……それは、奇妙な感覚だった……
まるで、水の中を進むような……しかし、水圧などの抵抗は殆ど無い。
気温が上がるのが感じられる。
それは例えて言うなら、寒い外から暖房のきいた部屋の中に入るような温度差だった。
『着きましたよ』
エレアヌの「声」に、リオは目を開けた。
「ここは?」
リオが辺りを見回すと、目の前には二抱えもある巨木が立っている。
その根元に、一人の青年が座禅を組むように座っていた。
ゆるやかに波打つ黄金色の髪、白い肌、背は高いが細い身体。
閉じた瞼に隠れて瞳の色は判らないが、青年はエレアヌと全く同じ容姿をしている。
映像の姿のエレアヌは青年に近付くと、その身体に吸い込まれるように消えた。
木の下に座っていた青年エレアヌが目を開けて立ち上がる。
「ここはエルティシア」
黄金の髪を揺らしながら、実体となったエレアヌが歩み寄ってくる。
「貴方の故郷です」
言われて、リオは振り返って自分の肩ごしに背後の風景を見た。
晩秋の日本から来た彼には、厚手の上着を一枚脱いでもよいと思える気温。
荒涼たる大地に、植物は少ない。
ハート形をした緑の葉を茂らせる巨木だけが、唯一のオアシスであるかのような、半ば砂漠化した地面。
空は黒雲に覆われ、太陽の光は僅かに漏れるのみ。
雨が降る直前の、湿った風は吹いてはいない。
遠くに一カ所だけ、太陽の光が帯のように注がれる場所がある。
幾本もの光の柱の下には、白い石造りの建物。ローマの神殿を思わせる、荘厳な建築物が在った。
「そしてあれはラーナ神殿、この地に残された、最後の聖地」
淡々と語るエレアヌの細い指が、白亜の建物を差し示した。
「あそこに強力な守護結界を張ったのは、白き民の長リュシア=ユール=レンティス……、過去の貴方です」
「過去?」
リオは首を傾げた。
「……正確には……」
そこまで言うと、エレアヌはふいに若草色の瞳を伏せた。
「行きましょう、リュシア様…」
緑の刺繍が付いたローブの裾を翻し、彼は太陽光の下に建つ神殿に向かって歩き出した。
(……正確には、何……?)
途切れた言葉の先を考えつつ歩き出そうとした時、リオの足元の地面に1本の剣が突き刺さる。
「?!」
彼はギョッとして立ち竦んだ。
地面に突き刺さった剣は、竜の身体と翼を象った柄の立派な造りをしていた。
柄には金色がかった紅色の大きな丸い宝石が嵌め込まれ、刀身は磨き上げられた鏡の様にものを映す。
それは、闇夜を退ける夜明けの光の様な、神々しい輝きをもつ長剣だった。
「お前がリュシアだと?」
小馬鹿にしたような声に振り返ると、巨木の枝に少年が座っていた。
クリーム色の長袖シャツを茶色の腰帯で締め、同じ茶色のスパッツのような物を穿いている。
顔立ちはエレアヌ同様、ギリシャやローマの民族に近い。
「笑えん冗談だな」
大きな蒼い瞳が、リオをジロリと睨む。
「シアル……」
たしなめるようなエレアヌの声がする。
少年は高い枝から身軽に飛び下りた。
無造作に切った銀髪がフワリと揺れる。
その髪と色素の薄い肌のせいか、彼は微かな光を放っているように見えた。