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第67話:遠い昔の兄妹

 聖王国トワ。

 その首都にある大神殿の奥、勇者の為の居室でセイラは窓の外を眺めていた。

 半島に位置するトワ首都は三方が海に面している。

 神殿は高台にあるので、その部屋の窓からも海が見えた。


 今は住む者のいない部屋。

 この部屋の最初の住人となった勇者は、20歳の若さで世を去った。

 双子は神の力で肉体を作られ生まれてきたので、他に親族はいない。

 転生し続ける聖女に親は無く、肉親と言えるのは初代勇者のみ。

 彼の死と共に彼女は孤独になった。

 2代目以降の勇者は人間の夫婦から産まれた子供で、魂は初代とは異なる。


 けれど、当代は違う。

 聖剣が伝える、その前世。

 彼の魂が、初代のものだと分かった。

 魔道具で変身したというその姿は、初代の幼い頃にそっくりだ。


「………?」

 セイラは、ふと気配を感じて背後を振り返る。

 そこに現れた青年を見た瞬間、涙が頬を伝う。

 駆け寄ろうとして、ハッと立ち止まる。

(…幻影…姿は見えても触れられない人…)

 溜息をついて、懐かしい人の姿を見詰めた。

 青年の姿も、青い子竜を伴っている事も、最期となった戦いに出る前と同じ。

 唯一違うのは、聖剣を携えていない事。

 そこでセイラは気付いた。

「…プルミエの勇者ですね? 何か御用でしょうか?」

 服の袖で涙を拭い、突き放すように他人行儀な事を言ってみる。

 青年は意表を突かれたのか少々間があったが、穏やかな笑みを浮かべて歩み寄り、セイラの手に青い星型の小さな花が付いた1枝を渡した。

鎮魂花レエム?」

 セイラは花を受け取りつつ、首を傾げる。

「貴方のお墓に供えればいいのですか?」

「え? いや俺まだ死んでないよ?」

「言葉が抜けました。貴方の前世のお墓に、です」

 セイラは言い直す。

 相手の反応から、見た目は初代だが中身はやはり当代だなと把握した。

「こっちです」

 セイラは前世の双子の片割れそっくりな青年の手を掴み、賢者シロウから贈られたペンダントの転移アプリを起動する。


 神殿の裏手にある墓地、白い墓石が並ぶ場所に2人は現れた。

 殺風景な場所で、草も生えていない。

 墓石の中でも特に古そうな石の前に立ち、セイラはそれが初代の墓だと説明した。

「プルミエの勇者は最上級回復魔法エクストラヒールを使えますよね。神がその魔法を作られた理由を御存知ですか?」

「分からない。アイラ様が俺にそれを授けた時は、俺が対戦相手に重傷を負わせた時に使えと言ってたけど」

 セイラの問いに、星琉は異世界アーシアに初めて転移した時を思い出しつつ答えた。

「初代の死があったからです」

「え?!」

 墓前に鎮魂花レエムを供えながら言うセイラ。

 墓石を眺めていた星琉が驚いて振り向く。

「初代が生きていた時代は、今ほど魔法が発展していませんでした」

 遠い前世を思い出しながらセイラが語る。

「当時は最上級回復魔法エクストラヒールは存在しなかった。致命傷を負った初代を助ける力は、誰にも無かったのです」

「………」

 星琉はセイラにかける言葉が見つからず沈黙する。

「この墓には初代の遺体はありません。魂の抜け去った初代の身体は神界へ返され、それを見た神々が後の勇者たちの為に最上級回復魔法エクストラヒールを作ったのです」

 乾いた地面にポツッと雫が落ちる。

 今なら助けられたのに。悔しさと悲しさが混ざり合い、セイラは涙を抑えられなかった。


『そう、私たちは彼を助けられなかった』

『流れ続ける血を、離れてゆく魂を、止められなかった』

 姿無き者たちの声が聞こえる。

 星琉には何となくそれが初代勇者と共に戦った人々だと分かった。

 そして、この墓地に草すら生えない理由も。

 深い悲しみ、負のオーラが墓地を覆い、植物が育たなくなっている。


『ライム、ちょっと協力してくれる? 魔力は好きなだけ持ってっていいから』

 服の胸元をつまんで、その中にいる妖精に話しかける。

『いいよ。前からここ気になってたんだ』

 緑の羽根の妖精がフワリと出てくる。

 前世の自分の墓前に置かれた鎮魂花レエムを地面に刺し、神樹の御使いたちに願う。


 ………この地を彷徨う霊たちに癒しを………


 緑の羽根の妖精たちが星琉の周囲に集う。

 彼の願いに呼応して、妖精たちが一斉に光を放った。

 1枝だけだった鎮魂花レエムの青い星型の花が、その数を増やして墓地全体に散らばる。

 心を落ち着かせる微かに甘い花の香りが広がった。


『私たちは、許して頂けるのか?』

『輪廻の輪に、還ってもいいのか?』

 姿無き者たちが問いかけてくる。

『許すも何も、お前たちに罪は無いよ』

 彼等が慕っていた勇者と同じ姿をした青年が微笑む。


「……これは……何を……したの……?」

 泣くのをやめて、幼い少女が問う。

 草も生えない殺風景だった墓地が、鎮魂花レエムの花畑に変わっていた。

「ここは、私が何度力を使っても変わらなかったのに」

「多分それは、セイラ自身の心に深い悲しみがあったからじゃないかな?」

 小さな少女をヒョイッと抱き上げて、星琉は言う。

 年齢差と性別の違いはあるが、元は双子のようにそっくりだった者同士、顔立ちは似ている。

「過去を悔やまないで」

 また泣き出してしまうセイラを抱き締めて、星琉は穏やかな声で話しかけた。

「君の兄弟だった魂は、今ここにいるよ」




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