「向こうで何かあった時の為にも、なるべく体力を温存しておきたいから」
落ち着いた声で、妖精たちを説得するリオ。
風は次第に静まり、いつもと同じ微風に変わった。
「どうしても行くの?」
童女の姿をした小妖精が、リオの目の高さまで舞い降りて問う。
心地好い風が、リオの前髪を揺らした。
「行かなきゃならない」
年齢より幼く見える少年は、目元と口元に僅かな笑みを作って答える。
「大地の妖精を救う為?」
五歳にも満たぬ幼児の姿をした妖精が肩に座り、舌っ足らずな声で問うた。
「そう。……でも、他にもまだ助けを求めてる誰かがいる……」
急に真剣な顔になり、リオは言う。
助けを求める【誰か】については、未だに判らない。
もしかすると、捕虜となっている白き民が居るのかもしれない、と思ってみたりもした。
「分かったわ」
小さな溜め息をついて、最初に降りて来た風の妖精の少女は答える。
「翼を貸してあげる。でもそれは、一緒に行く人が準備を終えてからよ」
「え?」
キョトンとするリオを残して、彼女は透き通った空色の羽根を広げ、軽やかに飛び去ってゆく。
続いて他の妖精達も飛び立ち、灰色の雲の向こうに消えていった。
「……『準備』って……?」
「リオ様」
呆然とするリオに、神殿から出てきたエレアヌが歩み寄って来た。
「お話ししたい事がございます。散歩を兼ねて、お付き合い頂けますか?」
「いいよ」
曇り空から金色の髪の青年へと視線を移し、童顔の少年は頷く。
「では、こちらへ」
エレアヌが歩き出す。
一テンポ遅れて歩き出したリオの目の前で、長い金髪が柔らかく揺れた。
「貴方は、彼女の事を覚えていますか?」
緑の葉を茂らせる大樹の側まで来ると、エレアヌは問う。
「え?」
リオは一瞬返答に困った。
「……ごめん、誰の事か分からない……」
困惑して呟くリオを見て、エレアヌは僅かに表情を曇らせる。
「……そうですか……」
翳のある呟きに、リオは慌てて顔を上げた。
黒い瞳に、うなだれた青年の姿が映る。
けれど、その横顔は長い金髪に隠れていて、見る事は出来なかった。
「エレアヌ?」
そこで彼は正面に回り込み、自分より高い位置にある青年の顔を見上げる。
途端に落ちてきた透明な滴が、リオの頬でポツッと弾けた。
「どうして泣く……」
言いかけた時、彼はふいに抱き寄せられる。
長く柔らかな黄金の髪が、頬や肩に触れた。
「……しばらく、このままでいさせて下さい……」
囁く声は、ほんの少し震えている。
「……分っています……今の私達は、こんな事をするような関係ではないと……」
懸命に感情を押さえた低い声。
身長差ゆえエレアヌの胸元に頬を押し当てられる体勢となったリオの耳に、少し速い鼓動が聞こえた。