「……これは……
黒い玉座に座り、水鏡で成り行きを眺めていたディオンは、顔の端を僅かに歪める。
目の前に置かれた水鏡は、映像のみで音声を伝えはしなかったが、黒き民の長たる彼は、リオを包む光の事を知っている様であった。
「信じられん……奴はそこまで白の奴等に受け入れられたというのか……?」
常に冷ややかな印象を与える整った顔の、漆黒の瞳が僅かに揺れる。
「目障りな奴め」
鼻で笑うと、彼は黒い長衣の裾を揺らめかせ、玉座から立ち上がった。
「……来るがいい……」
玉座と水鏡に背を向け、黒き民の長は広間の奥へと歩いてゆく。
「お前は、俺の手で殺してやろう」
薄闇の中に、冷笑が響いた。
『……オ前ハ本当ニ聖者ナノカ……。我等ハ、復讐ノ時ヲ待ッテイタトイウノニ……』
黒い霧の中、怨霊の顔が嘆きに揺らぐ。
「エメンの民よ、あなた方はここに縛られていてはいけない」
低く、深みのある声で、諭す様にエレアヌが言う。
彼は背後にいる二人に顔を向け、微かに目配せした。
応じて、青年と少女が頷く。
震えながらも悲鳴一つ上げずに凝視し続けていたミーナ。
合図に気付くと背筋を伸ばし、大きく息を吸い込んだ。
その横で、オルジェが肩から布袋を下ろし、中にある竪琴を取り出す。
最初の弦が、弾かれた。
―――ラナーリア ラナーリア
輝ける大地よ
水と風に守られし
時代の果ての 恵みの地よ…―――
高く澄んだ歌声が、廃墟の上を流れ始める。
密集する死者の顔が、一斉にミーナの方を向いた。
(……この歌……知ってる気がする……)
歌は同時に、転生者の少年の遠い記憶をも呼び覚ます。
竪琴を背負った細身の青年と共に、緑の草原を歩く銀髪の少年。
流浪の民を思わせる衣服の、袖や裾から出ている手足は細く、旅が決して楽ではない事を示している。
その顔立ちは、以前に夢に出てきた幼子のそれと似ていた。
けれどその大きなスミレ色の双眸は、何か強い決意を秘めたかの様に凛々しい。
―――人は緑を 緑は人を
育み 育まれ 巡る生命の輪
我が声は風に溶け
遠き彼の地へ流れゆく―――
ミーナの歌声は、オルジェの竪琴の音色と重なり、廃墟の隅々に響いてゆく…
リオの記憶の時は流れ、緑の野山と澄んだ谷川に囲まれて建つ、土と石と木で作られた粗末な家々が現れた。
青年に成長した少年は大木の根元に座り、竪琴を奏でながら歌っている。
緑豊かな山里に、低いがよく通る声が流れていた。
怨霊達が言葉にならぬ声を上げ、黒い霧の中に浮かぶ無数の顔が揺らぐ。
瞳の無い両眼から、涙が幾筋も溢れ出た。
(……エレアヌ様がおっしゃった通りだ……)
竪琴を奏でながら、オルジェは神殿の地下室での会話を思い出していた。