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第65話:聖剣と神竜

「…まさか、プルミエの勇者だったとはな…」

 法王クラルスは溜息をついて言う。

 聖女と神竜が黒竜を倒したと大騒ぎになる中、その当事者コンビは神殿の奥で報告をしていた。

 もう影武者をしなくてもよいとの事で、イルは少年の服装に戻り、セイラは聖女のローブに着替えている。

「それで、魔王はいなかったのだな?」

「はい。来ていたのは黒竜だけです」

「魔王はまだ戦える状態じゃないのかもね」

 と言うシアンがイルに教えてくれたのは、聖王国の歴史に関わる話。


 アーシアには1000年周期で転生する災厄の主、一般的に魔王と呼ばれる存在があり、聖王国トワはそれに対抗する者の保護と育成の為に建国された。

 初代の法王は神に祈り、神は浄化の力を持つ聖女と、破邪の力を持つ勇者を誕生させた。

 トワの聖女は他国の聖女よりも広範囲に届く浄化の力があり、寿命は100年程度だが転生する事でこの世界に存在し続ける。

 トワの勇者は優れた武術と魔法の才を持ち、先代が死ぬと次代が生まれてくるというが、当代はまだ見付かっていない。


「神竜の間に入れたのだから、そなたが当代の勇者だと思うのだがな?」

 惜しむように法王がもう何度目かの溜息をつく。

 次代の聖女の誕生は先代が予知夢で知って伝えるが、勇者に関しては知る事が出来ない。

 聖女は武術や魔法の素質が優れた子供を見分ける能力はあるが、それが勇者かどうかは神竜の間を試すまで分からない。

「間違いないと思うよ。だってほら、これ見て」

 イルの懐に入っていたシアンが一瞬消えて、空中に現れると短剣を抱えていた。

「ちょ…! なんでそれ持ってくるんだよ!」

 慌てるイル。

 燐光を放つそれは、まだ鞘から抜いた事すらない聖剣だ。

 シアンは法王に聖剣を手渡した。

「触れるのは初めてだが、こんなにも冷たい物なのか?」

 クラルスは問う。

 手にした短剣は氷のように冷たく、表面が結露していた。

「せっかく生まれたのに置き去りにされたから、ショックで凍りついたんだよ」

 シアンが答える。

「こんなの初めて見たよ。聖剣には魂があるから、御主人様に棄てられて泣いてるんだろうね」

「…それ、さり気なく俺を責めてない?」

 イルがシアンの背後からジト目で言う。

「勿論! だって可哀想じゃないか」

 シアンが振り返り、抗議の視線を向ける。

「そうだな。所持しろとは言わん、せめて一度くらい鞘から抜いてやったらどうだ?」

 凍傷になりそうなくらい冷えた短剣を、クラルスがイルに差し出す。

 渋々受け取ったイルの手に触れた途端、短剣の燐光が輝きを増し、凍結が溶けてゆく。

「………」

 周囲を見回せば、クラルス、セイラ、レン、シアンの圧が凄い。

 懐から顔を出すライムまで一緒になって見てくる。


 イルは観念して柄に手をかけ、短剣を鞘から開放した。

 燐光は一瞬だけ強い光に変わり、シアンの鱗と同じ青い刀身が現れる。

 それを手にした少年も光を纏う。

 その隣に、少年が成長した姿のような青年の幻影が現れた。

「ほら、やっぱり」

 予想通りだとシアンが言う。

 幻影は黄金の髪に青い瞳の美青年、優しそうな顔立ちをしている。

 星琉が着るプルミエの騎士服とは異なるデザインの青い騎士服を着ていた。

「お兄ちゃんだ…」

 幻影の青年を見て、セイラが呟く。

 幼い聖女は青年に駆け寄るが、触れる事は出来ず、すり抜けてしまう。

 悲しそうな顔をするセイラを見て、青年が申し訳無さそうな顔をしながら隣のイルを指差した。

「分かった。今はこっちね」

 言うと、セイラはイルに抱きついた。

「やっぱり私の家族だったんだね」

 ポロポロと涙を零すセイラに、イルは黙って背中を撫でる事で応えた。


 青年の幻影は、イルが聖剣を鞘に納めると消えた。

「初代勇者は初代聖女と双子だったんだよ」

 神竜シアンが語る、遠い昔の出来事。

 竜族は1000年程度の寿命があり、死亡した場合は数十年~100年後に転生してくる。

 シアンは転生して1年にも満たない幼い神竜だが、前世の記憶を持つので建国時を覚えている。


 聖王国の建国時、神が遣わしたのは金色の髪に青い瞳の男女の双子。

 双子は法王の教育を受け、1人は勇者に、1人は聖女となった。

 やがて訪れた災厄の主との戦いは、竜族も交えた激しいものだった。

 勇者は災厄の主を倒したが自身も致命傷を負って世を去り、聖女は残って災厄で傷ついた世界を癒やしながら現在まで転生し続けている。


「世界を癒やし護る為に転生し続ける聖女と違って、戦いに向かう勇者は基本的に違う魂を持って生まれてくるんだけど…」

 言いながら、シアンはイルの顔をじっと見る。

 転生を繰り返すセイラの容姿は、初代から変わらないという。

 そのセイラとそっくりのイルの容姿は作られたものだが、魔道具で身体を作り変える過程で前世の影響が出たのでは?というのがシアンの見解だった。

「また勇者に生まれてくるなんて…、なんか心残りでもあったかな?」

 聞かれても、その記憶が無いイルには答えられなかった。



 黒竜を倒した後、トワの幼い聖女は死の予知夢を見なくなった。

 影武者を務めた少年は聖剣と神竜をセイラに預け、聖王国を去って行った。

 入れ替わりの間ずっと傍に居た赤い髪の少年も共に去ってゆく。

 少年たちの存在はあまり知られていなかった事から、失踪は公にはされず内密となった。




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