一方、リオは奇妙な空間に閉じ込められていた。
前も後ろも右も左も上も下も、どちらを見ても緑柱石色の水のような液体があるのみ。
といっても呼吸は可能で、彼は息苦しさを感じることなく、ただ呆然と液体の中を漂っていた。
『やっと逢えましたね』
不意に、頭の中に「声」が響く。
気配を感じて振り返ると、背後に一人の青年がいた。
歳は二十代半ばだろうか?
足首までのびた黄金色の髪、淡い緑色の瞳、ミルク色の肌。
優し気な顔立ちは中性的で美しく、白地に緑の刺繍を施した長衣を纏っている。
……けれど、その姿は実体ではない……。
青年は立体映像のように、淡い金色の光を放って佇んでいた。
(幽霊?)
リオは思うが、不思議と恐怖感は無い。
おそらく、相手の雰囲気が好意的である上、春の陽光にも似た暖かさを感じた為だろう。
『来て下さったのですね。予言通り……』
ともすれば女性のようにも見える青年は、穏やかな微笑みを浮かべている。
「え?」
リオは目を丸くした。
彼が今日ここに来る事を、一体誰が予言したのか?
『私はエレアヌ。貴方を迎えに来ました。今、
(……ウールヴァン……?)
聞きなれない言葉に、リオは首を傾げる。
『長い年月を重ねると、木には不思議な力が宿り、異なる世界への扉を開く鍵となるのです。その力を
エレアヌと名乗る青年は説明した。
(……本来在るべき場所……?)
『エルティシア。こことは違う時空間に存在する世界です』
まるでリオの心の声が聞こえるかのように、エレアヌは答える。
白く細い腕が、リオに差し延べられた。
『行きましょう』
「……って言われても……」
リオは戸惑う。
エレアヌは悪人には見えないが、無防備についていくほどリオは子供ではない。
『戻って来て下さい。リュシア=ユール=レンティス様』
そんな彼に片手を差し延べたまま、美貌の青年は呼び掛ける。
その瞬間、リオの意識の底で何かが解放された。
まるでその名が鍵であったかのように、彼の中に眠っていた【誰か】が目覚める。
(……行カナケレバ……)
音無き「声」、しかしエレアヌのものではない何かが、心の奥底で呟く。
無意識の内に、リオはエレアヌに歩み寄っていた。
緑の刺繍がついた長い袖が、リオをそっと包み込む。
けれど、触れた感触は無い。
『目を閉じて…』
言われて瞳を閉じた時、足元がグニャリと揺れた。