―――「リオ様!」
血まみれの少年を抱え、彼は叫んだ。
しかし応えは無く、その喉が力なく反れてゆく。
「……お願いです……目を開けて下さい……」
ぐったりとした身体、その胸と背から流れ続ける鮮血が、白い床を真紅に染めた。
閉じた瞼の微かな震えが命ある事を告げているけれど、その呼吸は今にも止まりそうなほど弱々しい。
「私を……置いて逝かないで下さい……!」
叫んだエレアヌの頬を、幾筋もの涙が伝う。
黄金色の柔らかな光が、彼の身体から滲み出し、腕の中の少年を覆う様に広がった。
リオほどではないけれど、エレアヌは癒しの力をもっている。
それゆえに、リュシア亡き後医者代わりを務めてきた。
薬草と癒しの力とを合わせて、怪我人や病人を治療出来るのは彼一人であったから。
といっても、エレアヌの力は傷がふさがるのを早めたり、痛みを和らげたりする程度のもので、とても今のリオを回復させる事など出来はしない。
(……神よ……創造神エルランティスよ……)
失血のため次第に冷たくなってゆく少年の身体を強く抱き締め、彼は祈る。
絶望の縁に追いやられた者が、最後にすがる存在に対して。
(私に、この方を救う力をお与え下さい……!)
白く細い手が、血の気を失った頬に触れたのは、その時であった。
「……ミーナ?」
いつの間にか隣に座っている少女を、彼は呆然として見つめる。
勿忘草色の瞳から流れ続ける涙を拭おうともせず、ミーナはそっとリオの頬を撫でる。
……まるで、冷たい頬を温めようとするかのように……
もはや殆ど息をしていない少年の胸元には、彼女から贈られた守護石のペンダントがある。
けれど、石は溢れ続ける鮮血で真紅に染まり、本来の色は見えなくなっていた。
「……私にも、リオ様を癒すお手伝いをさせて下さい……」
勿忘草色の瞳を真っ直ぐに向け、ミーナはエレアヌを見つめて言う。
「以前、リュシア様は言っておられました。『祈りは大いなる力を呼ぶ、奇跡は誰にでも起こせる』と……」
それから、胸の前で両掌を交差させ、瞳を閉じた。
白き民が、祈りを捧げる時の様に。
「……神様、お願い……リオ様を助けて……」
彼女が澄んだ声で呟いた途端、淡いブルーの光がその身体から滲み出る。
それは霧のように揺らめき、宙を漂って、エレアヌの光と重なった。
すると、既に仮死状態となっていた少年が、弱々しいながらも息を吹き返し始める。
(……治癒の力が高められた……?)
目を見張るエレアヌの周囲に、他の人々も集まってきた。
「私達も力をお貸しします」
彼等もミーナと同様祈り始めると、様々な光がその身体から滲み出る。
それはエレアヌやミーナの光と混ざり合い、虹の様な色彩を生み出した。
温かな光に包まれ、リオの身体が温もりを取り戻し始める。
青ざめた頬に赤みが差し、唇から溜め息にも似た吐息が漏れた。
大量の鮮血を溢れ出させていた胸と背の刺し傷が、見る間に塞がり消えてゆく……
「……奇跡は……誰にでも起こせる……」
かつてリュシアが言い、ミーナが伝えた言葉。
エレアヌは、それを無意識のうちに呟いていた…―――――。