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第65話:古の歌

 「……これは……七徳の光ナークス……?」

 黒い玉座に座り、水鏡で成り行きを眺めていたディオンは、顔の端を僅かに歪める。

 目の前に置かれた水鏡は、映像のみで音声を伝えはしなかったが、黒き民の長たる彼は、リオを包む光の事を知っている様であった。

「信じられん……奴はそこまで白の奴等に受け入れられたというのか……?」

 常に冷ややかな印象を与える整った顔の、漆黒の瞳が僅かに揺れる。

「目障りな奴め」

 鼻で笑うと、彼は黒い長衣の裾を揺らめかせ、玉座から立ち上がった。

「……来るがいい……」

 玉座と水鏡に背を向け、黒き民の長は広間の奥へと歩いてゆく。

「お前は、俺の手で殺してやろう」

 薄闇の中に、冷笑が響いた。



『……オ前ハ本当ニ聖者ナノカ……。我等ハ、復讐ノ時ヲ待ッテイタトイウノニ……』

 黒い霧の中、怨霊の顔が嘆きに揺らぐ。


「エメンの民よ、あなた方はここに縛られていてはいけない」

 低く、深みのある声で、諭す様にエレアヌが言う。

 彼は背後にいる二人に顔を向け、微かに目配せした。

 応じて、青年と少女が頷く。

 震えながらも悲鳴一つ上げずに凝視し続けていたミーナ。

 合図に気付くと背筋を伸ばし、大きく息を吸い込んだ。

 その横で、オルジェが肩から布袋を下ろし、中にある竪琴を取り出す。


 最初の弦が、弾かれた。


 ―――ラナーリア ラナーリア

   輝ける大地よ

    水と風に守られし

   時代の果ての 恵みの地よ…―――


 高く澄んだ歌声が、廃墟の上を流れ始める。

 密集する死者の顔が、一斉にミーナの方を向いた。


(……この歌……知ってる気がする……)

 歌は同時に、転生者の少年の遠い記憶をも呼び覚ます。


 竪琴を背負った細身の青年と共に、緑の草原を歩く銀髪の少年。

 流浪の民を思わせる衣服の、袖や裾から出ている手足は細く、旅が決して楽ではない事を示している。

 その顔立ちは、以前に夢に出てきた幼子のそれと似ていた。

 けれどその大きなスミレ色の双眸は、何か強い決意を秘めたかの様に凛々しい。



 ―――人は緑を 緑は人を

   育み 育まれ 巡る生命の輪

    我が声は風に溶け

   遠き彼の地へ流れゆく―――


 ミーナの歌声は、オルジェの竪琴の音色と重なり、廃墟の隅々に響いてゆく…


 リオの記憶の時は流れ、緑の野山と澄んだ谷川に囲まれて建つ、土と石と木で作られた粗末な家々が現れた。

 青年に成長した少年は大木の根元に座り、竪琴を奏でながら歌っている。

 緑豊かな山里に、低いがよく通る声が流れていた。


 怨霊達が言葉にならぬ声を上げ、黒い霧の中に浮かぶ無数の顔が揺らぐ。

 瞳の無い両眼から、涙が幾筋も溢れ出た。


(……エレアヌ様がおっしゃった通りだ……)

 竪琴を奏でながら、オルジェは神殿の地下室での会話を思い出していた。

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