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第3話:エルティシア

  ……それは、奇妙な感覚だった……

 まるで、水の中を進むような……しかし、水圧などの抵抗は殆ど無い。


 気温が上がるのが感じられる。

 それは例えて言うなら、寒い外から暖房のきいた部屋の中に入るような温度差だった。


『着きましたよ』

 エレアヌの「声」に、リオは目を開けた。


「ここは?」

 リオが辺りを見回すと、目の前には二抱えもある巨木が立っている。

 その根元に、一人の青年が座禅を組むように座っていた。


 ゆるやかに波打つ黄金色の髪、白い肌、背は高いが細い身体。

 閉じた瞼に隠れて瞳の色は判らないが、青年はエレアヌと全く同じ容姿をしている。

 映像の姿のエレアヌは青年に近付くと、その身体に吸い込まれるように消えた。

 木の下に座っていた青年エレアヌが目を開けて立ち上がる。


「ここはエルティシア」

 黄金の髪を揺らしながら、実体となったエレアヌが歩み寄ってくる。

「貴方の故郷です」

 言われて、リオは振り返って自分の肩ごしに背後の風景を見た。


 晩秋の日本から来た彼には、厚手の上着を一枚脱いでもよいと思える気温。

 荒涼たる大地に、植物は少ない。

 ハート形をした緑の葉を茂らせる巨木だけが、唯一のオアシスであるかのような、半ば砂漠化した地面。

 空は黒雲に覆われ、太陽の光は僅かに漏れるのみ。

 雨が降る直前の、湿った風は吹いてはいない。

 遠くに一カ所だけ、太陽の光が帯のように注がれる場所がある。

 幾本もの光の柱の下には、白い石造りの建物。ローマの神殿を思わせる、荘厳な建築物が在った。


「そしてあれはラーナ神殿、この地に残された、最後の聖地」

 淡々と語るエレアヌの細い指が、白亜の建物を差し示した。

「あそこに強力な守護結界を張ったのは、白き民の長リュシア=ユール=レンティス……、過去の貴方です」

「過去?」

 リオは首を傾げた。

「……正確には……」

 そこまで言うと、エレアヌはふいに若草色の瞳を伏せた。


「行きましょう、リュシア様…」

 緑の刺繍が付いたローブの裾を翻し、彼は太陽光の下に建つ神殿に向かって歩き出した。


(……正確には、何……?)


 途切れた言葉の先を考えつつ歩き出そうとした時、リオの足元の地面に1本の剣が突き刺さる。

「?!」

 彼はギョッとして立ち竦んだ。

 地面に突き刺さった剣は、竜の身体と翼を象った柄の立派な造りをしていた。

 柄には金色がかった紅色の大きな丸い宝石が嵌め込まれ、刀身は磨き上げられた鏡の様にものを映す。

 それは、闇夜を退ける夜明けの光の様な、神々しい輝きをもつ長剣だった。


 「お前がリュシアだと?」

 小馬鹿にしたような声に振り返ると、巨木の枝に少年が座っていた。


 クリーム色の長袖シャツを茶色の腰帯で締め、同じ茶色のスパッツのような物を穿いている。

 顔立ちはエレアヌ同様、ギリシャやローマの民族に近い。


「笑えん冗談だな」

 大きな蒼い瞳が、リオをジロリと睨む。

「シアル……」

 たしなめるようなエレアヌの声がする。

 少年は高い枝から身軽に飛び下りた。

 無造作に切った銀髪がフワリと揺れる。

 その髪と色素の薄い肌のせいか、彼は微かな光を放っているように見えた。



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