は、サラを襲おうとした連中。
イルが投げた小石で昏倒させた後、異空間牢に送った者たちだ。
その後、瀬田によって睡眠薬を投与され、洞窟に転がされていた。
瀬田はついでに誘拐犯たちの記憶を操作、今日攫った4人の容姿に関する情報を消去した。
レンがセイラを救出する際に昏倒させた3人のうち1人は先に意識が戻り、川へ行っていたのでそこで再度昏倒させて記憶を一部消去、現在に至る。
「なんでこんなのばっかり攫ったんだ?」
「こんなもん、お貴族様は買わねえだろ」
「時間が無え、とにかく積んじまえ」
日没後に来た荷馬車に、誘拐犯たちは6人を積み込む。
「儲けは期待しないでくれ」
言い残して、奴隷商人がオークション会場へ運んだ。
「え~、愛玩用にするには少々難ありですが、労働力にいかがでしょうか?」
オークションの司会者が困惑しつつアナウンスする。
「いや、労働力は間に合っているよ…」
貴族の代理で来た人々が苦笑する。
並べられた人相の悪い男たちに、お客は誰も近付かなかった。
このオークションは貴族が傍に置いて鑑賞する目的の奴隷市場で、容姿の良い者限定だ。
結局買い手がつかず、6人は残ってしまった。
「どうすんだこいつら?」
「労働奴隷に回すしかないだろ」
「ああそれなら、いい得意先があるよ」
オークションスタッフと奴隷商人が話していると、別の奴隷商人が声をかけてきた。
「仲介料は頂くぞ。後払いでいいなら売りに行ってやるよ」
「それでいい。こんなもん残しておいてもこっちじゃ売れないからな」
売れ残り6人は別の商人に引き渡され、オークションを出て行った。
(…労働奴隷か。 ラムルたちを攫った奴と繋がるかもしれないな)
アプリの隠密で隠れて見ていたレンは、6人を連れて行く奴隷商人を追跡登録すると、転移アプリで自室へ戻った。
『新手の奴隷商を追跡登録しました。データ共有します』
部屋に戻ると、レンは脳波通信アプリを起動した。
同じくアプリを起動、グループチャットに送信されたデータを登録して、瀬田とイルも新たな奴隷商人の動向を観察する。
『この方角、ダンジョンぽい気配がしますよ』
独自の探知能力でその先にあるものに気付き、イルが報せる。
『………これは、当たりかもしれん』
半ば確信して瀬田が呟いた。
労働奴隷として6人を積み込んだ荷馬車は、樹海のような広大な森の中心にある洞窟へと進んで行く。
入口からしばらくの距離は馬車が通れる広さだ。
やがて、広間のように開けたところまで来ると馬車は停車する。
「知人から奴隷の販売を頼まれた。確認してもらえるか?」
「承知した」
商人の呼びかけに答えて奥から出て来たのは、青白い肌に濃い緑の髪と金色の瞳をもつ青年。
その背にはコウモリのような被膜の翼、頭にはねじれた2本の角がある。
奴隷商人と御者が荷台の檻から出す奴隷候補を、人外の姿をした青年が確認してゆく。
「魔法は使えないようだが物理的な攻撃は悪くない。買い取り可能だ」
「依頼人より、金額はそちらで決めてほしいとの事です」
交渉は成立し、金を受け取った商人は御者と共に馬車に乗り、洞窟から去って行った。
翼と角のある青年は、新たに入った奴隷たちに隷属紋を組み込んでゆく。
6人の胸元に黒い小さな魔法陣が現れる。
それは、奴隷オークション会場で刻まれるものよりも強制力が強い隷属魔法。
主が敵対する者に見られたら心臓を破壊する、使い捨ての奴隷の証だ。
それを刻まれた直後、意識の無い奴隷たちがビクンッと大きく仰け反った。
「?! 何故今発動する?!」
フッと脱力して動かなくなった6人を確認すると、いずれも心臓を破壊されて絶命している。
「敵か?!」
人外の青年は全方位に魔法の矢を放つ。
しかし、それが命中する敵はいなかった。
(…隷属紋が私の視線に反応したな…。隷属設定の主はフォンセか)
自ら偵察に行っていた瀬田は、自宅へ転移すると録画データをパソコンにコピーした。
いずれそれを公開して対策をとらねばならないだろう。